ココロナイカノジョ
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(役表)
A♂:
B♀:
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A:あのさ。
B:ん?
A:彼女が、出来たんだけど。
B:……へえ、そう。
じゃあ、貴方との関係も、これまでって事ね。
A:え?
B:短い間だったけど、そんなに悪くなかったわよ。
今まで有難う。
それなりにだけど、楽しかった。
A:いや、ちょっと待ってくれ。
B:なに?
A:……いや、違うんだ。
そういうつもりで言ったわけじゃなくて……
B:じゃあ、どういうつもりで?
まさか、堂々と二股宣言をしたかったの?
私は別に構わないけど、彼女さんが普通許さないでしょ、そんな事。
A:それは……そうだけど。
B:いい機会じゃない。
忘れてしまいなさい、こんな、心も躰も安い女の事なんて。
元々一夜限りの、セックスだけ出来れば良いような関係で終わる筈だったんだから。
それが、今日の今までこうして続いてきた方が、不思議だったのよ。
……ふふっ。
共依存って、こういう事を言うのかしらね。
A:……せめて、良い友人でいるっていうのは、無理なのか?
B:同じ台詞を、彼女さんの前で言って御覧なさい。
きっと、スピード破局の世界記録樹立の瞬間に立ち会えるわよ。
季節外れの紅葉狩りをセットにしてね。
A:やっぱり……駄目か。
僕は、都合良く考えすぎなのかな。
……確かに、君と今まで通りの関係というのは、無理だろうさ。
けど、だったらせめて、
B:友人として、私と付き合っていきたいって?
A:……そうだ。
躰の関係を抜きにしたって、君は十分……いや、十二分に、魅力的な女性だ。
変な話、今の彼女と、交際する程の勇気をくれたのも、君じゃないか。
日常的なアプローチの仕方から、それこそ、……セックスの、テクニックまで。
それが、いざ交際が実ったら、終わりだなんて。
B:だからこそ、いい機会なのよ、これ以上無いくらいに。
私は、貴方が感じてる程、立派な人間なんかじゃないのよ。
……少しだけ、酷い言い方をするけど、良い?
A:……どうぞ。
B:どうも。
貴方にとっての私は、嘸かし魅力的な女だったのかもしれない。
けれど、私にとっての貴方は所詮、性欲とストレスの捌け口でしかなかったのよ。
さっきも言ったでしょ、心も躰も、安い女だ、って。
貴方が歳の割に、あんまりにも初心で、奥手だったのが面白くって、
逢いたい時に逢って、遊びたい時に遊び、飲みたい時に飲んで、
そして、ヤりたい時にヤッて、
……最後には、捨てたい時に捨てる。
そんな、都合の良い玩具にしてやろうって思ってた。
……最初はね。
最初は、そのつもりだった。
そうするつもりで、そうする筈だった。
……そう、最初は。
A:今は、違うのか?
B:……そういう所よ、貴方。
A:そういう所……って、何が。
B:……もう良いわ。
これ以上この話を続けてたら、お互いに、最低な男と、最低な女になっちゃう。
私は最低で結構だけれど、貴方はまだ、これからの人間でしょ。
無自覚で、心無い所は直ってないみたいだけど、
そんなものはこれからでも、どうにでもなるわ。
私みたいな女に、また引っ掛からなければ、ね。
A:……心無い、か。
B:ええ。
まあ、私は貴方のそういう所が好きだったから、何も言わなかったけれど。
A:………………
B:……じゃあね。
ああ、言い遅れたけど、おめでとう。
お幸せに、……ね。
A:……ああ、有難う。
……さようなら。
B:さよなら。
(間)
B:……はあ。
結局、今回もまた駄目だった……か。
何でこう、最後まで後味悪い感じのまんま、終わらせちゃうのかな。
人の事言えないくらい、自分の方がよっぽど、心無いクセに。
……好きだったと思うんだけどな。
今度こそは、本気で……
……もう、よく分からなくなってきちゃったな。
次、……次なんて、あるのかな。
なんだか、考えただけで後ろめたい。
……ああ、そっか。
きっと、多分……好きだったんだ、やっぱり。
……今更気付いて……どうすんのよ。
この、大馬鹿……
(間)
A:……もう良いかな。
B:え?
A:いや、話続けて良いかな?
B:何処から?
男の苦悩のシーン?
A:いや、違う。
全然違う。
僕の二言目から。
B:二言目?
貴方の二言目って、「え?」だけじゃない。
そこからやり直すの?
A:そこじゃない。
やり直さない。
B:じゃあ何?
A:え?
僕、そんなにおかしい事言ってる?
B:え?
これって、「最低な男女の最低な関係」っていう、新作のエチュードじゃないの?
A:誰の新作か知らないけど、違うよ。
ただの、僕の近況報告だよ。
B:近況報告?
A:近況報告。
B:何処から?
A:最初から。
B:じゃあ、何で乗ったの?
A:ん?
B:何で、エチュードに乗ったの?
A:んん?
これは、僕が悪いのかな?
B:いや、割と自然に便乗してきたから。
A:まあ、そこに関しては、ごめん。
何処まで話の脱線が続いていくのか、興味湧いちゃって。
だけど、一段落ついたと思ったら、一人芝居始めたから、いよいよ止めた方が良いかなって思って。
B:あ、そう。
じゃあそういう事にしとくわ。
A:有難う。
……有難うなのかな、これは。
B:それで、何だっけ?
A:え、何だっけって?
B:何の話しようとしてたんだっけ。
A:……分かった、最初からやり直すよ。
B:それはどうも。
ごめんなさいね、小芝居挟むと忘れっぽくて。
A:やらなきゃ良いと思うよ。
だからね、彼女が出来たんだ。
B:……へえ、そう。
じゃあ、貴方との関係も、これまでって事ね。
A:うん、言い方が悪かったかな?
小芝居は、やり直さない。
B:ああ、ごめんなさい。
この悪い口が勝手に。
A:全く以て、御都合主義な口だよ。
B:それで、なに?
彼女?
A:そう。
B:Girl friend ?
A:そう。
いい発音だね。
B:おめでとう。
A:有難う。
B:うん、おめでとう。
A:うん、有難う。
B:うん。
A:……あれ?
B:なに?
A:いや、てっきり疑われるもんだと思ってたから。
B:疑って欲しかったの?
A:そういうわけじゃないよ。
B:いやね、最初は一笑に付そうかとも思ったわよ?
いきなり何を言い出すんだ、この童貞ジェントルマンは、とか、
とうとう頭の螺子も品切れかしら、とか、
もう家のティッシュは全員妊娠したの? とか、
御短小茄子のおひたしとか土手南瓜の煮っ転がしとか、
まあ色んな罵倒が、頭を過ぎったわ。
ギリギリ、言葉にはしなかったけど。
A:ギリギリだったんだ。
でも今、全部言葉にしたよね。
B:ギリギリよ、口蓋垂を押し出さんばかりの所まで来てた。
A:そんなに。
B:ええ、そんなに。
A:でも今、口蓋垂を押し出して、全部出ちゃったよね。
B:さっき言わなかったんだから、セーフでしょ。
A:何を以て、セーフと言い切れるんだろう。
それにしても、随分独特で、鋭利な言葉のレパートリーだね。
最後の2つはちょっと、意味が分からないけど。
もはや罵倒というか、小洒落た一品料理の名前みたいになってたよね。
B:ええ。
だって、気の毒じゃない。
折角良い夢を見れているのに、それを私がぶち壊しにするのは。
A:そうだね。
その心遣いはとても有難いけど、夢じゃないよ?
B:え?
A:夢じゃないよ、現実だよ。
B:夢じゃないの?
A:夢じゃない。
B:胡蝶の夢、って話知ってる?
A:うん、知ってるけど、夢じゃないよ。
B:……おはよう。
A:うん、寝てないよ?
B:いや、違くてね、こんな話があるのよ。
夢の中で出逢った人物に「おはよう」って言われると、夢と現実が入れ替わるんですって。
A:へえ。
僕の大事な現実を、夢にしようとしないでくれるかな。
B:はいはい、ごめんなさいね、真面目に聴くわよ。
彼女が出来たのね?
A:そうだよ。
こんな単純な本題に乗っかるまでに、ここまで時間が掛かったのは、多分生まれて初めてだよ。
B:それはどう致しまして。
A:感謝してるわけじゃないからね。
B:それで、折角だからいくつか訊きたいんだけど、良いかしら?
A:ああ、彼女について?
B:そう。
A:どうぞ。
B:えーっとね、まずその彼女さんは、何型?
A:何型……っていうのは、血液型の話?
それはちょっと分からないけど、A型な気がするね、性格的に。
B:違う違う。
節足動物型? 爬虫類型?
A:人型だね。
B:ああ、人型?
A:うん、人型。
B:へえー、人型。
意外ね。
A:人型は意外かあ。
それこそ意外だね。
B:じゃあ、何人(なにじん)?
A:僕に、国際的な交流があるように見えるかい?
B:違う違う、何星人?
A:地球人だよ。
B:海王星人とかじゃなくて?
A:うん。
そんなに遠くから来てない筈だよ、地球人だよ。
B:彼女さんが地球人だって言い張ってるだけで、実際は違うかも知れないわよ?
A:SFに毒され過ぎだと思うな。
確かに、100%海王星人じゃないとは言い切れないけど、ほぼ確実に地球人だよ。
B:そっかあ、意外ね。
A:そろそろ、この場においての常識の定義が壊れそうなんだけど。
B:そんな事無いわよ。
あとは、そうね……
何製?
A:……初めて、質問の意図が理解出来なかったよ。
どういう事?
B:どういう事、って訊き返されても。
色々あるじゃない?
プラスチック製とか、ゴム製とか……
本格的な物だったら、粘土製とか、木製とか。
私はそっちに造詣が深い訳じゃないから、よく分からないけれど。
A:素材の話?
B:そう。
A:人間だと思ってないよね?
B:流石にそこまで酷くはないわよ。
さっき、地球人だって聞いたんだから。
だから、地球人を模した、何製の何なのかなって。
A:そこまで行ったならもう、生物学上の人間であるという事に、猜疑心を持たないで欲しいんだけど。
B:もしもって事があるじゃない。
A:無いと思うよ。
信じて無さ過ぎにしても、限度があるよ。
B:そうかなあ。
じゃあ、あとこれだけ訊いておきたいんだけど、
四次元よね?
A:三次元だよ。
B:え?
A:三次元だよ。
なんでここで、確定事項みたいに訊いてきたの。
B:いや、てっきり、これだけは確実かなって思ってたから。
A:二次元って言われた方が、まだ現実的だったよ。
四次元の人間って何?
B:さあ……
何かもう、超常的な、想像も及ばない存在なんじゃない?
A:人の彼女を勝手に、超常的な想像も及ばない存在にしないでくれるかな。
ちゃんと三次元として存在してるからさ。
B:ふうん。
まあ、大体分かったわ。
A:分かったんだ。
個人的な情報は、何も出てないのに。
B:きっかけは何だったの?
A:別に、大した事じゃないよ。
僕が一目惚れして、気持ちがエスカレートしちゃったのさ。
そのまま、衝動的に。
B:はいはい、いつものパターンね。
A:そんな言い方無いだろ。
B:だって、本当の事だもの。
前の彼女も全く同じ感じで、結局、一年も保たなかったじゃない。
A:あれは、僕がまだ未熟だったからだよ。
今回は、うまくいかせて見せるさ。
B:どうだか。
さっきの話じゃないけど、スピード破局が目に見えるわよ。
A:心無いなあ。
B:貴方が進歩しなさ過ぎなのよ。
折角私が、複雑な女心をレクチャーしてあげてるのに、
いつもいつも、まるで活かせてないじゃない。
理解より行動が早いのが、悪い事とまでは言わないけど、貴方のは突飛過ぎ。
A:そうかな。
B:そうよ。
これだけ彼氏と知らない女が、長々と目の前で喋ってるのに、
一言も発さないどころか、瞬きもせず、表情一つ変えないのは、
少なくとも私の中では、彼女どころか、人間ですらなく、「人間を模した何か」でしかないの。
A:一応、世間一般的に見たら、「人間」って言える所までは来たんだけどなあ。
これでも生きてるんだよ、理論上は。
B:理論上は、でしょ。
今回こそは違うのかなって思ったのに、結局このパターンだもの。
心無いって言うんだったら、その子にこそ相応しい言葉だわ。
……ねえ。
A:ん?
B:こんな事、いつまで続けるつもり?
A:君が僕に振り向いてくれるまで、かな。
B:そう。
つまり、永久に続けるって事ね。
精々頑張って。
A:心無いなあ。
B:全く、どの口が言うんだか。
じゃあね、さようなら。
A:ああ。
次こそは、君をね。
さよなら。
B:……この調子じゃ、次も駄目ね。
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