ライフ・オーバー

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(役表)

秋也(しゅうや)♂

伸司(しんじ)/刑事♂:

ライラ♀

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ライラ:おはようございまーす。


秋也:んー……


ライラ:おはようございまーす。


秋也:んー……?


ライラ:おーはーよーうーごーざーいーまぁーす。


秋也:んん……

   っあ! やっば!

   今何時!?


ライラ:午前7時50分でーす。

    ギリギリでしたねえ。


秋也:はぁー……危ない危ない。

   今までの苦労が水の泡になるところだった……

   んじゃ、インサート。


ライラ:はい、毎度おめでとうございます!

    本日で通算、連続96日目のログインになります。


秋也:お、残すところあと4日か。


ライラ:そうですねー。

    あ、今日のボーナスは特にありませんので、悪しからずー。


秋也:はいはい。

   分かってるって。


秋也:(M)

   ……ログインボーナス。

   ゲームを少しでも齧った事のある人間なら、馴染みのある言葉だろう。

   僕は今、この妙なアプリと、そのナビゲーターを名乗る画面越しの少女、「ライラ」に、

   凡そ3ヶ月強の間、随分と楽しませてもらっている。

   事の発端は、小さい頃からの悪友、伸司との、何気無いいつも通りの会話から生まれた。

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秋也:なあ伸司、なんか面白いゲーム知らない?


伸司:んー?

   なんだよ、いきなり。


秋也:いやさぁ、最近色んなゲームが次から次へとリリースされてるけど、似たようなのばっかりじゃん?

   一応面白そうなのには手を出しては見るんだけど、すぐ飽きちゃってさ。


伸司:俺に言われてもなあ。

   あれ、でもお前、つい最近なんかのゲームに、結構な課金してなかったっけ。

   大型アップデートとイベントがどうのこうの言って。


秋也:ああ、あれももう辞めちゃったよ。

   課金したっていっても5000円くらいだし、それで何かが得られたかって言われると、微妙。


伸司:ふーん。

   課金したなら、少しはアンストに躊躇いとか生まれそうなもんだけどなあ。


秋也:全然。


伸司:さいですか。


秋也:んで、何か無い?


伸司:何かって言われてもなぁ。

   俺はお前と違って、そこまでゲーマーって訳でもないし。


秋也:だからこそだよ。

   違う価値観の人間に聞いた方が、新しい発見があるかも知れないだろ。


伸司:そういうもんかねえ。


秋也:……ていうか、さっきから何見てんの? それ。


伸司:ん、ああこれ?

   これはまあ、ちょっとな……


秋也:なんだよ、気味悪い濁し方して。


伸司:別に気味悪くは無いだろ。


秋也:……なんか、全然見た事ない画面だな。

   どっかの新作か?


(秋也が伸司のスマホ画面を覗き込むと、画面端からライラが現れる)


ライラ:お、そこの御方、興味がおありで?


秋也:うわ!?

   なんか出て来た!


ライラ:なんか、とは失礼な。

    私には「ライラ」という、ちゃんとした名前があります。


秋也:ラ、ライラ……?

   いや、そんな事言われても……

   ……ていうか、え?

   なんだこれ、アバターを使ったビデオ通話とか?


ライラ:違いますよー。

    私はこのシンジさんのスマホに入っているアプリ、「LIFE OVER」のナビゲーターです。


秋也:ライフ、オーバー……?

   なんだっけかそれ、英語で……生涯、とか?


ライラ:そう訳す場合もありますねー。

    でも、このアプリの意味する所は違います。

    今以上の生活を齎す、より豊かな人生を謳歌する。

    そういう意味合いでの、「OVER」なんです。


秋也:……いまいち、言ってる事がよく分かんないな。

   なあ伸司、何なんだよ、これ。


伸司:……都市伝説、だよ。


秋也:都市伝説?


伸司:ああ。

   って言っても、マイナーもマイナー、まだ都市伝説と呼んでいいかどうかも分からないような与太話さ。

   この世界には、絶対に手を出してはいけないアプリってモノが幾つもある。

   そんな界隈に、何の前触れも無く、突如として現れたのが、この「LIFE OVER」なんだ。

   名前の噂だけは何件か報告が出てるけど、肝心の具体的な内容については、未だに全然情報が出て来てない。

   利用してる人が揃いも揃って、途中からぱったりと報告を止めちゃってるらしくてな。


秋也:……そんな得体も知れないアプリなのに、何で?


伸司:入ってたんだよ、勝手に。


秋也:は?


伸司:このアプリについて、色々調べてた日の翌朝だ。

   知らないうちにインストールされてて、画面の中に、この子がいた。

   勿論、俺は誓って自分からインストールした覚えは無いし、履歴にすら残ってない。


ライラ:はいはーい、私でーす。


秋也:あからさまにおかしいだろ、そんなの。

   どうしてさっさとアンストしないんだよ。


伸司:……どうして、だと思う?


秋也:どうして、って……


伸司:この子がな、インストールされた初日の朝、教えてくれたんだよ。

   「午前8時ちょうどまでに、ログインを行って下さい」って。


秋也:ログイン……って、ゲームの?


伸司:そう、それ。

   俺は教えられた通り、8時前に「インサート」っていう、合言葉を唱えた。

   それこそまさに、ゲームを始める時の、ログインみたいに、だ。

   ……そうしたらな、増えたんだよ。


秋也:増えた?

   何が?


ライラ:シンジさんのお金が、ですよー。

    直接お見せした方が、早いんじゃないですか?


伸司:ああ、それもそうだな。


秋也:…………?


伸司:……これ、俺の口座の残高なんだけどさ。

   このアプリがインストールされた日、つまり、初ログインの日がここ。

   で、5日目がここで、10日目がここ。

   ……これ見るだけでも分かるだろ、このアプリを消さない理由が。


秋也:(M)

   僕は、思わず唾を飲んだ。

   それはそうだ。

   伸司の口座の残高が、初日に50万、5日目に100万、10日目には500万と、

   毎日50万、5の付く日に100万、10の倍数日には500万ずつ。

   判で押したかのように、恐ろしいほどのペースで爆増していたからだ。

   ……単純計算で、月に、3000万前後。

   そんな法外な収入、アルバイトで食い繋いでいる僕達が、手に入れられる筈が無い。

   信じ難い事だが、このアプリの仕業というのは、どうやら曲げようの無い事実らしい。

   やがて、未知の桁の金額を目の当たりにして、

   半ば放心状態の僕の意識を引き戻すように、伸司は言葉を続けた。


伸司:……ただな。

   このアプリは、100日で効果が終わって、勝手にデータごと消えるらしいんだ。


秋也:100日?


伸司:そう。

   正確には、100日連続でログインしなきゃいけない。

   一回でもログインし損ねたり、途中でアプリを消したりしたら、二度とやり直せない。

   それまで得ていた多額の報酬も、あっさりパアって事だ。


秋也:……まあ、それはそうだろうね。

   じゃあ、仮に、100日連続でログインに成功したら?


伸司:それは……

   正直、俺も半信半疑なんだけど……


ライラ:あーーーーー!!


秋也:!?


伸司:うわっ!?


ライラ:ダメですよー、シンジさん!!

    まだ利用者でもないヒトに、そこまで教えたら!!

    それは本来、アプリを使っているヒトだけの特権なんですから!!

    最初にちゃんと説明したじゃないですか!!


伸司:あ、ああ、そうだった。

   ごめんごめん。


ライラ:もー……危ないですねー。


伸司:って事なんだ。

   悪い、秋也。

   このアプリについては、これ以上教えられない。


秋也:……そっか。


伸司:で、なんだっけ、面白いゲーム?


秋也:ああ……いや、それはもう良いや。

   僕そろそろバイトの時間だから、先に帰るよ。


伸司:お、おう。

   んじゃ、また今度な。


秋也:ああ。


秋也:(M)

   そして、僕は伸司と別れ、バイトに向かった。

   ……それから家に帰るまでの事は正直、あまり覚えていない。

   恐らく、あの非現実的極まりないアプリの事しか、考えていなかったのだろう。

   休憩時間に「LIFE OVER」で検索を掛けても、当然ながら、何も引っ掛からなかった。


秋也:……知らない内に、いつの間にか……か。


秋也:(M)

   いっそ、馬鹿話と一蹴して、その日のうちに忘れてしまおうとも思った。

   それでも、本能に近い、醜く強い欲求が、それを許してはくれなかったのだ。

   ……だからなのだろうか、寧ろ、必然とすら言うべきなのか。

   あのアプリが、そして、あの少女が。

   僕のスマホの画面にも、僕の欲望が引いた脈絡を辿って来たかのように、颯爽と現れたのは。


ライラ:どうもどうもー。


秋也:……ああ、どうも。


ライラ:あら、意外。


秋也:何が?


ライラ:驚かれないんですねー。


秋也:まあ、そりゃあね。

   正直、やっぱり、とすら思ってるくらいだよ。


ライラ:おやおや、それは僥倖ですねー。

    お話が早い。


秋也:どういう理屈かは知らないけど、偶然には、絶対有り得ないんだろ?


ライラ:ええ、ご明察ですー。

    このアプリの存在、即ち、「LIFE OVER」の名前とその効力を知り、

    且つ、これを深層心理で強く望まなければ、私は決して現れる事はありません。

    まあ尤も、難しいのは前者だけで、その条件さえ満たしてしまえば、

    ほぼ例外は無いというくらいなんですがー。


秋也:僕のように、ね。


ライラ:そう、貴方のように。

    そして、貴方の御友人、シンジさんのように、ですねー。


秋也:……だろうね。

   で、一応確認なんだけど。


ライラ:はい?


秋也:僕がこのアプリを使う上で、何か守らなきゃいけない事とかは?


ライラ:あらあら、気が早いですねー。

    訊かれなくても、ちゃんと説明しますのに。


秋也:生憎と、好奇心旺盛な性分でね。


ライラ:ふふ、でしょうねー。

    シンジさんとの会話の中ででも言ってましたが、貴方にやって頂く事は、

    「毎朝8時までにこのアプリを起動し、『インサート』と唱える」。

    この「ログイン」と呼ぶ行為を行う以外、特に何もありません。

    私やこのアプリについて、口外してはいけないというルールもありませんし、

    勝手にアンインストールしたとしても、これといったペナルティは生じません。

    ただ、100日連続でログインに失敗する、

    又は途中でこのアプリをアンインストールしてしまった場合、

    それまで得ていた特典(ボーナス)は、全て消滅してしまいます。

    また、このアプリを使用出来るのは一度きりとなっていますので、

    先述の条件を満たしたか否かに関係無く、一度消えてしまったら、

    二度と利用する事は出来ません。


秋也:成程。

   他には?


ライラ:以上ですー。


秋也:それだけ?


ライラ:ええ、これだけです。

    まあ要するに、頑張って100日連続ログインを目指して下さい、って事ですねー。


秋也:リスクとかは?


ライラ:はい?


秋也:そんな簡単に大金を手に入れられるなら、

   何かしらリスクを背負わされたとしても、不思議じゃないけど。


ライラ:ありませんよー、そんな物。

    言ってみればこのアプリは、私の善意ですから。

    生き死にの路頭に迷う、幸薄かろう現代人への、ね。


秋也:……皮肉めいた事を言ってくれるよ。

   それが冗談なのか、本心なのかは知らないけど。


ライラ:さてさて、どうでしょうねー。

    ……では、早速、初日1回目のログインを試してみましょうか。


秋也:朝8時は、とっくに過ぎてるけど?


ライラ:特別ですよー、ト・ク・ベ・ツ。

    初回特典、だとでもお考え下さい。


秋也:成程、そういう事ね。

   それじゃ、えーと……

   インサート。


ライラ:はい、おめでとうございますー。

    無事1回目のログイン、達成です。

    ボーナスとして、現金50万円が支給されます。

    後程、ご自身の口座を確認してみて下さい。

    シンジさんに見せて貰っていた通り、5日目には100万、10日目には500万と、

    ログインボーナスが自動的に振り込まれますので。

    頑張ってログインを続けて下さいねー。


秋也:ああ。

   100日間、よろしく頼むよ、ライラ。


ライラ:こちらこそ、ですよー、シュウヤさん。


秋也:……やっぱり、こっちの名前もお見通しか。

   あ、そうだ。


ライラ:はい?


秋也:もうひとつだけ、訊きたい事が……


ライラ:はい、なんです?


秋也:……いや、やっぱり、何でもない。


ライラ:?

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


伸司:……そっか。

   秋也もあれ、始めたのか。


秋也:ああ。

   と言っても、もう1ヶ月以上前の話だけどね。

   お陰であっという間に、バイト代何年分かも分からないような金額が手に入ったよ。


伸司:じゃあ、何ですぐ教えてくれなかったんだよ?


秋也:タイミングを待ってたからさ。


伸司:タイミング?


秋也:伸司、さ。

   お前、そろそろ100日目が間近なんじゃないか?


伸司:……何で、それを?


秋也:初めてあのアプリを教えてもらった日に、ログインボーナスを貰ってる月日も見せてもらっただろ。

   そこから計算すれば、すぐ分かる事さ。


伸司:相変わらず、変な所で目敏いな。


秋也:褒め言葉として受け取っておくよ。


伸司:……で、わざわざ電話してきたのは?


秋也:薄々分かってるくせに。

   100日連続でログインに成功したら、何を得られるのか、だよ。


伸司:ライラに訊けば良いじゃないか。

   他でもない、アプリのナビゲーターなんだから。


秋也:教えてくれる保証が無かったんだよ。

   それに、伸司が言葉を濁すなんて、よっぽどの事だろうと思ってさ。

   だからこそ敢えて、伸司の口から聴きたかった。

   このアプリを使ってる先輩でもあるしね。


伸司:なんか含みのある言い方だなあ。

   ……分かったよ。

   100日目にはな……


(突然、電話が切れる)


秋也:えっ。


ライラ:はーい、ダメでーす。


秋也:ライラ……君の仕業か。


ライラ:ダメですよー、シュウヤさん。

    先に知ってしまったら、楽しみが減ってしまうじゃないですか。

    まだまだ貴方は先が長いんですから、気長に待たないと。


秋也:でも、伸司はせいぜい2ヶ月くらいの段階で、もう知ってた口振りだったじゃないか。


ライラ:それはー……その……

    私がちょっと、口を滑らせてしまいましてー……


秋也:だったら、僕が知っちゃいけない道理は無いだろ。

   それか、もう1回くらい口滑らせてみなよ。


ライラ:ダメったらダメですー!

    確かにシンジさんが先に知ってしまっていたのは私の落ち度ですけど、

    それとこれとは話が別です!

    兎に角、次に同じ事しようとしたら、

    お二人共から、強制的にアンインストールさせてもらいますからね。


秋也:……その脅し文句は狡いな。

   分かったよ、悪かった。


ライラ:分かって頂ければ良いのです。


秋也:(M)

   ……恐らく、電話が強制的に切られた後、伸司もライラに同じような事を言われたのだろう。

   この日以降、僕達の間で、このアプリの話題は出さないというのが暗黙の了解になった。

   とはいえ、僕は兎も角として、伸司は明らかに挙動不審というか、落ち着きが無い様子で。

   まるで、常に何かに急かされているかのような。

   或いは、不可視の存在に、ぐいぐいと手を引かれているかのような。

   そんな風に見えていた。

   ……そして、伸司のログイン日数が、100日を越えたと思われた数日後。

   不意に掛かってきた1本の電話が、全てを変えた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


秋也:……誰だ、この番号。

   はい、もしもし?


刑事:もしもし。

   私、A市警察署の室井(むろい)と申しますが。

   安堂(あんどう)秋也さん、のお電話で間違いありませんか。


秋也:え、ええ。

   そうですけど……


刑事:失礼ですが、佐田(さだ)伸司さんとは、御友人関係で?


秋也:え、まあ、はい。

   そこそこ長い付き合いですけど。


刑事:……そうですか。


秋也:……あの、伸司が、何か?


刑事:御家族の方には既に連絡致しまして、伸司さんのスマホの通話履歴を拝見した所、

   一番最近の相手が貴方だったもので、念の為、と思いまして。


秋也:………………


刑事:……落ち着いて、聴いて下さい。

   佐田伸司さんがつい先程、自宅のマンションで、

   飛び降り自殺をしたと思われる状態で発見されました。

   頭部が下になった状態で落ちたらしく、とても言葉で言い表せないような、凄惨な状態で。

   ほぼ確実に、即死だったと。


秋也:……そう……です、か。


刑事:詳しくは、署でお話しします。

   恐縮ではありますが、御足労願えますか。


秋也:……分かりました。


刑事:ああ、ただその前にひとつだけ、お尋ねしたい事が。


秋也:はい?


刑事:どうやら伸司さんは、3ヶ月ほど前から、

   口座の残高が、不自然なほど急激に増えていたようなんです。

   それこそ、月に数千万円、というペースで。

   御家族の方は、特に思い当たるようなことは無いそうなんですが、

   何か事件に巻き込まれていたとか、暴力団関係に携わっていたとか。

   そういうような話は、聞いていませんか。


秋也:………………

   いえ、そういうのは、特に……


刑事:……そうですか、分かりました。

   では、いつでも結構ですので、一度、御来所をお願いします。


秋也:はい……分かりました。


刑事:では、失礼致します。


秋也:(M)

   ……思考が、停止していた。

   「LIFE OVER」の存在を仄めかせば、確実に話がややこしくなってしまうだろう。

   その程度の判断が出来るくらいには、冷静さも残っていたらしいが。

   何で、このタイミングで?

   どこか落ち着きが無かったのは、死にたがってたからなのか?

   だとしても、どうして?

   少なくともこのアプリのお陰で、金に困るなんて事は、およそ有り得なかった。

   死に急ぐ理由なんてものは、僕が知る限りでは、何も無かった筈だ。 

   ……じゃあ、何で。

   解決しようも無い、答えも出ようが無い疑問が、無限に脳内を跋扈した。

   人が自ら死ぬ理由なんて、自ら死んだ人間にしか分からない。

   ……やがて、感情の濁流が入り混じる僕を窘めたのは、

   或いは独り言にも似た、ライラの一言だった。


ライラ:いずれ分かりますよ、シュウヤさんにも。

    その時が来れば……ね。


秋也:……え?

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ライラ:どうされましたー?

    急にぼーっとして。


秋也:ああ、いや……別に。


ライラ:もしかして、緊張されてますー?


秋也:緊張……そうかもしれない、かな。

   いざ、当日になってみるとね。


ライラ:まあまあ。

    さあ、じゃあ、どうぞ。

    いつも通りに、ログインして下さい。


秋也:(深呼吸)

   ……インサート。


ライラ:はい、おめでとうございますー!

    アンドウシュウヤさん、貴方は無事この「LIFE OVER」において、

    連続100日ログインを達成されました!

    ナビゲーターとして心から、御祝い申し上げますー!


秋也:ああ、どうも。

   それで……


ライラ:それで、気になっているのはたったひとつですよね?


秋也:そうだ。

   僕がずっと知りたかったのは、たったそれだけ。

   100日連続ログインを達成した今、何が得られるのか。


ライラ:そうですよねー。

    では、満を持して申し上げましょう。

    100日目のログインボーナスは、「ライフ」、です。


秋也:……ライフ?


ライラ:ええ。

    より分かりやすく、ゲーム風に表現するなら、残機プラス1。

    要は、貴方の人生に、コンティニューが追加されるのです。

    不慮の事故で死のうが、寿命で天寿を全うしようが、

    それこそ、自殺をしようが……ね。


秋也:……まさか。


ライラ:と、思いますよねー?

    そんな馬鹿な事、ある訳が無い、って。

    でも、私と、このアプリの非現実的な力は、この99日間で、嫌という程見てきた筈。

    頭ごなしに、一笑に付すことは出来ないでしょう?

    否定するに足る材料が、そちらには何も無いんですから。


秋也:(M)

   ……確かに、そうだ。

   僕はこのたった3ヶ月で、高級車も即金で買えるような、

   馬鹿馬鹿しい程の大金を、何の苦労もせずに手に入れた。

   それは紛う事無く、他ならぬ、彼女と、このアプリの力によってだ。

   人生のコンティニューなんて与太話、普通なら耳を傾けるにも値しない。

   ……けれど、今の僕にとっては……


ライラ:因みに、「つづきから」と、「さいしょから」、

    どちらにされますかー?


秋也:なんだ、それは。


ライラ:「つづきから」の場合は、亡くなったその瞬間にコンティニューとなり、

    死んだ事実そのものが、無かったことになります。

    つまり、アンドウシュウヤさんという人間のまま、亡くなったその時点からやり直すという事。

    但し、寿命で亡くなってしまった場合は、続けようがありませんから、

    そのまま御臨終となってしまいます。

    まあ、死んでしまう程の不幸に見舞われた時の為の保険、と考えた方が良いかもですねー。


秋也:じゃあ、「さいしょから」っていうのは?


ライラ:「さいしょから」は、文字通り、人生の最初から。

    つまり、産まれる所からやり直しです。

    死んで生まれ変わる訳ですから当然、別の人間として生きる事になりますが、

    前世の記憶として、亡くなる以前の記憶も、生きる上で支障が無い程度に引き継がれます。

    ただ、必ずしも確実に産まれて来れる保証はありませんので、

    どちらも相応のリスクはある、という事ですねー。


秋也:……死ぬまでに、お金を使い切っていなかった場合は?


ライラ:やっぱり、同じことを訊かれますね。

    ご心配なさらずー。

    どちらを選ぼうとも、ログインボーナスで得たお金の残額は、何らかの形で引き継がれますので。

    ただ、コンティニュー後にもう一度、アプリをインストールする事は出来ませんので。

    そこは予め、ご了承下さいねー。


秋也:それじゃあつまり、伸司の自殺は……


ライラ:そうですねー、ご想像通りです。

    シンジさんは「さいしょから」を選び、早々に今世を捨てた、という事になりますねー。

    特別不遇な人生を送って来たという訳でもないでしょうに、

    修也さんに相談もせずに、なんとも身勝手で、贅沢なことですねー。


秋也:……可も不可も無い人生が、退屈で仕方が無かったんだろ。

   僕達くらいの年代は、特に意味も無く、そんな事を考えるものなんだよ。

   ……僕だって、その気持ちは、分からないとは言い切れない。


ライラ:そういうものですかねー?


秋也:そういうものなんだよ、人間なんてのは。

   ……僕は、「つづきから」にしておくよ。

   ほぼ確実に生まれ変われるというのも魅力的だけど、

   僕は、可も不可も無い今の人生も、そこそこ気に入ってる。


ライラ:畏まりましたー。

    では、100日連続ログインのボーナスとして、ライフをプレゼントさせて頂きますねー。

    こちらは今までと違って、すぐに確かめられるものではありませんが、

    それはまあ、亡くなってからのお楽しみ、という事でー。


秋也:ああ、そうさせてもらうよ。

   試してみたい事もあるし……ね。


ライラ:はい?


秋也:なんでもない。


ライラ:そうですかー?

    それでは、アンドウシュウヤ様への「LIFE OVER」によるサービスは、これにて終了となりますー。

    御利用ありがとうございましたー!


秋也:ああ、こちらこそ。


ライラ:それではー!


秋也:(M)

   ……そうして、彼女と、「LIFE OVER」のアプリは、僕のスマホから消えた。

   まるで、始めからそこにいなかったかのように、笑える程にあっさりと。

   間接的にとはいえ、伸司を殺した張本人、とも言うべき存在の筈なのに、

   恨み節の一拍子も、湧いては来なかった。

   それはきっと、僕もまた、或いは伸司と同じ。

   衝動めいた好奇心に、心を支配され始めていたからだ。

   コンティニューという、この世の理を無碍にするかのような概念を聞いてから、みるみる膨らみ上がった、

   「死んでみたい」、という心理。 

   不意な物心として人間を狂わせる、最も忌むべき欲求。

   けれど、人間が最も人間らしいとも呼べる、

   人間しか抱かない、命持つものとして最悪な欲求。

   その欲に幾度と無く駆られる事はあっても、

   正常心が残っていたなら、それに呑まれる事は無い。

   何故?

   簡単だ。

   命は、ひとつしか無いからだ。

   ひとつしか無い命を、理由も無く、興味本位で捨てる馬鹿は、そういない。

   ……ならば、ひとつしかない筈の命が、ふたつあったのなら、どうだ?

   ほんの軽はずみで、興味本位でひとつを捨ててしまうのも、また人間の性じゃないか。

   本来捨てられる筈ではないものなら、尚の事、だ。

   ……だから、僕は。

   2度きりになった人生で、たった1度きりの馬鹿をやってみる。

   先にいった伸司も、恐らくそうだったように。

   「1度くらい、良いだろう」

   そんな、子どもじみた言い訳をのこして。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


ライラ:……ふーむ、やっぱり。

    アンドウシュウヤ、「LIFE is OVER」……っと。

    不思議なものですねー。

    皆さん揃いも揃って、あんな馬鹿話を真に受けて、凶行に走ってしまう。

    命の繰り越しなんてそんなもの、出来る筈ありませんのに。

    というか、そもそも、察せないものなんでしょうかねー。

    何とも浅はかというか、何と言うか……

    ……まあ、いっか。

    思いの外、心の弱い年代ほど、これ、喜んで貰えるみたいですし。

    もうちょっとだけ、続けてみましょうかねー。

    ……おっ。

    もし、そこの御方。

    「LIFE OVER」……というアプリ、御存知ですか?


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