ロールケーキシャッハ

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(役表)

♂:

♀:

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A:ごめん、もう1回言ってもらっていいかな?

  なんだって?


B:だから、

  「私って今、何周目だと思う?」って。


A:……えーっとね。

  なんだろう、えー、うーん。

  主語は?


B:私。


A:いや違う違う、話全体の……じゃなくて、なんて言ったら良いんだろうな。

  何周目っていうのは、何の?


B:生まれ変わりの。


A:んん……?

  おかしいな、掘り進むほどに道が増えていく。


B:そんなに悩むこと?


A:そうだね、たいそう悩ましい質問だね。


B:「変なこと聞いていい?」って、ちゃんと確認したでしょ。


A:それはそうなんだけれども、変なことにも変なことなりに、限度があるというか、

  白刃取りの準備をしていたら、高枝切りバサミを取り出されたような心持ちというか。

  悪いんだけど、順を追って説明してもらっていいかな?


B:なにを?


A:なにを……

  その、突拍子も無い質問が飛び出すに至ったいきさつを。


B:必要?


A:是非とも。


B:じゃあ。

  まあ、そんな大した話じゃないんだけど。

  私、転生ものにハマったって話したでしょ。


A:言ってたね。

  「食わず嫌いだったのを末代まで悔やむ」とか言って、

  人目を憚らずに引くほど咽び泣いていたのが、記憶に新しいよ。


B:あの時は若かったわ。


A:先週だよね。


B:それでよ。

  転生するなら何が良いかなとか、私って誰かの生まれ変わりなんじゃないかなとか、

  色々妄想を膨らませているうちに、ふと思ったの。

  「生まれ変わりと転生は、別物なんじゃないか」って。


A:へえ、ちょっと興味深くなってきた。

  その心は?


B:じゃあね、えーっと。

  取り敢えず、一通り私なりの考えを話していくから、

  何か気になったりとか、おかしいなって思ったら、その手元のボタンを押して。


A:押したら店員さんが来ちゃうボタンなんだけど?


B:じゃあ、ストップって言って。


A:その都度、補足説明が入る感じ?


B:その都度、私がボタンを押す。


A:無意味極まりない二度手間な上に、店員さんが来ちゃうんだよ。

  補足説明をして?


B:じゃあ、それで。


A:分かった。

  ボタンは死守しておくから、お話の続きをどうぞ。


B:それじゃ、改めて。

  例えば、今の私が、誰か、または何かからの生まれ変わり、転生後だったとして。

  まず、「前世の私」と「現在の私」を、

  それぞれ、「平賀源内」と「A」に置き換えるでしょ。


A:ストップ。


B:あ、店員さん呼ぶ?


A:呼ばない。


B:じゃあ何?

  あ、補足説明?


A:うん、補足説明。

  平賀源内?


B:平賀源内。


A:その置換で大丈夫?

  話、破綻しない?


B:私はしない。


A:僕はするよ。

  AとBにしてもらえないかな?


B:ややこしくなると思うけど。


A:平賀源内よりはマシだと思うよ。


B:じゃあ、前世の私をA、現在の私をBね。

  これでいい?


A:うん、それで。

  ありがとう。


B:で、平賀源内から私に、


A:早い早い、修正の無視が早い。

  AからBに。


B:あ、そうか。

  AからBになる時にね、生まれ変わりだったら当然、

  「A≠(ノットイコール)B」になるけど、

  転生だったら、「A=B」になる時もあれば、

  「A≒(ニアリーイコール)B」になる時もあって、

  場合によっては、「AかつB」にもなる、と思ってるわけ。

  ここまでは良い?


A:良くない。


B:ほら。


A:ほらとは?


B:ややこしくなるって言ったでしょ。


A:え、今の、片方が平賀源内だったら分かりやすくなるの?


B:言い換えてみましょうか?

  元々の、前世が平賀源内、現在がAで。


A:お願いします。


B:だからね、平賀源内の生まれ変わりが私、つまりAなら、

  平賀源内として死んだ後に、後世にAとして生まれ変わっているってことだから、

  仮に前世の記憶があったとしても、AはAであって、平賀源内本人ではないよね。


A:そうだね、君は君だね。


B:うん、私は平賀でも源内でもない。

  つまり、まずこれで、「A≠B」もとい、「A≠平賀源内」が成り立つでしょ。

  で、それに対して転生は、言葉の定義としてはほぼ一緒のはずだけど、

  最近の流行りの表現の傾向的には、主に2つか3つのパターンがあると思っててね。


A:ほう。

  それは、具体的には、どんな?


B:まずひとつ目が、生前の平賀源内の記憶と能力を持って、後世とか別の世界にAとして生まれ直したり、

  平賀源内の肉体も記憶も全部を、死んだ時点からそのまま引き継いで、

  異世界に平賀源内のまま転生して生き直す、「A=平賀源内」となるパターン。

  それともうひとつが、元々Aとして生まれ育っていた人物の中に、

  転生してきた平賀源内の意識と能力が後から入り込んで、

  平賀源内がAに成り代わる、若しくは、Aと平賀源内両方の人格が混在するっていう、

  「A≒平賀源内」、「Aかつ平賀源内」のパターンね。


A:はい。


B:だから、ここまでの話をまとめると、

  今日においては、生まれ変わりは「A≠平賀源内」だけど、

  転生は「A=平賀源内」、「A≒平賀源内」、ないし、「Aかつ平賀源内」になるから、

  結論、「生まれ変わりと転生は、別物なんじゃないか」。

  こういうこと。


A:……なるほど。


B:分かりやすくなったでしょ、AとBよりは。


A:そうだね……うん。

  一通り聴いても、平賀源内である必要性は欠片も感じなかったけど、

  実際ちょっと分かりやすくなっちゃったから、強くは反論できないのが何とももどかしいよ。

  要するに、生まれ変わりと転生は、後世にどんな生まれ方をして、

  前世で持っていた諸々を引き継ぐかどうかで区別されるんじゃないかってこと?


B:まあ、端的に言ったら、そう。

  じゃあ、それを踏まえて、はい。


A:なに、はいって。


B:最初の質問。


A:……なんだったっけ。


B:私が今、何周目かと思うかって。


A:ああ。

  そういえば、元々はそんな話だった。


B:そうよ、元々もなにも、ずっとそんな話よ。

  で、どう?


A:厳密には違うかもしれないけど、1周目だと思うよ。


B:なんか、腑に落ちないというか、引っ掛かる言い方ね。

  その心は?

  あ、すいません。

  さっき頼んだ食後のケーキお願いします。


A:え、いつの間にっていうか、どうやってボタン押したの?

  こっちにあるんだけど。


B:実はもう1個あるんでしたー。


A:隣の席のじゃないの、それ。


B:正解。


A:正解、じゃないんだよなあ。

  返しておきなよ。


B:はいはい。

  それで、なんで1周目だと?


A:まあ、君の解釈に合わせてざっくり言えば、

  生まれ変わりをしていたとしても、本人すらそれを覚えていないんじゃ、証明する術が無いし、

  転生をしていたとしても、わざわざ敢えて、そんな回りくどい聞き方はしないと思うから。

  かと言って、完全に否定しきれるだけの材料も、根拠も無いから、あくまでも主観的な意見として、

  「厳密には違うかもしれないけど、1周目」。

  そういうのに興味を持った時点で、そこに該当するところからは外れているんだよ、たぶんだけど。


B:あー……うーん。

  いやでも、逆によ。


A:逆?


B:「これは知り合いの話なんだけど」

  って前置きで、相談ごとを持ち掛けられたら、それは誰の話だと思う?


A:本人の話だね。


B:でしょう。

  曹孟徳とか織田信長だって、時代を超えて美少女化するような世の中だし、有り得ない話じゃないでしょ。

  だから、私も実は敢えて、あなたに気付かせるために……

  みたいな可能性は考えられない?


A:暗に自分が美少女であると言い放つ自信には感心するけど、それはまた全然別の話なんだよなあ。

  というか、君はその、なに?

  何周目かでありたいの?


B:うん。


A:なんで?


B:履歴書に書きたい。


A:はい?


B:履歴書にさ、前世を書く欄あるじゃん。


A:無いよ。


B:そこに偉人の名前が書けたら、格好がつくし、否が応でも面接官に一目置かれるでしょ。

  おっ、君、前世そうなんだ、みたいなさ。


A:まあ、ちょっと頭が残念な子なのかなとは思われるだろうね。


B:だから、生まれ変わりとか転生で何周かした後なら、それを書きたいのよね。

  こう、ビシーッと、「前世、西園寺公望」!


A:平賀源内って書きなよ。


B:無いかな。


A:無いと思う。


B:無いかぁ。


A:うん。

  で、冒頭からずっと気になってはいるものの、

  確認するタイミングをずっと逃し続けちゃってたから今頃聞くんだけど、

  そもそも、平賀源内はどこから来たの。


B:さっきの店員さんの名前が、平賀さんだったから。


A:予想より遥かにきっかけが浅かったなあ。

  それは偶然でしょ、流石に。


B:そうかな。


A:そうです。


B:あーあ、ああ言えばこう言って、夢が無いんだから。

  ……あ、ここのチーズケーキ、当たり。


A:どうもすみませんね、現実主義なもので。

  でも、生まれ変わりと言えばさ。


B:んー?


A:……いや、やっぱり何でもない。


B:え、なにそれ。


A:これ以上この話広げると、収拾つかなさそうだから。


B:いいじゃん、別に。


A:良くないよ。


B:なんで?


A:僕らは今、何してるんだっけ?


B:試験勉強。


A:今何ページ目?


B:2ページ目。


A:気晴らし程度に始めた雑談に花咲かせて、進んでなさ過ぎなんだよ。

  次の試験で赤点だったら、本格的にやばいって言ったのは君だろ。

  手を動かしなさいって。


B:えー、誰かさんが変に話を勿体付けたから、それが気になって気になって集中出来なーい。


A:……はあ。

  じゃあ、これが終わったら、ちゃんと続きやるね。


B:はい。


A:生まれ変わりとか転生って聞いて、ちょっと思ったんだけどさ。

  人間以外に生まれ変わった時とか、生き物以外になったら、どうなるのかなって。


B:どうなるっていうのは、どういうこと?


A:よくある例を挙げるなら、生まれ変わったら鳥になりたいとか、猫になりたいとか思ったとして、

  鳥だったら「空を飛べるから」、猫だったら「自由に生きられるから」みたいな、

  そういう漠然とした感じの理由が挙がるけど、それらは人間の価値観を基準にした理由であって、

  本当に鳥や猫に生まれ変わったら、そんな願望を抱いていた人間だった頃の記憶は無いわけだから、

  普通にその動物としての一生を過ごして、それで終わりでしょう。


B:それは、そうだね。


A:だから、この場においての言い方としては、生まれ変わりじゃなくて転生の方が正しくなるんだけど、

  じゃあ実際に、人間の意識や価値観を引き継いで、鳥や猫に転生をしたいか、って話でね。


B:あー、確かに。

  最初のうちは、願いが叶ったって手放しに喜ぶかも知れないけど、

  割とすぐに問題に直面するよね、主に食生活で。

  運良く誰かに拾われて飼われるとしても、

  人間基準じゃ、決して美味しいとは思えないものしか食べられないもんね。

  目で見る分には嫌だけど、食べてみたら身体に合わせて、感覚が調整されてたりするんじゃない?

  ミミズ美味しいー、ペットフードご馳走だー、みたいな。


A:どうだろうね。

  そう都合良く物事が運んだとしても、やっぱり初めは面食らうし、躊躇うと思うよ。

  人間だった頃は絶対に食べないと思っていたものを、主食として生きていかなきゃいけなくなるわけだから。

  そういうのを考えると、安易に人間以外になるのはなかなか、不安要素が多過ぎるのかなってね。


B:現実的じゃない話に、現実味のある例を持ってくるから、夢が無いなーって言ってるんだよ。


A:性分なんだから、仕方ないでしょう。


B:で、生き物以外っていうのは?


A:えーとね。

  まあこれは、今よりももっと現実味の無い話ではあるんだけど。


B:うん。


A:万が一、何か色々不思議な力が働いて、転生して自分の意識が入った先が、

  そこら辺によくあるモノ、花とか、石とか、木とか、もっと言ったら食べ物とかね。

  そういう、生き物ですらないモノだった時、どうなるんだろうっていう。


B:これとか?


A:あー……まあ、そう、なのかな?

  チーズケーキも一応、そうかもしれないモノには含まれるね。

  可能であるかどうかはまた別の話として、

  彼ら彼女らは言葉も発さないし、動きもしないから、僕達は気付きようが無いだけで、

  この世のありとあらゆるモノに、元々は誰かだった意識が入っている可能性がある……みたいな。

  ……うん、やっぱりやめよう、この話。


B:え、どうして?


A:考えれば考えるほどに、なんていうか、グロテスク。


B:グロテスクなの?


A:身の回りの物を見る目が変わる、色んな意味で。


B:言い出しっぺのくせに。


A:それはそうだけど。

  なんか、想像してみたら思いのほか、心を蝕まれそうなディストピアが広がっててさ。


B:私はその考え方、面白いと思うけどなぁ。

  「壁に耳あり障子に目あり」が喩えじゃなくなる、って解釈も出来るし、

  もっと言ったら、このテーブルと椅子だって、見ず知らずの誰かかもしれなくて、

  初対面で尻に敷いてるって見方もあるでしょ。

  ケーキと会話が出来るとしたら、口も耳も無いんだから、テレパシーとかになるのかな、とかさ。

  夢が広がるじゃん。


A:夢って言っておけば、暴論がまかり通ると思ってない?


B:ちなみになんだけど。


A:なに。


B:もしもこのチーズケーキが、いつか、どこか誰かの転生後の姿だったとしてさ、

  それは、完成形としての話?

  それとも、原材料からの話?


A:え、ん?

  それは、どういう?


B:え、だから。

  一個人の意識が、チーズケーキという単体の完成形に入っているのか、

  それとも、チーズケーキを作る過程で使われる、原材料のそれぞれ全てに……


A:……あ、あー。

  分かった、うん、もうそれ以上説明しなくていいよ。


B:なんで。


A:グロい。


B:なにが。


A:発想が。


B:どこが?


A:どこが……全てが?

  なんかもう、もはやホラーだよ、それは。

  考えようと人によっては、発狂するよ。


B:そんなこと言われても、気になったから。


A:はあー……

  なんでそこまで変な方向に柔軟な発想力はあるのに、成績そんなに悪いの。


B:興味が無いことに、頭を働かせたくない。


A:この世の終わりみたいな酷い言い分……と一蹴したいところだけど、

  正直、その気持ちは分かる。


B:分かるでしょ。


A:分かるけど、教科書とノートをしまっていい理由にはならない。


B:くそう、流れでいけるかと思ったのに。


A:どんな流れよ。

  良いからほら、雑談タイム終わり。

  いくら注文はしてても、あんまり長居すると迷惑だから。

  さっさと終わらせよう、あと15ページ。


B:えー、もう難しい文字と数字の羅列眺めるの飽きたー……

  ……あれ、そういえば。


A:ん?


B:デザート、私のチーズケーキしか来てないよね。


A:あ、そういえば。


B:店員さん呼ぼっか。


A:この話をしてから、デザート食べるのかぁ……


B:要らないなら、食べてあげるよ。


A:それはどうも、その時はよろしく。


B:なに頼んでたっけ。


A:えーっと、確か……



(間) 



B:ねえねえ。


A:ん。


B:あの席のふたり、なんか面白そうな話してたよ。


A:このタイミングで言うかい。


B:このタイミングだからこそよ。


A:どんな話。


B:生まれ変わりとか、転生がどうとかって。


A:……へえ、それは興味深い。


B:でしょ。

  混ざってきたら?


A:どうやって。


B:テレパシーとか。


A:あの子らに通じるかね。


B:さあ。

  私たちみたいなのだったら、もしかするかもよ。


A:そんな奇遇が重なるもんかよ、って言いたいところだが。

  有り得なくもない、と思ってしまうんだよな。

  何の因果でこうなって、どうなっているんだ、この店は。


B:ね、偶然って怖いよねえ。


A:全くもって、恐れ入る。

  まあ、せいぜい、話を聴く前に食べられないことを祈るさ。


B:難儀な身体だね。


A:余計なお世話。

  良いから、早く持っていきなよ、呼ばれてるよ。


B:あ、はいはい。

  すみません、大変お待たせしました。

  こちら、ロールケーキです。


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