オーヴァーラップ

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(役表)

♂:

♀:

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男:で、何の話してたっけ?


女:……なんだっけ。


男:砂糖入れる?


女:2つ。


男:ミルクは?


女:いらない。

  あ、でもシロップ欲しい。


男:ホットだよ?


女:知ってるよ。

  アイスでもホットでも、私はシロップ入れるから。


男:既に砂糖入ってるのに?


女:それはそれ、これはこれ。


男:ふーん、まあ良いけど。

  で、何の話してたっけ?


女:えーっとねえ。

  あ、そうそう!

  サキが彼氏と別れたって話よ。


男:そんな話してたっけ。


女:違ったかもしれないけど、思い付いたから。

  ダメ?


男:元々の話題思い出すまでは、それでいいよ。

  シロップも2つ入れる?


女:流石にそこまではしない。


男:あ、そう。

  で?

  サキが彼氏と別れたって、あの2人、結構長くなかったっけ。


女:そうなんだけどね、なんか、うまくいってなかったんだって。


男:そうは見えなかったけどな。


女:私もそう思ってたんだけどねー……

  でも、理由聞いたら、ちょっと納得しちゃった。


男:どんな?


女:例えばね。

  好きな人に告白するとして、それってどこでする?


男:なに、急に。


女:良いから良いから。

  ……あれ、今、砂糖3つ入れなかった?


男:入れてないよ、気のせい。


女:そうかな……


男:僕はまあ、とりあえず、人気の少ない所かな。

  それか、どこかの個室か。

  とにかく、2人きりになれる場所が良い。


女:個室って、例えば?


男:ホテルとか、レストランとか。

  そこまで行かなくとも、どっちかの家の部屋とかでも良いよ。


女:あー、ね。

  確かに、私との時も、ホテルだったもんね。

  ラブホテルだけど。


男:仕方ないだろ。

  金に余裕も無かったし、どっちも実家住みだったんだから。


女:それもそうだね。

  ……あ、


男:すいませーん。

  この「3種のポテト盛り合わせ」下さい。


女:む……先に言われた。


男:そりゃあ分かるさ。


女:なんか悔しいな……

  まあいいや。

  それでね、まあ、場所の好き好みとかこだわりは、大なり小なりあるにせよ、

  告白って、やっぱり、面と向かってするのが当たり前じゃない?


男:確かにね。


女:でもね。

  サキ達は、告白したのは彼氏の方かららしいんだけど、メールで告白されたらしいのね。

  やり取りもほとんどメールで、直接会うのって、意外と少なかったんだって。


男:ああ、最近はそういう人も増えてるんじゃないかな。

  僕の知り合いでも、SNSでプロポーズされたって人いるよ。


女:……ほんとに?


男:ほんとに。


女:それ、OKしたの?


男:したらしいよ。

  又聞きだから、詳しくは知らないけど。

  ……コーヒー飲んでいい?

  冷めちゃうから。


女:いいよ。

  ……いや、だけど信ッじらんない!


男:なに、突然。


女:だってよ!?

  仮にも愛の告白、もっと言えば、一生の自分の伴侶に成り得る相手に贈る言葉が、画面越しだなんて!

  ロマンチックの欠片も無いじゃない!


男:ロマンチック……


女:いや、ロマンチックさは、別にそこまで重要じゃないんだけど。

  こう……何というかさ、説得力が無いじゃない。

  いくら文章に愛を認めたり綴ったりした所で、所詮それは、準備された文言でしょ?

  極端な話、こういう言い方はなんだけど、本当はそんな事、心にも思ってなかったとしたって、

  相手にはその、いかにも「愛が目一杯詰まってます」感が溢れる言葉は贈れるわけじゃない。

  信憑性の欠片も無いわ、はっきり言って。

  面と向かって言うのが恥ずかしいとか、諸々の事情があって、なかなか言う機会が無いとかなら、

  例えば電話とかさ、今時なら他にも色々、それこそいくらでも、手段はあるわけじゃない。

  メールでの告白、ましてやプロポーズだなんて。

  ちゃんちゃらおかしいわ、言語道断よ。

  そうでしょ?


男:そうかなあ。

  僕は別に、そうは思わないけど。


女:どうして?


男:メールってさ、要するに、すぐに届く手紙みたいな物だろ?

  だったら、声にして伝える勇気が無いなら、せめて手紙で、みたいな風習は、昔からよくあるじゃないか。

  僕はそれを悪いとは思わないし、文明の利器が生み出した新しい手法ってくらいにしか感じないよ。

  受け取る側も……まあ、君みたいな人もいるだろうけどさ、

  OKされる例があるってことは、それを良しとする人もいるってことだよ。

  サキだって、最初はOKしてたなら、別にそれ自体が嫌だったわけじゃないんじゃない?


女:そう言われると、そんなような気もするけど。

  ……あ、そういえば、彼氏は浮気性が酷くて、みたいな事も言ってたわ。


男:じゃあむしろ、別れた理由の大半は、そっちが占めてるんじゃないの?

  メールでの告白云々は、君が納得いかないから、何となく強く印象が残ってただけでしょ。


女:う……


男:図星だね。


女:……っあー、もう!

  なんかいっつも、しれっと言い負かされるのが悔しい!

  たまには論理戦で、完膚無きまでに叩きのめしたい!


男:そんな勝負、言うほどやってる記憶無いんだけど……

  だいたい君が感情的になって愚痴ってるのを、僕が宥めてるだけだろ?


女:……あーあ、わかれたいなー。


男:ポテト食べないの?


女:露骨に話題を逸らさない。


男:今度は何、随分と藪から棒に。


女:むしろ今更でしょ。

  なに、あなたはわかれたくないの?


男:……ああ何、そっちの話?


女:そうよ。

  それ以外に、どんな意味があるのよ。


男:いや、てっきり話の流れで……あ、


女:「このポテト美味しい」?


男:……うん。

  珍しく先に言われた。


女:たまには反撃してやるわよ。


男:……そういえば、元々の話題はこっちだったね。


女:むしろ、別の話題に持っていけた私達が、自分で言うのもなんだけど驚きだわ。

  慣れちゃってるのかしら。


男:そうかもね。


女:ダメでしょ、私達は、このままじゃ。


男:そうだね。

  ……でもさ、そもそも、元の元まで遡れば、最初に妙な事を言い出したのは君だろ?


女:なによ、私に100%責任転嫁するつもり?


男:そうは言ってないけどさ……


女:……今更話を拗らせても、時間の無駄だわ。

  とりあえず、何でこんな事になってるのかを明らかにしなきゃ。


男:どうしても何も……

  君がこう言い出した所からだろ、事の発端は。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


女:ねえねえ。

  「交換」ってどう思う?


男:……何の話?


女:だから、交換よ。

  ラブコメとかでよくある、「男女の体が入れ替わっちゃった―!?」ってやつ。


男:ああ……

  物々交換とかじゃなく、そういうファンタジーな感じの話ね。


女:そう。

  どう思う?


男:どうって言われても……

  特に、どうとも思わないよ。

  せいぜい、そういう設定とか展開を、最初に考えた人は凄いな、って思うくらいで。


女:違ーう。

  そういう「どう思う?」じゃなくて、

  「どうやったら現実でそれが実現出来ると思う?」って話。


男:……ごめん、なんて?


女:だーかーらー。

  そういう、体と体の入れ替わりっていうのを、どうやったら現実で引き起こせると思うかって聞いてるの。


男:……えーっと、何。

  最近、そういうのを題材にした漫画とか読んだ?


女:うん、すっごく面白かった。

  それで、「私もやってみたい!」って思った。


男:小学生の工場見学の感想文みたいな言い分だね。


女:良いじゃない、夢があるでしょ?


男:少なくとも夢は無いと思うな……


女:私はねえ。

  まずメスを入れるなら、どうやって入れ替わったのかが、一番気になるのよね。


男:……ああ、こうなったらもう止まらないな……

  どうやってっていうのは?


女:王道的な所で言えば、何かの拍子に、お互いが頭をぶつけてさ。

  そのショックでー、みたいな展開が多いじゃない。


男:そうだね。


女:でもそれだとさ、理屈上おかしいと思うの。


男:理屈を引き合いに出したら、大概のそういうような設定がおかしくなっちゃうと思うんだけど。

  一応聞くけど、何がおかしいの?


女:だって、体が入れ替わるっていうくらいなんだから、

  これは個人的な見解ではあるけど、中身、もっと言えば、魂が入れ替わってるわけでしょ?

  頭を強くぶつけ合ったくらいじゃ、百歩譲って魂が抜け出ることはあっても、

  入れ替わるなんて器用なことには成り得ないわ、確率的に。


男:確率云々の話でもないと思うんだけどな。

  ……じゃあ、君の中のその理屈と……


女:ていッ!(頭突き)


男:痛ッ!?


女:……ぁいったぁ~……

  ……ほら、思いっ切りやったけど、入れ替わらないでしょ。

  やっぱり方法として、確実性が低過ぎるのよ。


男:……うん……

  なんか僕は今、頭が色んな意味で痛いし、どこからツッコミを入れたら良いのかで一杯だよ。


女:で、なんか言い掛けてたけど、何?


男:ああ……だからね。

  君の中のその、理屈と確率とやらに基づいて考えると、どんな方法が確実性が高いわけ?


女:幽体離脱。


男:……ん?

  ごめん、もう一回言って。


女:幽体離脱。


男:………………


女:お、完全沈黙とは珍しい。

  そんなに斬新だった?


男:斬新……

  うん、そうだね、凄く斬新。

  つい今さっきまで、形だけでも真っ当な議論を展開させようとしてた人と同じ人の口から出た案とは思えない。


女:そうでしょうそうでしょう。


男:褒めてないからね?


女:あ、違うの。


男:……まあ、じゃあ聞こうか。

  幽体離脱でそのー、心身交換が成立する可能性が高いとする、その根拠は?


女:なにそれ、かっこいい!


男:何が?


女:心身交換って表現。

  かっこいい。


男:……使っていいよ。


女:やった!

  (咳払い)

  それでは、説明します。


男:はい、どうぞ。


女:まず、心身交換を行う人物を、2人。

  仮名として、左衛門三郎(さえもんさぶろう)さんと、勘解由小路(かでのこうじ)さんとします。


男:……はい。


女:左衛門三郎さんと勘解由小路さんの体を入れ替える為にはまず、

  前提条件として、左衛門三郎さんと勘解由小路さんが、互いに自由に幽体離脱が出来る事が必要になります。

  そして、左衛門三郎さんの体の中に、勘解由小路さんの魂が入り、

  勘解由小路さんの体の中に、左衛門三郎さんの魂が入る事によって、

  視覚的には、左衛門三郎さんは左衛門三郎さんで、勘解由小路さんは勘解由小路さんに見えていても、

  実際には中身は入れ替わっているので、

  左衛門三郎さんは勘解由小路さんであり、勘解由小路さんは、


男:普通にしよっか。


女:普通にしよっか。

  中さんと佐藤さんでやっていきます。


男:ありがとうございます。

  というか、ちょっと待って。


女:なに?


男:名前のインパクトで押し切られそうになったけどさ、

  前提条件のくだり、もう一回言ってもらっていい?


女:左衛門三郎さんと勘解由小路さんが、


男:田中さんと佐藤さんが。


女:田中さんと佐藤さんが、互いに自由に幽体離脱出来る事が必要になります?


男:うん、そこ。

  自由に幽体離脱出来るって何?


女:聞いてそのままの意味だけど?


男:……説明をお願いします。


女:しょうがないなぁ。

  いい?

  まず大前提として、体1つにつき、魂は1つよね。


男:う、ん……うん、そう、だね?


女:で、もしも、自分以外の魂が自分の……

  さっきの話の中で言ったら、田中さんの体の中に、佐藤さんの魂が入ろうと思ったら、

  元々田中さんの体の中にある田中さんの魂は、邪魔になってきちゃうわけよ。

  ここまではいい?


男:うん、既にだいぶ暴論になってきてるけど、辛うじてついていけてる。

  それで?


女:それで、野球で言うところの押し出し1点みたいに、

  田中さんの体に佐藤さんの魂が入ると同時に、

  その勢いで、田中さんの魂がポンッと押し出されたならそれでいいよ?

  でもさ、そう上手く行くとも限らないじゃない。

  もしかしたら、例えば思いのほか、田中さんの体のキャパシティが大きくて、

  2人分の魂が入れちゃうかもしれない。

  もしもそうなっちゃったら、元々の佐藤さんの体には、

  入ってくる物も、戻ってくる物も無くなっちゃってるから、完全に蛻の殻になっちゃうわけでしょ?

  物の例えとかでなく、本当の意味で抜け殻状態の人間の体がどうなっちゃうのかは、

  想像もつかない反面、興味が湧かないと言ったら嘘になるけど、ひとまずそれは置いといて。

  安全、かつ確実にね?

  田中さんの体に佐藤さんの魂が入って、佐藤さんの体に田中さんの魂が入ろうと思ったら、

  2人が同時に幽体離脱して、2人が同時にお互いの体に入れ替わって入れば、

  ほら、大成功!


男:……ここまで一般常識を逸脱した理論を、さも正論っぽく力説する人初めて見たよ。

  満足気に一息ついてる所悪いけど。


女:なによ。

  これまで私が試した方法の中では、一番説得力があるでしょ?


男:試した?


女:そう。


男:いつ?


女:いつって……だから、これまで。


男:……ごめん、ちょっと意味が分からない。


女:何でよ、いい?

  今私が提唱した、幽体離脱での心身交換は、さっきの頭突きを直接的な方法とするなら、

  いわば間接的な、もっと言えば、スピリチュアルな交換方法なわけよ。

  何も、突発的にこんなアイデアが浮かんできたわけじゃないのよ?

  これまで私の中で考えられた、あらゆる直接的な、と言うより、物理的な?

  交換方法を試したけど成功しなかったから、視点を変えて、こういう可能性もあるかなって考えたのよ。


男:物理的な交換方法、って……

  ……あー……えっと……

  間違ってたら単に僕が恥ずかしいだけになるけど、一応確認してみていい?


女:どうぞ。


男:何回か試した?


女:何回か試した。


男:大きく分けて、2通り試した?


女:大きく分けて、2通り試した。


男:……ああ。


女:思い当たる節あった?


男:思い当たる節あったね。


女:確信が欲しいなら、オブラートに包んで、教えてあげてもいいよ?


男:……そうだね、オブラートに包んだほうが良いね。

  誰のためでもないけど。


女:誰のためでもないけどね。

  えー、まず1つ目としては、接吻に伴って、心身交換は発生するかどうかね。

  酸素だったり二酸化炭素だったり、あとはまあ……その、唾液とか……ね?

  そういうのを、あのー……ほら。

  口……もっと言えば、舌? とかで?

  交換する過程で、ふとした拍子に、その、あれ。

  そう、心身交換が起こるんじゃないかって思ったの。

  結局何も起こらない、というか、正直そんな事考えてる余裕無いから、どうしようも無かったんだけど……

  で、もう1つが、性……


男:やめとこうか。


女:やめとこうか。


男:……なるほどね。

  それで結局、中身が入れ替わるまでには至らなかったから、

  そういう非科学的な方法なら、実現できるんじゃないかって思ったわけね。


女:そういうこと。


男:……でもさ、それに関しては、僕も引っかかる部分が少なからずあるんだけど。

  入れ替わる方法じゃなくて、本当に入れ替わったとして、その後の話ね。


女:お、珍しく話に乗ってきてくれる?


男:たまにはね。


女:いいよ、受けて立ってあげる。

  して、引っかかる部分とは、何?


男:別に、勝負とかをするわけじゃないんだけどね……

  体の中身が、まあ君の持論に合わせて表現するなら、魂が入れ替わるってことはだよ?

  お互いの身体機能とかはそのままで、入れ替わるってことだよね。


女:そうね。


男:そうなるとさ、身体的な特徴が著しく異なる2人が入れ替わった場合、

  普通はその変化に、相当戸惑うと思うんだよね。

  当たり前といえば、当たり前の事だけど。


女:身体的な特徴が著しく異なるって、例えば?


男:そりゃあ、挙げていけば、山ほど出てくるよ。

  仮に、君と僕が入れ替わったと仮定したら、そもそも、身長がだいぶ違うだろ?


女:……そりゃあね。

  私は155、あなたは180だものね。


男:そう。

  だから、そこから生じてくる視界の……

  ……なに、そんな怖い顔して。


女:別に。

  どうぞ続けて?


男:……まあいいや。

  とりあえず、まずその身長の差から来る、視界の高さの変化が挙げられる。

  25センチなんて数字、実際にいきなり変わったとなれば、数字以上に大きく感じるだろう。

  ほぼ30センチと言えば、成人男性の頭1つ分にも相当するんだ。

  それに……


女:次行ってもらっていいかな?


男:なんで?


女:いや、特に理由は無いけど、何となく。


男:……じゃ、次に行こうか。

  身長以外に、もっと大きく違う所があるだろ。


女:なに?

  次は体重の話を持ち出すの?


男:違うよ。

  体重なんて、何十キロくらいの変化が無ければ、よっぽど体感的な変化は無いだろ、たぶん。

  それよりも、もっと根本的な所。


女:性別?


男:そう。

  性別の違いから来る、根本的な身体構造の変化。

  具体的な名称はあえて避けるけど、生えてる生えてないの違いがあるだろ。


女:膨らんでる膨らんでないの違いもあるわね。

  具体的な名称は、あえて避けるけど。


男:まあ、とにかく、そういう見ただけでも分かる所から、

  体のありとあらゆる所が、丸々入れ替わるって事になるんだ。

  一時的な物だったとしても、その影響は計り知れないと思うんだよね。


女:「体が入れ替わる」と表現するのと、

  「魂が入れ替わる」と表現するのって、

  実質的に結果が変わっていなくても、何か全然違う感じがするよね。


男:え、うん?

  なに、突然。


女:いや、今ふと気になっただけ。

  独り言だから気にしないで。


男:う、うん。

  そこまで言い出すと、いよいよゲシュタルト崩壊起こしそうだから、触れないでおくよ。

  とにかく、あまりそんな細かい事を重要視する作品は滅多に無いけど、

  言葉で言い表している以上の事の重大さに、気付けていないんじゃないかなって思うね。


女:まあ、確かにね。

  男と女じゃ身体構造も全然違えば、生活習慣も全然違うものね、アレとかあるし。

  具体的には、あえて言わないけど。


男:そういうこと。


女:なるほどね、一理あるわ。

  それにしても、あなたも思ってた以上に、人身交換について興味を持ってたようね。

  その事実だけでも好都合だわ。


男:まあ、僕もそういうジャンルの作品が、興味深いと思ってた時期があったからね。

  それなりには、目を通したこともあるよ。

  ……ところで、聞く前から嫌な予感しかしないんだけど、何が好都合なのかな。


女:そりゃあ、決まってるでしょ?

  お互い心身交換について、少なからず疑問点を持っている、っていう共通の事実があるのなら、

  お互いに協力して、それらを解決するっていう、共通の目的が生まれるじゃない。


男:……理屈だけは、珍しくその通りだけれども。

  「理に勝って非に落ちる」って言葉知ってる?


女:知らなーい。


男:考える素振りすら見せないね。


女:「無理が通れば道理が引っ込む」ってやつよ!

  1%でも可能性があるのなら、あとは実践を重ねるのみ!


男:一般的に不可能だと思われてる事を可能にするための1%を成り立たせるのが、

  どれだけ大変なことなのか微塵も分かってない時点で、不安しか感じない。

  むしろ、その1%がどこから生じた物なのか、物凄く問い質したい。


女:私が挙げた方法の可能性を全部足せば、それくらいになるでしょ。

  それで十分よ。


男:ああ、もう聞く耳を持たない最終段階まで来てしまった。

  ……分かったよ、協力出来ることはするよ。


女:さっすがー。

  物分りが良くて助かるわ。

  そういうところ大好きよ。


男:ありがとう。

  でも、相応の危険性を孕んでる事も忘れないでくれよ。


女:相応の危険性?

  なにそれ?


男:……それに関しては、さっきまでの話の中で、君が自分で言ったから、

  あえて僕の口からは、今は言わないよ。

  覚えてないなら、そのままでもいいし。


女:えー……それでいいの?

  あなたも少なからず、被害を受けるかもしれないのよ?

  どんな被害かは分からないけど。


男:僕が被害を受けるよりも、君が痛い目を見るほうが、僕からすれば愉快だから良いんだよ。


女:なにそれ。

  ほんと、いい性格してるわね。

  そういうところ大嫌いよ。


男:ありがとう。


女:褒めてないから。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


男:……で、その後に試行錯誤、紆余曲折あって、

  結果としては本当に、「相応の危険性」にあたる事態が実際に起こってしまって、

  今、こうなってるわけだ。

  まさか本当に起こると思ってなかったから、脅しにもならないと思ってたんだけどな。


女:分からないものよね。

  でも私としては、期待以上の結果が得られたから、大満足よ。

  強いて不満点を挙げるなら、結局どの行為が引き金になってこうなったのかが分からない、ってくらいで。


男:楽観的だね。


女:……まあ、いつまでも楽観的でもいられないけどね。

  あくまで結果に満足したってだけで、今後の生活に影響が出ちゃうっていうのであれば、話は別。

  何が引き金になって起こったのか分からないんじゃ、元の戻し方も分かんないもの。

  だからさっきも、「わかれたいな―」って言ったのよ。

  あなただって嫌でしょ?

  このままじゃ。


男:そりゃあ正直に言えば、嫌だね。


女:わかれたい?


男:わかれたいね、出来るなら。


女:出来るなら、ね。

  事の重大さに気付けてないわ。


男:……君にだけは言われたくない一言だね。


女:事は一刻を争うって話よ。

  早くしなくちゃ、一生元に戻れないかもしれない!

  それくらい切羽詰まってる事態だって分かってる?


男:少なくとも、君よりは分かってる自負があるよ。

  その証拠に、僕は今此処でのんびりコーヒーを飲んで、ポテトを食べてる暇なんて無いって思ってるから。


女:でも、ポテトを頼んだのはあなたでしょ。


男:コーヒーを頼んだのは君だ。


女:……お互い様、だね。


男:不本意ながらね。


女:それじゃ、このコーヒー飲んで、ポテト食べ終わったらまた……

  あっ!!


男:なに?


女:やっぱり、砂糖3つ入れたでしょ!

  甘すぎ!


男:ああ、うん、4つ入れた。


女:もー!!

  あなただって飲めたもんじゃないでしょ、こんなの!


男:だから言ったろ?

  「僕が被害を受けるよりも、君が痛い目を見るほうが僕からすれば愉快だ」って。

  まあ、これはただの悪戯、悪く言えば嫌がらせ、

  もっと悪く言えば、八つ当たりだけど。


女:なんでわざわざ悪く言うのよ……

  やっぱり、そういうところ大嫌い。


男:ありがとう。

  僕は君のそういう破茶目茶なところ、大好きだけどね。


女:……あ、そ。


男:あーあ。


女:わかれたいな―。


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