わるいスライム

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(役表)

A♀

B♂

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A:ただいま。


B:おー、おかえり。

  どうだった、街の様子は。


A:もうほとんど復興完了っぽいね。

  壊れた建物もだいぶ直ってたし、店も大半が営業再開した感じ。


B:はぁー、凄いな。

  ついこの間まで、モンスターに襲撃された爪痕がモロに残ってたのに。


A:ねー。

  やっぱり、勇者が来るっていうのは、それだけで意味がある物なんだね。


B:まあ、言うなれば人間の希望の象徴みたいなモンだからなぁ。

  当然と言えば当然か。


A:そういう事なんだろうね。

  何かもう、現人神よ、現人神。

  そのうち像でも建つんじゃない?


B:本当に世界を救ったら、そうなってもおかしくないよな。


A:あーあ、私も折角なら会ってみたかったなー。


B:え、勇者に?


A:そう。


B:やめとけやめとけ。

  どうせお前は、何回話し掛けられても同じ事しか喋らない、村人Aが関の山だって。


A:存在にすら気付かれないより万倍マシじゃない。

  何もさ?

  (少女風に)勇者様、必ず魔王を倒してね。

  (青年風に)ああ、約束だ。

  とかやりたい、とまでは言ってないでしょ。


B:そんな小芝居にまで、わざわざ「変身」のスキル使わなくて良いよ。

  それに、そんな遣り取りしようもんなら、その街が滅びるわ。

  尚更やめとけ。


A:フラグってやつ?


B:そう。


A:ちぇー、残念。


B:……にしても。


A:ん?


B:だいぶ様になってきたな。


A:何が?


B:人間の振り。


A:ふふん、でしょ?

  練習したんだから。


B:お前は最初から、「変身」スキルが一番突出してたもんなー。

  羨ましい。


A:自己防衛よ、自己防衛。

  見掛けさえ騙せてれば、大抵はどうにかなるから。

  私はあなたと逆で、戦闘系スキルがからっきしだし、余計にね。


B:ふーん。


A:あなたは全然だもんね。


B:何が。


A:「変身」のスキル。


B:……そんな事無いよ。


A:へえー。

  じゃあちょっと、勇者に変身してみてよ。


B:良いよ。

  ………………どう。


A:あのねぇ、顔だけが完璧に勇者な分、キモさ倍増。


B:顔だけでも出来るようになっただけ進歩だろ。


A:そうね、そこは褒めてあげる。


B:そりゃどうも。

  ……あ、一応否定しとくけど。


A:ん?


B:俺だって元々、戦闘系スキルは持ってなかったよ。

  最初から持ってたのは、「分裂」と「吸収」のスキルだけ。

  あ、あと「溶解」のスキルも。


A:何それ。


B:敵の装備だけを溶かす事が出来る。


A:ええ……いつ使うの、そんなの。


B:分からん。

  でも何か、最初から持ってた。


A:あ、そう……

  え、ていうか何、「吸収」のスキル持ってたの?


B:そうだよ。


A:最高じゃん。


B:何で?


A:だってそれ、上級モンスターでも滅多に持ってない、激レアスキルだよ。

  「同化」とか「模倣」の、完全上位互換でしょ。


B:そうなの?


A:そうだよ。

  うわぁー、勿体無い。

  知らずに使ってたとか。

  道理で次から次へと、無尽蔵にスキル覚える筈だわ。


B:うるさいな。

  仕方無いだろ、誰も教えてくれなかったんだから。


A:まぁね、最下級モンスターの辛い所よ。


B:な。

  所詮スライムだもんな。


A:……で?


B:え?


A:そっちの塩梅はどうなの?


B:あー……えーっとな。

  良い報せと悪い報せがあるんだけど、どっちから聞きたい。


A:え、何それ。


B:いや、この間人間が使ってた言い回しがオシャレだったから、使ってみたかった。


A:へぇー。

  あなたが言っても、全然オシャレじゃないね。


B:……深く傷付きました。

  溶けます。


A:ごめんごめん、ちゃんと聞くって。

  じゃあ、悪い報せからお願いします。


B:はいはい。

  あのな、最近勇者パーティに、鍛冶屋が加わっただろ?


A:ああ、そういえば。

  でっかいハンマー担いだ、山賊みたいな見た目のおっさんでしょ?


B:そう。


A:それが?


B:あいつな、「即死」のスキル持ち。


A:……へ、マジ?


B:マジ。

  正確には、あいつの担いでるハンマーに付与されてる。


A:あ、あれ武器だったんだ。


B:逆に何だと思ってたんだよ。


A:いや、てっきりあれで、武器とか作ったり直したりするもんかと。


B:一発で粉微塵だろ、あんなので叩いたら。

  勇者より一回りでかい本人の、更にその身の丈以上あんだぞ。


A:それもそうか。

  攻撃モーションが滅茶苦茶に遅い代わりに、当たったら即死ってこと?


B:そういう理屈なんだろうな。

  でもさ、俺ら遅いとか早いとか、そういう次元の話に入れないくらい遅いじゃん。


A:そうだね。

  工夫しないと、まともに移動も出来ないもんね。

  ……え、当たったの?


B:当たったよ。

  死ぬほど痛かった。


A:生きてるじゃん。


B:俺らは元々、「物理攻撃無効化」のスキル持ちだろ。


A:そうだっけ。


B:そうだよ。


A:スライムだから?


B:多分な。

  だから、潰れてバラバラになるだけで済んだ。


A:それを「だけで済む」で片付けられるの、私達くらいでしょ。


B:スライムだからな。

  ただ、死ぬまで行かなくても、元に戻るのが尋常じゃなく面倒臭いって意味で厄介。

  こっそり「硬化」のスキル使ったけど、まるで意味無かったし。


A:成程ねー。

  だったらそもそも、当たらなきゃ良いじゃん。

  幾らでもどうにか出来るスキル持ってるでしょ?


B:それが許されるなら、苦労してないんだよ。

  俺達は世間ではあくまで、「どんな攻撃も避けられないクソ雑魚モンスター」なの。


A:スライムだから?


B:スライムだから。


A:なんか納得いかないなあ。

  個体差くらいあったって良いじゃん。

  私達みたいなさ。


B:勇者パーティと何回戦っても死なないスライムと、

  人間に化けてコミュニケーションまで取れるスライムが、

  個体差の一言で片付けられる訳無いだろ。

  イレギュラーなんだよ、俺達は。

  どっちから見ても。


A:……じゃあ何、これから一生、そうやって過ごすわけ?


B:……何だよ、そうやって、って。


A:分かるでしょ。

  人間からは良いように虐げられて、仲間の筈の他のモンスターからは蔑まれて。

  そんな肩身の狭い思いしながら、一生を過ごすのかって言ってんの。


B:……お前は大丈夫だろ、人間になり切れるんだから。


A:そんな話してない。


B:じゃあ何。


A:分からない?

  私だけがこの先適応して生きていけたって、意味無いんだって。

  私達は仲間、友達、親友、恋人、家族、兄弟、そのどれもが違う。

  協力とか共依存とか、友情とか愛情とか、

  そんな簡単な言葉で表せる程、単純な関係じゃないじゃない。


B:そうだな。

  戦闘、スキルの暴発、暇潰し。

  そうやって俺が今まで、幾度と無く分裂して生まれた個体の中で、

  何故か自我が芽生えた変異体、それがお前だ。

  って言っても、今となっては最早、完全な別個体。

  口調も性格も、何から何まで違うしな。

  元が俺であったなんて、俺自身ですらが信じきれない程だ。

  ……それでも、お前は俺から分裂した、もう一体の俺。

  その事実だけは、お前がどれだけ変わろうが、変えようが無い。


A:だったら、


B:だからどうした?


A:……え?


B:お前は確かに、俺から生まれた分裂体だな。

  だから何だ、俺と一蓮托生が義務付けられてる、とでも?

  馬鹿馬鹿しい。

  自我が芽生えた時点で、俺は俺で、お前はお前だろうが。

  俺と一緒にいるのも、この先どう生きるのかも、お前の勝手だ。

  結果的に袂を分かつ事になろうが、それを責める気も、つもりも、権利も。

  俺には無い。


A:袂を分かつ、って、そんな。


B:人間に、憧れてきてるんだろ?


A:……どうして。


B:そりゃあ分かるよ、仮にも元・俺だからな。

  それに、毎日のように、特に用も無い筈なのに、街に出て行ってるのだってそうだ。

  まさか、変身の練習したい、の一点張りで、誤魔化し切れると思ったのか?


A:……ごめん。


B:何で謝る。


A:いや……私の一存で、勝手な事しちゃって。


B:だからな、つい今し方言っただろ。

  俺は別に、責めるつもりは無いって。

  結果的に俺に不利益が働くようなら、ちょっとは責めたかも知れないけど。


A:………………


B:……で?


A:え?


B:結局、これからお前はどうしたい。


A:………………


B:………………


A:……あなたと、一緒にいる。


B:良いのか、それで。


A:そりゃあ、確かに楽しかったよ。

  人間に紛れて、人間の振りをして生活するのは。

  いつバレるんだろうってスリルもあったし、人間達は純粋で、

  このまま続けてたら、友達の一人くらいは、出来てたかも知れない。

  ……でも、やっぱり、何か違った。

  義務感とか、帰巣本能とかを抜きにして、

  私単体の意志として、私はあなたと一緒にいるのが何より大事なの。

  袂を分かつ、ってあなたの口から聞いた時、よりはっきりした。

  私はやっぱり、どれだけ変わっても、あなたありきの存在みたい。


B:……良いんだな。


A:うん。


B:もしかしたら、孰れ来る未来によっては、人間達と戦う事になるかも知れないぞ。

  違う道を選んでいれば、友達にでもなれていたかもしれない人間と。


A:良い。

  仮にそうなったとしても、孰れどうなったとしても。

  過程も結果も全部含めて、私自身が選んだ事だから。


B:……分かったよ。

  まあ、別に人間の振りをするなだとか、人間と金輪際関わるな、なんて言うつもりは無い。

  さっきも言った通り、好きにしたら良いさ。

  ……ただ、その結果予期せぬ不祥事が起こった時、俺が手助け出来ると思うなよ、ってだけだ。


A:分かってる。

  あなたの言った通り、私の勝手だもんね。


B:分かってるんなら良い。


A:うん。


B:……あーあ。

  こんな辛気臭い話するつもりじゃ無かったんだけどな。


A:ごめん。


B:だから謝るなって。

  どのみち、いつかははっきりさせておかなきゃいけなかった事だ。


A:……そうだね。

  ……あ。


B:あ?


A:で、後は?


B:何が?


A:だから、良い報せの方よ。

  まだ悪い報せしか聞いてないんだけど。


B:あー、そういやそうだったな。


A:うん。


B:えーっとな、実は、昇格する事になってさ。


A:え、昇格?


B:昇格。


A:最下級モンスターから?


B:そう。


A:へえ、凄いじゃん!

  まあそりゃそうだよね、明らかに持ってるスキルも、スライムの枠に収まるレベルじゃないし。

  で、どのくらい?

  中級?


B:いや。


A:じゃあ、上級?


B:違う。


A:え、最上級?


B:まだ。


A:嘘、幹部?

  まさか、四天王とか言わないよね?


B:魔王。


A:……は?


B:だから、魔王。


A:え?

  魔王、って、魔王様?


B:そう、魔王様。


A:えっと、え?

  なに、魔王様って、昇格とかでなれるもんなの?


B:なれないよ。

  普通は跡継ぎ。


A:だよね。

  ……え、待って、どうやって?


B:死んだんだよ、魔王様が。


A:死んだ!?

  嘘、だって、そんな報告も騒ぎも全然!

  そもそも、勇者達だって、まだそこまで来てない筈じゃ、


B:俺がやった。


A:……へ?


B:いやな、繰り返し勇者パーティと戦って、

  色んなスキルをこっそり吸収してるうちに、薄々思ってたんだよ。

  「あれ? これ、勇者達より魔王様の方が弱くね?」って。

  だから、定期報告の振りをして、不意討ちで仕掛けたら、まあ……あっさりと。

  正確には、倒したんじゃなくて、まるまる吸収したんだけど。


A:………………


B:どした?


A:いや、どうした、じゃないって。

  どうすんの、それ。


B:何を?


A:だって今、魔王様は、もういない訳でしょ?


B:信じるんだ。


A:そんな嘘、冗談でも吐くタイプじゃない。


B:まあ、そうだけども。


A:だからどうすんの、って。

  まだ大騒ぎになってないだけで、魔王様がもういないって広まったら、みんな好き勝手しだすわよ。

  統括する存在がいない分、今までとは比べ物にならない程の阿鼻叫喚になってもおかしくない。


B:そうだな。


A:そうだな、って……


B:だから聞いたんだよ、お前に。


A:何を?


B:この先どうするのか、って。


A:ああ……

  いや、でも……だって、そんなレベルの話の前置きだとは、夢にも思ってなかったっていうか……


B:前言撤回するか?

  今なら、まだ間に合うけど。


A:……しないよ。


B:ほう。


A:力の使い方を間違うような奴なら、もっと前から道を違えてるだろうし。


B:そりゃどうも。

  信用して貰えてるようで何よりだ。


A:今更だけどね。


B:……じゃあ、最終確認な。


A:はい。


B:俺がこれから魔王になるとしても、その道が何処に続こうとも。

  お前は、俺の傍にいる。

  その意志に、揺ぎは無いな?


A:うん。


B:分かった。

  その意志、有難く頂戴しておくよ。

  ……じゃあ、前準備として、お前に一つ頼みがある。


A:なに?

  何でも良いよ。

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B:……うん、やっぱり便利だな、「変身」のスキルは。


A:でしょ?

  別にスライムのまんまでも良いけど、それじゃあ格好付かないもんね。


B:そういう事だな。

  ……さて、じゃあ後は、のんびり待つとしようかね。

  これまで散々叩きのめしてくれた、勇者様御一行を。


A:あ、やっぱり。


B:ん?


A:恨んでたんだね、少なからず。


B:当たり前だろ。

  何回死に目に遭わせられてると思ってんだよ。


A:いや、今までそんなの、口にも態度にも出さなかったからさ。


B:言うだけ無駄だったからな。


A:スライムだったから?


B:スライムだったから。


A:……じゃあ、楽しみだね?


B:ああ、楽しみだ。

  もう今までみたいに、体裁を気にしなくて良いからな。

  魔王と思わせといてその実、たかがスライム風情に、最下級モンスターの分際に、

  呆気無く全滅させられる勇者パーティー。


A:良いねそれ、笑える。

  おお、死んでしまうとは情けない、なんて。


B:ああ、全く。

B:ここからが、悪いスライムの逆襲劇だ。

B:冒険の書ごと丸々全部、飲み込んで終わらせてやろう。


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