また今度、歩道橋で。

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(役表)

樹(いつき)♂:

柊(ひいらぎ)♀:

悠稀(ゆうき)♂:

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悠稀:樹、おい樹!

   今日の学級新聞見たか!?


樹:なんだよ悠稀、朝っぱらから……

  今来たばっかなんだから、見れるわけ無いだろ。


悠稀:お、おおそうか、悪い悪い……

   いや、普段だったら朝一番にお前に提供する話題はだいたい、隠れ美女子高生ランキングだったもんな。

   さすがのお前も面食らうか。


樹:いや、俺は全然、そんなの心底どうでもいいんだが……

  で、学級新聞がどうしたって?


悠稀:あ、そうそう!

   この写真なんだけどさ、お前見覚え無いか?


樹:どれどれ?

  ……見覚えあるも何も、これ、最近補修された、近所の歩道橋じゃんか。


悠稀:こいつがな、どうやら厄介な代物らしいんだよ。

   記事の内容読んでみろ。


樹:『……夕方以降になると、少女の幽霊が出るという目撃談が相次ぎ、利用者からは不安の声が……』

  ……なんだこれ?


悠稀:読んだとおりだよ。

   昔ここらへんで、小学何年生かの女の子が落ちたっていう事故があったろ。


樹:ああ、よく覚えてないけど、そんなこともあったな。

  その頃は洒落っ気出して、柵だけ木製だったんだっけ?


悠稀:そうそう。

   でも、一部に手抜き工事があって、ちょっと体重をそこにかけたら、一発で壊れちまったんだよな。

   運が悪かったって言っちまえばそれまでだけど、可哀想になぁ……


樹:……で?

  その子の幽霊が、この新しい歩道橋に取り憑いてるってのか?


悠稀:いや、それがどうも、目撃者によるとちょうど俺らと同じくらいっぽいらしいんだよな。

   幽霊が成長するとは思えないし、そもそも、その子が死んだって報道もされてない。

   風の噂じゃあ、事故当時から植物人間状態だっていう話もあるけど、

   出所不明の話だし、仮に本当だとしても5年くらい経ってるだろ。

   だから、そういう事故をやらかした他の子なのか、それとも無関係のやつなのかとか、

   まあ色んな情報やら噂やらが入り乱れててな。


樹:目撃談だの噂だのなんて、だいたい尾ひれがついて回るもんだろ、馬鹿馬鹿しい。


悠稀:それを言っちまったら面白くないだろ。


樹:はいはい。


悠稀:っていうか、お前仮にも報道部の一員だろ?

   たまには手伝えよ、部長しかまともに仕事しない報道部ってなんだよ。


樹:いいだろ、別に。

  もともと俺は部活への加入が義務だから付き合いで入っただけで、やる気は最初から無いし。

  部員不足とは言っても、新聞発行できる程度にはまだまだ存続できそうなんだろ?


悠稀:そうだけどそうじゃねーよ!

   いいか、今日の帰りツラ貸せ、異論も反対意見も認めん。


樹:えー……どこ行く気だよ……

  行っとくけど、立ち読みのコンビニ巡りはもうお断りだぞ。


悠稀:それじゃね―よ! 

   言ってるだろ、こいつよ、こいつ!


樹:こいつって……お前まさか。


悠稀:そのまさかだよ。

   こいつの真偽を、一刻も早く確かめに行かないとな。

   半ば強制的に与えられた役職とはいえ、曲がりなりにも報道部部長として、

   珍しく後輩が仕入れてきたネタについては、部の誰よりも知っておかねばならない義務があると考える!


樹:なんだかんだで、楽しそうにやってるように見えるけどな……


樹:(M)

  この時、或いは俺は、悠稀に何と言うべきだったのだろうか。

  渋々了承した後になって、そんな事を考え始めた自分がいた。

  全てが伏線であるかのように繋がっている。 そう確信させる、何かがある。

  この得体の知れない一本の延長線は、俺を何処に導こうというのか。

  良いモノとも悪いモノとも取れない、この中途半端な自分の第六感が、どうしようもなく疎ましく思えた。

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悠稀:さーて、と。

   一番見たっていう証言が多いのが、帰路につく人が増え始める17時から18時の間。

   つまりその噂通りなら、あと5分くらいでお出ましってわけだ。

   どうぞ。


樹:……で?

  なんで俺が歩道橋のど真ん中で、お前はそんな端っこでスタンバってるんだ。

  ていうか、なんでこんなシーバーでやり取りしないといけないんだよ、スマホで良いだろ。

  どうぞ。


悠稀:なんでって、いくら幽霊でも、明らかに待ってましたオ―ラ全開の人間が、ふたりもいたら警戒するだろ? 

   だからだよ。

   それに、手分けした方がカメラに納められる可能性も高くなるだろ。

   あとシーバーは雰囲気だ。

   どうぞ。


樹:あー、はいはい了解。

  あと2分切ったから切るぞ。


樹:(M)

  ここに立ってから、何分……いや、何十分と経っただろうか。

  何も起きないまま、自分はただ呆然と、歩道橋からの景色を眺めている。

  ……何も、無い。

  人通りさえ無くなってしまえば、空っぽの建物が、淡い光を漏らしているだけだ。

  ……でも、何故かこの景色は、懐かしい感じがする。

  記憶も霞む程の、遠い昔。

  俺は、この景色を知ってる……?


柊:――見つけた。


樹:……え?


柊:――やっと、やっと見つけた。

  何年待ったのか、もう分からないけれど。

  キリヤ、イツキ君。

  私のこと、覚えてる、かな。


樹:(M)

  限りなく一瞬に近い永遠、若しくは、永久に最も近い刹那。

  俺の思考は完全に停止しながら、最高速度で稼働していた

  何が起きているのか。

  これが、こいつが、噂の幽霊なのか。

  本当に、いたのか。

  何故そいつが、俺の名前を?

  目の前の見ず知らずの少女が醸し出す、この郷愁感はなんだ?

  この景色と同じだ。

  何故、ここは、どうして、こいつは……俺の記憶の中に在る?


柊:――覚えて、ないんだ。

  そうだよね、もう、ずっと前の話だもんね。

  でも、私は覚えてる。

  ちゃんと、一片の欠けも無く。


樹:なにを……言ってる……?


柊:――この時間が終わったら、きっと思い出すよ。

  全部、全部。

  だから、明日は……ひとりで来てね。

  私は、二人が好きなの。


樹:(M)

  そう言われてから、俺は異常に初めて気付いた。

  さっきまで周りを照らしていた、建物からの明かりが、一切無い。

  通りかかる車も、通りすがる人々も、その気配すらも無い。

  それどころか、さっきまで数メートル先にいた、悠稀の姿さえ、無い。

  まるで、この空間に、この世界に、俺とこいつの、二人しかいないような。

  ………………

  ……いや、待て。

  こいつ、この子の顔は、昔、どこかで……?


柊:――今日は、さよなら、イツキ君。


樹:は?

  ちょっ、え、飛び降りっ、おい!?

  ……いない……そう、か。

  あの子は、あの時の……!


(間)


悠稀:樹、おい樹!

   どーした、いきなり動かなくなってよ!

   呼んでも返事しないし石みたいに。


樹:……ヒイラギ。


悠稀:なに、ヒイラギ?

   誰だ、それ?


樹:全部、思い出した……柊だ。

  なんで、すぐに気づけなかったんだ……


悠稀:お、おい樹?

   どこ行くんだよ、まだ幽霊が出るかもしれね―んだぞ!


樹:悪い、今日は俺もう帰るわ。

  ……でも、全部分かった。

  明日、全部話すから。

  もう、今日は此処にはいないほうがいい。


悠稀:……分かったよ。

   でも、ちゃんと全部話せよ。


樹:ああ。


樹:(M)

  悠稀はそれ以上、何も言わず、何を聞くことも無かった。

  この時ばかりは、腐れ縁だからこそ、言わずとも察してくれる事が、この上なくありがたかった。

  去り際に、誰もいない筈の歩道橋の上から、ひとつの視線を感じたような気がしたが……

  ……俺はまだ、それに振り向くことが出来なかった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


悠稀:さて、と。

   約束通り、洗いざらい話してもらう……と行きたいが、まずは確認させてくれ。


樹:何を?


悠稀:お前は昨日、歩道橋の上で、噂の幽霊と会った。

   これは、間違いないんだな?


樹:ああ。


悠稀:そうか……

   いや、同じ場所にいたにも関わらず、俺は全く見てないからな。

   お前を疑いたいわけじゃないんだが、どうしても確認したかったんだ。


樹:まあ、言葉だけじゃ信じられないだろうな。

  ……でも、確かに俺は会ったし、あれは間違いなく、柊だった。


悠稀:昨日も言ってたけど……その柊、ってのはなんなんだ?

  まさかとは思うが、幽霊と顔見知りなのか?


樹:そのまさかだよ。​

  ……いや、正確には、だった、と言った方がいいか。

  小さい頃、女の子が近所に住んでたんだ。

  その子が柊って名前で、ふたりでよく一緒に遊んでた。

  ……っていうことすら、俺は忘れてたんだ。

  もしかしたら、それを俺に思い出させるために、幽霊になってるんじゃないかって思ったし、

  たぶん……実際そうなんじゃないか、とすら思う。


悠稀:あんまり、甘酸っぱい思い出ってわけでもなさそうだな。


樹:……俺はあの時、あの場所にいたんだ。


悠稀:あの時?


(間)


樹:そうだ、あの時、俺はあの場所にいた……

  あの女の子が、歩道橋から落ちて、地面に叩き付けられるまでの一部始終を、この眼で見てた。


柊:――そう、私は地面で、血溜まりを作って、動けずにいて……

  イツキ君は脅えきって、そこから、逃げ出しちゃったよね。

  今にして思えば、子どもなんだから、それが当たり前だった、かも。


樹:そんなのは言い訳だ。

  俺は、たとえ恐怖で竦んでいたとしても、助けを求めるべきだったんだ。

  そうすれば、お前が……君が、そんな姿になることもなかったのに。


柊:――責任、感じてくれてたんだね。

  だったら、私が、こんな真似をしなくても……


樹:いや、君は少なからず俺を恨んでいたんだろう。

  目の前にいながら、何もしてやれなかった俺を。

  だから、もう一度、この場所を選んで、俺の前に現れたんだろ。


柊:――でも、全部、全部もう過ぎてしまったこと。

  私は正直、イツキ君が私の事を覚えてくれてただけで、もうそれで満足してしまったの。

  未練はあったけれど、ちっとも恨んでなんかいない。

  ……ずっと好き、だったから……


樹:……ああ、俺もだ。

  ずっと、言い出せなかったけど、あの頃から、俺は君が好きだった。

  でも……それでも、謝らせてくれ。

  あの時、俺が動転して、逃げ出してさえいなければ……

  俺たちはきっと、昔のままで、今も隣り合わせでいられた。

  ……俺の、せいだ。


柊:――いいよ。

  私はもう、一番聴きたかった言葉を、聴けたから。

  でも、不思議だよね。

  もっと、もっとって思う。

  イツキ君の隣で、並んで、歩きたいなって、思ってしまう。


樹:……柊……


柊:――今日は、さよなら、イツキ君。

  また、…………ね。


樹:……柊?

  おい、柊!

  ………………


悠稀:……話、ついたか?


樹:分かんねえ。

  でも、言いたいことは全部言ったつもりだ。


悠稀:そ、か。

   まあでも、俺はこの一件に関わってよかったって思うよ。

   ネタとしてじゃなくて、お前の昔の一面を知れたって意味で、な。


樹:これから、お前はどうすんだ?

  やっぱり、学級新聞にこのことを大々的に載っけるか?


悠稀:バーカ、そんなデリカシーの無いことしねーよ。

   お前にも、柊って子にも失礼だしな。

   また新しいネタ探すさ。


樹:そうか。

  ……ありがとな、いろいろと。


悠稀:はあ?

   やめろって水臭いな。

   それに、今回に関しては俺は何もしてない。

   お前の昔の鬱憤が、やっと晴らされただけだ、違うか?


樹:……うん、そうか。

  そうだな。


樹:(M)

  こうして、歩道橋の幽霊騒動は幕を閉じ、少しずつだが歩道橋の利用者も増えてきた。

  元々横断歩道が少ない地区だけに、実は大助かりだった、というのが住民の本音だったのかもしれない。

  ……しかし、なぜだか俺にはまだ、引っかかるものがあった。

  柊があの日の去り際口にした言葉を、俺は知らないんだ。

  だが、あの日以来、歩道橋に行っても、柊は姿を見せない。

  俺だけが何もかもあやふやなまま、時間は黙々と過ぎていった。

  そして、蝉の鳴き声もすっかり少なくなった、夏の終わりを感じる頃……

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


悠稀:なあ樹ー。

   聞いてるかー、樹ー、おーい。


樹:なんだよ悠稀……

  またなんかくだらんニュース速報か?


悠稀:くだらんとはなんだ、くだらんとは。

   今日のニュースはビッグだぞ、超ビッグ。

   お前のその眠たげな眼が、見開き過ぎて飛び出すくらいにはな。


樹:あーはいはい、もう予鈴鳴ってるぞ。

  後でメールででも送っといてくれ。


悠稀:ぐぬぬぬ……

   じゃあ、すぐメール送るからな!

   すぐ確認して、すぐ返事よこせよ!


樹:はいはい。

  いいからさっさと行けって。

  ……しかし、ビッグニュースねえ……夏休み終わったばっかりだってのに。

  教師の誰かのスキャンダルでもおさえたか?


樹:(M)

  そんなくだらないことを考えながら、本当に早速届いた悠稀からのメ―ルを開く。

  すぐに教室に担任が入って来て慌てて携帯をしまったため、文面は一瞬しか読めなかったが……

  俺は全てを理解した、と同時に、何もかもが分からなくなった。

  俺が見ているのは、夢か?

  それとも、幻か?


柊:今日からお世話になります、転校生の、槇原 柊(マキハラ ヒイラギ)といいます。

  ……え、と。

  よ、よろしくお願いします。


樹:(M)

  開いた口が塞がらない、というのはまさしくこれだろうと、感じた。

  紛れもなく自分の知っている柊という少女が、転校生として今、

  自分の教室の教卓で、若干しどろもどろながらに挨拶をしている。

  少なくとも俺は、悠稀からの返事の催促メールに気づかない程度には、思考回路が停止していた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


悠稀:おーい樹ー、メール見たかー!?

   返事よこせって言ったじゃねーか!


樹:ああ、悪いな……全然忘れてたわ。


悠稀:はぁー……ったく。

   なんだよ、そんなに美人だったのか、例の転校生ちゃんは?


樹:いや、まあ……なんというか。


悠稀:なんだよー、さては一目惚れでもしたか。


樹:ちょっと用事あるから、今日はもう帰るわ。


悠稀:あ、おい逃げんのか!?

   詳しく教えろって、おい樹ってば!

   ……行っちまった……変な奴。


樹:(M)

  柊という転校生は、授業が全て終わった後、すぐにどこかへと姿を消していた。

  しかし、俺にだけはなぜか、どこにいるのか分かる気がした。

  無心で走ってたどり着いたのは、今や殺風景な町並みにすっかり馴染んだ、例の歩道橋の上だった。

  ……そして、やはり。

  その中心に、少女は居た。


樹:……やっぱり。


柊:びっくりした?


樹:そりゃあな。

  何から聞いたらいいか分からないよ。


柊:そうだよね。

  私も、正直、今この瞬間が夢なんじゃないかって思うくらい。

  ううん、ずっと夢だけを見ていたのに、それが、やっと……現実になったんだなって。


樹:……死んだんじゃ、なかったんだな。


柊:そう、なのかな、たぶん。

  この場所でありながら、この場所じゃない、あの世でもこの世でもないところで、ずっと彷徨っていただけ。

  ……理屈は、分からないけど、ね。


樹:どんな言葉で説明出来たって、きっと誰にも分からないし、誰も信じやしないさ。

  ……俺と、君以外には。


柊:そう、だね。

  今となってはもう、どうでもいいこと、なのかもね。

  私の願いは……叶った、から。


樹:願い?


柊:そう。

  イツキ君の隣にいたいっていう、願い。

  あの時、言ったでしょ?


樹:……はは、そうだったな。

  確かに、聞いたよ。

  ああ、願いが……叶ったんだな。


柊:うん。

  それにね、あの時、私が最後になんて言ったか、覚えてる?


樹:最後?


柊:そう。


樹:(M)

  しばらくの沈黙。

  歩道橋の通行人がまばらになり始め、陽が傾いて、少し儚げな夕日が、町並みの隙間から覗き込む。

  やがて、その夕日を背に、柊はゆっくりと口を開き、一言だけつぶやいた。


柊:……また今度、歩道橋で。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


悠稀:これで、本当に歩道橋騒動はおしまい。

   ただの噂話っていうのも、案外突き詰めていくと意外な物語があったりする。

   まあ、ほとんどはソースも分からないデマってのがオチだが。


樹:でも、人間ってのは物好きだ。

  何かと関連づけて、新しい噂話を、次から次へと独自のネットワークで広げていく。


柊:実際、この日の私とイツキ君の一部始終を見ていた女生徒から噂が広まって、

  今ではあの歩道橋は恋愛成就の名物スポットになったとかなんとか。

  複雑だけれど、でも……そういうのもいいんじゃないかなって、思う。


  ……次は、誰の恋が、叶うのかな。


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