アクマの契約

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(役表)

♂:

アクマ♀:

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アクマ:ごめんくださーい。


男:はーい?


アクマ:今、お時間宜しいでしょうかー?


男:げっ、セールスかな……

  しまった、返事しちまったよ……


アクマ:ごめんくださーい。


男:返事しちまった以上、居留守は使えないしな……

  まあ、適当に流してやり過ごすか……

  はーい。

  ガチャ。


アクマ:あ、どうもー。


男:どうも。

  なんですか?

  すいませんけど、セールスとかはちょっと……


アクマ:いえあの、アクマなんですけども……


男:バタン!


アクマ:ああ!


男:……落ち着け、落ち着け俺。

  聞き間違いだよ、うん。

  そうに決まってるじゃないか、え?

  今日日アクマの存在を仄めかしてくるどころか、

  開口一番、自分がアクマって名乗る変人がいる訳無いじゃないか。

  億が一にでもいたとしたって、こんな唐突に自宅訪問される覚えは無いだろ?

  聞き間違いだよ。

  あれだ、按摩と聞き間違えたんだよ。

  電気按摩だな、マッサージ器のセールスかな?


アクマ:あのー、すみませーん!


男:うん、とりあえずやり直そう。

  いくら苦手なセールス相手だからって、いきなりドア閉めるのは失礼だったよな、うん。

  一言詫び入れて、帰ってもらおう。

  そうしよう、うん。


アクマ:あのー!


男:はいはいはい。

  ガチャ。

  すみませんね、急に思いっ切りドア閉めちゃって。


アクマ:あ、いえ。


男:それであの、あれですよね。

  マッサージ器のセールスですかね?

  申し訳無いですけど、うちそういうのは……


アクマ:いや、だからその、私アクマなんですけども。


男:バタン!!


アクマ:(食い気味に)ガシッ!!


男:あっ!

 

(以降、しばらく全力でドアの押し引き合い)


アクマ:ちょっ……と!

    待っ、て下ッさい!


男:なんっですかァ!?

  俺ちょっと、そういう怪しげな宗教絡みな事とは、一生無縁で生きていたい所存なんですけどもォ!!


アクマ:宗教とかそういう物ではなくて!

    お願いですから、話だけでも聞いてください!


男:話だけとか言ってどうせ、マシンガンでも収まりつかない宛らガトリングばりのトークで、

  流れるように壺とか掛け軸とか、よく分からないサプリとか売り付けて来るつもりなんでしょう!?

  騙されませんよ俺はァ!!


アクマ:そんな事しませんから!

    30分、いや10分!

    なんなら5分だけでも良いですから!

    えっとえっと、ほら!

    パンフレットもありますから、これ見るだけでも!

    触りだけでも、先っちょだけでも!!


男:最後意味が違ァう!!

  とにかく、そんな言葉に俺は惑わされませんからー!

  どっちかが手を挟んじゃう前に、離して下さいよドアを!

  ていうかなに、なんっ、腕力バケモンかアンタ!?

  えっ、そっち片手だよね今!?


アクマ:バケモンじゃありません!

    アクマです!!


男:俺の中のカテゴライズでは、アクマも立派なバケモンですー!

  ……ぐぉあダメだ、勝てる気がしねぇ!

  このゴリラ女!!


アクマ:ゴリラでもありません!

    アクマですってば!!


(押し引き合い終了)


男:……ぜー、はー、ぜー、はー……


アクマ:……ふうー。


男:……嘘だろ、あんだけやって、息一つあがってやがらねえ……

  マジモンのバケモンだこいつ……


アクマ:お話、聞いて頂ける気になりました?


男:……分かった。

  分かったから、ちょっと休ませて。

  朝飯抜いた日の1時限目に、シャトルランやらされた時くらい疲れてるから、今。


アクマ:大丈夫です。

    そんなにお時間取らせませんから。


男:俺が大丈夫じゃないんですー!

  良いからちょっと休ませて下さァい!!


アクマ:あ、はい……


男:なんで露骨に不満そうな顔されなきゃならんのだ……



(間)



男:はい、お茶。


アクマ:あ、どうも。


男:……で、なに?


アクマ:えっとですね。

    私、こういう者でして。


男:えー……何だこれ。

  空間活用(くうかんかつよう)株式会社……の、

  空間(くうかん)さん?


アクマ:アクマです。


男:え?


アクマ:アクマです、名前。


男:ん?


アクマ:はい?


男:あ……っと、なに?

  あなたの名前が、空間(アクマ)さんってこと?


アクマ:はい。


男:……あー!

  なんだ、そういう事か!

  なーんだ!

  てっきり俺はさぁ、ほら、いきなりアクマとか言われたもんだから?

  そういうオカルトチックな存在を自称する、頭おかしい奴なのかなって思っちゃってさ。

  電気按摩だとかマッサージ器のセールスだとか、勝手に曲解というか、根も葉も無い誤解しちゃって。


アクマ:でんきあんま?


男:いや、ごめんなさい、こっちの話。

  いやー、ははは。

  なんだ、そういう事だったのね。

  空間活用って事は、あれかな?

  なんかリフォームとか、ちょっとした収納家具とか、そっち系統の話?


アクマ:いえあの、だから、アクマなんですって。


男:ん?


アクマ:空間活用じゃなくって、アクマ活用。


男:あくまかつよう。


アクマ:はい。


男:……やべぇよ。

  オカルトチックな存在を自称する、頭おかしい奴だよ……

  頭もおかしいし、腕力もゴリラな変人を、家の中に上げちまったよ……


アクマ:目の前に本人がいるのに、オブラートも何もありませんね。

    流石に失礼過ぎじゃないですか。

    だから、ゴリラじゃありませんって。


男:いや、だって……

  ……まあいいや。

  取り敢えずは、それを前提に置かないと、話が進まないんだよね?

  全ッ然信じられないし、信じたくないんだけど。


アクマ:はい。

    まあ、無理に信じなくても良いので、騙されたと思って聞いてください。


男:騙されました。

  ひどい、帰ってください。


アクマ:早いです。


男:早いかな。


アクマ:早いです。


男:だって、騙されたし。


アクマ:言葉の綾です。


男:あ、そう……

  それで?


アクマ:まずですね。

    お客様は「アクマの契約」って聞くと、どんな物を思い浮かべますか?


男:そりゃあ……なんだろ。

  寿命を引き換えに、巨万の富を得るーだの、

  魂と引き換えに、なんでも願いを叶えるーだの……

  そういう感じのやつ?


アクマ:そう、まさにそれなんですよ。


男:なにが?


アクマ:やっぱり、巨万の富って言われてもピンと来ないし、

    「そもそも寿命を具体的にどれくらい持ってくの?」とか、

    「何歳まで生きるかも分からないのに、何年取られるか分からないのは嫌だなあ……」

    って、なるじゃないですか。


男:ならないけど。


アクマ:なるんです。


男:ならない。


アクマ:なる。


男:なる。


アクマ:はい。

    で、そういう抽象的な所がどうしても問題視されて、

    いまいちだなっていう世間からのイメージを払拭してですね。

    もっとアクマの契約という物を身近に、例えるならば、生活の一部のように感じてもらいたいと。


男:嫌だ、そんな生活。


アクマ:もっと気軽に、もっと気楽に、もっとスマートに。

    それをモットーとして、より柔軟に、より分かりやすく、

    差し出す寿命に対して、与えられる特典を、より豪華にしてですよ。

    アクマとお客様で、ウィン・ウィンの関係を築こうと。


男:寿命取られる時点で、完全にこっちがルーズなんだけどね?


アクマ:そこで、当社が提案させて頂く、全く新しいアクマの契約が、こちらなんです。


男:……「アクマのらくらく契約プラン」……

  「ちょっとした契約から、コツコツ地道に少しずつ、はたまたドカンと大型契約まで、

   様々なニーズに応えられる、業界最多の契約コース」……

  あ、これあれだ。

  胡散臭い保険屋とかが、挙って掲げてくる謳い文句だ。


アクマ:どうですか。


男:アクマの契約に、業界とかあんの?


アクマ:ええ。

    弊社が業界で史上初、唯一無二、最大手の企業ですよ。


男:それはつまり、業界とか無いって事じゃないかな?


アクマ:無いですよ。


男:清々しい程きっぱり開き直ったな。


アクマ:ええ、これが取り柄ですから。


男:もっとマシな取り柄を見付けてくれ。

  ……で、1年、3年、5年と、小刻みに複数回契約して、色々なギフトを貰うもよし、

  最大66年を1回で契約して、一生好き勝手豪遊出来るほどの、

  あらゆる物を手に入れるも良し……と。


アクマ:はい。

    因みに、個人的にオススメなのは、10年のワンランク上、13年の中型契約です。


男:中型とかはよく分からんけど、なんでオススメなの?


アクマ:縁起が良いでしょ?


男:この上無く悪いけど?


アクマ:それは、人間の価値観での話じゃないですか。


男:人間の価値観に合わせた契約じゃないんかい。

  ……あとさ。


アクマ:はい?


男:ずっと気になってたんだけど、何この、特別特典の「いわく」って。


アクマ:ああ。

    これは、賃貸住宅に住まわれていて、

    且つ、独身の方のみに適用されて付いてくる、限定特典ですね。


男:どうなんの?


アクマ:亡くなった後、生前住まわれてた部屋が、いわく付きになります。


男:いわく付きになる。


アクマ:家具家電や車等、財産扱いになる物も、全部いわく付きになります。


男:なんで?


アクマ:人間って独占欲強いじゃないですか。


男:死しても尚、いわく付きにしてまで自分の財産を守りたいっていうのはもう、

  独占欲とかそういう次元じゃない気がする。


アクマ:まあ、それは冗談として。


男:冗談?


アクマ:実際、始めは1年契約から、という方がほとんどですよ。

    お試しでも契約は契約ですから、しっかりギフトは手に入りますし。


男:1年だと、何が貰えんの?

  飴ちゃん?


アクマ:100万円です。


男:……は?


アクマ:ですから、100万円です。

    即金で。


男:即金で?


アクマ:ええ。


男:……マジ?


アクマ:マジです。

    こんな感じで、バサーッと!


(アクマが指を鳴らす(又は手を叩く)と、札束が現れる)


男:えっ、なっ!

  えッ!?

  なに、どっから出した今!?


アクマ:そりゃあアクマなんですから、これくらい何処からともなく出しますよ。

    口で四の五の言うより、実際にお見せした方が、信憑性もあるってモノでしょ?


男:……幻を見せてるとかでは、ない?


アクマ:まさか。

    いいですよ、何なら触って確かめて頂いても。


男:……マジだ……

  本物の、しかも全部まっさらなピン札……


アクマ:はい。

    取り敢えず今は、ちょっと邪魔になるので消しときますね。

    今のはあくまで、アクマで!

    デモン……デーモンストレーション!

    みたいな物ですから。


(アクマが指を鳴らす(又は手を叩く)と、札束が消える)


男:(生唾を飲む)

  ……因みにその、100万円っていうのは、1回で契約する年数が大きければ大きいほど増えるの?


アクマ:勿論。

    例えば、5年でご契約頂いたなら、1000万円。

    即金でお渡しします。


男:………………


アクマ:お金にお困りでしょ?


男:……なんで、それを?


アクマ:それもまた、アクマだから、ですよ。

    アクマという者は、人間の、シンプルで強い欲求に、とても敏感なんです。

    更にですね。

    10年以上ともなれば、追加オプションも付けられますよ。


男:追加オプション。


アクマ:はい。


男:それは、例えば?


アクマ:例えも何も。

    そりゃあもう、お望みとあらば何でも、ですよ。


男:……何でも、っていうのは?


アクマ:宝石でも、時計でも、車でも、家でも、土地でも。

    何なら、あなたに一生従順な伴侶、という一つの命でも。

    こんな手狭な古アパートから一転、都心の中心部に、最高最大のマンションを建て、

    それをたった一人で独占する事も。

    年商数百億という「権利」のみを手に入れて、

    息を吸って吐いているだけで、お金が湧き溢れるなんて生活も。

    そんな、夢でも叶わぬような夢ですら、寿命さえ払って頂けたなら、現実へと変えてしまえるんです。

    ……アクマの契約の、力をもってすれば、ね。


男:じゃあ……さっきの。


アクマ:はい?


男:さっき、オススメって言ってた、13年契約。

  あれをもし、この場で契約したなら、どうなる?


アクマ:……そうですねえ。

    あくまで、アクマで!

    概算になりますが、まず、現金が1億円ほど。

    追加オプションとして、今言ったお好きなあらゆる物、なんでも1つ。

    加えて、オススメ特典として、更にそれをもう1つ。

    そこに即決特典として、更に更に、それをもう1つ!

    普段はここまで付けたら、こっちが大赤字なんですけどね。

    今、この場でご契約頂けたらという限定条件で、これ全部お付けしましょう。

    持ってけ泥棒!!


男:………………


アクマ:さあ、どうしますか?


男:……するわ、契約。


アクマ:本当ですか?


男:ああ。

  自分があとどれだけ生きるかなんて気にするより、

  たかが13年払って、目先の人生が桃源郷になるってんなら、それだけで大満足だよ。


アクマ:そうですか!

    そう言って頂けて、こちらも嬉しいです!

    では、こちらの契約書に、サインと捺印をお願いします。


男:現金は兎も角として、欲しい物はどうすんの?

  今すぐ決めなきゃダメとか?


アクマ:いえいえ。

    ゆっくり考えて、決まったら私に連絡して下さい。

    24時間365日、いつでも即時対応出来ますから。


男:そっか。

  んじゃ、後はここに印鑑を押せば、契約成立、だな?

  俺の寿命から13年引かれて、まずは1億円手に入る、と。


アクマ:はい。

    どうぞ、一思いにぐぐっと。


男:はいはい。

  あ、ちなみに、一応確認なんだけど。


アクマ:はい?


男:俺の残りの寿命っていうのは、確認できたりは……?


アクマ:知ってどうするんですか?


男:え、いや、だって、自分でもさっき。


アクマ:ものの例えですよ。

    どうしても知りたいのであれば、別料金にて承りますが。

    でもぉ、そんな保険をかけてしまわれるんだったら、

    即決特典のほうはちょっと、ねえ?

    こちらだって、慈善事業じゃないんですし。


男:きたねえ。


アクマ:そりゃあもう、アクマですから。

    ご自分でも仰っていたじゃないですか、たかが13年ですよ。

    なにを恐れますか、若人よ。


男:……まあ、それもそうか。

  朱肉ある?


アクマ:どうぞ。


男:どうも。

  それじゃ、今後とも宜しく、な、っと。


(間)


アクマ:……ふぅー。

    よーし、これで今日の契約5件、ノルマ達成ーと。

    ふふーん、私にかかればちょろいちょろい。

    ……ダメだよー、お客様。

    ニンゲンがちょっとでも得をするような話、アクマが持ってくるわけないでしょ。

    ああ、お約束通り、この部屋は全ていわく付き、あなたのもののままですから。

    せいぜい、大事に、だぁいじに、縋り付いていてくださいね。

    たかが13年、されど13年。

    13年を笑う者は、13年で死ぬ……ってね。


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