恋のランドルト

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(役表)

男♂:

女♀:

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女:じゃあ、これは。


男:右。


女:これ。


男:上。


女:これは。


男:右。


女:これ。


男:左。


女:これは。


男:えー……左。


女:はい。


男:上……じゃない、下。


女:これ。


男:左……ひだ、り?

  左。


女:これは。


男:……えー……と、


女:見えない?


男:右……か、いや、上。

  たぶん。


女:じゃあ……


(戦闘ものの小芝居開始)


女:そこっ!!


男:後ろだっ!!


女:……ちっ。

  やるわね、今のを止めるなんて。

  背中に片目が付いてんの?


男:殺気が隠し切れていない、バレバレだ。

  懐まで一気に来る肝っ玉と俊敏さは買うが、気配を消せないんじゃ、暗殺者としては二流だな。


女:ありがたいお言葉どうも。

  私から言わせれば、死地に身を置きながら口数の多い奴は、それ以下の三流よ。

  さよなら。


男:上か、無駄だ!!


女:なっ!?

  どうして、今のは完全に死角をついていたはず!!


男:同じことを二度も言わすな、弩三流。

  お前の刃は、余りにも殺意が漏れ過ぎている。

  何処からどう来るか、その鋒から、全て筒抜けてくるんだよ。

  分身がまだいくつか潜んでいるようだが、機を窺うだけ体力の無駄遣いだ、止めておけ。


女:……流石、隻眼で尚もこの時世を生き抜いてきているのは、それなりに理由があるってわけね。

  本当、一言一句ムカつく奴だけど、その腕は認めざるを得ないわ。


男:お褒めに預かり光栄だ。

  で、ここからお前はどうする?

  そのすばしっこさを存分に活かして、脱兎の如く、臆して逃げ出してみるか?


女:……良いでしょう、そこまで言われちゃあね。

  お望み通り、その餓鬼じみた挑発に乗ってあげようじゃない。

  次こそ本気、私の全速で行かせてもらうわよ。

  その鬱陶しい減らず口、後悔の暇も赦さずに、数瞬の間に引き裂いて、溝川に打ち捨ててあげる。

  今のうちに、そのそっ首にお別れの口付けでもしておくことね。


男:全くもって、望んでもないことをよく喋る刺客だ。

  それだけ上等な舌で綴る辞世の句は、さぞかし趣深いことだろうな。

  昏い冥土の底深くで唄い枯らした後に、閻魔に嬲り千切ってもらうがいい。

  いざ、死合わん。


女:………………


男:………………


女:(M)

  ……なんて奴……

  あんなふざけた構えで隙だらけのクセに、どこから斬り込んでも、自分の死相が見えるようだわ……

  私の全力が、あいつの獣並みの反応速度を、ほんの僅かでも下回ってしまえば……


男:(M)

  即死は免れん……か。

  さて……あの馬鹿げた速さに、まだ上があるとは、考えたくもない冗談だな……

  俺の残った眼も、とっくに限界を超しているが、果たしてこの一刻くらいは、もってくれるか……


女:………………


男:………………


女:…………


男:…………


女:……


男:……


女:見えた、今ッ!!


男:っ!!?

  しまっ……!!


女:その首、貰った!!


男:ちぃ、くれてやるものかよ!!

  おおぉおォォおおオオオッッ!!


女:はぁああァァあアアッッ!!


(小芝居終了)


男:………………


女:……はい、じゃあこれは。


男:下……

  いや、左!!


女:はい、右目、0.9。


男:うそぉ!?


女:本当。

  ていうか、何秒か意識飛んでなかった?

  視線がどっか行ってたけど。


男:え、いや。

  ちょっと、神速の殺し屋・捨願子(しゃがんし)との果たし合いを。


女:え、誰?


男:なんでもないです。


女:あ、そう。

  あとね、一応検査なんだから、見えないなら正直に見えないって言って。

  勘で当てられても、それは正確な視力とは言わないから。


男:いや、見えないわけじゃないんですって。

  見えてるんだけど、右かと思ったら右に見えるし、左だと思ったら左に見えるとでも言うのか……


女:言わんとしてることは分かるわよ。

  そういうのを、一般的には「見えてない」って言うの。


男:……ぐうの音も出ない。


女:出さないでよろしい。

  ちなみに、これは見えてる?

  どこが空いてる?


男:え?

  空いてるも何も、そこ何も無いけど。


女:はい、0.7。


男:嘘だって!!


女:本当。

  ほら次、左目ね。


男:はいはーい……

  というか、きっちり両目やるんですね。


女:なにが?


男:いえ。

  じゃあ、お願いします。


女:はい、これは。


男:右。


女:これ。


男:上。


女:これは。


男:下。


女:はい。


男:上。


女:これ。


男:右。


女:これは。


男:……左。


女:これは。


男:ひだ……り、左。

  いや、えー、違うな……違わないか?


女:見えない?


男:いや、あー……

  うん、左!!


女:左?


男:左!!


女:ちゃんと見えたの?


男:ひだり、左!!


(SFもの小芝居開始)


女:左がどうしたの。


男:左、左が!!


女:左がどうしたの!!


男:あぁ、ああぁあ……!!


女:落ち着きなさい!!

  被害状況報告、急いで!!


男:敵機からのミサイル、左メインエンジンに被弾です!!

  旋回不能、航行速度47パーセント減少!!

  システム損傷率65パーセント、このままでは、戦闘領域から離脱、撤退もできません!!

  右舷四時の方向から、敵機部隊、新たに接近中!!

  ……更に、十二時の方向、敵艦隊の増援も……!!


女:くっ……!!


男:艦長!!


女:落ち着きなさいって言ってるでしょ!!

  慌てふためいていたって、戦況は何も変わらないわ!!

  対空射撃、及び煙幕弾、全面に展開!!

  残弾なんて気にしなくていいわ、砲門が擦り切れるまで撃ち続けて!!

  取り付かれたら終わりよ、近付かせないで!!


男:はっ、はい!!


女:そして主砲、射撃準備!!

  機能していないメインエンジンのエネルギーも、そっちに回して!!


男:えっ!?

  し、しかし艦長、それは!!


女:相手は連合艦隊とはいえ、その大半は、泡銭で無理やり使い走りさせられている人たちばかりよ。

  上層部は最前線で散っていく者の事なんて、木っ端程度にしか考えていないから、

  私たちとは違って、大義も、使命も、忠誠心も何も、

  重たいモノを背負って戦っている兵なんて、向こうにはいやしない。

  だったら、あの一際馬鹿でかい敵母艦、ランドルト級……

  あの悪辣の核だけでも消し飛ばして、頭を失った残党は、

  白旗を掲げるか、蜘蛛の子のように散ってくれるのを祈る。

  今の私たちと、この状態の艦で出来る悪足掻きなんて、それくらいしか無いでしょう。

  違う?


男:……で、ですが……

  今の損傷率で主砲なんて撃ったら、その反動に、艦自体が耐えられませんよ!!

  威力を75パーセント以上は落とさないと、我々も撃沈は免れません!!


女:それも込みで、全部分かってて言ってるのよ、私は。


男:え……


女:全乗組員に通達。

  艦長として最低のことを言うから、ただの一人の軍人、いいえ、人間の言葉として聴いて。

  本艦はこれより、主砲の一斉掃射で、敵主要艦の轟沈を狙います。

  尚、既に本艦の耐久はそれに耐え得るものでは到底ないため、

  砲撃に伴い、ほぼ確実に、この地に沈むでしょう。

  だけど、貴方たちがそれに付き合う必要は無いわ。

  脱出艇への攻撃は条約で禁じられているから、今からでもいくらか、命の保証はされるはずよ。

  ……少なくとも、此処に残るよりはね。


男:艦長、何言って……!!


女:主砲チャージ、斉射準備。

  照準、敵軍艦隊、及び、旗艦ランドルト級。

  ……さあ、総員、最後の艦長命令。

  持ち場を自動操縦に切り替えて、艦から下りなさい。

  貴方たちのこれまでの勇姿は、土産物の自慢話として、冥土に持っていくことにするわ。


男:………………


女:……何をしてるの。

  さぁほら、早く行きなさい!!

  私の我儘と添い遂げようなんて、軍規が許しても、私が承知しないわよ!!


男:……無理ですよ。


女:何が。


男:僕たちは揃いも揃って、融通の利かない馬鹿ばかりですから。

  例え上からの命令であろうと、一人を見捨てて逃げ遂せるだなんて、

  そんな合理的な判断、出来やしないんです。

  誰かさんからのご指導、ご鞭撻のせい……

  いや、そのお陰で、ね。

  それに、僕にだって、この潰された片目と、消された故郷の借りを返すための意地がある。

  貴女にだけ、良い格好はさせられませんとも。


女:………………


男:………………


女:……はぁー……全く。

  とんでもない部下を抱えちゃったもんだわ。

  あの世で陳述書なんて出されても、頭は下げないからね。


男:ええ、勿論。


女:……じゃあ、艦長命令を改めるわよ。

  総員、緊急特殊戦闘配備!!

  対空射撃を継続しつつ、敵艦隊に正面に距離2500まで接近後、

  主砲を含め、全砲門で、一斉射撃を仕掛けます!!

  全速前進、命を懸けて吶喊せよ!!


男:了解!!


(間)


男:距離、4000!!


女:まだよ、まだ……!!


男:3500!!

  主砲エネルギー、85パーセント!!


女:まだ、まだ!!


男:3000!!

  っ、システム損傷率92パーセント、メインコンピューターが中破!!

  オート照準、解除されました……!!

  艦長!!


女:何回も同じ事を言わせないで!!

  むしろ、都合が良いわ!!


男:えっ……!?


女:機械任せなんかより、よっぽど正確な眼が、そこにひとつ残ってるでしょう。

  修復は後回しで良いから、照準をセミオートからマニュアルに切り替え、急いで!!


男:っ……!!


女:大丈夫、貴方ならやれる。

  貴方の鷹の隻眼と、この私の双眸……

  これだけ揃っていれば、しくじる可能性の欠片すら、一縷たりとも存在しない。


男:……はい……!!

  やってみせます!!


女:総員、衝撃に備えて!!


男:チャージ完了……

  全砲門、角度調整、目標ランドルト級!!

  撃てます!!


女:あの日にハエと罵ったガキを処分しなかったこと、あの世で悔い続けるが良いわ。

  鈍色の光の恐ろしさと共に……!!


男:距離、2500!!


女:撃てぇええェええええッッ!!


男:いっけェえええエエえッッ!!


(小芝居終了)


女:………………


男:………………


女:……で、これは?


男:えー……上。


女:はい、0.5。


男:そんな馬鹿な!!


女:本当だって。

  あのさ、また何か、トリップしてなかった?

  なんでちょっと泣いてんの?


男:え、いや。

  遂に、長きに亘る執念の果てに、空母ランドルト級を沈める日が来たもんだから、感極まっちゃって。


女:なんて?


男:なんでもないです。


女:それにしても、随分落ちたわね。


男:え、ランドルト級が?


女:視力がよ。

  去年までは、両目とも1.0あったのに。

  やっぱり、眼鏡合ってないんじゃないの、作り替えたら?


男:いやぁ……

  ちょっと最近、戦略系のネトゲにハマってて。

  深夜勢のユーザーが多いから、寝る時間削らないと、ランキング上位は狙えないんですよね。


女:ああ……

  言ってたわね、宇宙戦艦とか出てくる、SF系のシミュレーションゲームだっけ?

  前は時代劇アクションにどっぷりだとか何とかで、睡眠時間減って、成績落ちたとか言ってたじゃない。


男:それはぁ、だって。


女:だって?


男:(小声)そういうのが好きって、言ってたから……


女:なに?


男:いえ、なんでも。


女:……まあ、とにかく。

  生活態度云々は私の管轄じゃないから、強く言えた立場じゃないけど、程々にしておきなさいよ。

  どんな口実使ってるのか知らないけど、君くらいよ?

  しょっちゅう授業抜け出して保健室に来て、器具を勝手にあれこれ弄り回すのは。


男:いやほら、こういうのって、年に1回か2回しか触る機会無いから。

  なんていうか、貴重じゃないですか。


女:面白い物でもないでしょうに、変なの。


男:よく言われます。


女:そこを百歩譲っても、私を付き合わせる必要ある?

  もし見付かったら、怒られるの私なんだけど。


男:だって、使い方分からないですし。

  それに、一方的にじゃなくて、意欲的に付き合ってくれてるんじゃないですか。

  最近は、こっちから何も言わなくても。


女:……まあ、それもそうだけど。


男:でしょう。

  お互い様ですよ、ある意味。


女:屁理屈よ、それは。


男:ちぇっ、残念。


女:………………


男:………………


女:あの、さ。


男:はい?


女:もしかしてなんだけど、視力が悪いわけでもないのに、眼鏡かけ始めたのってさ。

  わざと?


男:……どうして、そう?


女:どうしても何も、私がそういうのが好きって、どこかでぽろっと零した事を、

  どこからともなく聞き付けて、何度となく露骨に寄せてきてたから。

  ああ、そういう事なのかなって、薄々と。


男:ええ……

  勘づいてたクセに流し続けるの、性格悪くないですか?

  何年通ったと思ってるんですか、今日まで。


女:分かるでしょ。

  立場上、無下にする厳しさも無ければ、真に受ける純粋さも、持つわけにはいかないの。

  付かず離れず、ただここに居るだけで、受け入れ過ぎもしないし、過度な拒絶もしない。

  そういう人間で、そういう仕事なの、私は。


男:………………


女:煮え切らない顔ね。


男:それこそ、お互い様でしょ。


女:どういう意味?


男:いえ、別に。


女:………………


男:………………


女:……はぁ。

  分かったわ、分かりました。

  認めるわ、私の負け。


男:はい?


女:ちょっと、眼鏡取って。


男:え。


女:良いから。


男:はぁ。


女:で、はい、遮眼子(しゃがんし)持って。


男:なんですか?


女:裸眼の視力測るから。

  私が指したところの平仮名を読み上げて。


男:え、でも、それって何の意味が。


女:良いから、黙って付き合いなさいって。

  今まで散々、付き合ってあげたでしょ。

  ほら、片目隠して。


男:はあ……


女:さっきみたいに、勘で答えちゃ駄目だからね。

  何も考えずに、見えたまま、指された文字をそのまま読んで。


男:分かりましたって。


女:……あぁもう、こんな方法しか取れない、自分が嫌だわ。

  どこのクサい少女漫画よ、こんなの。


男:なんですか?


女:なんでもありません。

  はい、これは。


男:……「わ」。


女:これ。


男:「た」。


女:これ。


男:「し」?


女:これは。


男:「も」。


女:はい。


男:えー……「す」。


女:……じゃあ、これは。


男:「ぺ」。


女:………………


男:………………


女:は?


男:え?


女:「ぺ」?


男:「ぺ」。


女:「わたしもすぺ」?


男:はい?


女:え、これよ?


男:「ぺ」。


女:……「ぺ」かぁ……


男:「ぺ」です。


女:なるほどね。


男:はい。


女:もう良いわ、おしまい。

  はい、眼鏡。


男:え、視力は?


女:0.1。


男:嘘だ!!


女:本当だっての!!

  眼鏡作りかえて出直してきなさい、この唐変木!!


男:くっ、くそぉ!!

  理不尽だ、あまりにも理不尽だ!!

  俺は絶対、諦めませんからね!!


女:……はぁーあ……もう。

  抜けてるように見えて、人のことをよく見てるかと思ったら、やっぱり抜けてたわ。

  ……まあ、お互い様なのは、その通りなんだろうなぁ。

  あっちが唐変木なら、こっちは朴念仁かしら。

  無理に作らずに、自分らしくいてくれた方が、よっぽど良いのに。

  次は、どんな角度から攻めてくることやら。

  ……「ぺ」……これが……?


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