川童恋情譚(かわらべれんじょうたん)

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(役表)

ソウタ♂:

レイカ♀:

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ソウタ:(M)

    人里を離れて、開拓を免れた山の奥深くに、僕の村はある。

    何も無い反面、規律だの義務だの堅苦しいものもなく、

    慣れてしまえば都会暮らしというものよりも、遥かに気楽だと思う。

    と言っても、都会のことは、あくまで祖母とかに聞いてるだけで、実際に行ったことは無いけれど。

    ……ある時、僕は村から少し離れた川の中流あたりに涼みに行っていた。

    蒸し暑い日が続き、名前も無いこの川は、納涼に最適だった。

    この日は何故だかいつもよりも居心地がよくて、程よい平らな岩を見付けると、

    ついつい、そこで転寝してしまった。

    そして……

    ……目が覚めたとき、彼女はそこにいた。


レイカ:川童恋情譚、はじまりはじまり。

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ソウタ:……それで?


レイカ:うん?


ソウタ:君は……その、なんだって?


レイカ:だーかーらぁ。

    カワラベだよ、カ・ワ・ラ・べ。


ソウタ:いや、だからその、……カワラベ?

    って、なんなの、君の名前?


レイカ:違うよー。

    カワラベっていうのはぁ、なんて言ったらいいのかなぁ……

    一言で表現すれば、妖怪……なのかな、一応。


ソウタ:ああそう……

    ……へ、妖怪?


レイカ:そ、妖怪。

    「かわ」に「わらべ」って書いて、カワラベ。


ソウタ:……それだったら、カッパじゃないの?

    カワラベなんて名前の妖怪、聞いた事無いよ。


レイカ:字が違うの!

    難しい方の「河」じゃなくて、ほら、こう。

    三本線を書く方の「川」で、川童。

    聞いた事無いのは、この辺一帯にしかいないから。


ソウタ:そっちでもカッパって読むんだけど……まあいいか。

    でも君、本当に妖怪?

    そんな感じが全然しないんだけど……

    見た目とか、そのまんま人間じゃないか。


レイカ:む、失礼な。

    これでもれっきとした妖怪だよ、見た目で判断しないの!​


ソウタ:歳は?


レイカ:14。


ソウタ:趣味は?


レイカ:泳ぐこと。


ソウタ:好きな食べ物は?​


レイカ:サンマの塩焼き。

    大根おろし付きだと尚良し!


ソウタ:……うん、ごめん。

    やっぱり、全っ然、妖怪って感じがしない。


レイカ:えー、そう言われてもなー……

    とにかく、妖怪って言ったら妖怪なの!


ソウタ:そんな事言われても……

    言うだけで妖怪になれるんだったら僕だって、

    「こう見えて実は妖怪なんだ」って言ったら、妖怪になっちゃうよ。​


レイカ:え、君妖怪なの!?


ソウタ:違うよ!


ソウタ:(M)

    こんな感じで、しばらくくだらない問答が続いた。

    とにかく、何回言われても、僕は彼女が妖怪だなんて信じられなかった。

    それほどまでに彼女は、どんな人間よりも人間臭くて、どんな妖怪よりも、妖怪らしくなかったから。

    それでも次第に、彼女は嘘をつけないタイプだとわかって、

    なんとなくでも僕は、彼女が川童とかいう妖怪であることを、信じることにした。


レイカ:あ、そうだ、名前!


ソウタ:え?


レイカ:名前教えて!

    こんな辺鄙なとこに人間が来るなんて滅多に無いし、折角だから、名前で呼びたい。


ソウタ:……ソウタ。


レイカ:ソウタ、ね。

    ソウタ ソウタ ソウタ ソウタ ソウタ……

    うん、覚えた!


ソウタ:なんで繰り返したの?


レイカ:んー?

    なんかね、私すぐに他人の名前とか忘れちゃうから。

    だから、人の名前を覚えるときは、5回くらい反復しなさいって言われて。


ソウタ:ああ、そう……

    まあいいや、日も暮れてきたし、今日は帰るよ。


レイカ:えー、残念……

    明日も来る? 来るよね?


ソウタ:え?

    ……う、うん。


レイカ:やった!

    じゃあ私、またこの場所で、待ってるからね!

    また明日ね、コウタ!


ソウタ:うん……ソウタね。

    ……あ、そうだ、君の名前聞いてない。


​レイカ:あ、そっか、ごめん!

    私の名前は、レイカね、レイカ。


​ソウタ:ありがと。

    ……また明日ね、レイカ。


レイカ:うん!

ソウタ:(M)

    こうして、よく分からない自称妖怪と、よく分からない関係が始まった。

    まあ、もともと田舎を絵に描いたような場所だし、自分以外の村人は、年配の人達ばかりだから、

    歳の近い知り合いが出来たのは、正直嬉しかった。

    ……唯一の知り合いが妖怪っていうのも、どうかと思うけど。

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レイカ:あ、来た来た!

    リョウタ、こっちこっち!


ソウタ:うん……ソウタだってば。


レイカ:へ、そうだっけ?


​ソウタ:全くもう……

    初めて会ってからもう2ヶ月も経つのに、全然覚えてくれない。


レイカ:え、えへへへ……

    い、いや、明日からは大丈夫、たぶん大丈夫!


ソウタ:毎回それ言ってる気がするけど?


レイカ:ま、まあまあ気にしない気にしない!

​    それよりさ、もう2ヶ月も経つんだね。


​ソウタ:ああ、僕も不思議だよ。

    というか、毎日人間の前に姿を現す妖怪なんて、レイカくらいのもんだよ、今更だけど。


レイカ:だって、つまんないんだもん。

    里の人はみんな、おじいちゃんおばあちゃんばっかりだしさ。

​    みんなして「もっと妖怪らしくしろー」だの、「妖怪としての自覚が足りんー」だの。

​    好き放題言っちゃってくれてさー。


ソウタ:それはむしろ、その人達の言い分に、僕も賛成するくらいだけど。

    というか、川童っていうのは、みんなレイカみたいな感じなの?


レイカ:私みたいな感じって?


ソウタ:こう……人間に近い姿っていうか。


レイカ:んーーーー……

    まあ、家系にもよるよ。

​    私も詳しくは教えられてないけど、生まれる時期とか、環境とかによっても結構変わるんだって。

​    でも、人間とほとんど見分けがつかないっていうのは、私くらいみたい。


ソウタ:そういうもんなのかぁ……


レイカ:うん。

    あ、でも、人間より水かきが大きく出来てたりとか、水の中でも呼吸が出来たりするから、

​    完全に人間そのまんまってわけでもないんだけどね。


​ソウタ:ふうん……

    まあ取り敢えず、レイカはたまたま、人間に近い形で生まれたってわけだね。


​レイカ:そうそう。

    だから、私はれっきとした妖怪ってこと!


ソウタ:わかったわかった。

    そんなに強調しなくても、ちゃんと信じてるよ。


レイカ:ほんと?

    それならいいや。

​    それよりソウタ、今日は何を教えてくれるの?


​ソウタ:んー……そうだなぁ……

レイカ:(M)

    ソウタは毎回、自分の村からやって来ては、色んな事を教えてくれる。

    花の冠の作り方とか、葉っぱの船とか、団栗の人形とか。

    この日は葉っぱの笛の作り方を教えてもらったけど、なぜか私のは全然鳴らなくて、

    ソウタのは綺麗に鳴ってたのが悔しくてむくれてたら、ソウタは自分の笛をくれた。

    そんな感じで、陽が暮れる前まで、めいっぱい遊んで過ごす毎日を続けていた。

    こんな毎日が、ずっと続けば良い、そう思っていた。

​    ……ずっと続く、と。

​    そう、思っていたかった。

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ソウタ:……じゃ、また明日、ね。


レイカ:うん。

    また明日。

ソウタ:(M)

    いつもと何も変わらない、非現実的な日々。

    なんとなく、これが平凡なんだと思える自分が、今でも少し不思議だった。

    それでも、当たり前のように続くことが日常というのであれば、これも一つの日常の形なのだろう。

    そんなふうに思っていた。

    しかし、この日から3日ほど経った、ある日の朝のこと。

    ドが付くほどに田舎であるこんな村に、妙に堅苦しい服を着た、

    いかにも、都会の役人、って感じの人たちがやってきた。

    その人たちは、訝しげな村人たちの視線を尻目に、村長の家へと入っていった。


レイカ:(M)

    来るべき時が来たのだ、と。

    その一言から始まった。

    険しい顔をする大人たちの前で、もっと険しい顔をしながら話す長は、

    時代の流れには逆らえない、と付け加えた。

    私は最初、何の話なのかすら、理解出来ていなかった。


ソウタ:(M)

    こんな狭い村でそんな事が起きれば、その日の夕方頃には、村中の話題がそれで持ちきりになる。

​    ただでさえ、噂話を広げるのが好きな年配の人が、村人の9割だから、

    わざわざ自分で調べなくても、情報の方から僕の耳に入ってきた。


レイカ:(M)

    大人達だらけの難しい緊急会議で、子供の私が理解できたことは、たった一つ。


ソウタ:都会の更なる発展、地方のより良い活性化という名分の下に、僕達の秘密の場所が。

レイカ:私たちの、安住の地が。

​ソウタ:消える、

レイカ:ということ。

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レイカ:……あ、ソウタ。


​ソウタ:……知ってた、この事?


レイカ:ううん、全然……

    知ってる筈無いよ……


​ソウタ:……そう、だよね。


レイカ:うん……


​ソウタ:……その、川童達はどうするの、これから。


レイカ:どうする……っていうのは、まだ全然、見通しが無いみたい。

​    ただ、この地域一帯からは、立ち退くって。

​    此処よりも、人間が近づかなさそうな所を探して、住処を移す、って。


ソウタ:そっか……

    って事は、そう遠くないうちに、お別れになっちゃうのか。


​レイカ:うん……

    ……寂しくなる……ね。


​ソウタ:そうだね……でも、仕方ないよ。


​レイカ:……ない。


​ソウタ:え?


​レイカ:仕方なくなんてない!


ソウタ:……レイカ?


​レイカ:……人間は、どうしてそう、いつもいつも身勝手なの?

    私達がここら辺に住んでるのだって、元はと言えば、

    人間が人間の都合で、私達の住める所をどんどん奪っていってさ。

    やっとのことで辿り着いた結果なんだよ?

​    けど、それでも此処でソウタに出会えて、やっと平和な毎日を過ごせるかと思ったのに……

    私たちは、人間に何もしてない。

    ただ平凡に、安心して生きていたいだけなのに……!

    なんで人間の欲望一つの為に、生活を脅かされなきゃいけないの!?

    人間様ってのは、そんなにも偉いもの!?

    何の権利があって、誰の許しがあって……こんなことばっかり……っ!


ソウタ:………………


​レイカ:……ソウタは、悔しくないの?


​ソウタ:……悔しいよ。

    そりゃあ、勿論悔しいさ。

    でも、たかだか僕一人の力だけで、どうにか出来る問題じゃない。

​    所詮僕だって、村の人間の端くれでしかないんだから……


レイカ:……そうだよね……うん、分かってた。

    ごめんね、急に怒鳴ったりして。

​    ……仕方ないこと……なんだもんね。


ソウタ:レイカ……?


​レイカ:……ごめんね。

    私さっき、ちょっとだけ嘘吐いた。

    私達ね、本当はもう、明日には此処を離れるの。

    此処から凄く凄く遠い、此処よりも、もっともっと人里から離れた所に。


​ソウタ:っ……そんな……!

    なんで、教えてくれなかったんだよ!


​レイカ:……だって、本当に、ついさっき決まった事だもの。

    それに、教えちゃったら、お別れがますます辛いものになっちゃうから。


ソウタ:……レイカ……


レイカ:……もう日も暮れるよ。

    そして月が昇って、また沈んで……

​    もう一回太陽が昇ったら、それでもう、お別れ。


​ソウタ:………………っ。


レイカ:ありがと。

    ……大好き、だったよ、ソウタ。

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ソウタ:(M)

    一秒、一分、一時間。

    時計の針は無情なまでに、いつものように、時間を刻んでいく。

​    結局、僕は何も言えないまま、自分の家へと帰ってきてしまった。

    悔しくない筈がない。

    仕方がない、わけがない。

    分かっていても、自分の無力感からの諦観が、レイカを傷付けた。

    分かっていたんだ。

    レイカが望んでいたのはきっと、あんな言葉じゃない。

    それなら、僕はどうするべきだ。


ソウタ:決まってるだろ、意気地無し……!

ソウタ:(M)

    意を決して、僕は家を飛び出した。

    時刻は、早朝4時。

​    ほんの少しの明るみこそあるものの、まだ周りは、真っ暗に近い。

​    街灯一つ立っていやしない暗い砂利道を、走って、走って。

​    もう一度、戻ってきた。

    この場所に。

​    僕も、そして……彼女も。


​レイカ:あはは……

    やっぱり、考えちゃうことは、一緒みたいだね。


ソウタ:……ああ、そうだね。


レイカ:そうだよ。​

    誰だって、お別れだって分かってたら、最後まで……

    ギリギリまで、好きな人の近くにいたいもんね。

    ……さっきは、ごめんね。

    私、ソウタの気持ちも考えずに、無神経なこと言っちゃった。


ソウタ:……いや、いいんだ。

    僕だって、レイカの気持ちを、汲み取ってあげられなかった。

​    ……だけど、僕はもう、答え出たから。

    行こう!


レイカ:えっ!?


レイカ:(M)

    私がソウタのほうを見るよりも早く、ソウタは私の手をとって走り出した。

    きっと、一生懸命に走って来てくれていたんだと。

    そう確信できるほどに熱いその手は、強く強く私の手を握って、どんどんと風を切って、走り続けた。


レイカ:ソ、ソウタ、どこ行くの!?


​ソウタ:どこまでも!

    どこだっていい、誰にも邪魔されずに、2人きりで、ずっといられる場所に!


レイカ:え、ソウタ……それって……!


ソウタ:レイカが言ったんだろ、人間は、いつだって身勝手だって。

    その通りさ、人間は他人の都合なんて考えずに行動するなんて、日常茶飯事だ。

    だから、人間の僕は身勝手に、大人の都合なんて考えずに。

    レイカを奪い取ることに決めたんだ。


レイカ:で、でも!


ソウタ:でも?


レイカ:でも……私、だって……ほら、妖怪なんだよ?


​ソウタ:レイカは、人間だよ。


レイカ:……え?


ソウタ:初めて会った時に、君は言っただろ。

    「妖怪って言ったら妖怪なんだ」って。

    妖怪ってことが理由で気が引けるんだったら、レイカは人間だって言い張ればいいんだ。


レイカ:……ソウタ……

    うん、そうだよね……!

    私がバカだったかも!

    私は人間!


ソウタ:レイカは人間!


レイカ:私は人間!!


ソウタ:レイカは人間!!


レイカ:ソウタも人間!!


ソウタ:僕も人間!!


​レイカ:2人とも、人間!!


ソウタ:ああ、そうだ!

    2人とも人間なんだから、一緒にいちゃいけない理由なんてない!!


レイカ:うん!!

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ソウタ:その後の僕たちの行方は、村の人にも、川童の里の人にも知られる事無く、

    勝手に神隠しに遭った、という扱いになったらしい。

    特に何かを信仰しているわけではないけれど、そういう神様を絡めた話が大好きなあの人達が考えそうな、

    いかにもなエピソードだ。


レイカ:でも、その作り話が功を奏した……とでも言うのかな。

    結局、それだけの出来事で、あの辺り一帯の都市開発は断念。

    私たちの約束の場所が消えてしまうことは無く、一度は立ち去った里の川童達も、

    一部はまた戻って、元の通りに暮らしているとか。


ソウタ:いつか、もう一度。

    今度は、「人間としてのレイカ」と一緒に、あの村へ戻ろうかと、話し合うようになった。

​    というのも、風の噂によると、里の川童達は少しずつ、人間との接触を試み始めているらしいのだ。

レイカ:あなたもこの場所に行ってみたら、そこで、誰かと出会ったら。

​    たとえ人間にしか見えなくても、実は……?

    なんてことも、あるかもね。


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