バネジン
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(役表)
男♂:
女♀:
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男:いやー、しかし。
見事なまでに、なんっにも無くなったな。
女:そうだねー。
男:こうやって、荷物全部取っ払った後の家の中見るとさ、
「あ、この家こんなに広かったんだ」とか、
逆に、色々物が置かれてた風景を見慣れ過ぎて、
「あれ、俺本当にここで暮らしてたんだっけ?」
みたいな、何とも言えない気持ちになるよな。
女:分かる分かる。
住んでる間ずっと気付かなかったものに、今更初めて気付いたりとかね。
男:そんなのあった?
女:これ。
男:何、その穴。
女:都市ガスのコンセント。
男:え、ここ都市ガスだったの?
女:やっぱり知らなかった。
男:全然。
女:まあ、ずっとエアコンしか使ってなかったし、台所には近付かないでって言ってあったもんね。
床下収納もあったんだよ、ここ。
男:あら、本当だ。
ずっとマット敷いてあったから見えなかった。
……あ、じゃあ買い溜めしてたやつ、全部そこにしまってたのか。
女:そう。
男:そっかー、盲点だった。
おかしいと思ったんだよ、あんな量の備蓄品が、どこ探しても無いなんてさ。
女:だって、教えたら全部食べちゃうでしょ。
男:お察しの良いことで。
女:素直でよろしい。
男:あーあ。
この家とも、今日でお別れかー。
女:寂しい?
男:寂しいっていうのとはちょっと違うけど、色々便利だったからさ。
女:駅も近いし、スーパーにも歩いて行けたもんね。
男:まあ、俺は外出ないから、その辺はあんまり関係無いけど。
ほら、ウォシュレットとか浴室暖房とか、当たり前みたいに使ってたけど、
どこにでもあるような物ではないじゃん?
1回便利な設備に慣れちゃうと、どうしても比べちゃうよなって。
女:それは確かに、そうかも。
ごめんね、本当に急な転勤で。
男:別に、謝るような事じゃないだろ。
俺が文句言う筋合いも無いし。
女:でも……
男:良いって良いって。
それよりさ、次住むところ、ペット可だったよな?
女:え、うん。
何か飼いたいの?
男:ネコ。
女:ネコ?
男:そう、ネコ。
昔から憧れてたんだよな、捨て猫とか野良猫を拾って、飼うっていうの。
女:初耳。
男:そりゃあ、言ったこと無いからな。
あんまり軽々しく言うと、怒られそうだったし。
女:良いと思うよ。
あんまり何匹もっていうのは無理だけど。
賃貸は、ネコに厳しいからね。
男:……意外。
女:なにが?
男:そんな二つ返事で了承されると思ってなかった。
言うだけタダ、くらいのつもりだったんだけど。
女:言うだけタダっていう程度のつもりで言ったの?
男:そういう訳ではないよ。
ネコを飼いたいって気持ちは本物だよ。
女:知ってる。
男:え?
女:だって、私から色々言われるのを織り込み済みで、
それでも敢えて言ったってことは、本気だってことでしょ。
自分の言葉と行動に、自分で責任をもってくれるなら、私はそこまで口うるさく言わないよ。
男:良いの?
女:良いよ。
ちゃんと一匹一匹、責任持って世話するならね。
男:なんか、先生みたいだな。
女:どっちかって言ったら、親じゃない?
男:俺の?
女:そう。
男:あながち否定出来ない。
女:そこは認めちゃうんだ。
可愛いよね、ネコ。
男:ネコ派?
女:ううん、どっちも。
男:あ、戦争を避けたな?
女:そういうのじゃないよ、本心。
男:動物好きだっけ?
女:好きだよ。
今までも、色々飼ってたし。
男:例えば?
女:……まあ、色々だよ。
男:そこ暈すことないだろ。
女:色々は色々なの。
男:さいですか。
女:うん。
男:ふーん。
……なんか、こうやって何にも無い部屋で、ぼーっと話してると、
それだけで1日くらい潰せる気がしてくるな。
女:やめてよ、向こうでの片付けもあるんだから。
男:分かってるって、そこまで含めての引越しだろ。
女:分かってるなら良いけど。
男:向こうでの荷下ろしの立ち会いは、会社の人がやってくれるんだっけ。
女:そう。
まだこっちは、引渡しの立ち会いがあるからね。
まだだいぶ時間に余裕あるけど。
男:ふーん。
女:向こうでも、うまくやれたらいいね。
男:ああ、そうだな。
女:うん。
男:………………
女:………………
男:……あ、そういえば、大した話じゃないんだけどさ。
女:なに?
男:ネジ落ちてた。
女:え?
男:ほら。
女:ほらって。
これ、何のネジ?
男:分からん。
女:ええ……
なんで?
男:なんでって?
女:なんで、今言うの?
男:いや、大した話じゃないかなって思ったから。
女:何のネジか分からないんじゃ、今からじゃ確かめようが無いじゃん。
実はすごい大事な部品だったらどうするの?
男:それもそうか。
何のネジだろ、これ。
女:ネジだけで見ても……
あ、頭のネジ?
男:え、頭のネジ?
女:違うかな。
男:違うだろ。
女:分かんないよ?
男:分かるだろ。
女:そうかな。
男:確かに時々抜けてるのは認めるけど、そうか、それはネジ1本抜けてるからかーって。
そんな訳あるかい。
女:ノリツッコミしてる暇あったら、思い出して。
男:すみません。
急に辛辣だな。
女:呆れてるの。
男:あ、はい。
って言ってもなあ……
家具のネジって感じではないし、多分だけど、機械のだよな、これ。
女:そうだね。
男:だったら尚更分からんよ。
家電のネジなんて、そんなぽろって取れないだろ。
女:それもそうかもしれないけど……
これ、見付けたのって、いつ?
男:ついさっき。
女:ついさっき?
女:どこで?
男:洗面所。
寝グセ直してたら落ちてきた。
女:髪といてたら、ぽろって?
男:ぽろって。
女:やっぱり、頭のネジなんじゃないの。
男:違うだろ。
女:違うかな。
男:物の例えだろ、機械じゃあるまいし。
女:え?
男:なに?
女:いや、別に。
でも、落ちてきたって……そんなことある?
男:人生は、何があるか分からんだろ。
女:そういう話してないんだけど。
最近、何かいじったり、分解したりした?
男:いや、特には。
ずいぶん躍起になるんだな。
女:気になるもん。
出処不明のネジとか怖いじゃん。
男:そういうもんか。
女:そういうもんなの。
男:……あー、それだったら、これは?
女:なにそれ。
男:バネ。
女:見れば分かる。
何の?
男:分からん。
女:なんで?
男:なんでって?
女:なんで、今言うの?
男:今思い出したから。
女:問題が解決する前に、問題を増やさないでくれない?
どこで?
それも洗面所?
男:これも洗面所。
女:寝グセからの、ぽろって?
男:寝グセからの、ぽろって。
女:じゃあ、やっぱり頭のでしょ。
男:頭のバネ?
女:そう。
男:あー、どおりで柔軟な発想が出来ないわけだー、バネだけに!
だからそんな訳あるかって。
女:………………
男:え、なに。
2回目のノリツッコミは地雷だった?
女:ちょっと、後ろ向いて。
男:なんで?
女:早く、ほら。
男:なになになに。
女:じっとしててね。
男:へ?
……痛い痛い痛い痛い痛い!!
女:じっとしててってば。
男:暴力はやめろ暴力は!
暴力っていうかなに、今何してんの!?
女:別に。
男:「別に」は無理があるだろ!
痛い痛い痛いって!
女:うるさいな、痛覚なんて持たせてないでしょ。
男:なに!?
女:いいから。
はい、ちょっとこれ持ってて。
男:え、何これ。
女:フタ。
男:フタ?
なんの?
女:頭の。
男:は?
女:あー、やっぱりそうだわ。
……はい、もういいよ。
フタ返して。
男:え、おう。
女:ありがと。
はい、おしまい。
男:おしまいって、なにが。
あれ、ネジとバネは?
女:なにが?
男:さっきまで持ってたやつ。
女:何の話?
男:ん?
女:え?
男:……何した?
女:何って?
男:いや、今。
俺に、何した?
女:別に。
男:「別に」は無理あるだろ。
女:……あー、そろそろ片付けないと、時間やばいかな。
男:片付ける?
もう何も無いだろ?
女:え、あるでしょ。
男:なにが?
女:え?
男:何の話してんだ、さっきから?
女:あー……
ごめん、今からこれ話してたら、バレそうだから。
向こうで説明するよ、気が向いたらね。
男:なんだそれ、バレるって。
気になるだろ、今ちゃんと説明……
女:シャットダウン。
男:シャットダウン。
………………
女:よし。
……さてと、次はどんな設定にしようかな。
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