マトリョーシカ・シンドローム

(登場人物)

・悟田 燈(さとだ あかり):♀

主人公。心が読める。

頼まれたら断れないタイプ。

・森 美夜子(もり みやこ):♀

燈の幼馴染。

・樹下 脩一(きのした ゆういち):♂

上2人のクラスメイト。

燈に片想い中。


・篝(かがり):♂

人形館「die Seele」の主、兼占い師。年齢不詳。

雰囲気が胡散臭い。


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(役表)

燈:

美夜子:

脩一:

篝:

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脩一:しまったなあ……うっかりしてた、早いとこ済まさないと……

   しかし、今からどうやって……

   あ!


燈:え?


脩一:さ、悟田!

   いいとこに来てくれた!


燈:えっ、な、なにが?

  いきなりどうしたの、樹下君。


脩一:いやー……今日俺日直でさ……

   学級日誌書いて、提出しなきゃいけないんだけどさ。


燈:うん。

脩一:どーーーーーしても、外せない用事があってさ!

   頼む、一生のお願いだ!

   俺の代わりに、学級日誌を書いて、提出しておいてくれないか!?


燈:え、ええ!?

  急にそんなこと言われても、私は忘れ物取りに来ただけだし……

  それに、用事って……


脩一:(……部活って言ったほうが良いかなー……

   でもそれだったら、学級日誌を押し付けてまで行く理由としては不自然だしなあ……

   委員会の仕事……?

   いやいやいや、委員会になんて所属してないのは、同じクラスだからバレバレだし……

   だからといって正直に、今日発売のゲーム買いに行く、なんて言ったら恰好つかねえし、

   ていうかそもそも、理由が最低すぎる……なんて言おう……)


燈:……分かった。


脩一:へっ?


燈:代わりに出しとくよ。

  何の用事かは分かんないけど、それくらいなら……


脩一:……ぅおおおお、恩に着るよ、悟田!

   今度なんでも、言うこと聞くから!

   じゃ、よろしく頼んだ!!


燈:う、うん、また明日。


美夜子:燈ぃー、ノートあったー?


燈:あ、美夜子。

  ごめん、ちょっと今、それどころじゃなくなっちゃって……


美夜子:なにそれ、学級日誌?

    今日の日直って、燈だったっけ?


燈:ううん、樹下君。


美夜子:だよねえ。

    ……あれ?

    でもアイツ今、すごい勢いで、廊下を駆け抜けていったけど……


燈:……新しいゲーム買いに行くんだって。


美夜子:はぁ!? ゲーム!?

    そんな理由で!?


燈:あっ、ち、違う違う!

  えっと……部活! 部活で!


美夜子:アイツは万年帰宅部よ。

    はぁー……ちょっと今度、グーパン1発入れなきゃダメね。


燈:べ、別にそこまでしなくても……


美夜子:それにしても、燈はお人好しよねー。

    そんなくだらない理由ってわかってるのに、快く引き受けちゃうんだから。


燈:……うん。


燈:(M)

  ……私は、他人の心が読める。

  正確には、意識せずとも勝手に、心の声が聞こえてしまう。

  そんな体質になったのは、幼い頃、なにかとても酷い事を言って、友人と絶好した時からだっただろうか。

  それ以来、何故だか、他人の心が読めるようになって、

  どこでどうすれば、相手が喜んでくれるのか、そういうのも、分かるようになった。

  そうして、人一倍気を遣うようになった私は、何を頼まれても、

  多少理不尽な理由でも、ほとんど断らなかった。

  そうする事で、他人に喜んでもらう事を、私自身の、心を守る手段として、ずっと利用してきた。

  ……他人に嫌われるというのが、私は、この世の何よりも、怖いから。


美夜子:燈、聞いてる?


燈:……えっ、なにが?


美夜子:だーかーらぁ、嫌な時は嫌って、ズバッと言ったほうがいいよって。

​    ただでさえ燈は気弱なんだから、そのうち誰からも、何頼んでもやってくれるーとか思われちゃうよ?


燈:うん……そう、だね。

  気を付ける。


美夜子:……まあ?

    今回は、相手が脩一だったから、つい引き受けちゃったのかも知れないしねえ?


燈:へ? な、なにが?

  何のこと?


美夜子:さぁ~? なにか言ったかなぁ~?

    にしししししっ。


燈:も、もう美夜子、からかわないでよ。


美夜子:あははは!

    わかりやすいねぇ、燈は。

    ほらほら、さっさと学級日誌書いちゃって帰ろ。


燈:う、うん。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


美夜子:……ってなわけでさ、全く大変だったのよー。

    あの時先生が気付いてくれてなかったら、今頃どうなってたやら……


燈:あははは。

  でも結果的に、何事も無くてよかったじゃない。


美夜子:まあ、それはそうなんだけどねー……

    ……あ、それはそうとさ、今度の、


燈:あっ、美夜子、前!


美夜子:へ?

    おわっ!


篝:っと……失礼。


美夜子:ご、ごめんなさい、前見てなくて!


篝:いえいえ、僕こそ。

  それより、お怪我は?


美夜子:だ、大丈夫です、ハイ。


篝:それはよかった。


燈:美夜子、大丈夫?


美夜子:うん、大丈夫大丈夫。


篝:……あ、そうだ。

  ちょっといいですか。


燈:はい?


篝:ここから郵便局へは、どっちへ行ったら良いですかね?


燈:ゆ、郵便局……ですか?

  えっと、えっと……美夜子わかる?


美夜子:うーん、場所は分かるんだけど……

    道筋を口で説明できる自信が無いね……


篝:よければ、そこまで案内していただけると助かるのですが……


美夜子:……って言ってるけど、どうする?

   (顔はかっこいいんだけど、こういう顔でこういう事言ってくるってことは……

    道を尋ねると思わせての、ナンパ……?

    それとも誘拐!?

    いやいや、そんな白昼堂々と……むしろ逆に!?)


燈:う、うーーん……

 (ナンパか、誘拐……

  そんなことするような人には見えないけど……

  本当に困ってる人かもしれないし、でも人は見かけに……

  でもこのままでも埓があかないし、行ってあげたほうが良い、よね……?)


篝:……ぷっ。


燈:え?


篝:ああ失礼、冗談ですよ。


美夜子:じょ、冗談?

    え、どこからどこまでが?


篝:郵便局に、特に用はありません。

  ちょっとだけ、試してみたくなりましてね。


燈:は、はぁ……

 (変わった人、だなぁ……)


美夜子:???

   (何言ってるんだろ、この人は……やっぱり変人?)


篝:まあ、変な人だと思われても仕方ない、自覚はありますから。

  それじゃ、家までお気を付けて。


燈:……え、あの人、今……?


美夜子:ん、なに?


燈:あ、ううん、なんでもない。


美夜子:それにしても変な人だったねえ。

    内心、新手の誘拐犯かと思っちゃった。


燈:あ、あはは……まさかね。


美夜子:……あれ、なんか落ちてる……?


燈:美夜子?


美夜子:あ、うん、すぐ行く。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


燈:おはよー。


美夜子:あ、おはよ、燈。


燈:あの後メール返せなくてごめんね。

  いろいろやってたら、つい忘れちゃって……


美夜子:ああ、いーのいーの。

    私も私ですぐ寝ちゃってたから。


燈:そっか。


美夜子:それはそうとさ、昨日言いそびれちゃったんだけど。

    燈、今年はどうするの?

    やっぱり脩一?


燈:え、なにが?


美夜子:まーたまた、すっとぼけちゃってぇ。

    誤魔化そうとするあたり、図星かなあ?


燈:え、えっと……だから、なんの事?

  何かあったっけ?


美夜子:もう2月の上旬よ?

    なんとなく、学校中の女子に落ち着きが無いの、気付かない?


燈:まあ、なんとなくは……

  ……あ!


美夜子:気付いたわね?

    そう、もうすぐバレンタインなわけよ!

    恋の連鎖が渦巻く、波乱万丈な学校生活の中で、最も男女ともに忙しなくなるこの時期。

    乗り遅れたら、あっという間にドボンよ!?


燈:ど、どぼん……?


脩一:よーっす。


美夜子:お、噂をすれば。


脩一:ん?

   なんだよ美夜子、また俺の陰口でも吹き込んでたのか?


美夜子:さぁー、どうですかねー。


脩一:なんだそれ。

   あ、それはそうと悟田、昨日は悪かった!

   面倒事押し付けちゃって、ほんっと悪かった!!


燈:そ、そんな、いいよ。

  そこまで気にしてないから……


脩一:……で、重ね重ねで悪いんだが、もう一つばかり、頼みたい事があってな……


燈:え、なに?


脩一:これを、林田先生に、俺の代わりに出してきてはくれないか。


燈:これって……


美夜子:なにこれ、数学のプリント?


脩一:そうだ。

   宿題になってた、数学のプリントだ。

   ……提出期限は、先々週だけどな……


美夜子:あんたって奴は……

    林田先生って、提出期限にはめちゃくちゃ厳しいって、もっぱらの評判じゃない……


脩一:ああ、そうだ……

   怒声で済むんだったらまだいいが、下手したら宿題倍増とか言われかねん!

   だが、俺以外の人間が代わりに出しに行ってくれれば、もしかしたら情状酌量の余地が、


美夜子:バッカじゃないの!?

    無理に決まってんじゃない!

    それにそんなの、下手したら燈まで、要らない巻き添え喰らうでしょうが!


脩一:だって怖いんだよ、林田先生はほんとに!

   頼む悟田、後生だ!!

   こんなこと、今後一生、二度と頼まないようにするから!!


燈:う、うん……私は、いいけど……


脩一:おお!!

   ありがとう、悟田大明神!!


美夜子:よ・く・な・い!!

    自分で行ってきなさい!!


燈:み、美夜子……私は別に、


美夜子:駄目ったら駄目!!


燈:っ……


美夜子:あっ……

    ご、ごめん、つい……


脩一:……分かった、悪い。

   やっぱり、自分で行ってくるわ、潔くな。


美夜子:……最初からそうしなさいよ。


燈:美夜子……


美夜子:ごめんね、燈にまで怒鳴ったりして。

    ……どうしても、ね、とても見ていられなくなっちゃってさ。

    いくら相手が脩一だからって……

    ううん、脩一相手じゃなくても。

    燈って、どんなに自分が、ほんとは嫌だって思ってても、絶対に引き受けちゃうでしょ?

    今回だって、私がいなかったら、本当に代わりに出しに行ってただろうし。

    何の見返りも求めずに。


燈:う、うん……


美夜子:それが、悪いことだとまでは言わないよ。

    燈は優しいし、善意でやってるんだって分かってる。

    ……でもさ、昨日も言ったけど、嫌なことは嫌だって、はっきり言ったほうがいいと思うの。

    誰とでも痛み分けをしてたら、いつか疲れて、潰れちゃうよ。

    例えみんなの為だとしても、燈は、ひとりしかいないんだからさ。


燈:………………


美夜子:……ごめん、朝から辛気臭い話しちゃって。


燈:ううん……ありがとう。


美夜子:まあ、最初のバレンタインの話はぶっちゃけ、そこまで重要じゃなくてね。

    本命は、こっちなんだ。


燈:なにこれ、チケット?


美夜子:そう。

    読める? これ。


燈:……ダ、ダイ……シー……?


美夜子:「die Seele(ディ・ゼーレ)」。

    調べてみたらドイツ語で、魂とか精神とか、そんな意味なんだって。


燈:なにかのお店?


美夜子:それがね、最近急にここいらで有名になり始めた、占い師がいるところなんだって。

    前世、恋愛、運勢、運命、人生相談までなんでもござれ。

    で、これはそこの、初回無料のチケットってわけ。


燈:へえ……


美夜子:どう、行ってみない?


燈:占い……かあ。

  うん、面白そうかも。


美夜子:ん、決まり。

    じゃあ、期限は特に無いみたいだから、土曜ね。


燈:うん。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


美夜子:……で、やってきました。


燈:うん。


脩一:……なんで俺まで連れてこられたんだ?


美夜子:腐れ縁のよしみよ。


脩一:意味がわからん。

   「暇か、暇よね、じゃあ来い」で呼び出される身にもなれよ。


美夜子:(小声)

    そう言いながらさあ、ぶっちゃけ嬉しいんじゃないの?

    燈と一緒にお出かけよ?

    どーせ、この間の埋め合わせの仕方が分からなくて、二進も三進もいかなくなってたんでしょ?


脩一:(小声)

   ぐっ……お前、そういう時ばっかり鋭いな……

   言っとくけど、礼は言わないからな。


美夜子:(小声)

    ふーん、そうですかー。


燈:2人共どうしたの、入らないの?


脩一:へっ?

   あ、ああ、入る入る!


美夜子:あ、こら!

    勝手に先に行かないでよ!


篝:いらっしゃいませ。

  ……おや、君達は、確か。


美夜子:あ、こないだの!

    ……誰だっけ。


燈:名前は聞いてないけど……

  こんにちは。


篝:こんにちは。

  今日は、どのようなご用件で?


脩一:えーと……

   なんか、占いがどーたらこーたら?


篝:ああ、占いか。

  そんなに広めてもいないのに、よく此処でそんな事やってるって分かったね。


美夜子:狙いすましたかのように、あの後の場所に、このチケットが落ちてましたけど?


篝:さあ、何の事やら。


美夜子:はー、ちゃっかりしてるわ。


篝:さ、占いだったね。

  チケットを持ってるなら料金はもらわないけど、悪いけど、原則として1人ずつなんだ。

  順番だけ決めてくれるかな。


燈:あ、はい。


美夜子:どーでもいいけど、1回目に会った時とは別人みたいに、やたらフレンドリーね……

    まあ初対面の人に、路上でいきなりあんな話し方されたら通報モノだけど。


燈:み、美夜子……聞こえちゃうよ。


脩一:それよか順番だろ、どうすんだよ。


美夜子:えー、なんの悩みもなさそうだし、脩一最初でいいんじゃない?


脩一:無理矢理連れて来といてそれかよ!


美夜子:で、その後私で、最後が燈。

    どう?


燈:えっ、最後?

  ……まあ、いいけど……


篝:順番は、決まったみたいだね。


美夜子:ええ。


篝:じゃあ、奥へ行こうか。

  ここは、ただの応接室みたいなものだから。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


脩一:で、さあ。


燈:うん。


脩一:奥に、入ってきたわけなんだけどさあ。


美夜子:うん。


脩一:なに、たった一つドアを潜っただけなのに、この異世界感。


篝:はは。

  まあ、初めて来た人は、だいたい戸惑うよ。

  占いが本業ではあるけど、趣味で人形も集めててね。

  置く場所もそんなに無いから、雰囲気作りに、この部屋に陳列してるんだよ。


脩一:全てが全て、俺たちの方を見るように置かれてるのが、また怖いんだけど……


篝:慣れだよ、慣れ。


美夜子:ほら、それよか占い一番手でしょ。

    早く行きなさいよ。


脩一:わ、分かってるよ。


篝:あ、そうそう。

  別に、順番待ってる間は、普通に話してていいよ。

  防音には気を遣ってるから、よほどの大声でも出さなきゃ、そうそう聞こえない。


美夜子:は、はい。


脩一:よーし。

   じゃ、ちょっくら行ってくるわ。


燈:行ってらっしゃい。


美夜子:ただの占いなのに、何をそんな力んでるのやら。


燈:……ねえ、美夜子。


美夜子:ん?


燈:なんで、私をここに?


美夜子:んー……

    見ててもどかしい2人を、くっつけたいから?


燈:へっ!?


美夜子:あはは、冗談冗談。

    ……一言で言っちゃえば、すっきりして欲しかったから、かな。


燈:すっきり?


美夜子:そう。

    燈ってば、いつも何かしら、悩みを抱えてるような顔してるからさ。

    それを、少しでも和らげられたらって思ったの。

    私も力にはなりたいけど、無理矢理何か聞き出そうっていうのも、嫌だろうし。

    だったら、そういうのが本職の人を介したほうが、手っ取り早いし、確実かなーって。


燈:美夜子……


美夜子:……それに、あの人、似てるのよね。


燈:似てる、って……誰に?


美夜子:燈に。


燈:わ、私?


美夜子:……うーん、正確には、ときどき燈が見せる表情に、かな。

    相手の考えてることが、まるで、全部わかってる……みたいな、

    そんな時の燈の顔と、なんとなくだけど、ね。

    似てるの。


燈:え……美夜子、もしかして、私が……


美夜子:あれ、もう出てきた。


脩一:おー、終わったぞ。


美夜子:随分早かったねえ。


脩一:ああ、それがな……


篝:君の悩みは単純明快だし、解決する為の手立ても、自分でわかってるね。

  わざわざ部外者の僕が口出しするというのも、野暮なんじゃないかな。

  頑張りなよ。

  僕も部外者なりに、応援させてもらうから。


脩一:……だとさ。

   励ましなんだか冷やかしなんだか、よくわかんなかったな。


美夜子:ふーん。

    いいんじゃない?

    特に目立った悩みが無いってことなんだから。

    羨ましいなー。


脩一:お前それ絶対馬鹿にしてるだろ……


美夜子:そんなつもりはありませんよー。


篝:次はどっち?


美夜子:あ、私だった。

    じゃ、ちょっと待っててねー。

    どうぞ仲良く、ご歓談でもしてて。


燈:み、美夜子ったら……


脩一:……あいつがいなくなるだけで、一気に静かになるな……


燈:そ、そうだね……


脩一:……あの店主、なんていうか、変わってるよな。

   いや、変わってるのは、店自体変わってるけど……

   なんか、近寄りがたい、みたいな雰囲気でさ。


燈:う、うん……


脩一:(だああああああ……

    そうだよ、1人ずつってことは、必然的に2人きりになる時間が出来ちまうって事じゃん!

    こないだは何とも無かったのに、こうして隣に座ってるだけで全然違うなんだこれ!!

    いや、落ち着け、落ち着け。

    俺一人だけキョドってたら、怪しいやつっていうか、頭おかしくなったかと思われる!

    ……でも、実際、悟田は何考えてんだ……?)


燈:(M)

  うわぁ……樹下君の苦悶の心の声が、物凄く聞こえてくる……

  やっぱり、こういうシチュエーションだと、意識しちゃうものなのかな……

  2人きりだと話す内容に困るし……でも沈黙は間が持たない……

  あぁ……助けてぇ美夜子お……!

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


美夜子:あのー。


篝:ん?


美夜子:なにも、使わないんですか?


篝:なにもって?


美夜子:占いっていうと、たいてい色々使うじゃないですか。

    ほら、トランプとか、タロットとか……

    あとはなんだろ……水晶とか?


篝:そういうのは、僕は分からないからね。

  ただ正面に相手を座らせて、目を瞑ってもらうだけ。

  あとは、僕が君の、深層心理をちょっとだけ覗かせてもらう。

  それが僕のやり方だから。


美夜子:さいですか。


篝:………………


美夜子:………………


篝:……うん、なるほどね。

  だいたい分かった。

  君は今、友達のことで少し悩んでることがあるね。

  一緒にいた子……燈ちゃん、について。


美夜子:えっ、名前まで分かるんですか。


篝:まあね。

  ……でも、そうか、やっぱりな。


美夜子:やっぱりって?


篝:いやいや、こっちの話。

  ……うん、君の記憶の中にある燈ちゃんは、相当引っ込み思案みたいだね。

  度が過ぎるお人好し、って言ったほうがいいかな。


美夜子:そうなんですよ。

    誰に何頼まれても、全然断れない子で……


篝:そうみたいだね。

  ……でも、敢えて助言をさせてもらうと、彼女のことを思うなら、

  助け舟を出すより、見守ってあげたほうがいいかもね。


美夜子:見守る?


篝:そう。

  こういうタイプは、言われたこと全てに、なんとかして応えようとする。

  でも、色々な選択に迫られて、板挟みになってしまう事が極めて多い子だ。

  それは、君の言葉もしかり。

  「嫌なら嫌と言ったほうがいい」という君の言葉と、

  不特定多数の他人からの要求を、一度に飲もうとしても、相反するものだから無理だろう?

  だけど、どちらかを立てれば、どちらかが立たず。

  そうやって、少しずつ、だけど確実に、追い詰められていってしまうんだ。


美夜子:……そっか……

    私も知らず知らずのうちに、燈を追い詰めちゃってたのかな。


篝:そこまでは言ってないよ。

  君にとっての彼女がそうであるように、彼女は君のことを、唯一無二と言ってもいい親友だと思ってるはずだ。

  だからこそ尚更、ね。


美夜子:……なるほど。

    うん、そうしてみます。


篝:うん。

  ……それにしても、燈ちゃんは本当に、いい友達を持ったね。


美夜子:え?


篝:君の心をどこまで探っても、出てくるのは、彼女のことばかりだからさ。

  自分自身についてじゃない悩みを聞いたのは、ここを開いてから初めてだよ。


美夜子:それはどうもー。

    まあ、燈が成長してくれたら、自分の悩みも出てくるんじゃないかなあ。

    それまでは、言われた通り、見守ってみます。


篝:はは。

  まるで、母親みたいな言い分だね。


美夜子:そうかも。

    燈ー、終わったよー。


燈:あ、うん。


脩一:どうだって?


美夜子:内緒。


脩一:俺は教えたのに……


美夜子:あんたはあんたの悩みでしょ。

    私は、私の悩みじゃないもん。


脩一:なんだそれ?


美夜子:なんでもいいでしょー。

    ……どうでもいいけど、何してたのよ。

    汗かき過ぎでしょ。


脩一:いや……なんか、緊張しっぱなしだったから……


美夜子:はぁ……先が思いやられるわ……


脩一:は?


美夜子:なんでもない。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


燈:よ、よろしくお願いします。


篝:うん。


燈:………………


篝:………………


燈:……あの、私は、なにをすれば?


篝:普通は、目を閉じてー、今一番強く思ってることだけを考えてー、とかやるんだけどね。

  ……君には、それをやる必要は無いかな。


燈:それは、どういう?


篝:……単刀直入に訊こうか。

  君、他人の心が読めるだろう?


燈:っ!?


篝:図星だね。

  わかりやすくて助かるよ。


燈:ど、どうして……


篝:まあ、どういう話をしたのかまでは教えられないけど、君の友達にね、君について色々聞いたのさ。

  君がそういう人間だっていう事までは、完全に気付いてはいないみたいだけど。

  近々なんとなくでも、気付かれるだろうね。


燈:そんな……美夜子に知られたら、私……


篝:うん?


燈:美夜子に嫌われちゃう、かも……

  美夜子にだけじゃない、他の人にも、気持ち悪がられちゃうかもしれない……!


篝:……どうして、そう思う?


燈:だって、他人の考えてることが読めるだなんて、明らかに常識じゃ考えられないじゃないですか。

  そんなことが出来るって他の人に知れたら、表では友達でいてくれても、

  裏で、なんて言われるか……


篝:だから、他人から嫌われないように、時には相手の考えていることを読んで、

  相手が喜んでくれることだけをする?


燈:……読む、というよりは、他の人が強く思ってることが、聞こえてくるって感じですけど……


篝:ふうん。

  ……じゃあ、さ。

  僕が今、何を考えてるのか、分かるかい?


燈:え?


篝:君からしたら、僕だって、ただの他人だ。

  こうやって、にこやかに話してはいても、実は裏で、君の事を馬鹿にしているかもしれないだろう?


燈:それは……分かりません……


篝:……じゃあ、もう一つ。

  この人形が、今何を考えているのか、君には分かるかい?


燈:……人形が?

  そんな、生き物でもないものが考えていることなんて……


篝:心も持っているわけでもないのに、分かる筈が無い。


燈:!?


篝:今、この人私の言葉を先読みした。

  なんで、どうやって。


燈:え……あっ……


篝:まさか、この人も私と同じように、他人の心が、


燈:や、やめてください!


篝:………………


燈:……あなたは、やっぱり……


篝:本当に心が読める、っていうのは、こういう事さ。

  相手の考えていることを、一字一句違わず見透かし、

  意地悪な奴なら、相手がそれを言うよりも前に、全て先にしゃべってしまう。

  ……ちょうど、今の僕みたいにね。


燈:それじゃあ、あなたも……私と、同じ?


篝:同じだよ、ほぼ、ね。

  同じだけど、仲間というわけじゃない。


燈:え?


篝:さっき、君は言ったろ?

  僕の考えていることは読めない、人形に心なんて、ある筈が無い、って。


燈:……はい、それが、どうして?


篝:人形にだって、心はあるからさ。

  怪談話なんかでも、よく聞くだろう?

  人形は、その名の通り、人の形に近い分、魂が宿りやすい、って。

  あれはあながち、オカルト好きの妄言だと、一蹴出来るようなものでもなくてね。

  特に僕みたいな奴にとって、彼らはとてもいい話し相手なんだ。

  普通の人間には、欠片も感じ取ることも出来ないだろうけど、僕にははっきりと聞こえる。

  彼らの魂の囁き声が、ね。

  ……だから、この店の名前も、


燈:「die Seele(ディ・ゼーレ)」……


篝:そういうこと。


燈:……じゃあ。

  私は、私は一体何なんですか。

  人でも、あなたの仲間でもないだなんて言われたら……私……


篝:君は人間だよ、ただの。


燈:ただの……人間……?


篝:そう、何処にでもいる、ただの人間。

  少し違うのは、普通の人よりほんの少し、他人の感情の動きに敏感で、

  その逆鱗に触れまいとして、最も安全な逃げ道を確実に見付け出す為の能力が、人一倍突出しているってだけ。

  それは決して、心が読める、なんて大層な代物じゃあない。

  ……とはいえ、まぁ、便利といえば便利だけれど、気持ちの良いモノじゃないのは確かだろうね。


燈:………………


篝:……君は、さ。

  例えるなら、これなんだよ。


燈:これって……マトリョーシカ人形?


篝:そう。

  人形の上半身を開けたら、それより少し小さな人形が入っている。

  それの上半身を開けたら、またそれより少し小さな人形。

  またそれの上半身を開けたら……の、繰り返し。


燈:確か、ロシアの民芸品ですよね。

  ……でも、なんでこれが、私?


篝:この一番小さな人形、これを、本来のまっさらな君であるとする。

  ある時をきっかけに、君は、他の人の心が読めるようになってしまった。

  嫌われたくないから自分を隠し、堅い殻を一枚。

  逃げられたくないから自分を匿い、固い殻をもう一枚。

  恐れられたくないから自分を庇い、気味悪がられたくないから自分を誤魔化し、

  また一枚、もう一枚と、堅固な殻の、中へ中へと、自分をひた隠しにしてきた。

  ……それを繰り返した結果、どうだい。

  形も、顔も、大きさも、元々の姿からは見る影も無い。

  一体何回この蓋を開ければ、本当の君の顔を、本心を、拝む事が叶うんだろうね。


燈:……でも……そんなこと言われたって、私は今更……


篝:君は、自分で自分を殺し過ぎたんだ。

  自分を生かしてあげなよ。

  せっかく、いい友達だって出来たんだから。


燈:……あ、……美夜子……

  ……そっか。


篝:僕が言えるのはここまでだ。

  似た者同士ではあっても、仲間じゃないからね。

  君が生きていく世界にはまだ、君の居場所は、十二分に余っていることだろうさ。


燈:……はい。

  ありがとうございました。


篝:それに君は、こっち側には来ちゃいけない。

  その殻が、自分の力で、破れる物であるうちはね。


燈:え?


篝:いいや、気にしないでくれ。

  君にはまだ……或いは永遠に、関係の無い話だろうから。


燈:は、はい……?


美夜子:あ、燈。

    終わった?


燈:え、ぁ、うん。

  ……あれ、樹下君は?


脩一:……んぉ?

   あー! いやいやいや、聞いてたよ!?

   うん、え? ……あれ?


美夜子:見ての通りよ、今の今まで爆睡。

    ほんと、いい度胸してるわー、あんた。

    見習いたいくらい。


脩一:だからそれ褒めてないだろ!?


篝:はは、長引かせてすまなかったね。

  でも、久し振りに、面白い話を聴かせてもらったよ。

  気が向いたら、是非また来てくれ。


燈:はい。


美夜子:まあ、気が向いたら、ですけどねー。


脩一:それは良いけど、今度来た時は、もうちょっとまともな占いしてくれねえかな。

   絶対俺だけ、投げやりな感じだっただろ。


篝:とんでもない、本心だとも。

  まあ、善処するよ。

  それじゃあね、帰り道気を付けて。


美夜子:さよならー!


燈:ありがとうございました。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


脩一:……にしても、なんつーか本当、変わった人だったなぁ。


美夜子:でも、少なくとも悪い人ではないみたいだし、良いんじゃない?

    普通にまともな話もしてもらったし。

    ね?


燈:うん。


脩一:そういうもんかねえ。

   ていうか、なんか俺と比べて、2人共妙に長かったけど、どんな話してたんだよ。


燈:それは……


美夜子:内緒だよねえ?


燈:……うん、内緒。


脩一:あーそうですかー、ったく。

   ……じゃ、俺は帰り道こっちだから。

   また学校でな。


燈:うん、じゃあね。


美夜子:……よかった。


燈:ん、なに?


美夜子:あ、ううん。

    今日、燈を連れて来て良かったなぁって。


燈:どうして?


美夜子:なんて言うのかなぁ。

    あの店出た時からさ、ちょっと燈、変わったなって思ったの。


燈:えっ、そうかな。


美夜子:さては、あの人に愛の一言でも囁かれたかなぁ?

    まさかの三角関係発生!?


燈:ちっ、違うもん!


美夜子:あっははは、冗談だってば冗談!


燈:もう!

  ……ねえ、美夜子ってさ。


美夜子:ん?


燈:お菓子作り、得意だった……よね?


美夜子:まあ、それなりには。

    なんで?


燈:今からでも……間に合うかなって。


美夜子:間に合うって、なにが?


燈:……その、バレンタインデー……

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


脩一:おいーす。


美夜子:あ、おはよー。


燈:お、おはよう……


脩一:おう。


美夜子:……よーし燈、心の準備はいい?


燈:う、うん……たぶん。


美夜子:……あー、今更だけど、脩一ってあれで実は密かにモテてたりするのよねー。


燈:えっ、そうなの?


美夜子:だからー、もしかしたら、競争率凄いかも知れないよー?

    バレンタインという猛烈な争奪戦の中で、脩一に手作りチョコなんて渡そうものなら、

    敵が増えちゃうかもよー?


燈:えっ、ええ……?


美夜子:どうするー?

    やっぱりやめとくー?


燈:……ううん、やめない。

  私が渡したいから渡すんだもん。

  他の人がどう思うとか、関係無い。


美夜子:……やっぱり、変わったね。


燈:うん。

  ……ありがと、美夜子。


美夜子:どういたしまして。

    よっしゃ! 行ってこい、燈!


燈:うん。

(間)

燈:……き、樹下君。


脩一:へ?

   お、おおどーした?


燈:(M)

  ……樹下君が、今何を考えてるのか、前の私だったら、聞こえてたんだろうな。

  ううん、今はそんなの、関係無い。

  私は、変わったんだから。


燈:……あの、これ。


脩一:はっ!?

   こ、これは……もしや!?


燈:ハッピーバレンタイン……樹下君。


脩一:(M)

   ふぉおおおお!?

​   朝っぱらからなんだこの展開は!?

   夢か? 夢なのか!?

   俺の内なる願望が、残酷な夢を見せに来ているのかぁあ!?

   いいいやいやいやいや落ち着け俺、落ち着け俺!!

   きっと悟田だって今、かなりの勇気を振り絞って来てくれてるはずだ!

   そうだ言え、言ってしまえ、樹下脩一!!

   このタイミングもモノに出来ないなんざ……ここですら言えねえなんざ、男じゃねえぞ!!


脩一:悟田……

   ……いや、燈!


燈:えっ?


美夜子:おお?


脩一:……俺は、お前が好きだ。

   俺と、付き合ってくれ!


燈:……うん。

  ありがとう、樹下……ううん、脩一君。

  こちらこそ、宜しくお願いします。


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