ドラマティック・プディング

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(役表)

♂:

♀:

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男:本当に、本当なのか。


女:……うん、ごめんね。


男:別に、謝罪の言葉なんていらないよ。

  ……ただ、信じられない……いや、信じたくない、ってだけで。


女:……私も、叶うなら、これが夢であって欲しいと思うよ。

  でも、これは全部本当で、全部現実。

  私はまた、あなたとお別れをしなくちゃいけない。


男:わかってる。

  全部、わかってるんだよ。

  聞き入れるべきなんだって、素直に受け入れるべきなんだ、って。

  最初からこうなることは、始めから、決まっているのもわかってた。

  ……でも!

  あまりに急じゃないか!

  自分勝手な言い分だってわかってるけど、心の準備くらい、させて欲しかったよ……


女:……本当に、ごめんなさい。

  謝罪の言葉なんていらない、って言われても、私の口からは、謝罪の言葉しか出てこないの。


男:理由だけでも、聞かせてはもらえないのか。


女:今までだって、そうだったじゃない。

  一度だって、私達に真実が語られることは無かった。

  それが、……大人の事情、ってやつなんでしょ。


男:そんなもの、クソくらえだ。

  結局俺たちは、大人の理屈に流されて、生きていくしかないってのか。


女:あなたはもう、とっくの昔に大人じゃない。


男:そんなことはねえよ。

  体だけ成長して、頭の中も心も、ずっと昔のまんまだ。


女:変わってないんだね。


男:成長してないだけ、とも言うけど。


女:……成長は、してるよ。

  だって、昔みたいに、他の子に目移りしたりなんて、しなくなったじゃない。


男:やめてくれよ、その頃の話は。

  自分でも、思い出したくないくらい恥ずかしいんだから。


女:ごめんごめん。


男:ったく……


女:……ねえ。

  ひとつ、聞いてもいい?


男:なに?


女:なんで、……あの時、私を選ぼう、って思ったの?


男:今更そんなこと聞くか、普通……


女:今更でも、聞いておきたいの。

  今まで聞く機会なんて、あんまり無かったし……

  ……たぶん、これからも……


男:わかったよ。

  わかったから、泣きそうな顔するなって。


女:だって……


男:あの時なぁ……そうだよな。

  思えば、あの時は、2回目の出会いだったんだよな。


女:私を覚えてくれてなかったもんね。

  私は覚えてたのに。


男:5年も経ってたんだぞ、覚えてる方が凄いよ。


女:そういうものかなあ、普通だと思うけど。


男:俺にとっては、普通じゃないの。


女:そう。


男:……で、なんでお前を選んだか、だっけ?


女:うん、聞かせて。


男:そうだなあ……

  もったいない、って、思ったからかな。


女:もったい、ない?


男:……あんまり、思い出したくない話かもしれないけどさ、あの頃は、いつも独りぼっちだったろ?

  周りの子は、みんな他の人に選ばれていったのに、お前だけ、独りぼっちで取り残されててさ。

  なんで、誰もあの子を選んでやらないんだろう、って。

  ずっと思ってたんだ。

  だから、


女:……なによ、それ。


男:え?


女:要するに、可愛そうだったから、選んであげたってだけだったの?

  あんなに優しい言葉をかけてくれたのに、心の中では私のこと、見下して……


男:違う違う違う!

  落ち着けって、そんなわけないだろ!

  そういう意味のもったいないじゃなくて、……なんて言ったらいいんだろうな。

  こう、俺の中では、一番輝いて見えてた、っていうか、

  でも、俺なんかにとっては、高嶺の花なんじゃないかとか、

  俺よりよっぽど、あの子を好きな奴がいるんじゃないかとか、

  そういう奴に選ばれた方が、あの子も幸せなんじゃないか、とか。

  本当に、最後の最後まで、迷ってたんだよ。

  ……でも、いざ意を決して、恐る恐るお前に手を伸ばした時に、こう言われた気がしたんだ。


女:……待ってたよ。


男:ってな。


女:そんなこと言ってないけど。


男:俺にはそう聞こえたの。

  夢を壊すな。


女:ううん、そうじゃなくって。


男:じゃあ、なに?


女:なんでもなーい。


男:なんだよそれ、含みのある言い方だなあ。


女:なんでもないったら。

  ……でも……うん。

  実際、その手に救ってもらったのは本当。

  あなたに出会っていなかったら私は今頃、ここにも、

  ……ううん、どこにもいないかもしれない。

  どこに行っても、いつまで経っても独りぼっちで、私は、なんで生まれてきたんだろうって。

  誰かに喜んでもらうために生まれたのに、誰にも選ばれないなんて、

  そんなの、生きている価値なんて、無いんじゃないかって。

  ずっと、そんなことばっかり考えてた。

  だから、私を見てくれてる人がいる、って分かった時は、すごく……嬉しかった。

  もちろん、どんな人でもよかった、なんてそんな事は、絶対にない。

  昔からずっと、ずうっと私を気にかけてくれてたって、知ってたから、

  私はもう一度、今の今までこうやって、あなたの側にいることが出来たの。

  ……感謝してる。


男:過去形にするなよ。


女:でも……だって。


男:でももだってもあるか。

  俺は、絶対に諦めないからな。

  5年前に初めて出会って、その時はろくな進展も出来ずに離れ離れになって、ずっと音沙汰も無かったけど、

  今の今までこうして、一緒にいられてる、っていう事実があるじゃないか。

  それだったら、また何年でも、待ってやるよ。

  生きている価値や意味が欲しいんだったら、俺が、お前のそれそのものになってやる。


女:ふふっ。

  なんか、今日はすごくカッコつけるんだね。


男:今日だけだよ。

  また出会えた時に、笑い話のネタになれば儲けもんだ。

  言っとくけど、言ってる俺だって、めちゃくちゃ恥ずかしいんだからな?


女:分かってる分かってる、顔真っ赤だもん。


男:うるせっ。


女:でも……そっか。

  あなたは、いつかまた会えるって、信じてくれてるんだね。


男:当たり前だろ。

  なんだよ、お前は信じてないのか?


女:そんなことないよ。

  信じてたよ、うん……信じてた。

  今でも、信じたいって思ってる……本当に。

  でも……やっぱり、無理みたいなんだ。


男:は?


女:(倒れる)


男:お、おい! どうした!?


女:あ、はは……

  みんなには、黙っててねって、お願いしといたのに……無駄になっちゃった。


男:!?

  ……まさか……嘘だろ?

  だって、先生はもう、「危険は去った」って……!


女:無理言って、口裏合わせてもらったの……

  最後の日くらいは、余計な心配……させたくなくって。


男:バカ言ってんじゃねえよ!

  待ってろ、すぐ近くの医者に、


女:無理、だよ……もう、夜遅いもの……

  どこへ行ったって、誰もいないよ。


男:……全部、分かってたのか、自分でも。


女:そうだよ……今日、この時間が私の最期だって事も、全部、最初から分かってた……

  もともと、長くは生きられないように出来てるんだもの……当たり前だよ。


男:だからって……だからって、こんなのってありかよ。

  次また会えたら、なんて、一人ではしゃいでた俺が、馬鹿みたいじゃねえかよ。

  心配かけまいと無理してた、お前の苦しみにも気付けずに、俺は……


女:あなたは、悪くないよ……全部、私が勝手にしたことだもの。

  ……それより……ほら、こっちはもう、息も絶え絶えなんだからさ……

  抱きしめるとか……してよ。


男:……だったら無理して喋んなってんだよ、バカ。


(男、女を抱き締める)


女:今までは……さ、照れ臭がって、してくれなかったもんね……


男:……仕方ねえだろ、昔も今も、初心なんだよ。

  悪かったな、俺ばっかり、成長してないガキでさ。


女:変わらないのは、いいことだよ。


男:ああ、そうかもな。


女:そうそう。


男:……わかったよ。

  俺はこれからも、一生、こういうバカでいてやるよ。 

  そうすりゃ、いつかまた、必ず会えるだろ。

  5年後でも、10年後でも、100年後でも。

  ……なんなら、来世ででも、何回世界を跨いだって、ずっと待っててやる。 


女:ふふっ……ばーか。


男:うるせっ!

  ……いいから、もう、寝ろ。

  疲れてるだろ、……いろいろと、さ。

  ちゃんと寝るまで……寝てる間も。

  ずっと、こうしててやるから。


女:そうだね……もう……時間、みたいだから。

  ありがとう、ね。

  さよなら、……ううん……

  ……おやすみ。


男:ああ……おやすみ。


女:(事切れる)


男:………………


(女が入るまで、男は静かに泣き続ける)


女:ねー、お兄ちゃん。


男:……なんだよ……


女:うるさいんだけど……寝れないじゃない。

  何時だと思ってんのよ、0時よ、0時。


男:ほっといてくれ……

  俺は今……かけがえのない人を失ったんだ……


女:はぁ?


男:こいつは……昨日までしか生きられないやつだったんだ……

  俺は、それに気付けなかった!


女:なにそれ。

  ……ああ、こないだ買ってきた、期間限定のプリンじゃん。

  なんか、あんまり人気がなくって、最近復刻したけど、また販売中止になるーとか言ってたやつだっけ。

  ……なに、また期限忘れてたの?


男:俺は、俺は一体、何度同じ失敗をすれば気が済むんだ……っ!!


女:はぁー……

  だからさ、いつも言ってんじゃん。

  そんな、冷蔵庫のわかりにくいとこに置いといたら忘れるよーって。

  そんでもお兄ちゃんは毎回毎回、


男:大丈夫。

  今度こそは、大丈夫!


女:って言ってさ、それでも結局忘れて、期限切らすたんびに、夜遅くに一人芝居始めるんだもん。

  見てて恥ずかしいよ本当に、我が兄ながら。


男:俺は……俺はこいつを、どうしたらいい。


女:食べればいいじゃん。

  大丈夫でしょ、ただちに影響は現れません。


男:それもそうか。

  いただきまーす。


女:さっきまでの熱演とは打って変わって軽いなあ。

  なんだったのよ、さっきの本気のむせび泣きは。


男:………………


女:……なに、どしたの、もしかしてマズイの?


男:……生ぬるい……


女:抱き締めたりするからでしょ……

  そのままお腹壊して、下痢にでもなればいいと思うよ。


男:辛辣だな……

  脳内での彼女の姿形と声は、お前そのものなのに。


女:は、やめてそれ本気で嫌。

  とにかく、次また私の睡眠の邪魔したら、お兄ちゃんのプリン、勝手に食べてやるからね。

  その方が、プリンだって幸せでしょ。

  わかったら、それさっさと食べ終えて、さっさと寝て。


男:……すみませんでした。


女:よろしい。

  じゃ、おやすみ。


男:おやすみなさい。


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