アフターアフター

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(役表)

男♂:

女♀:

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男:しかし、だ。


女:ん。


男:ちょっと、想定外だったよ、俺は。


女:なにが。


男:正直、案自体は、かなり画期的だと思っていた。


女:上手く転ぶかも、って?


男:まさに。


女:蓋を開けたら?


男:先の酣(たけなわ)も何処へやら。

  今や宛(さなが)ら、閑古鳥の巣箱だ。


女:どうして、だと思う?


男:だから、それを今から議論するんだろうが。


女:誰と。


男:お前と。


女:私と?


男:何故きょとんとする。

  主催者だろ。


女:半分、ね。


男:だからこそだ。


女:へえ。


男:へえ、って。

  何でさっきから、そんな生返事なんだよ。


女:なに、乾いた返事の方がいい?


男:どんなだ、それは。


女:ゲップとか。


男:品性の欠片も無いな。


女:さっきまで散々、大盤振る舞いしたもの。

  品切れだよ。

  品も知性も、恥じらいも。


男:自棄になるなよ、折角の年の瀬に。


女:その折角の成れの果てが、今のこのザマじゃん。


男:そりゃそうだが。

  上手く転びそうだったんだけどなあ、途中までは。

  惨めな脱兎たちの為の、二次会の会。


女:忘年会、オフ会、同窓会、エトセトラ、エトセトラ。

  参加したくもないのに、空気的に参加せざるを得なかった飲み会に嫌々出席して、

  貴重な金と時間と心身をズブズブ摩耗していくよりも、

  そんな泥沼を、単身こっそり抜け出すという、勇気ある偉業を成し遂げた有志達を、

  敢えて一堂に会させることによって、言ってしまえば同じ穴を掘り進んで来た狢同士、

  赤の他人とは思えぬ、えも言われぬ絆、

  あわよくばワンチャン、恋心なんかが芽生えちゃったりしちゃうかもしれないよね的な、

  文字に起こしてみたら有意義とも無意義とも分類し難い、

  年末プラス深夜テンションの核融合という、一線を平然と逸脱する思考回路デバフが引き起こしてしまった、

  そんな一夜のメルトダウン。


男:後半、ちょっと何を言ってるのか分からんのに、分かってしまうのが悔しいが。

  まあ、飲み会をこっそり抜け出すっていうのは、お約束かつ憧れのエモシチュエーションだよねっていう、

  すっごい何気ない雑談を発端に、ここまで規模が変に膨らむとは思ってなかった。


女:そういう人らはわざわざ場所を拵えなくたって、

  年の暮れに託けて、勝手によろしくやってるでしょ。

  どこでもなんでもしっぽりと。


男:やめなさい。


女:参加資格があるのは、そんな盛りのついた番(つがい)じゃなく、

  あくまでも個人。

  日々のストレスに揉み潰されて、

  惰性で参加した酒の席ですら生き場所を見失ってしまった、悲しき子羊たち。


男:言い方よ。

  で、こんな馬と鹿も揃って鼻で笑うような企画を、SNSでダメ元で発信してみたら、

  予想に反してまさかの、参加希望者の土石流、プチバズりの大盛況と。


女:ペアが出来てはこっそりと抜けていき、

  ペアが出来てはひっそりと減っていき、

  いつの間にやら抜け減っては、どこからともなく、また増え……

  なんか、マッチングアプリの立食パーティーみたいになってたよね。


男:途中から数えるのも億劫になってきていたが、

  今夜のこの会場だけで、少なくとも20か30組は成立して、巣立って行ったな。


女:そのうち何組が、年明けには翼を捥がれて、地に落ちているんだかね。


男:やめなさいって。


女:で、採算は?


男:取り敢えず、ここの貸切料金は、参加費だけで余裕でお釣りが来るな。

  店とだいたいの時間だけ指定して、あとは各自相席でもなんでも好きにしてくれって感じで放置でも良かったんだが、

  如何せん、人数が人数だったから、いっそ場所を確保しておいて正解だった。


女:その手腕は、素直に感心するけど。

  そっちじゃなくて。


男:そっちじゃなくてって?


女:私らは?


男:ああ、余ったな。


女:なんでよ。


男:だから、それが議題だっつの。

  わざわざ丁寧に一連をなぞって、一周して戻ってきただけだ。


女:議題もなにも、あとは余り物の更に余り物同士で一蓮托生、

  ヤケ酒に溺れるだけでしょ、無様の極み。


男:まあ、そうしたいんだったら、付き合ってやらんでもないけど。

  どうせ、この後の予定も無いし。


女:さすが。


男:なにが。


女:ていうか、え、予定無いの?

  同棲中の彼女は?


男:続いてたら、今日ここにいるのおかしいだろ。


女:それもそうか。

  なんか頼む?

  って言っても、時間的にもうラストオーダーだけど。


男:そうだな。

  いっそやり直そう、俺らだけ。


女:ある意味、これが元々求めてた、いわゆる私らの中での、理想の二次会の形だよね。


男:確かにそうだな、皮肉なもんだ。

  あ、すいません、注文いいすか。

  えーと、焼き鳥のモモと、皮2本ずつ。


女:ネギま。


男:ネギまも、2本。

  あと、そうだな。

  ピーマンの肉詰めと、卵焼きを。


女:枝豆、たこわさ。


男:たこわさ……?

  ああ、これか。

  はい、枝豆とたこわさも追加で。

  あとは……


女:生。


男:生1つと、ジンジャエール。

  はい、以上で。

  お願いしまーす。


女:ガキっぽ。


男:うるせえな、自分で頼めよ。


女:未だに飲めないの?


男:飲めないんじゃない、飲まないの。


女:一緒じゃん。


男:良いだろ、別に。

  安いし、酒より好きで美味いんだから。


女:で、ピーマンの肉詰めに、なんて?

  卵焼き?


男:嫌いだっけ?


女:そういう訳じゃないけど。

  わざわざ居酒屋来てまで頼むようなモノ?

  だし巻き玉子じゃなくて?


男:卵焼きだよ。

  食ってみてから言え。

  ここのは他所より美味いんだ。


女:ふーん。


男:ていうか、お前こそ。


女:なに。


男:なんか、ずっと飲んでないか?

  かれこれ何杯目?


女:7杯目。


男:えげつな。

  何も食べずに?


女:知らない人だらけだったから、緊張して喉乾いちゃって。


男:分からなくはないが、にしてもだな。

  酒クズかよ。


女:失礼な、上客でしょうがよ。


男:上客なら、もっとハキハキ喋れよ。

  貸切とはいえ、接客する側からしたら、そこそこ鬱陶しいぞ。

  さっきみたいな、ボソボソーって。


女:良いでしょ、金落としてるんだから。


男:お客様は神様ってか。


女:そんな神様は、堕天すればいい。


男:常識はあるようで何より。

  あ、ジンジャエールはこっちです。

  はい、どうも。


女:そういえば、今更過ぎるけど、私ら乾杯したっけ。


男:果てしなく今更だな。

  やらないのもなんだし、一応やっとくか。


女:おつかれー。


男:おつかれー。


女:うえーい。


男:ういー。


女:……あぁー……

  こんな活気の欠片も無い乾杯ある?


男:なんだよ、やり直すか?


女:じゃあ。


男:ウェーイ!!

  おつかれーぃ!!


女:おつかれイェーイ!!


男:カンパーイ!!

  うぇっへっへーい!!


女:カンパーイ!!

  フゥーウ!!


男:………………


女:………………


男:やんなきゃ良かったな。


女:やんなきゃ良かった。

  で、なんで別れたの。


男:急にそこ掘り返すかよ。


女:いや、なんか、当たり前のように流しちゃったから。

  いつ?


男:先週。


女:結構長くなかったっけ、2人。

  やっとこさ同棲まで漕ぎ着けたって、随分な浮かれっぷりだったじゃん。


男:そうなんだけどな。

  なんていうか、一緒に住んでみると、お互いの嫌なところが露呈してくるっていうの?

  そういうのが、積もり積もって。


女:地雷踏み散らかしたんだ。


男:そんなところ。


女:へえー。

  別に、良いんじゃないの?


男:なにが良いんだよ。


女:結婚する前に、価値観の違いっていうか、溝みたいなのに気付けたんなら。

  後出しジャンケンみたいに無理矢理合わせていったって、気疲れするし、変にギスギスするだけでしょって。


男:慰めるとかないのかよ。


女:嫌だよ、そんなキャラじゃないし。

  お望みなら、カウンセラーでも呼びな。


男:はいはい、そうですか。

  ……お、卵焼き来たぞ。


女:でっか。


男:食べてみ。


女:……美味しい。

  ていうか、甘い。


男:だろ?

  こういう味付けって、なかなか自分じゃ出来ないからな。


女:ふーん……


男:なんだよ、その喉元つっかえたような面持ちは。

  尚更ガキっぽい、とでも言いたいのか。


女:いやねぇ、なんか。

  元カレを思い出すなぁって。


男:元カレ?

  恋人いた時期があったのか、お前みたいなヤツにも。


女:なんだとこのやろう。

  あったよ、若気の至りってやつでね。


男:いつ。


女:3日くらい。


男:なにが。

  3日前まで?


女:違う、付き合ってた期間が3日。


男:みじか。

  なんでそんな。


女:色々よ。

  全ッ然合わなかったの、ざっくり言えば。


男:へぇー、ドンマイ。

  もっといい人見付けな。


女:もうちょっと興味持てよ。


男:なに、踏み込んで欲しいの?


女:……別に。


男:それなら良いじゃん。

  お前だって、こっちの話に踏み込む気無かっただろ。

  ……お、ここのたこわさ美味いな。


女:………………


男:………………


女:……ムカつく。


男:なにが。

  たこわさ取ったから?


女:それもあるけど。

  何取ってんだこのやろう。


男:卵焼き食っただろ。


女:それは食べてみって言ったんでしょうが。


男:それはそうだ。

  で、なにがムカつくって?


女:やっぱりさぁ、そういう関係になったばっかの頃って、

  ちょっと浮かれて、相手好みの物とか、作ろうとはするわけじゃん。


男:ああ、ノロケか。


女:どう解釈したらそうなるんだよ。

  毟るぞ。


男:何をだよ、やめろ。


女:で、不慣れなりに、色々作ってみようって意気込んでたわけ、当時の私は。

  無難なところから攻めてみようかと思って、まずは初手で、卵焼きを食べさせてみたの。

  ありきたりなレシピのまんま、甘くも塩っぽくもない、ザ・どこにでもある卵焼きをね。

  そしたら、ものの見事に、一発目でドカンよ。


男:なにが。


女:地雷。

  味の好みが極端で、そのクセ、こだわりがとにかく鬱陶しいほど強いやつでさ。

  「甘くない卵焼きなんか食わすな」、とかなんとか、公衆の場でほざいて、

  手掴みでバッシーン!!


男:なにを。


女:卵焼きを。

  それ以外なにがある。


男:あぁ。

  で、それ以来、卵焼きがトラウマになってしまって、

  卵焼きを見るだけで、身体中にニキビと蕁麻疹と、鳥肌と人面瘡まで出るようになったと。


女:そんなことにはなってない、なってたまるかそんなもん。

  だから、なんていうかね。

  トラウマって程じゃないにしても、甘い卵焼きは、なんかね。

  甘いのに、思い出は苦いというか?


男:なに、卵焼きポエム?


女:うるせえ。


男:なるほどねえ。

  でもまあ、良かったんじゃねえの、それもそれで。


女:なにが良いのよ。


男:早々に自分から、願い下げなろくでもなさを見せ付けてくれたんだから。

  盲目なゾッコンになってからそんな仕打ちされて、

  「そんな彼も愛しちゃう」なんてことになったら、目も当てられんだろ。


女:気色悪。


男:なんだとこのやろう。

  ……因みにさ。


女:ん。


男:その元カレってのは、どんなヤツなの。


女:どんなって。

  だから、彼女の作った卵焼きを、素手でブン投げるようなヤツだよ。


男:ゴリラみたいだな。


女:お、それはなんだ。

  私の卵焼きが、糞便と同義語だと言いたいのか。

  裂くぞ。


男:どこをだよ、やめろって。

  そこまで言ってないだろが。


女:他人の終わった色恋沙汰に、四の五のとずけずけ踏み込んでくるの、どうかと思うよ。


男:それは確かに、ぐうの音も出ない正論だ。


女:でしょ。

  猛省しな。


男:悪かった。

  先にずけずけ来たのはお前だから、どの口がって言いたいけど。


女:ぐう。


男:ん?


女:これで満足?


男:なにが?


女:ろくでもない思い出を、ずるずる引き摺りながら一生過ごしていくよりか、

  時々こういう場で、馬鹿馬鹿しくぶち撒けて、思い出のなり損ないとして、雑に捨てちゃえばいいんだよ。

  どうせこれからも、いくらでもろくでもない経験するんだから。

  いちいち律儀に覚えておくだけ、心のキャパの無駄使い。

  だから、私の元カレの存在も、今の話が終わった時点で、無かったことになった。


男:……なるほど。


女:感心してどうする。


男:いや、そういうとこがあっさりしてるってのは、素直に羨ましいなって思って。

  大抵は、余計なもの未練がましく引っ掛けてる印象だったから。


女:要らないトゲを含むんだよねえ、いつもさあ。

  やり方と考え方次第で、どうにでもなるでしょうよ。


男:そういうもんかね。


女:だいたい言わせてもらったら、そう言うそっちだって、

  要らないことうだうだ考えて、自分で勝手にメンタルごちゃつかせて、挙句ヘラるんじゃん。


男:そんな感じか、傍から見た俺は。


女:そんな感じよ。

  さっきの口振り的にも。


男:まあ、な。

  さっきの言葉を借りるなら、やり方次第ではあったんだろうな、とは思うよ。

  ただ、最初に言った通り、何かひとつって訳じゃなくて、積もり積もった末の破局だったから。

  遅いか早いかだけで、どのみち結果は同じだったんじゃないかって。


女:なんか、達観してんだね。


男:割り切ろうとしてるんだよ。


女:ふーん。


男:なに。


女:なんか、つくづく私らって、余り物になる運命なんだなって。


男:急に現実に引き戻すなよ。


女:夢のある話なんて、一回もしてないでしょ。

  運というか、引きが悪いっていうのも、多少あるんだろうけどさ。

  だって、今日の集まりですら、ほとんど声もかけられなかったじゃん。

  あんなにいたのに。


男:確かに、逆に不自然なくらい、なんならちょっと避けられてたというか、一歩引かれてた雰囲気はあったな。

  主催者だから、そもそも選択肢だと思われてなかったのかね。


女:顔バレしてたの?


男:いや、してない筈だが。

  俺ら、お互い以外とあんまり話そうとしてなかったし、そういうのも良くなかったんじゃないか。

  二人して重度の人見知りだし、加えてお前は酒クズだし。


女:一言多いんだよ。


男:じゃあ、次回はちゃんと、

  「主催者にも気軽に声かけてね」、って通知しとくか、前もって。


女:二度とやんないよ、こんなの。


男:なんで?


女:なんでって……

  取られたくないし、万が一にも。


男:どういう意味?


女:……いや、別に。

  ちょっと、お手洗い行ってくる。


男:ちゃんとお手洗いって言うんだな。


女:やかましいな。


男:トイレで死ぬなよ、相当飲んでるんだから。


女:心配するな、必ず生きて戻る。


男:やめろやめろ。

  もはや使い古された遺言だ、それは。

  行くなら早く行ってこいって。


女:はいはい。

  ノリ悪いな、だからモテないんだ。


男:やかましいな。



(間)



女:ただいま。


男:早いな。

  手洗ったか?


女:洗ったよ、失礼な。

  盛った?


男:盛ってねえよ、物騒な。

  人を何だと思ってんだ。

  俺もちょっと行ってくるわ。


女:どこに?

  涅槃?


男:ある意味ではお花畑だな。

  トイレだトイレ。


女:行ってらっしゃい、必ず帰ってきてね。


男:死にたがりな上に殺したがりか。

  やめろこのやろう。


女:ほんとノリ悪いな。

  いや、むしろ逆に良いのかな?

  ……あれ、伝票どこ行った。

  落としたっけ?


男:どうした、焼夷弾でも飛んできたか。

  生憎と、ここは防空壕じゃないぞ。


女:早過ぎない?

  手洗った?


男:いや。

  この店のトイレの場所、男女で別だったわ。

  間違えた。


女:以前から、なんというか、ちょっと素行が怪しい人だなとは思ってたんですよね。


男:俺のことを知る近所の人やめろ。

  入ってねえよ。

  良いから先にいけ、俺もすぐ追いつく。


女:何言ってんの?

  ジュースで酔ってんの?


男:二度と乗ってやんねえ。



(間)



男:ただいま。


女:おかえり。

  足洗った?


男:何もやってねえよ。


女:そろそろ帰ろうか、うちらも。


男:ああ、もうこんな時間か。


女:終電、無くしちゃった。


男:おう、とんでもねえ事態だな、今すぐ戻せ。


女:どうやって帰る?


男:どうやってって、車だよ。


女:え、死ぬ気?


男:飲んでねえよ。


女:飲んでないの?


男:飲んでねえって。

  参加者全員、主催者までベロベロになってたら、

  何かあった時どうするんだよ。


女:最悪、人死にが起こるね。


男:有り得なくはないが、極端だな。

  それに、お前の飲むペースも、明らかに普段以上におかしかったからな。

  全部見越して、こういう時はハンドルキーパーに徹することにしてんの。


女:……相変わらずそういうところだけは、よく気が利くんだ。


男:なにが?


女:いつも肝心なところだけは、わざとかってくらい何にも気が付かないくせに。


男:なに、なんて?

  なにゴニョゴニョ言ってるんだよ、もう出るぞ。


女:え、会計は?


男:済ましたけど。


女:は。


男:なんか、あからさまなタイミングで便所行ったから、そういう事なのかなって。


女:………………


男:なに。


女:ん。


男:なんだ、その手。


女:領収書。

  1円単位で返すから寄越せ。


男:面倒臭え。

  素直にありがとうで良いだろ、そこは。


女:イヤなんだって、マジで。


男:なにが。


女:奢ったり奢られたりの金銭関係も嫌だし、

  私が払わせる空気を作ったみたいなのもイヤなの、ホントに。

  全然そんなつもり無かったし、そんなの死んでも頼まない。

  マジで嫌。

  相手があんただと余計に、本気でやだ。

  出来るオトナになったつもりで、良いとこ見せたいのか何なのか知らないけどさ。

  相手間違ってるし、頼んでないんだよ。

  そういう面倒臭いのにしないでよ、私らの関係まで。

  そういうとこなんだよ。


男:………………


女:………………


男:……はぁ。

  分かった分かった、悪かったよ。

  俺だって、別に何か見返りが欲しいわけでも無ければ、

  理由だの意図だの、目的も何もあってやったわけじゃないっての。

  俺だって嫌だよ。

  俺らの関係が、そういうのなんかで、変にごちゃつくのは。

  馬鹿馬鹿しいこと言い合ったりやり合ったりしてるだけってくらいが、

  変な意識も、妙なしがらみも無くていい。

  けど、たまには気分次第でこういう時だって、あっても良いんじゃないかって。

  そんだけだよ。

  それ以上も以下も無い。


女:ちゃんとした本心で、それ?


男:取り繕うようなモンでもないだろ。


女:……あ、そう。


男:煮え切らない顔だな。


女:別に。

  やっぱり、分かってるようで、肝心なところだけは分かってないんだなって。

  それとも、わざと意識しないようにしてる?


男:いまいち今日のお前は、何が言いたいのか分からん。

  まだなにか不満があるなら、言えばいいだろ。

  ホモ・サピエンスなら、ちゃんと言葉を使えよ。

  何が望みだ。


女:なにそれ、なんでもあり?


男:常識の範囲内ならな。


女:絶対?


男:内容による。


女:なんでも?


男:なんでもではない。


女:そこは空気読んで、

  「なんでも絶対言うことを聞きますご主人様〜」、とか言いなさいよ。


男:なんでも絶対言うことを聞きますご主人様〜。


女:きっしょ。


男:帰るわ、おつかれ。

  良いお年を。


女:ごめんって。


男:なんなんだよ。

  急に柄でもない癇癪の起こし方したり、かと思ったら、また奔放に戻ったり。

  酔ってるからって、何でもかんでも許されると思うなよ。


女:酒癖が悪いのはいつものことでしょ。


男:自分で言うなよ。


女:……うん。

  なんか、怒鳴ったらちょっとスッキリした。

  言い足りないところはあるけど、それはまた今度でいいや。


男:それは何より。

  で、なに。


女:えーとね。


男:おう。


女:………………


男:………………


女:……あのね。


男:なんだよ。


女:付き合って。


男:え。


女:人生ゲームに。


男:は?


女:会社の忘年会でさ、ビンゴやったの。


男:おう。


女:で、人生ゲームもらったの。


男:うん。


女:やる相手いないの。


男:はい。


女:付き合って。


男:何にって?


女:人生ゲーム。


男:今から?


女:今から。


男:年越すんですけど。


女:年越そうよ、一緒に。


男:人生ゲームしながら?


女:人生ゲームしながら。


男:馬鹿みたいだな。


女:馬鹿みたいだよ。

  そういうのでいいでしょ、結局は。


男:……ああ、それもそうだな。

  こういうのでいいわ、結局。


女:ごち。


男:はいはい。


女:………………


男:………………


女:はい、めでたしめでたし。

  1000ドル寄越しな。


男:長ぇ。


女:え?


男:長ぇって。

  1000ドルもらうだけのイベントに、どんな密度のイメージ映像当ててんだよ。

  まだ2巡目だぞ。


女:仕方が無いでしょ。

  ドラマチック・ロールプレイング・人生ゲームなんだから。

  こういうルールなのよ。


男:おう、ルールブック読んでこいよ。

  1文字たりともそんなこと書いてないからな。


女:でもさあ。


男:なに。


女:実際、どうよ。


男:なにが。


女:こんな二次会。


男:どうって言われても。


女:どうとでも、転がっていけそうじゃない?


男:どう転がっていきたいんだよ。


女:だから、それを察せって言ってんのよ、ニブチンが。


男:いよいよ隠すつもり無いな。


女:もういいよ。

  バレてるでしょ、随分前から。


男:お互い様だしな。


女:知ってる。


男:………………


女:………………


男:そこで黙るなよ。


女:そっちこそ。

  なんか言うこと無いの?


男:なんかって。


女:この際。

  あるでしょ、なんか。


男:……じゃあ。

  良いか、言って。


女:はい。

  催促される前に言いなさいよ、こういうのは。


男:うるさいな、言えた立場かよ。

  黙って聞け。


女:ごめんごめん。

  どうぞ。


男:……ずっと、言おうと思ってたんだけどさ。


女:うん。


男:俺らってさ。

  いつも、何をやっても余るよな。

  今回も含めて、まるで示し合わせたみたいにさ。


女:そうだね。


男:……だったら、もう、俺らってさ。


女:うん。


男:………………


女:………………


男:「二次会の会、っていうか、

  二の次の会、って感じだよな。


女:……は?


男:以上。


女:以上?

  え、終わり?


男:終わり。


女:終わりか。


男:うん。


女:いつも余らされる奴らの集いだから、

  二次会ならぬ、二の次の会ね?


男:そう。


女:なるほどね。


男:いや、言うべきかどうか、ずっと迷ってたんだよな。

  思い付いた自分でも、流石に馬鹿馬鹿し過ぎるなって思ってたから。

  でも、言えて良かったわ、スッキリした。

  こういう、どうでもいい思い付きを共有出来る相手って大事だよな。


女:そうね、それはその通りだと思う。


男:おう。


女:私も言っていい?


男:ん?


女:時間的に、もう今年の締めくくりの台詞になっちゃうから、

  それがこんなのになるのは、自分でもどうかと思うんだけど。

  でも、どうしても今、言っておきたいから。


男:なにを?

  言ってみろよ、この際。


女:くたばれ。



(間)



男:……明けたわ。


女:明けたね。

  あけおめ。


男:あけおめ。


女:ことよろ。


男:ことよろ。

  あ、結婚。


女:えっ。

  そんな急に、順序ってものが。


男:1000ドル。


女:ああ。

  おめでとう、はい1000ドル。


男:はい、1000ドルありがとう。

  で、さっきの、なんだっけ。


女:ん。


男:去年の締めくくりの台詞は、なんて?

  もう一回。


女:くたばれ。 



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