カルテットアクターズ -変革の聲-
(登場人物)
・ユウリ(A):♂
勇者アレンの「声」を持つ異世界の青年。
やや気が弱いが、やる時はやる。
感嘆符多め。
・ジン(B):♂
魔帝ギルヴァレイドの「声」を持つ異世界の青年。
飄々としているが、根は真面目。
感嘆符少なめ。
・クラン(C):♀
勇者として魔帝に挑む。
正義感と家族愛が強過ぎて、融通が利かない時もしばしば。
感嘆符多め。叫びも有り。
・ヴィーナ(D):♀
魔帝として勇者を迎え撃つ。魔族。
誰に対しても傲岸不遜な態度をとる。
外見は10代後半の少女。
感嘆符ほぼ無し。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(役表)
A♂:
B♂:
C♀:
D♀:
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
C:前略、中略。
勇者アレンは、凄絶な大冒険の末、遂に魔物の大巣窟、魔城の最奥へと辿り着いた。
道中、幾多もの仲間との出逢いと別れ、強大な魔物との激戦を繰り返し、彼は、最強の戦士へと成長していた。
……そして今、その勇者が相対するは、全ての魔物を統べる「魔帝ギルヴァレイド」。
人類と魔族の最高峰による、世界の歴史と命運を分ける闘いの火蓋が、愈々切って落とされる。
B:クックッククク……ッ。
待っていたぞ人間、いや……勇者アレンよ!
脆弱な人間風情が、単身で此処まで辿り着けた事は褒めてやろう。
……だが、同時に酷く憐れでもあるな。
私の前に立った以上、最早死しても、神の御許へ逝く事は叶わん。
取るにも足らぬ、幾万の意思無き不死の兵の一人として、永劫私に仕え続けるが良いわ。
そう……過去私に無様に敗れ去った、嘗て勇者と呼ばれた者と、その取り巻き共のようにな。
A:よく喋るな、魔帝ギルヴァレイド。
饒舌は憂虞の表れと言うが、よもや魔帝ともあろう者が、
その脆弱な人間一人に討たれる事を危惧しているのか?
B:ほう……
随分と、大口を叩けるようになったものだな。
初めて相見えた時は、私の影にすら怯え憔悴し、剣も握れずにいた、羸弱な仔犬が。
A:あの頃の僕のままならきっと、こうして貴様の前に立つ事すら、出来なかっただろうな。
……だが、今の僕は、あの時の僕とは違う。
その仔犬を殺さず放っておいた事、存分に後悔するがいい。
力を貸してくれ、聖宝剣(せいほうけん)、ゲネラルプローヴェよ!!
B:……その剣、幾万の妖魔を退けし、その清浄の輝き……
貴様、どうやら徒に腕を磨いただけでなく、あの忌々しい女神の加護も受けているな。
奴もとうとう、人間如きに媚び諂わねばならぬ為体に堕ちたか。
無様な物よな、嘗ての創世神の一柱が聞いて呆れる。
A:その虚勢も、剣を交えれば直ぐに狼狽の慟哭へ変えてやるさ。
まさか、何の緒も無しに、愚直にお前に挑んでいるだけだとでも思ったか?
B:ほう?
今宵の飛禽はよく謡うな。
辞世の囀りに耳を傾けるのも悪くはないが、生憎と……
A:お前の心臓たる、不死の身を具現する魔宝具、魔珠(まじゅ)の、正確な位置。
B:なに?
A:今まで狡賢く隠していたつもりのようだが、女神様の知恵の前では無駄な足掻きだ。
不死身を誇るお前でも、それを砕かれればひとたまりもないだろう?
待ち焦がれた永劫なる眠りの刻だ、ギルヴァレイド。
B:……フ、フフッ、クッ、……カッ、ハハハハハ!!
A:何が可笑しい?
B:可笑しい! 可笑しいとも!!
何を言い出すのかと思えば! 我が魔珠の、位置!?
ああそうだ、それは此処だ! 此処だとも!!
我が心臓は、此処にこそ在り!!
……不思議には思わなかったのか、勇者よ?
何故、歴代の勇者は、私に勝てなかった?
その魔珠の存在すら知らなかったからだ。
何故、歴代の勇者は、それを知らなかった?
知る術が、知る者が淘汰されていったからだ!
ならば何故、今頃になって、女神は貴様如きに伝えた!?
知っていたのなら、初めからそうしていれば良かったものを!!
A:……まさか。
B:そう!
私が直々に、あの木偶の女神に教えてやった!!
何故そんな事をなど愚問愚答!!
あまりにも勇者らが脆弱で、腑甲斐無いからよ!!
精霊の加護だ、神託の使徒だと、幾多幾万の大義名分を掲げようと、
私の前ではその懦弱さ故に、光輝なる剣と盾は、尽く飴細工に成り果てた!!
分かるか、勇者アレン!?
貴様ら女神と人間はこれまで、私と戦う価値すら、備えてはいなかったのだ!!
A:……成程。
それなら、この僕と、この剣と、女神様の加護と、魔珠の在り処。
これら全てが揃い、お前の前へと立った今。
僕はお前と、対等に戦うだけの価値を持った、そういう事だな?
ならばもう、お前もこの世に、未練は無いだろう。
望み通り、本懐を遂げさせてやろうじゃないか。
B:……フフ、良いだろう。
そろそろ御託にも、飽き飽きしてきていた所だ。
私も、そして、この魔天杖(まてんじょう)、ルントホリゾントも……!!
A:…………ッ!
B:さあ、勇者アレン。
精々楽しませてもらうぞ。
そう簡単に、灰燼になど成り果ててくれるなよ。
A:言われなくとも、そのつもりだ……!
行くぞ!!
D:そして、魔帝と勇者の闘いは文字通り、苛烈を極めた。
天が慄き、地が顫え、時空すらもが、打ち震える程に。
後に語られる英雄譚によれば、その闘いは、世界のあらゆる場所から、その余波を感じ取れたという。
……そして、罅割れた月が幾度と沈み、輝きを奪われた太陽が、幾度と昇った頃。
闇夜よりも昏い漆黒の中で、遂に決着の刻は訪れた。
微かに、しかし耳を劈くかのような音色で、魔帝の魔珠は、光の一閃にて、打ち砕かれたのである。
B:がっ……ぐ、くゥウウ……!!
……フ、フフ。
見事だ……勇者アレン。
よもや、我が魔珠を砕く者が、本当に現れるとはな。
A:……本当に、危ない闘いだった……
一歩間違えば、結果は逆だった。
これも、女神様の加護のおかげか。
B:……フ、女神様……か。
貴様のその妄信が、新たな災厄への狼煙とならねば良いがな……
A:なに……?
B:く、くくっ、ハハハハ……!
私を滅したところで、世界の哀哭と、鏖殺の輪廻は止まらぬ……
貴様ら人間という存在が跋扈し続ける限り、永久に止まらぬのだ……!
滅びの凱歌が響くまでの間、精々束の間の平穏を謳歌するが良いわ。
……私の遺志は、決して潰えぬ。
この身が朽ち果てても、何度でも蘇ろう。
そして、何度でもこの世界を、闇の底へと沈めてくれよう。
貴様が亡び、人類が滅び、天地を喰らう、嘆きの焦土を齎すまでな……!!
A:……もしそうなったとしても、また僕が、お前を討ち果たすまでだ。
何度蘇ろうとも、何度でもな。
お前という存在が、この世から完全に消え去るまで、何度でも倒してやろう。
それもまた、勇者として選ばれた、僕の使命だ。
B:……ク、フハハ……!
暫しの別れだ、英雄アレン……
……いずれまた相見え、次こそは貴様を、滅してくれようぞ……!!
C:その言葉を最後として、魔帝の躰は消失し、月夜を覆っていた晦冥が討ち払われた。
アレンは、月光にすら眩む双眸を静かに閉じ、沈黙と静寂の中で、何かを想う。
後に英雄と語られ続ける勇者の胸中を知る者は、この時も、そして、この先永劫として。
誰一人として、居なかった。
D:或いはそれが、彼は悲しかったのかも知れない。
その想いを語るように漏れ出していたのは、言葉ではなく、歓喜でもなく。
……たった一滴の、涙。
その雫が地へと還った時、勇者の首飾りが、乾いた音を響かせ、砕けた。
それは嘗て、女神が勇者と出逢い、その意志と決意を認めた時に、加護の力を込めて手渡した物だった。
A:……そうか。
本当に、一つ間違えたら……此処で息絶えていたのは、僕だったんだな。
……本当に、終わった……のか。
はは、……まだ、信じられないな。
何でだろ。
この日の為に、この時の為に、ずっと旅を続けてきた筈なのに。
……けど、そうだよな、やっと……ようやく終わったんだ。
僕は……やったんだ、やり遂げたんだ。
やったんだよ、女神様、村のみんな。
……そして……
今、一つだけ願いが叶うなら……この報告を、生きてるみんなに、してあげたかったよ。
……帰ろう。
この世界は、守られたんだ。
……今は、それだけで良いんだ。
D:へっくし!!
A:……え?
B:ん?
……あれ?
C:あ?
……あっ。
D:ああっ!
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
A:え?
えっと……え、誰?
C:あ、ちょ……!
A:え、ん?
……あっ!
D:いや、それは、えっと……
……ていうか、え?
B:……え、どういう事?
A:いや、うん。
僕もちょっと、いまいち理解が追い付かないけど、一旦落ち着きましょう。
……えーっと、どうしよう。
B:いや、俺達は、さっきまでお互い会話してた声だから、まだ分かるんだよ。
そこの女性に至っては、さっきまでいなかっただろ?
C:いや、私はいたよ。
A:ええ、この人はずっと居ました。
それは、僕が証明出来ます。
そんな事言ったら、そっちの人こそ、さっきまでいなかったじゃないですか。
D:何を言ってる。
私だって、ずっと居たぞ。
B:ああ、この人がずっと居たのも、俺は証明出来る。
C:逆に言わせてもらうと、私はそっちの二人が、完全に初見だわ。
D:私だって、お前達二人とも、初めて見る顔だぞ。
一体、誰が誰で、どうなっている。
B:……じゃあ、分かった。
一人ずつ、さっきまで何をしてたか、正直に答えよう。
そうすれば一発だ、……多分。
C:えっ……
……う、うん。
D:……分かった、良いだろう。
A:えっと、じゃあ僕から言いましょうか。
僕は、魔帝ギルヴァレイドと戦ってました。
B:俺は、勇者アレンと戦ってた。
C:……魔帝ギルヴァレイドと、戦ってた。
D:勇者アレンと戦っていた。
A:……え、まさか。
B:そのまさかっぽいな、やっぱり。
勇者アレンも、魔帝ギルヴァレイドも。
どっちも実は、女性だったって事だ。
……まあ、俺は立場上、ギルヴァレイドに関しては知ってたけども。
D:馬鹿、自分からバラす奴があるか。
上手い具合に誤魔化せば、どうにかなったかも知れないのに。
B:元はと言えば、貴女がクシャミなんてしたからじゃないですか。
D:うっ……
それを言われると、まぁそうなんだが……
C:ちょっと待ってよ!
ギルヴァレイドが女だったなんて聞かされてないし、
さっきまで戦ってた時は、そっちの男の声だったし。
そもそも、あなたが本当にそうだとして、何で魔珠を砕いたのに、まだそんなピンピンしてるの?
さっき、完全に消滅したっぽい雰囲気まで出してたじゃない!
D:それを言い出したら、そっちだってそうだろう。
勇者アレンが女だなんて聞いていないし、いくら甲冑で顔が隠れてたとはいえ、
声までそこまで違ったら、流石に分かる。
今この場において、一体誰が、何処まで知っていて、何が真実なんだ。
C:それは……えっと……
B:……キリが無さそうだな。
A:……じゃあ、僕から知ってる事を話しますよ。
それでお互い、知ってる事は全部話しましょう。
B:嘘を吐いたら、どうする?
A:それも自由です。
ただ、今この場で嘘を吐いて混乱させる事で、何か得る物があるなら……ですけど。
D:……良いだろう、一時休戦といこうか。
大方予想は出来ているが、確証という物が欲しい。
B:……そうですね、俺も同意見だ。
C:……分かったわよ。
A:じゃあ、改めて。
僕は、ユウリ=マトバといいます。
聞いて貰っての通り、勇者アレンの「声」を持っている。
けど、さっきまで魔帝ギルヴァレイドと戦っていたのは、隣にいる彼女。
これは、女神様を介して彼女と交わした、ある契約の効果なんです。
D:女神との契約だと?
A:はい。
そもそも僕は、元々この世界の住人じゃありません。
何らかの手違いか、或いは何か不可思議な力が、偶然不運にも働いてしまったのか。
何にせよ、僕はある日突然、この世界に、知らぬ間に降り立ってしまっていた。
どうして良いかも分からないまま彷徨っていた所を、女神様に保護して頂いたんです。
そして、その後に巡り逢わされたのが、彼女だった。
B:……で、その契約云々はともかくとして、彼女たるその人は、結局何者なんだ?
それを明確にして貰わないと、いまいち話がはっきりしないんだけどな。
C:………………
A:言いたくなかったら、僕の口から言いますけど……
C:……いえ、良いわ。
勇者アレン……いえ、アレン=ウィルバートンは、私の双子の弟なの。
私の名前は、クラン=ウィルバートン。
ただの遊牧民の娘よ。
……一応はね。
D:ただの遊牧民の娘が、あれほどの戦いをして、剰え、魔帝を討ち滅ぼした、と?
C:……そう。
私達の家系は、何代も前の、嘗ての英雄の系譜だった。
そして、その力を最も強く引き継いだのが、何故か弟ではなく、私。
でも、そんな事を国王に知られてしまえば、只では済まないのは目に見えてる。
だから私は弟の振りをして、弟は私の振りをして。
必死で、ひた隠しにしていたの。
けれど、いくら一卵性の双子でも、性別が違えば、何時かはバレてしまう。
せめて、声だけでも似てくれたら良かったんだけれどね。
そんな一縷の希望も、運命は、許してはくれなかった。
B:……一つ解せないんだが、何で隠す必要があった?
勇者が男だろうと女だろうと、勇者たる実力を持っているなら、問題無いんじゃないのか?
C:普通なら、ね。
……けど、この世界は……私達の国は特に、徹底した男尊女卑政治が続いてるのよ。
実際、私は英雄の系譜とは言っても、そんな物は、この国だけでもいくらでもある。
英雄の子孫を遺すという大義名分の下に、
国中の女という女が、勇者の血を引く男達に、孕むまで嬲られる。
そんな悪習が、初代英雄が生まれた時から、ずっと続いてるんだからね。
勿論、それを拒否する女は処刑、若しくは死ぬまで、死んで腐るまで永久投獄の二択。
勇者を生む母胎の役割しか持つ権利の無い生き物が、最も色濃く英雄の血を引いているなんて。
天地が逆転しようとも、許された事ではない。
……そういう腐敗した価値観が根付いてるのよ、この世界は。
だから……
A:だから、僕がクランさんの……
いえ、勇者アレンの「声」となり、女神様の加護の聖珠(せいじゅ)へ入り、代わりに話していたんです。
異世界人である僕もまた、クランさんの国においては、存在自体が大罪のようでしたから、
姿を見られぬように、と。
そして、クランさんが無事、魔帝ギルヴァレイドを倒し、世界に平穏を取り戻せたなら、
元の世界へ確実に帰れる手段も得られると。
D:では、本物のアレン=ウィルバートンは、今はどうしてる?
C:……死んだわ。
B:死んだ?
C:ええ。
生まれつき、病弱な子だったからね。
私が旅に出る少し前に、流行り病で、簡単に。
……葬儀も、まともにさせて貰えなかった。
あの子は、私として、クラン=ウィルバートンとして、
……女として、死んだから。
D:……で、先刻聖珠が砕けた事によって、ユウリと言ったか?
お前が再び、出て来てしまった……と。
A:はい、そういう事です。
こちらの説明は以上ですが、何か質問は?
D:……気になる点は有る、が……今の所は些事だ。
問い質す程の事ではないな。
お前は?
B:俺も、別に。
C:それじゃあ、今度はそっちの番よ。
D:まあ、そちらが拍子抜けする程、素直に諸々話したからな。
こちらだけ虚偽の情報を教えるのも、不義理というものだ。
この際、対等にいこう。
と言っても、お前達程の、込み入った事情は無いがな。
大凡、似たような物だ。
……私の名は、ヴィーナ=ルルナ=ギナ=ロンドラ。
魔帝ギルヴァレイドは、私の実父だ。
……尤も、疾うの昔に、封じられているがな。
C:封じられた……?
でも、歴史では、何度討たれても幾度となく蘇って、その度に世界を脅かしたって。
D:表向きはそうなっているらしいな。
だが、実際は違う。
元々、魔帝ギルヴァレイドは、初代英雄オリジンと相討ちとなり、
共に時空の歪み、世界の果ての果てへと飛ばされ、幾重もの封印を施された。
その封印を解く事が出来るまでの間、「魔帝ギルヴァレイド」は、襲名制になっているんだよ。
全ての魔物を統べる魔帝が、真に世界の支配者となるべき暗晦の絶対者の不在を、
人間共に悟られてはならぬ、とな。
そして、私はその魔帝の名を継ぐ十三代目。
本来ならば、実子である私が、二代目になる筈だったのだがな。
忌々しい事に、雌が虐げられるという醜い文化は、人魔に共通する認識らしい。
おかげで、この「声」……
ジン=タカナシを手に入れるまでの間、現存する魔物の中で最強たる力を持ちながら、
私がその座に就く事を許されず、またその秘密も、知られる訳にはいかなかった。
B:見て分かったと思うけど、魔珠を砕いたところで、ヴィーナ様の命には、なんら別状は無いんだ。
ただ、そちらと同じように、俺がこうやって出て来てしまう、というだけで。
といっても、ユウリとは比べ物にならない程、人間の存在が許されない場所だったからな。
ヴィーナ様の秘密を守ると同時に、俺自身を隠す役割もあった。
破壊されると困る物であったのは間違いない。
A:じゃあ、ジンさんも同じように?
B:ああ。
この世界においては、異世界人だ。
多分、名前からして、元々は君と同じ世界にいたと思う。
でも、俺は理由の分からない君と違って、ヴィーナ様が召喚した、という確証がある。
D:勘違いするな、選んだわけじゃない。
適当に見繕った都合の良い声を持つ人間、それが偶々、お前だっただけの事だ。
B:はいはい、すみませんね。
C:……ねえ、ちょっと待ってよ。
D:何だ?
C:初代英雄オリジンは、魔帝ギルヴァレイドを討ち、王直属騎士団の総団長に就任したんじゃないの?
D:そんな歴史は知らん。
恐らくは、人間共が都合の良いように脚色したのだろう。
初代英雄は今も尚、私の父親と共に封印されている。
これが、紛れも無い事実だ。
C:……嘘、嘘よ、そんなの。
だって、私は……私達は生まれた時から、生まれる前から、そうだって。
そうじゃなきゃ、そうじゃないと……だって、そんな……
D:……ああ、お前の国の悪習とやらを考えれば、何もかもが牴牾するな。
フン……全く以て、卑陋な話じゃあないか。
お前達人間は、正義なる大層な御旗を掲げ、我々を悪と嘲罵し、神代の昔より滅ぼし合ってきたものだが。
……女神、メタの名の下に等と、聞いて呆れるな。
その実態は、在りもせぬ英雄の残影に、首を垂れて縋り付き、
虚無なる神の前で、醜穢な獣以下の目合を晒していただけ。
詰まる所が、クランとやら。
お前の躰にも、お前の国の、どの人間にも。
オリジンの血など、一滴たりとも流れておらぬというわけだ。
……私のような身でも、憐憫の意を禁じ得んよ。
お前にも、お前の弟、アレンにもな。
お前の国は、とんだ凶王に恵まれたようだ。
B:………………
A:……クラン、さん。
C:……ええ、そうね。
ああ……漸く分かったわ。
私が倒すべきだった、真の敵が。
……そうよ、ずっと……
ずっとずっと、ずっとずっとずっと前から、薄々分かってた事じゃない……
D:何処へ行く?
C:……決まってるでしょ。
国へ帰って、王を殺すのよ。
王だけじゃない。
王に賛同する者、王に随う物、王の血族、その全てを。
……いいえ、いっそ、国の男全てを纏めて、塵芥の様に討ち捨ててやる。
そして、土に還る事すらも赦されぬまま、肉も骨も、腐り果ててしまえば良い。
女に生まれた、ただそれだけで私達が受け続けた仕打ちに較べたら、それでも到底足りる物じゃないわ。
B:……止めておけよ、クランさん。
そんな事したって、自己満足にしかならない。
C:止めないで。
もう、決めたんだから。
B:止めるさ。
違う世界であろうとも、同じ人間だからな。
C:知ったふうに諭さないでよ。
結局は魔物側についた、裏切り者のくせに。
B:……それを言われちゃうとな。
D:ハッ。
弱いな、ジン。
B:貴女は、止めないんですか。
D:そんな義理は無い。
寧ろ、本気ならば、これ以上無い痛快な見世物だ。
A:じゃあ、ずっと一緒に旅をしてきた僕が、止めます。
C:……どいてよ。
A:どきません。
C:私は、貴方は殺したくない。
A:それなら、剣を収めて下さい。
その剣は、そんな事に使う為に、貴女に託された訳じゃない。
C:……どいてったら。
A:いいえ、どきません。
C:お願い。
私の激情が貴方を殺す前に、そこをどいて。
A:僕を殺す事で、その激情が鎮まるのなら、どうぞそうして下さい。
それでも僕は、貴女を行かせる気はありません。
C:……どうして……!
A:貴女の、そして、貴女の亡き弟の為です。
それ以外の何物でもありません。
C:アレンの……?
A:ええ、そうです。
C:……だったら。
A:え?
C:……アレンの為って、言うのなら……
……アレンの為って、そう言うのなら! どうして立ち塞がるのよ!!
私はアレンの代わりとして、勇者として、国王の命令に従って、魔帝ギルヴァレイドを討とうとした!!
どんなに国が嫌いでも!! どんなに国王が憎くても!!
その理由は他でもない!
世界を知らないアレンは、あんな国でも愛していたから!
アレンが、私達の国にしか咲かない、ほんの小さな花を愛していたからよ!!
……けれど国王は、その花を踏み躙った!
アレンが愛した花を! アレンの愛国心すらを!!
そんな国も、そんな国王も、そんな悪習ももう、在る価値も理由も無い!!
それならそんな物、国の勇者たる私の手で、滅ぼされるべきじゃない!!
それなのに、どうして!!
どうして、よりにもよって貴方が!!
貴方が、私を止めるのよ!?
A:確かに、国王のしている事も、その悪習も、許される事じゃありません。
女神様だって、ずっとその事は嘆いていた。
……けれど、今僕が言っているのは、そんな事じゃない!
ここで貴女が、その手を血に染めてしまったら、全てが終わった時、その手を誰に伸ばすんです!!
アレンさんが、血に塗れたその手を見て!
嘗て愛した、自国民の血に塗れた、貴女の手を見て!!
本当に、喜ぶとでも思っているんですか!
報われるとでも、本当に思っているんですか!?
C:……思わないわよ。
A:だったら!!
C:アレンは、そんな事をしたって喜ばない! 何をしたって報われない!!
当たり前じゃない!!
そのアレンは、もういないんだから!!
だから私は、アイツが言った通り、ただの自己満足で、私の国を殺すのよ!!
私の国が、私達を、自己満足で虐げ続けてきたように!!
だから、だからもう、どいてよユウリ!!
これ以上私を揺らがせるなら、私は本当に、貴方すらも殺してしまう!!
A:絶対にどきません!!
剣を収めて下さい、クランさん!!
C:…………ッ!!
ああぁあああぁあああ!!!
(クラン、ユウリに剣を振り下ろす)
A:クランさん!!
D:……はぁ、やれやれ。
(間)
A:なっ……!?
C:……ハッ……ハァ……ハァ……
……!?
(ヴィーナ、腕に深々とめり込んだ剣を押し返す)
D:……ッ……
全く、やっぱり痛いな、聖宝剣とやらは。
流石に、私達を討ち滅ぼす為だけに創られた、というだけはある。
この程度で、片腕が使い物にならなくなるとは。
忌々しい女神の力とやらの所為で、再生も叶わん。
B:ヴィーナ様!?
D:全く、鈍いぞ、ジン。
本気で止めたいと思ったのなら、このユウリのように、我が身を盾にしてでも止めねばな。
……まあ、今回はそれでも、無理だったようだが。
C:……どういうつもりよ、貴女……!?
D:おう、今なら少しは理性が機能しているか、勇者バーサーカー。
なに、そこのユウリという人間、此処で死なせるのは惜しいと思ったまでの事だ。
勇者が自国を滅ぼす様を傍観するのも一興と思ったが、もっと面白い事を思い付いた。
A:面白い……事。
D:それを話す前に、ジン。
さっさと止血せよ。
B:あっ、は、はい!
すみません!
(間)
D:……さて、クランも漸く正気に戻ったようだ。
私が気になっていた些事も含めて、説明しようか。
C:……ええ。
ごめんなさい、ユウリ……ありがとう。
A:いえ。
B:気になっていた事……というのは。
D:なに、今思えば、ジン。
始めにお前を召喚した時に、何故問わなかったのか、という事だ。
B:始めから?
D:お前も、そして、ユウリ、お前も。
本を一冊、持っているだろう。
それも、この世界に召喚された、その瞬間から。
最初は、お前達の世界から、お前達と共に召喚された物かと思っていたが、違う。
その二冊は間違い無く、この世界で著された物だ。
C:そうなの?
A:ええ……
一度読んでみようと思ったんですが、何の言語かさっぱりで。
まあ、元々世界が違うんだから、当たり前と言えば、当たり前なんですけど。
B:でも、この世界で見てきた言語とも、違うようなんだよな。
気にしてはいたけど、でもなんか、失くしたらいけない物のような気がして。
D:それはそうだ。
否、失くそうとしても、それらは失くせる物ではない。
その本に記されている文字は、全て見せ掛けで、何の意味も持たない。
真の内容は、お前達の意識の奥底に、直接刻まれている。
抑も、これまでおかしいとは思わなかったのか?
思考を直接読み取っている訳でもないにも関わらず、
ユウリがクランの意思を、ジンが私の意思を、そのまま代弁出来ていたという事実が。
……いや、それすらも……或いは、か。
B:言われてみれば……確かに。
A:そうですよね……
クランさんが考えて、言葉にしようとしていた事を、口が勝手に、代わりに発していた。
そう表現しても良いくらいに、意思の伝達に、何の齟齬も起こった事が無かった。
C:どういう事……?
なんなの、その本は?
D:私も太古からの伝承でしか知らん、実物をこの眼で視るのは初めてだが。
恐らくは、ユウリが持っているものが、「聖典プーロット」。
ジンが持っている方が、「魔導書ダイホーン」。
どちらも遥か昔、創世紀に、二人の神が記したとされる預言書だ。
C:……嘘、そんな事って。
A:知ってるんですか?
C:ええ、知ってるも何も……
聖典プーロットは、女神メタ様が記したとされてる、存在自体が伝説の書物よ。
それを手に入れた者は、この世界の人類史全てを掌握し、絶対たる不変の支配者になれる、って。
過去も、現在も、未来も。
そして、この世界の始まりから終わりまでの、全てが書かれている、とまで言われてるわ。
B:マジかよ……
D:それと対を為すのが、魔導書ダイホーン。
魔界を創りし、全ての魔族の始祖たる、魔神レヴァタネーが記した書物。
この本から智慧を得た者は、魔界の全てを支配下に置き、あらゆる魔物を使役する力を得る。
その力と叡智を以て、永劫なる魔界の君臨者と為るべし、という代物だ。
……一冊だけでも、全世界の国宝をも遥かに凌駕する価値の書物が、何故、二冊もあるのだと思う?
A:それは……
B:人間界と魔界で、世界が分かれているから……じゃないですか。
D:ふむ、半分正解だ。
だが、ならば何故、という発想が足りんな。
C:……まさか……
いや、そんな筈は無いわ。
そんな事があったとしたら……
A:え?
B:何だよ、そんな事って……?
D:……そう。
この二冊は元々、一冊になる予定だった。
しかし、編纂の最終段階で、一人の神の裏切りによって、不完全な二冊になり、
統合されて創られる筈だった世界も、人間界と魔界という、歪で不完全な、二つの世界になってしまったのさ。
……その神話の更に先、創世神の意志そのものとされる幻の書物こそが、
二冊を揃えた時、初めて此処に記される。
「大預言書アラス=ジスクリプト」。
……今こそ、顕現せよ。
(ユウリとジンの躰から本が現れ、眩い光を放ちながら融合する)
A:うわっ!?
B:な、なんだ!?
C:急に二冊の本が、光って……一冊に……!?
D:フン……やはりな、父上の考えは正しかった。
どれ……
A:……これが……
B:大預言書、アラス=ジスクリプト……?
C:大きさは、確かに倍くらいになったけど……
一体、何が書かれてるの?
D:……読んでみるが良い。
大預言書の今の所持者は、顕現者たる私達だ。
私達にしか読めぬ言語で記されているだろう。
……そして、その内容に絶望するのだな。
(間)
A:……そんな……まさか。
B:今さっきまでの俺達の行動まで、一字一句、違わずに書かれてる……
……間違い無く、本物だ。
C:……けど……信じられない……
違う……信じたくない。
そんな事……ある筈が、あって良い筈が……
D:……クランは特に、信じたくはないだろうな。
だが、大預言書に書かれた世界の顛末は、世界の終焉は、
全てが起こるべくして起こり、終わるべくして終わる。
創世神の裏切りも、この男尊女卑に基く世界も、そして、此処にいる私達という存在すらもが全て、
あの女神メタの、掌の上で興じられる見世物に過ぎぬというわけだ。
……つくづく、あの平和を望むと騙る張付けた微笑には、呆れて物も言えんな。
A:じゃあ、メタ様の本当の目的は……
B:これに書かれてる通りなら、自分で創った世界から女を全て、世界の意志として淘汰して……
C:自身のみが唯一絶対の母体となり、やがては全ての生命が自身の血を引く、聖なる理想郷を創る事……
D:完全な安寧は、完全な支配と同義だ。
元より奴は、生粋の独善主義者だからな。
疑って掛からぬ方が無理というもの。
魔神レヴァタネーも、父上……魔帝ギルヴァレイドも、
そして恐らくは、初代英雄オリジンですらも。
女神メタの真の思惑に感付き、歴史にも記されぬ、無き者として葬られた。
だが、聖典と魔導書は、魔帝と英雄の最期の抵抗によって、異次元の狭間へと隠匿され、
如何に創世神たる女神メタといえど、そう易々と奪還が出来なかった。
そして奴は、喪失した二冊の預言書を求め、幾度となく人間界と魔界の衝突を扇動し、繰り返させた。
……最後に顕現した大預言書を、自分の手に戻す為に。
B:なんてこった……
A:黒幕がまさか、僕を導いてくれた、あの女神様だなんて……
……それすらも、計画の一端に過ぎなかった……って事なのか。
D:恐らくは、な。
異世界転送の魔法は、次元を歪曲させ、この世界に存在し得ない存在を招き入れる禁忌の代物だ。
その性質をもってすれば、封印された預言書を、
転送物を媒体として召喚する事すら可能、と考えたのだろう。
そして、その思惑は的中した。
それも、媒体に同化してしまったとはいえ、完全な状態で顕現出来たという僥倖。
後は、私達が共倒れすればそれで良し、生き残った方を創世神崩れが自ら抹殺し、
それぞれから、預言書を回収する。
……それが、女神メタの真の創世計画であり、私達の……
そして、この世界の、定められた行末だ。
C:………………
B:でも、ヴィーナ様。
この話を始める前、「面白い事を思い付いた」って仰ってましたよね。
それは、一体何なんです?
ここまでの話が全部嘘で、全員が混乱してる今のこの状況を指すなら、何も面白くないですよ。
……いっそ、そうであって欲しい、とも思いますけど。
D:クハハ。
言うようになったじゃないか。
……だが、残念ながら大外れだ。
大預言書が顕現した事により、人間界と魔界は再び結合を始め、女神メタは私達を消しに動く。
この世界が創られた時から、そう定められた事だ。
これは、私といえども免れられん。
A:……じゃあ、どうするんですか。
D:私達が取れる択は、たったの二つ。
大預言書を、あの色情女神に返還し、聖なる理想郷とやらを諦観するのか、
それとも……女神メタと大預言書、その両方を封印、若しくは、討ち滅ぼすか、だ。
A:なっ!?
B:そんな事……いや、でも確かに、それくらいしか。
けど、相手は創世神ですよ!?
C:私は、やるわよ。
A:……クランさん……
B:……意外だな。
いの一番に賛成するのが、貴女なんて。
C:どうして?
B:いや、だって。
正直言わせてもらえば、一番反対するのが貴女だと思ってたし、
何なら女神側につくんじゃないか……とすら思ってたから……
C:心外ね。
確かに私は、女神メタ様の意向に沿って、動いていたかもしれない。
でも、それはあくまで結果よ。
利害が一致していた、というだけ。
私の行動原理は何時だって、女神様の為じゃなく、国の為でもなく、アレンの為にある。
アレンの死の原因が女神様にあるのなら、それと敵対する事だって厭わない。
そして、そんな理想と程遠い幻想郷を実現する為に、淘汰されるつもりも無い。
……これだけあれば十分でしょ。
女神様に選ばれた勇者が、女神様を討ち滅ぼす理由なんて。
B:……ああ、何て言うか……
なあ。
A:ええ……
見事な位に、徹底的なブラコンですね。
C:ぶらこん? 何それ?
A:僕達の世界にある言葉ですよ。
その……兄弟が大好き、とか、そんな意味です。
C:……ええ、勿論よ。
D:ハハハハ。
誰かが誰かを討ち滅ぼす理由なぞ、「気に入らぬ」だけで十分だ。
それに、人間界歴代最強の勇者クラン=ウィルバートンと、
魔界歴代最強の十三代目の魔帝、ヴィーナ=ルルナ=ギナ=ロンドラ様が組むのだ。
平和に惚けている偽りの創世神如きに、遅れなど取りようもあるまい。
B:それも、そうですね。
……って、言いたくなっちゃうんだよなあ、ここまでいつも通りだと。
A:いや、ジンさんやる気満々みたいですけど、僕達ただの、生身の人間ですからね!?
戦闘になったら、何の役にも立てませんよ!!
C:何言ってるのよ、ユウリ。
貴方にだって、大事な役割があるじゃない。
D:ああ、そうだとも。
C:私が本当の勇者でいられるのは、貴方の「声」あってこそよ。
そうじゃなきゃ、私はただの、腕っ節が強いだけの、遊牧民の娘だもの。
A:クランさん……
B:って事は、ラスボス戦は全部アドリブって事かよ。
命懸けなのに、無茶振りが過ぎませんかね……
D:あどりぶ? 何だそれは?
B:……まあ、臨機応変というか、その場凌ぎというか……
兎に角、なるようになれ、みたいな。
D:ハハ、それは大いに結構。
その方が、これまでよりも楽しめそうだ。
……さあて、女神様の御到着も、間も無くのようだな。
ユウリ、クラン。
聖珠の代替品だ、精々上手く使え。
(魔珠を二つ精製し、一つをユウリに手渡す)
A:あっ、は、はい。
ありがとうございます。
D:ジン、疾く備えよ!!
B:はーい……!
やるよ、やりますよ!
こうなっちまったら、もうヤケだ!
C:ユウリ。
A:はい!
……それじゃあ、ヴィーナ。
いや、魔帝ギルヴァレイド。
往くぞ!!
B:応!!
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A:そして、世界を創りし神と、世界を変える者達との戦いは、
伝説、或いは御伽話として、人間界と魔界、双方の歴史に、永久に刻まれる事となる。
一つの世界として創られる筈だった、二つの世界。
それを、幾星霜と歳月を経て、再び統合を叶えた、新たなる創世の、礎の序章として。
B:嘗て、安寧と静謐の象徴として崇められた、偽りの創世神、女神メタ。
彼女が編纂し、長きに亘り人類史、魔族史を狂わせ続けた、大預言書アラス=ジスクリプト。
及び、それを構成する、大いなる二冊の預言書、聖典プーロットと、魔導書ダイホーン。
この全ては、変革者達により討ち滅ぼされ、
遠い遠い、遥か世界の果ての彼方へと封印された。
C:そして今、四人の変革者達が生きる世界の行く末を知る者も、それを知る術も。
魔神ですらもそれを知らず、英雄もまた、それを知ろうとはしなかった。
D:いやはや、祝典とは一度盛り上がると、歯止めが効かんな。
C:一番それを助長してた奴が、よく言うわ。
A:でも、おかげで後腐れ無く終われたから、良かったんじゃないですか。
B:そうそう。
C:……それも、そうかもね。
D:ああ。
C:……本当に、帰っちゃうの?
A:……ええ。
やっぱり僕達には、僕達が本来いるべき世界がありますから。
B:まあ、口惜しいけどなあ。
折角二人が、この世界史上初の、女の国王と、副国王になったのに。
そこからの世の中の行く末を、見られないっていうのも。
D:ん?
また召喚すれば良いんじゃないか?
B:本当に危険なんで止めて下さい。
最初にしれっと、「適当にやったらなんか出来たな」って呟いてたの、俺知ってるんですからね?
D:おや、存外耳が聡い。
C:……貴方とは、同じ世界で出逢いたかったわ。
そうすれば、もっと違った今も、違う未来もあったでしょうに。
A:ええ、僕もです。
でも多分、今のこれが、「最善の現在」なんです。
これより悪い未来も、良い未来もありませんよ、きっと。
C:……そう、ね。
そう思う事にするわ。
D:うーん、だが、本当に惜しいな。
提案なんだが、今からでも、ユウリはクランに、ジンは私に、子種を残してから行かないか。
A:こっ、こだ!?
B:何言ってるんですか!?
C:馬鹿じゃないの!?
D:駄目か。
B:……はぁー、どんどん天然が酷くなる。
最後まで、何言いだすか分からなさ過ぎて怖い。
A:でも、良いですね。
こういうのって、やっぱり。
C:……そうね。
D:良し。
創世神御手製、魔神様改良版の、転移装置の起動、問題無し。
さっさと陣に入れ、確実に成功するのは一度きりだぞ。
B:はいはいはい。
A:だったら、そんなに急かさないで下さいよ。
C:……さようなら。
元気でね。
A:ええ、お二人も。
B:一生忘れないよ。
この世界であった事も、皆に逢った事も。
D:逆召喚魔法、展開開始!
こちらの世界は任せておけ、直ぐにお前達の彫像も建ててやろう。
特大のをな。
B:一瞬嬉しいと思っちゃったけど、絶対止めて下さいね!?
C:……ユウリ!
A:はい?
C:……私、私……!
D:転送!!
A:えっ、あっ!
B:さよならー!!
(魔法陣が起動し、ユウリとジンが転送され消える)
D:……うむ、異常無し。
上手くいったようだな、流石は私だ。
ん、どうした、クラン?
顔そんなに赤くして。
C:……何でもない。
それより、アレンの墓参り行くから、付き合って。
D:……しかし、誰一人として、それを憂う者はいない。
過ぎ去った過去を偲び、今現に在る現在を謳歌し、未だ来ぬ未来を待ち焦がれる。
そんな、平穏な平凡を手に入れた世界に、
まやかしの偶像など、まやかしの神の教示など。
きっともう、要らぬものなのだ。
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