エルウの空

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(役表)

男♂:

女♀:

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男:あー……


女:んー?


男:あぁー……


女:どうしたー。


男:どれくらい経った。


女:さぁー、1時間くらいじゃない。


男:そんなにか。


女:知らない、てきとう。


男:ああそう……


女:うーん。


男:早いなぁ……


女:早いねぇ。


男:じっとしてるからかなぁ。


女:じっとしてるだけだからこそ、じゃない?


男:どういうこと?


女:なにが?


男:雲の話だろ?


女:時間の話じゃないの?


男:あ?


女:え?


男:……噛み合わないなぁ……


女:噛み合わないねぇ……


男:雲見てるだけだろ、ずっと。


女:主語が足らなさ過ぎなんだよ。

  で、もう動けそう?


男:いや、ちょっとまだ無理……


女:だろうねぇ。


男:うーん……

  青いなぁ、空……


女:青いねぇ、空。


男:……くじら。


女:あざらし。


男:飛行機。


女:……かもめ。


男:伸びしてるネコ。


女:やかん。


男:やかんは嘘だろ……どこがだよ。


女:ネコも大概だよ。

  どう見ても違うでしょ、あれは。


男:あー……UFO。


女:え、どこ?


男:は?


女:ん?


男:雲の話だぞ。


女:うーわ、騙された。


男:今の話の流れで、どうやったらそう受け取れるんだよ。

  バカじゃないの。


女:ひっど、死ねばいいのに。


男:そこまで言うかよ。

  ……あー、ダメだ、体中が痛い。

  全然動ける気がしない。


女:下手っぴ。


男:うるさいな。

  上手いとか下手とかあるかよ、こんなの。


女:そりゃそうだ。


男:……青いなぁ、空。


女:青いねぇ、空……


男:嫌になるくらい青いな。


女:別に、嫌にはならないけど。

  ところでさぁ。


男:んー。


女:最近、なんかあった?


男:え、なんで?


女:いや、ここらへんで何が起こってるかとか、最近のこと全然知らないから。


男:知ってどうするんだよ。


女:どうも出来ないけど。

  良いじゃん、どうせお互い、死ぬほど暇なんだから。


男:なんかって言われてもなぁ。

  別に、特に何も……

  あ、そういやあれだ、久保田が入院したな。


女:久保田って、3組のブタロク?


男:そうそう、流石に知ってたか。


女:そりゃ知ってるよ。

  有名人だもの、悪い意味で。

  でも、入院ってなんで? ケンカ?


男:いや、自転車で側溝にハマって、転んだ勢いで足を挫いたらしい。

  で、運悪く骨折。


女:うわ、しょーもな。

  いかにもブタロクっぽい、バカな感じ。


男:だろ。


女:じゃあ、随分平和なんじゃない、今?


男:そりゃあな。

  みんな口には出さないけど、心の中ではガッツポーズしてるだろ。


女:ボス気取りで、嫌われ者だったからねー。

  あとは?


男:あと……そうだなあ。

  佐々木のばあちゃんの店が無くなった。


女:はっ!?


男:うお、なんだよ。


女:え?

  佐々木さん家って、あの駄菓子屋だよね?


男:そうだよ。


女:無くなったの?


男:無くなった。


女:なんで?


男:知らないよ、理由までは。

  この間久し振りに行ったら、シャッターが下りてて、閉店って書いてあったから。

  いつからそうなのかも分からん。


女:うーわー……ショック過ぎる……


男:そんなにか?


女:うん……

  あそこのおばあちゃんさ、当たり付きのお菓子があったら、

  当たってなくても、2つくれたりしてたんだよね。


男:最低だな、お前。


女:違うよ、騙してたんじゃなくて。

  1つ買ったら2つくれたの、最初から。

  それに、昔から結構通ってて、ここらじゃ数少ない、憩いの場だったからさあ。

  そっかぁ、ついに無くなっちゃったのかぁ……


男:まあ、むしろ今までよく潰れなかったなってくらい、前時代的な商売だったからな。

  もう相当な歳だろうし、節目を感じたんだろ。

  知らんけど。


女:はぁー……そっかぁ……

  あ、流れ星。


男:昼だぞ、今。


女:雲の話だよ?


男:雲も無い。


女:くっそ、引っ掛かるかと思ったのに。


男:騙すにしても、もう少し頭使え。


女:うわ、ムカつくそれ。

  死ねばいいのに。


男:そこまで言うかよ。


女:それにしても、風強いねえ、今日。

  あんなにあった雲が無くなっちゃった。


男:青いなぁ、空……


女:青いねぇ、空。

  ちょっとは、痛みも引いてきたんじゃない?

  まだ無理そう?


男:……もうちょい。


女:なんだそれ。

  それで、他には?


男:なにが。


女:最近の出来ごと。


男:まだその話続けるのかよ。

  別に、そこまで情報通じゃないんだけど。


女:いいじゃん、もう少しだけ。


男:じゃあ、あれだ。

  世界が滅びる。


女:え、いつ?


男:明日。


女:なんで?


男:隕石。


女:……マジ?


男:そんな訳無いだろ。

  疑え、ちょっとは。


女:嘘なの?


男:嘘だよ。


女:なんだ。


男:なんだってなんだよ。


女:だから、こんな事したのかなって思ったのに。


男:……はぁ?


女:いやね、よく言うじゃん。

  「明日世界が滅びるとしたら、今日何をするのか」って。


男:よくあるやつだな。


女:そうそう、だから。


男:お前の言いたい事が、全然分かんないんだけど。

  どういう意味だよ、それは。


女:分かんないかな。


男:全く。


女:じゃあ、質問を変えよっか?

  「明日死ぬために、今日、何をする」?


男:……なんて?


女:明日死ぬ事が分かってるなら、悔いが残らないようにどうするかって話でしょ、元は。

  だったら視点を変えて、地球が滅びるとかの不可抗力で死ぬんじゃなくて、

  せめて自分の意志で死んでやる、って考えたなら、何をするのかなって。


男:……そんなこと考える余裕があるなら、そもそも死のうなんて考えないだろ。

  大体の場合は、そんなこと考える余裕が無いから、

  明日なんて待たずに、今日、今すぐに死のうってなるんだ。


女:で、そうなったんだ?


男:……うるさい。


女:うわ、冷た。

  死ねばいいのに。


男:そこまで言うかよ。

  ……お前はどうなんだよ、それは。


女:それって?


男:明日死のうと思った時に、何かしたのかって。


女:いや、何もしなかったよ。


男:なんで。


女:なんでって。

  その理由は、今自分で言ったじゃん。

  そんなこと、考えてる余裕が無かったの。

  明日と言わずに、今日の今すぐにでも、死にたいって気持ちしか無かったから。


男:それもそうか。


女:そうそう。

  ……でもねぇ。

  なんか、今頃になって、やっておけば良かったなとか、

  やりたかったなっていう、後悔みたいなのが、次から次へと、どんどん溢れてきちゃってね。

  どうする事も出来ないのにね、死んじゃったらさ。

  もしも、あと1日くらい、あと、ほんのちょっとでも、明日を想う余裕があったなら……

  なんて、考えちゃうんだよ。

  そんな事、全部今更だし……生きてなきゃ、何にも出来ないのに、さ。

  もし、もしもあの日、あの時に、踏み止まれていたのなら……って。


男:……青いな、空。


女:青いね、空。

  ……しんみりしろよ、ちょっとくらい。


男:しただろ、ちょっとくらいは。


女:足りない、もっとしろ。


男:意味が分からん。


女:死ねばいいのに。


男:そこまで言うかよ。


女:じゃあ、言い換えるよ。

  死ねば良かったのに、あんたなんか。


男:じゃあ、こっちも言い返すぞ。

  生きてりゃ良かったのに、お前なんか。


女:……は?


男:なんだよ。


女:なに、それ。


男:なにが。


女:そういうこと?


男:だからなにが。


女:だってそんな感じ、1回も見せなかったじゃん。


男:なんだ、そんな感じって。


女:生きてるうちに言ってよ、それ。


男:無茶苦茶言うな。


女:そんなことの為に、後を追おうとしたの?


男:現在進行形でな。


女:どうして?


男:さあ、自分でも分からん。


女:やめたら?


男:なんで。


女:やめてよ。


男:やめない。


女:バカみたいじゃん。


男:お前が言うな、バカ。


女:……死なないでよ。


男:そこは、死ねばいいのにって言えよ。


女:嫌だよ、もう見たくない。


男:それなら、生き返ってくれよ。

  そうしたらやめる。


女:そんなの……


男:無理だろ。


女:無理だけど。


男:だったら見るな。

  こっちだって、見られたくてやってるんじゃない。


女:……まだやるの?


男:そろそろ、動けそうだからな。

  次は、屋上から行ってみる。


女:そんなの、本当に死んじゃうよ。


男:そのつもりでやってるんだよ。


女:やめないの?


男:やめない。


女:……そこまでして、本気で、死にたいの?


男:別に、死にたいんじゃない。

  ただ、生きたい理由が無いだけ。


女:バカじゃないの。


男:だから、それをお前が言うな。


女:………………


男:……何してるんだよ。


女:願いごと。


男:流れ星でも見えたか?


女:昼だよ、今。


男:なんだ、願いごとって。

  飛び降りても、死にませんようにって?


女:空が、ひっくり返りますようにって。


男:なんだそれ、そうなったらどうなるんだ。


女:地面が空になるから、落ちなくなる。


男:頭わる。


女:ひっど。

  いいから帰れよ、もう。

  バカなことしてないでさ。


男:あー、分かった分かった。

  それじゃあな、もういくから。

  また、後で。


女:……いいよ、もう。

  勝手にしろ、バカ。



(間)



男:………………


女:………………


男:……痛すぎ。


女:うわ、生きてた。


男:生憎とな。


女:どうだった?


男:空がひっくり返った感じがした。


女:願いが叶ったね。


男:そんな訳あるか。

  途中で何かに引っ掛かったんだよ。

  お陰で、視界がぐるんぐるんだったわ。


女:ざまあみろ、バーカ。


男:うるさっ。


女:やめる気になった?


男:……まあ、考え直すわ。

  これだけ失敗したら、流石にな。


女:そう、それはなにより。


男:………………


女:………………


男:……青いなぁ……空。


女:青いね、空。


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