ロンリーロンリーキャット

(登場人物・猫)

・ユウ:不問

主人公の猫。

都会に来たばかりで、それ以前の記憶が無い。


・メアリ:♀

メスの白猫。マドンナ的存在。

飼い主がいたが、わけあって今は野良猫。


・ボス:♂

ふてぶてしい態度のボス猫。

面倒見は良い。


・クロ:不問

ぼんやりした黒猫。

学生Aと兼任。


・トラ:不問

好奇心旺盛なトラ柄の猫。

学生Bと兼任。


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(役表)

ユウ:

メアリ:

ボス:

クロ/学生A:

トラ/学生B:

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メアリ:(M)

    私達が住む街、トウキョウ。

    ニンゲンが溢れんばかりにごった返し、やんややんやと騒ぎ立てている。

    そんな都会の隅っこの、喧騒から離れた静かで暗い、狭い路地裏のゴミ捨て場。

    今日もここで、週に一度の会合が行われていた。

    すごくくだらなくて、とても大事な、猫達の集会。


ボス:……よし、今回も特に目立った報告は無し。

   そんじゃあ、会合はこの辺で終了。

   各自解散だ、解散。


クロ:あ、ボスー。


ボス:あん?

   どした、クロ。


クロ:ユウは、今日も来てねーんですかあ?


ボス:あー、そーいや姿が見えねーな……

   あの野郎、新入りの分際で、会合に一回も顔出しやがらねえ。

   ここら辺のルールってモンを、まるで分かっちゃいねえな。


トラ:今日来る前にちらっと見たけど、やっぱり挙動不審というか、落ち着かない様子だったしなあ。

   声掛けても上の空だったし。


クロ:田舎から急にこんな都会に来ちゃったから、右も左も分かんないとか!


ボス:だったらまず、俺様の所に相談しに来るのがスジってもんだろーがよ。

   ……とはいえ、流石にほったらかしにしとくと、何しでかすか分かったもんじゃねえからなあ……

   仕方ねえ。

   おい、メアリ!


メアリ:え?


ボス:お前、しばらくユウの様子見てろ。


メアリ:えっ……なんで私なの?


ボス:とぼけんな。

   ユウが始めて来た時から、何かとあいつのこと気に掛ける素振りしてただろ。


クロ:えっ!

   それってもしかして……恋!?


メアリ:ち、違うよ!


トラ:クロ、話の腰折らない。


ボス:とにかくだ。

   ここにはここのルールってモンがある。

   この街で生きていくなら、そのルールには従ってもらわなきゃならねえ。

   その為にもまずは、一回俺様に、顔見せに来させろ。

   話はそっからだ。


メアリ:……分かった、伝えとく。

    それじゃ、私はお先に失礼するね。


クロ:ばいばーい。


トラ:また今度。

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ユウ:(M)

   ……僕には、記憶が無い。

   何故ここにいるのか、どうして、こんな事になっているのか。

   そして、この先どうやって、生きていけばいいのか……

   こんな、人、人、人で混沌とした世界の中でも、僕一人……

   いや、一匹を、気に留める人間なんていない。

   人で溢れる濁流の中にいながら、僕は……

   こんなにも、孤独。

   建物と建物の間の影の中から、道行く人達を、ぼうっと眺めていた。


メアリ:ユウ。

    こんな所にいたのね、探したよ。


ユウ:メアリ……


メアリ:……どう?

    少しは、何か思い出した?


ユウ:何も。

   ここでの生活が目まぐるし過ぎて、それについていくので精一杯だよ。


メアリ:そう。

    でも、少しでも早く、何か思い出さなきゃ。

    こんな所でぼーっとしてたって、物事は何も解決しないよ。


ユウ:……どうして。


メアリ:え?


ユウ:どうしてメアリは、そんなに僕の事を心配してくれるの?

   この街で出会う他の猫達はみんな、僕の事なんて、全然気に掛けないのに。


メアリ:そ、それは……

    ……ユウは、ここにいるべきじゃないから……


ユウ:ここにいるべきじゃない……?

   それって、どういう……


メアリ:そ、そんなことより!

    ボスがいい加減ご立腹だよ、一度ちゃんと、顔見せに来いって。


ユウ:うん……気が向いたらね。


メアリ:そんな事言ってるとその内、ニンゲンからだけじゃなく、猫達からも見放されるよ。

    嫌でしょ、そんなの。


ユウ:メアリからも?


メアリ:私は……ノーコメント。


ユウ:なにそれ?


メアリ:私は、ボスから様子見てろっていう命令を受けてるのもあるし、

    そう簡単に、ユウをほっとけないの。


ユウ:そっか。

   ……ありがとね。


メアリ:なんでお礼言うの?


ユウ:なんとなく。


メアリ:なんとなくって……

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


ボス:………………


クロ:トラぁ、なんかボスが機嫌悪いみたいだけど、何かあったの?


トラ:ユウとメアリのせいだよ。


クロ:ユウとメアリ?

   なんで?


トラ:ユウは相変わらず会合にも出てこないし、ボスに挨拶もしに来ない。

   メアリはメアリで、あの日を最後に、やっぱり会合にも出てこない。

   2匹もそんなのがいたんじゃ、ボスだって機嫌も悪くなるんじゃない?


クロ:なぁんだ。

   ボクはてっきり、ボスがユウに妬いてるのかと……


ボス:クロ、殴るぞ。


クロ:えっ、ややややだなあボス!

   冗談だってば、冗談……


ボス:ったく……


トラ:それはそうとボス、今更ひとつ気になったんですけど。


ボス:なんだよ。


トラ:メアリって、飼い猫じゃなかったですか?


クロ:え? まさかぁ。

   何言ってるんだよ、トラ。

   この集会は、野良猫とか捨て猫とか、そういう飼い主のいない猫だけが入れる会じゃないか。

   この会のマドンナであるメアリに限って、そんなことあるわけ……


ボス:ああ、飼い猫だよ。


クロ:えっ!


ボス:まあ、正確には、だった、だがな。

   この街に初めて来た時は飼い主がいたんだが、しばらく経って、飼い主が失踪しちまったんだとよ。


クロ:シッソー……って、なに?


トラ:どっかに行っちゃったってこと。

   それは初耳だったなあ……

   でも、なんでまた、失踪なんて?


ボス:知らねーよ。

   それについては、未だに頑として、詳しいことを話そうとはしねえんだ。

   ま、他にも色んな事情を抱えてる奴はいっぱいいるから、俺も訊くのは止めたしな。


トラ:ちなみにそれは、いつ頃から?


ボス:そうだな……

   ちょうど、ユウが初めてここらに現れるより、ちょっと前の事だ。


クロ:へー……

   メアリもいろいろ、大変なんだねえ。


ボス:………………

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ユウ:それじゃあ、今は君は、一人で?


メアリ:そう。

    会のみんなと助け合うこともたまにはあるけど、

    ほとんどみんな、この大都会の中でも、自分一匹の力で生きてる。


ユウ:大変じゃない?


メアリ:そうでもないよ。

    都会で猫なんて、結構物珍しいらしいし、ちょっと懐いたふりをすれば、

    少なくとも、食べるものには困らないしね。


ユウ:た、たくましいね。


メアリ:普通だよ、フツウ。

    それに、田舎と違って、野生の獲物がほとんんどいないから、

    むしろそれくらいしないと、食べ物にありつけないの。

    なりふり構ってられないよ。


ユウ:そっか……


メアリ:……さ、着いたよ。


ユウ:え、着いたって……どこに?


メアリ:あなたの家。


ユウ:えっ、ここって……人間の家じゃないの?


メアリ:………………


ユウ:ねえ、メアリ。


メアリ:……私がしてあげられるのは、これくらいしかないの。

    意地悪なんかじゃない。

    自分で気付いてもらうのが一番だって、信じてるから。


ユウ:メアリ……?


メアリ:なんでもない。

    私この後ちょっと用事あるから、また明日ね。


ユウ:あ、うん……

   ……どういうことなんだろう……

   メアリがここに連れてきたのには、何か意味が?

​(少し距離を置いた木陰)


トラ:どう思う?


クロ:なにが?


トラ:メアリ、やっぱり何か変だよね。


クロ:もしかして……やっぱりメアリは、ユウのことが!?


トラ:どうだろうねえ。

   でも、入れ込みようからして、何か知ってそうだよね。


クロ:そうだねえ。

   訊いてみるの?


トラ:僕達が訊いたところで、あしらわれるだけだろうさ。

   ボスに聞き出してもらう。


クロ:それで、どうするの?


トラ:別にどうもしないさ、ただの暇潰しだよ。

   そうと決まれば、行くよ、クロ。


クロ:はいはぁい。

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ボス:……みたいな理由で、呼び出したってわけだ。

   会合にあんまり来なくなったのは、ひとまず目を瞑っといてやる。


メアリ:そう。


ボス:まあ、俺様自身も、気になってたところはあるしな。

   俺様の許可無しで好き勝手に動くよりかは、事情をあらかじめ知らせといたほうが、

   お互いに変な思い違いして、面倒なことにならなくて済むんじゃねーのか。


メアリ:でも……

    ……分かった。

    その代わり、解決するまでは、秘密にしておいてよ。


ボス:ああ良いだろう、それくらい弁えてらあ。

   そんなわけだからな、そこに隠れてるお前ら、すっこんどけ。


クロ:あっ、バレてた。


トラ:ほら言っただろ、僕達は場違いってことだよ。

   行こう、クロ。


クロ:ちぇっ、せっかく面白い話が聞けると思ったのになー。


ボス:……さて、邪魔者は消えた。

   どっからでも話せ。


メアリ:そうだね、それじゃあ……

(間)​


ボス:………………


メアリ:と、いうわけ。


ボス:なるほどなあ……難儀なことだな。


メアリ:まあ……ね。

    分かったでしょ、これは、私と彼の問題なの。

    他の猫が、どうにか出来るものじゃないって。


ボス:ああ、よく分かったよ。

   もう俺様も、口うるさく言ったりはしねえ。

   好きにしたらいい。


メアリ:うん。

    じゃあ、そろそろ私は帰るよ。


ボス:あー。


メアリ:……あ、ボス。


ボス:あん?

   なんだよ。


メアリ:……ありがとね。


ボス:……うるせえ。

   帰るならさっさと帰れ。


メアリ:はいはい。


ボス:ふん。


トラ:……ふーーーん、なるほどねえ。


ボス:なっ!!

   お前らいつから!


クロ:ついさっきからですよー。


トラ:大丈夫ですって、話はちゃんと、何も聞いてませんから。

   それより、なんでボスがあの2匹にやたら甘いのか、やっと分かりましたよー?


クロ:えっ、なんで、なんで?


トラ:簡単さぁクロ、ボスはメアリの事が……

   いったぁ!!


ボス:いーい度胸だなお前ら……

   俺様を怒らせたらどうなるのか、その身をもって分からせてやろうじゃねえか。


トラ:えっ?

   ええええと、思ったより、怒ってらっしゃる……?


ボス:お前らのその尻尾、蝶々結びにしてやるからそこに並べ!!


トラ:謹んでご遠慮申し上げまーす!

   逃げるよクロ!!


クロ:えっ?

   あ、トラ、ちょっと待ってよー!

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ユウ:(M)

   僕はあの日以来、その家に毎日のように足を運んだ。

   他に行く宛も無いし、比較的、ニンゲン達の数もまばらな場所。

   それになにより、知らない場所のはずなのに、凄く懐かしいような。

   覚えていない家なのに、ひどく慣れ親しんだような、そんな不思議な感覚があったから。

   ……だけどやっぱり、何かを思い出せそうで、思い出せない。

   それの繰り返しだった。

   そんなある日、その家に、来客があった。

   見たところ、学生みたいだ。

   それも、2人。

   1人が呼び鈴を鳴らす……けれども、この家はずっと留守だ。

   誰も答えるはずもない。


学生A:っかしーなー。

    まだ帰ってきてないのかあ。

    サボって旅行とかなら、そろそろ戻ってきててもいいはずなんだけどなあ。


学生B:電気も……点いてないね。

    本当に留守みたいだ。


学生A:そろそろ講義も終盤だってのに。

    アイツ、単位やばいとか言ってなかったっけ?


学生B:それは君も同じじゃないか。

    今だって、可能な限りサボれる講義はサボろうと画策してるだろ?

    僕がノートを取ってるからいいものの。


学生A:それはそれ、これはこれだ。


学生B:あはは、なにそれ。


ユウ:……そっか、ここの家の人も、学生だったんだ。

   でも、どうしたんだろう、友達と連絡とかしてないのかな。


学生B:……ねえ、考えたんだけどさ。


学生A:ん?


学生B:そろそろ、警察に言ってもいいと思うんだ、僕は。


学生A:………………


学生B:だって、おかしいじゃないか。

    ついこの間まで、当たり前のように大学に来てたのに、

    ある日突然、誰にも連絡よこさずに消えるなんてさ。

    僕たちには勿論、家族にすら何も伝言も残してない。

    何か事件に巻き込まれたとか、最悪、自殺なんて事も……


学生A:縁起でもない話はやめろ!


学生B:ご、ごめん。

    でもさ、もうそろそろ1ヶ月だよ。

    1ヶ月も音沙汰が無いなんて……


ユウ:1ヶ月前……自殺……?


学生A:分かってる、分かってるさ。

    とりあえず今日のところは帰ろう。

    ……来週もダメなら、本気で通報も考える。


学生B:……分かった。


学生A:ったく……ユウのやつ、どうしちまったんだ……?


ユウ:…………!?


メアリ:…………

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(回想)


ユウ:ただいまー。


メアリ:あ、ユウ! おかえり!


ユウ:おー、メアリ、ただいま。

   すぐメシ準備するから、ちょっと待っててくれな。


メアリ:うん!


ユウ:っと、電話だ。

   ……ん、母さんから……?

   はい、もしもし母さん?

   ……うん、うん……ああ、それは良かった。

   じゃあ、今度プレゼント送っとくよ。

   ……え、なんでって、忘れたの?

   来月は、母さんの誕生日じゃないか。

   当日に帰るのは無理そうだから、前祝いってことでさ。

   ……ああ、いいよいいよ、お礼は届いてからで。

   それで……え、うん。

   …………そうだね、うん、うん……分かってるって……

   大丈夫大丈夫、こないだのはダメだったけど、また明日も、面接とかあるから。

   うん、はい、母さんも、体に気を付けて。

   それじゃあ、またね。


   …………はあ。


メアリ:電話、お母様から?


ユウ:ああ、今の電話?

   母さんだよ。

   やっとこさ、こじらせてた風邪が治ったんだってさ。

   大した物じゃないけど、歳が歳だから。

   母さんは、僕を産むのが少し遅かったしね。


メアリ:そう、それはよかったじゃない。

    ……それで、その後は?


ユウ:……で、大学もそうだけど、就職活動しっかりやってるのか、って。

   だいぶ前から、ちょくちょく電話が来る度に、この話題になるんだよな。

   もう卒業分の単位も取れてるし、就職活動は行き詰まってはいるけど、

   なんとかなりそうだ……って、毎回答えてはいるんだけどね。


メアリ:え……でも、それって。


ユウ:……全部、嘘っぱちさ。

   何も出来ちゃいないし、このままじゃ、留年が目に見えてるくらいだ。

   でも、電話越しの期待に溢れた母親の声に、そんな事素直に明かせるほど、僕に勇気は無い。

   ……ダメな奴だよ、僕は。

   体裁ばかり気にして、そのくせ、自分からは何もしようとしない……

   このまま隠し通したところで、いつかはバレるんだ。

   その時言うより、今正直に言ったほうが、まだマシに決まってる。

   ……でも、臆病な僕にはそれも出来ない。

   クズみたいな奴だよ、本当に。


メアリ:……ユウ……


ユウ:こうやって追い込まれて、初めて自分の無力さを思い知るよ。

   今まで中途半端に……何もせずにだらけてても、なんだかんだで、何とかなってきてしまったばっかりに。

   ……ろくに受験勉強もしなかったくせに、大学にも入れた。

   何もかも……うまくいくと勘違いして……っ!!


(ユウ、勢い良く手元の刃物を取る)


メアリ:っ!?

    ユウ、何を!?


ユウ:……自分を殺そうと思ったときは、何回でもあった。

   特に、大学に入ってからはね。

   こんな自堕落な人間は、生きていたってしょうがない。

   このまま生きていたって、生きる糧は、惰性だけ……そう思って。

   今だって、死ねるなら、いっそ死にたいさ。

   ……けど、僕にはそんな勇気も無いんだ。

   自分を傷付けることも、自分を殺すことも出来やしない。

   怖いから。

   痛いのは怖い、死ぬのは怖い、死にたくなんかない!

   ……って、逃げるんだ、最後には。

   一人ぼっちで、生きるのも嫌、死ぬのも嫌……だったら、どうするってんだよ……ユウ……


メアリ:……っ……


ユウ:……なあ、メアリ。

   僕はいつも、ふと思うんだよ。

   もし君が、猫でなく、人だったなら。

   或いは、僕が人でなく、猫だったなら。

   お互いが同じ生き物であったなら、僕も少しは、まともな生き方が出来るんじゃないかって……


(回想終了)

メアリ:……思い出した?


ユウ:……そうか、……そうだ……僕は、人間だったんだ……

   そして、ここは、僕の家……


メアリ:そう。

    ユウは私の飼い主で、私はずっとあなたと一緒にいた。

    ……大好きだった。

    優しいところも、少し気の弱いところも、どんな時だって、

    私の世話をしてくれて、毎日毎日愛してくれて、撫でてくれた。

    ある日の朝に、あなたが突然猫の姿になってた時には、当然驚いたわ。

    でも、それでも心の中では喜んでしまってたのよ。

    ああ、これで、ユウは苦しみから解放された。

    本当の意味で、ずっと一緒にいられるんだって、そう思ってしまった。


    ……浅はかだった。

    私も、……ユウも。


ユウ:僕、も?


メアリ:……さっきの2人組を見て、分かったでしょ?

    たとえあなたが、あなたを必要としていなくても、周りがあなたを、必要としているの。

    あなたは自分を否定することしかしていなかったけど、あなたを否定していたのは、あなただけ。

    あなたはこんな所で、こんな姿で、こんな生き方をしているべきじゃないの……!


ユウ:……でも、僕は……


メアリ:59件。


ユウ:え?


メアリ:今、あなたの家の電話に入ってる、留守番電話のメッセージの数。

    家族、友達、大学の先生、他にも沢山。

    毎日毎日鳴ってたわ。

    誰も取る人がいない、家の中で。


ユウ:…………っ……


メアリ:……ねえ、帰ろう?

    私達の、元通りの生活に。

    人間のユウと、猫のメアリの生活に。

    私は今の、猫のユウなんて好きになれない……そんなの、大好きだったユウじゃない。

    優しくて、弱々しくて、それでもやっぱり強かった、私が知ってるユウじゃない……!

    あなたは、一人ぼっちじゃない!


    ……だから……帰ろう……?


ユウ:メアリ……僕は……

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メアリ:ユウー、起きてー!

    遅刻だよー!!


ユウ:んー……

   っいで、いててて!!

   なんだよメアリ、起こすなら引っ掻くとかじゃなくて、もっと優しく……って!

   うわあああ!!

   もう8時過ぎてんじゃんか!!

   電車間に合うかな……ええい、どうにでもなれ!

   行ってきます!!


メアリ:いってらっしゃーい。

    ……ふふっ、あーあ。

    今日祝日なのに、本当に行っちゃった。


ボス:……めでたしめでたし、ってか?

   ふん!


トラ:いいじゃないですかー。

   僕、初めて見ますよ、あんなに楽しそうにメアリが笑ってるところ。


ボス:ああ……

   そういや、こっちに来てからは、ほとんど笑うことなんて無かったからな。


クロ:今更だけど、やっぱりメアリって可愛いよねえ。

   ボクもお嫁さん貰うんだったら、メアリみたいな子がいいなあ。


ボス:生意気言ってんじゃねえ。

   ほら、もう充分だろ、帰るぞ。


クロ:はーい。


トラ:あのぉ、ボス?


ボス:あ?


トラ:そろそろ、この蝶結びをほどいてくれると嬉しいかなーって。

   ものすごく歩きづらいんですけど……


ボス:ふん、自業自得だ。

   ほどきたきゃ自分でほどけ。


クロ:まあまあトラ。

   こうして尻尾が繋がってれば、いつでも一人ぼっちにはならないじゃん?


トラ:ま、まあそれはそうだけど……


クロ:それに、面白いしさ、あはは。


トラ:ちょっと照れた僕が馬鹿だった!

   全然面白くない!


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