ハジマルチカラ。
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(役表)
A不問:
B不問:
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A:脆弱なる人間よ、チカラが欲しいか?
欲しいのならば、この私にこうべを垂れて跪き、無様に懇願してみるが良い。
さすれば……
B:あのさ。
A:ん?
B:いや、「ん?」じゃなくて。
何これ、何の営業の電話?
A:エイギョウ?
何だそれは。
B:「何だそれは」は、こっちの台詞なんだけども。
意味分からないし、切って良い?
A:まあ待て、そう無理に欲から目を逸らすな、人間。
もう一度問おう、チカラが欲しいか?
B:別に。
A:欲しいだろう?
B:要らない。
A:欲しいに決まっているよな?
B:いや、あの。
A:欲しいって言え。
B:やかましい。
A:ごめんなさい。
B:弱いなあんた。
A:やかましいとか暫くぶりに言われたから、反射的に謝ってしまった。
で、どうだ、チカラ。
B:いや、だから要らないんだって。
A:要らない?
B:要らない。
A:そんな筈は無いだろう。
B:え?
A:だって、チカラだぞ?
チは「力こぶ」のチ、カは「空手」のカ、ラは「羅生門」のラ。
チカラって書いて、チカラだぞ?
漢字で書いたらたったの2画なのに、字面から溢れ出さんばかりのパワーオブパワー。
あとはほら、……チカラだぞ?
B:プレゼン壊滅的に下手くそだな。
A:ええい、うるさい。
チカラは全ての人間が等しく、喉から手が出るほど欲しい代物の筈だ。
欲しくない人間など、いるワケが無い。
B:ここにいるんだけど。
A:貴様がおかしいんだ。
B:すげえ暴論。
A:良いから、つべこべ言わずに買え。
B:買う?
A:間違えた。
チカラが欲しいって言え。
そうすれば、今ならキャンペーン中なので、特別価格でご提供させて頂いてやる。
B:日本語おかしいだろ。
そもそも、チカラっていうのは具体的に何なの?
まずそこを聞きたいんだけど。
A:ん、聞きたければ勿論、ご説明致してやるが。
それを聞きたいというのはつまり、契約をして下さりやがるという事で良いのか?
B:敬語の文法どうなってんだよ、もっとへりくだれ。
ていうか何、契約が必要なの?
A:当たり前だろうが。
契約も結ばずにチカラだけ得ようなど、図々しいにも程があるぞ。
B:契約をしてもらう立場のそっちの態度も、相当図々しいけどな。
平日の朝っぱらから、こんなバカみたいな電話に付き合ってやってるだけでも感謝して欲しいくらいだわ。
A:暇人め。
B:切るぞ。
A:すみません待って。
B:弱いなホントに。
そのキャラ辞めたら?
A:キャラとはなんだ、これが素だ。
B:あ、そう。
何でもいいから、さっさと説明。
A:(咳払い)
では聞くが。
貴様は今の世の中に、己の人生に。
不平不満が全く無いと、胸を張って言えるか?
B:そりゃあ……
まあ、無いと言ったら、嘘になるけど。
A:回りくどいな、素直に「ある」と言え。
いかにも現代人らしい、見栄っ張りな言い回しだ。
B:うるさいな。
で、不平不満があったら何なんだよ。
A:そんな負け組人生まっしぐらな貴様を一発逆転、
勝ち組の神輿に乗せてやろうというのだ、光栄に思え?
B:いちいち癪に障る言い方するなあ。
だから、それはどうやって。
A:チカラだよ。
B:……うん、いやだから、それを具体的に。
A:だから今から説明するのだろうが。
黙って聴け、凡骨。
B:凡骨……
A:良いか凡骨。
人間の世界で、最もシンプルで、且つ強力無比な、チカラの象徴とはなんだ?
B:チカラの象徴……
地位とか、権力とか?
A:フッ。
B:なんで鼻で笑った。
A:これだから凡骨は。
ま、俗物風情の発想力で、その程度の答えを出せたのは褒めてやるが、もっと柔軟性というものをだな、
B:(舌打ち)
A:あっ、えーと、ほら。
カネ、なんです、平たく言えば。
B:カネ?
A:そうです。
じゃない、そうだ。
老若男女問わず、誰が所有し、どう行使しようが、揺るぎない価値を持つ、絶対的な有形のチカラ。
それが、貴様ら人間の言葉で言うところの、カネだ。
B:大金持ちにさせてやるって言いたいの?
A:そう捉える事も出来るな。
だが、あくまでそれは、結果に伴う付加価値に過ぎないのだ。
本質は、それより遥かに根深い所にある。
B:なんだ、それ。
A:考えてもみろ。
人間は何かにつけて、「カネより大切なモノはたくさんある」なんて綺麗事を抜かすが、現実はどうだ。
カネは天下の回りもの、地獄の沙汰もカネ次第、
カネの光は七光り、時はカネなり、先立つものはカネ。
何をするにもカネ、カネ、カネだ。
いつの世も、権力者のカネが物を言い、権力者がカネで面を張る。
凡骨と呼ぶにも値せぬ、たまたまカネを持っただけの無能者の下で、
有能者が馬車馬の如く働かされ、バタバタと朽ちていくのだぞ。
理不尽な話じゃあないか、明日は我が身とは思わんのか。
B:それは確かに、理不尽だとは思うけど。
A:そうだろう。
そこで、幸運な凡骨の貴様に、そんな理不尽から脱却するチャンスを与えてやろうというのだよ。
他者に使われるのではなく、カネに遣われるのでもなく、
思いのままに他者を使い、思うがままにカネを遣う、
そんな、絶対的なチカラを得るチャンスを。
人生の……いや。
世界そのものの勝利者となる、千載一遇のチャンスをな。
B:……勝利者、ねえ。
A:さあ、どうするのだ、人間よ?
この絶好の機をみすみす逃がしては、貴様は冴えない無色の余生を、だらだらと浪費するだけだぞ。
揺らいでいるくらいなら、今決めてしまえ。
今一度問うぞ。
チカラが、欲しいか?
B:……じゃあ、一応聞くだけ聞いていいか。
A:おう、なんでも聞くが良い。
B:仮に今、ここで契約して、そのチカラとやらを得たとして。
そのあと俺は、何をどうすれば良いの?
A:なに、簡単だ。
チカラを得た貴様がするべき事は、眷属の確保と増強。
それのみに注力すれば良い。
B:眷属?
A:そうだ。
言っただろう、カネを遣い、人を使うのだよ。
チカラを眷属に分け与え、その魔力と魅力に心酔させ、服従させるのだ。
ちょうど、今の私と、貴様のようにな。
そして、貴様のチカラの従僕と成り果てた木偶共に、また新たな眷属となる獲物を勧誘させる。
これを繰り返す事によって、大元たる貴様には何をせずとも、眷属共のチカラが還元され続けるというわけだ。
どうだ、世にも恐ろしい永久機関だろう。
B:それは、つまり。
A:ああ、それと大事なことを言い忘れていたが。
我がチカラをそのまま分け与えてやっても良いのだが、脆弱な人間には刺激が強いだろうからな。
ここに人間用に処方した、この、えー、市販品のサプリメント……を模した、特製の薬がある。
これを、ダイエットサプリだとでも偽って、口八丁手八丁を駆使して売り捌き続け、売り捌かせ続けるのだ。
コツさえ掴んでしまえば、猿でも出来るぞ。
B:なるほどな、よく分かった。
A:よおし。
ならばこれで貴様も晴れて、従順なる我が下僕の仲間入りだ。
つきましては、今から言う口座に入会金を、
B:マルチじゃねーか!
お断りだ!!
(B、電話を切る)
A:あ、ちょっと!!
もしもし! もしもーし!!
(間)
B:あー……ったく。
過去イチで時間と体力を無駄に使ったわ、何が世界の勝利者だよ。
カネだけでそんなんになれるなら、誰も苦労してないっつうの。
……こういう話にいちいちバカ正直に付き合うから、いつまでもうだつが上がらないのかもな。
はーあ、アホらし。
二度寝しよ。
A:……人間よ……
B:なんだよ、まだ何か言い足りない……
……って、え?
A:……人間よ……聞こえているか……
B:あれ、俺電話出てないよな?
A:……人間よ……じゃない、人間様よ……
B:なんだ、この声。
お前、どっから喋ってんだよ?
A:今、貴様の……じゃなくて、あなた様の頭の中に、直接語り掛けています……
B:もう完全にキャラ作り諦めたな。
……ていうか、頭の中に直接って、なに、お前マジで人間じゃないの?
A:はい……
本当はバラしちゃいけないんですけど、実は私、別の世界から研修で人間界に来てまして。
B:別の世界って……にわかには信じられないな。
いや、こんな事出来るんなら、マジなのかもしれないけどさ。
A:そこは今は信じて貰えなくても良いんです、大して重要ではないので。
B:研修って何の。
A:それは言えません、秘匿事項です。
B:あ、そう。
A:それであの、人間様。
B:なに。
A:私を助けると思って、契約をしてくれませんか。
B:チカラの?
A:マルチの。
B:嫌だ。
A:即答しないで!
B:だって、シンプルに犯罪だし。
A:そう言わないで、お願いします。
この通りです!!
B:………………
A:……ここまでしても、ダメなんですか……?
あなたに良心は、人の心は無いんですか!?
B:どこまでしてるのか見えないんだよ、声だけだから。
どの通りだよ。
A:あ、そうか。
B:……で?
別の世界とやらから来てまで、何でマルチ商法なんてやってんだよ。
しかも、お手本みたいにダイエットサプリなんて掴まされて。
そういう研修?
A:違います!
元はと言えば、人間界の食べ物が美味し過ぎるのがいけないんですよ!
研修が上手くいかないストレスで、暴飲暴食を繰り返しちゃって!
B:で、「痩せながら金儲けが出来る」みたいなうまい話に騙されて、ホイホイ口車に乗っちまったと。
A:あなたも心が読めるんですか。
B:誰でも分かるわ。
今どきそんなベタな誘い文句じゃ、子どもも騙されねえよ。
A:私は騙されましたよ。
B:なんでちょっと誇らしげなんだよ。
恥じろ、恥じて悔いろ。
A:それはもう、悔いに悔いましたよ。
だからこそ今、凡骨のあなた様に、恥を忍んで頭を下げて、助けを乞うているんじゃないですか。
B:頭を下げて助けを乞う相手を凡骨って言うな。
A:ああ、人間様、私はどうしたら。
どうか、お導きの程を!
どうか!!
B:ええ……なんで俺が……
A:どうか!!!
B:……じゃあ、取り敢えず。
A:はい。
B:まず、そのマルチ辞めろ。
そんで、弁護士にでも相談してみろ。
もしかしたら、多少は何とかしてくれるかもしれん。
A:ベンゴシ……
トイレ掃除の人ですか?
B:便所ゴシゴシの略じゃねえんだよ。
両方から侮辱罪で訴えられろ。
A:はあ。
B:で、ハロワとか行って、真っ当な働き口を探せ。
お前、素の人当たりは悪くなさそうだし、選択肢は割とあるだろ。
A:ハロワ……
ハロワって、そんな破廉恥な。
B:ハロワは淫語じゃねえ。
門前払いされてしまえ。
A:なんだ。
B:なんだってなんだよ。
……とにかく、カウンセラーじゃあるまいし、俺が言えるのなんてそれくらいだ。
お前の人生だろ、自分の力でどうにかしろ。
カネのチカラじゃなくて、お前自身の力で。
……なんて、言えた義理じゃないけど。
A:え?
B:なんでもない。
これに懲りたら、二度と変なのにひっかかるなよ。
A:あ、はい、肝に銘じます。
B:おう。
A:……あの。
B:なんだよ。
A:チカラ、要りませんか?
B:カネで良いよ、もう。
何回言わすんだよ、要らないって。
A:すみません、言い方変えます。
受け取って下さい。
口座番号教えてくれれば、今日中にでも振り込むので。
B:は?
A:少ないですが、心ばかりのお礼だと思って。
あとは、長々と付き合わせてしまった迷惑料も兼ねて。
B:……素のお前は、バカみたいなお人好しだな。
苦労するぞ、そんなんじゃ。
A:もうしてますよ、十分に。
B:何にせよ、どういう名目だろうと、要らない物は要らない。
俺なんかに渡さないで、自分の為に使え。
A:……お互い様じゃないですか、苦労するのは。
B:なにが。
A:いいえ、なんでも。
それじゃ、ありがとうございました。
B:ああ。
A:あなたも、頑張って下さいね。
B:……余計なお世話だ。
A:それでは。
B:………………
……聞こえなくなった。
何だったんだ、一体。
どういう気持ちで、その言葉を受け取ればいいんだよ。
……もう一回、頑張ってみるか、俺も。
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