そのとき、僕らはいなかった。
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(役表)
A♂:
B♀:
C♂:
D♀:
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A:……蟹。
B:海蛇。
A:蠍。
B:海豚。
A:牡羊。
B:……山羊。
A:牡牛。
B:魚。
A:狼。
B:水蛇。
A:蛇。
B:大熊。
A:小熊。
B:なんか、ずるくない?
A:ずるかないだろ、ちゃんとあるやつじゃないか。
B:まあそうだけど……つい。
じゃあ、えーと……
C:おーい!!
悪い、お待たせ!
B:お、やっと来た。
遅いよー、2人とも。
D:ごめんね。
本当はちゃんと、予定通りの時間に着く筈だったんだけど……
A:なんかあったのか?
ていうか、何持ってんだ、それ?
C:ふっふっふっふっふ……
見て驚くなよ?
じゃーーーん!! どうよこれ!
家の納屋にしまいっ放しなの思い出したんだ!
B:へえー、天体望遠鏡じゃない。
しかも、結構しっかりしたやつっぽい。
A:随分ホコリっぽいのがまた何か、年代物って雰囲気醸し出してるな。
ちゃんと使えるのか、これ?
C:………………
D:どうしたの?
C:いや、確かに驚くなよ、とは言ったけどさ。
せめてもうちょっと、驚いて欲しかったなーって。
D:それは……まあ。
B:あんたが悪いよね。
A:お前が悪いな。
C:ですよね!!
B:ごめんごめん。
で、どうしたのこれ、盗品?
A:うわーお、やるなお前。
C:いの一番に出てくる選択肢が盗品っておかしいだろ!
家の納屋にしまいっ放しだったって、さっき言ったろうが!
B:冗談よ、冗談。
C:はー、良い性格してやがるわ、ホント。
B:どういたしまして。
C:その返しもおかしい。
D:なんか、父方の曾お祖父さんの趣味だったんだって。
随分大事にしてたみたい。
A:覗きが?
D:天体観測が。
C:お前らは、俺の一家を犯罪者予備軍にしたいのか。
B:覗きは完全な犯罪よ。
C:知ってるよ!
論点そこじゃねえよ!
A:随分大事にされてた割には、ホコリ塗れだけどなあ。
D:でも、ホコリこそ被ってるけど、傷とかは殆ど無いよ。
状態自体は、新品に近いと思う。
B:え、でっかいヒビっぽいのあるけど、これは違うの?
D:どれ?
B:ほら。
A:ああ、ほんとだ。
こりゃ1人か2人、これで殺ってるな。
もっと大事に扱えよ。
C:やってねえよ!!
出して来る時に急いでたから、鞄が半開きで、途中で落としちゃったんだよ。
B:え、ちょっと大丈夫なの、それ。
A:一回組み立てて、確認した方が良いんじゃないか。
C:言われなくても、着いたらすぐやろうと思ってたよ。
誰かさん達が、変な言い掛かりしてこなけりゃな。
B:えー、誰だろう、心当たり無いなあ。
A:全く、酷い奴らもいたもんだ。
親の顔が見てみたいよ。
C:よーし分かった。
今お前らに構うのは時間の無駄だ。
ちゃっちゃと準備するから待ってろ。
D:……もう、揶揄い過ぎだよ。
B:あはは、ごめんごめん。
何だか、このメンバーとこのノリが、懐かしくなっちゃってさ。
つい、ね。
D:気持ちは分からなくはないけど……
A:時間掛かりそうだし、さっきの続きやるか。
B:あ、そうだね。
D:続きって、なんの?
A:古今東西、星座にある動物。
B:一緒にやる?
D:私、あんまり星座は詳しくないんだけど……
C:俺もやる!
A:お前は望遠鏡組み立てとけよ。
C:元天文部をなめんな。
そんなお題、片手間でも圧勝出来るっつうの。
B:お、言ったね?
じゃあ、私からいくよ。
さっき2人でやってた間に出たやつは、無しだからね。
兎。
A:鷲。
D:えっと……白鳥。
C:羊!
A:無い。
C:は!?
あるだろ!
B:牡羊は、ね。
羊っていうのは無いわよ。
仮に牡羊だとしても、もう出てるけど。
C:ぐぬぬ……
じゃあ、牛!
A:無い。
C:牡牛!
B:言った。
C:双子!!
A:動物じゃないけど……まあいいか。
一応、生き物ではあるし。
B:そうだね、ギリセーフってことで。
じゃあ、孔雀。
A:蜥蜴。
D:きょ、巨嘴鳥……?
B:おお、よく知ってるね。
D:なんかの本で、見た記憶があるの。
どういうやつかは、全然覚えてないけど……
C:蟹!
A:言った。
C:お蟹!
B:その「お」は最早、意味が違うよ。
D:というか……
もしかして、黄道十二星座を、順番に言ってってるだけじゃ?
C:そうだよ、それしか知らねえもん。
A:おい、元天文部。
B:はい、元茶道部さん。
D:は、はい。
B:黄道十二星座の中に、動物はいくつあるでしょう。
D:え……と、7個?
B:はい、正解。
C:不正解だろ、11個じゃないか。
B:は?
D:え?
C:なに?
A:ちょっと待て。
……動物じゃない1つを挙げてみろ。
C:天秤。
A:うん、そうだな、それはそうだ。
B:双子と乙女をまあ、百歩譲って動物に分類したとして……
え?
何をどう間違えてるの?
D:……多分、みずがめ座じゃないかな。
A:あ。
B:ああ~……
C:なんだよ。
D:みずがめ座のみずがめって、漢字でどう書く?
C:え?
「水」に、動物の「亀」だろ?
れっきとした動物じゃないか。
A:……お前は、天文部の風上にも置けないやつだという事は、よく分かった。
C:なんでだよ!!
D:みずがめの「かめ」はそれじゃなくて、ビンだよ、ビン。
C:ビン?
ビンはビンじゃないか、英語だろ?
B:こりゃ駄目だ。
A:そもそも、学力が駄目だったな。
C:なんだよ!
やめろ、その……な、なんだ!?
その、道端の乞食を見るような目で、俺を見るな!
じゃあ、俺からも反論させてもらうけどな、お前ら、射手座って何だと思ってるんだよ。
D:射手座……って、確か神話に出てくる……名前なんだったっけ。
B:ケイローン、ね。
A:ケンタウロスのケイローンだろ?
アルテミスから、狩猟を教わったっていう。
ギリシア神話まで掘り下げて調べてないから、詳しくは知らないけどさ。
少なくとも、動物ではないだろ。
C:はぁー……これだから下賤の民は……
B:あんたどこの人よ。
C:あのな、確かに、一般的に親しまれてるのは、ケイローンだよ。
しかしだ。
アラビアなんかじゃな、天の川の水を飲みに来たダチョウだ、と見られる所もあるんだよ。
だから、射手座も動物としてカウントしても問題無いの。
お分かりか?
D:へえ、それは初めて知った。
B:うん。
それは確かに、あんたの知識を侮ってたかも。
C:そうだろうそうだろう。
もっと崇め奉っても良いんだぞ。
A:でもやっぱり、その知識自体が一般的な物じゃないから、ノーカンだな。
C:なんでだよ!!
B:それよりほら、望遠鏡はどうなったの?
見せて見せて。
C:あっ、こら、ちょっと待っ……!
B:……何これ。
何にも見えないけど?
A:どれどれ?
……本当だ、真っ暗だ。
壊れてるんじゃないのか、これ。
C:……分かってただろ。
今日は、夜通し曇天なんだ。
肉眼で見たって、星なんて全然見えないんだから、いくらちょっといい望遠鏡があったからって。
B:そりゃあ……そうだけどさ、でも。
A:じゃあ、何で持って来たんだよ。
C:それは……
俺だって、もしかしたら……って思って。
一縷の望みくらいはあったんだよ。
でも……駄目だった。
そんだけだ。
B:それだけって……
A:………………
D:……ごめん。
C:なんで、お前が謝るんだよ。
D:だって、望遠鏡持っていこうって言い出したのは、元はと言えば私だから……
だから……ごめん。
B:……まあ……良いよ。
ほら、どのみち、今日の目的はそれじゃないしさ。
まさか、天体望遠鏡なんか持ってくると思わなかったから、つい、テンション上がっちゃって。
D:……良いの?
B:良いの良いの。
ごめんね、勝手に盛り下がっちゃって。
A:まあ、良いなら良いけど。
C:仕方無いかあ。
でも、折角組み立てたし、取り敢えず置いとこう。
B:覗きに使うの?
C:だから使わねえよ!!
A:……さて、と。
もう結構、時間潰せたんじゃないか?
D:そう……だね。
もうちょっとかな。
C:でもさあ。
今更だけど、発想が幼稚だよな。
0時きっかりにジャンプしたい、だなんてさ。
A:本当に今更だな。
ていうか、乗ってきた時点で、人のこと言えないだろ。
C:それはそうだけども。
B:いやー、やっぱりさ、記念になるじゃない?
誰が最初に思い付いたのか知らないけど、天才だと思うわ。
私、物心付いた時からずっとやってるから、このチャンスだけは、絶対逃しちゃ駄目だって思ったのよね。
D:ずっとって、何歳くらいから?
B:5歳くらいの頃には、もう始めてたんじゃないかなあ。
毎年の誕生日と、お正月の0時ちょうどにジャンプして、
「私、その時地球にいなかったわー」って言いふらすの。
勿論、今年もちゃんとやったわよ。
A:やった事無いとまでは言わないけども……
この歳になるまでずっとっていうのは、流石にやらないな、普通は。
B:普通がどうかなんて関係無いもんね。
私がやりたいからやってるだけ。
C:……で、今回はちょうど良いから、俺達と一緒にってか。
B:そういう事。
A:ポジティブなんだか、ネガティブなんだか分かんねえな。
B:そうかなあ。
D:………………
C:どした?
D:あ、……ううん。
なんか、緊張しちゃって。
B:気負い過ぎだよ。
そんな思いっ切り飛ぶわけじゃないしさ。
軽い感じでぴょんっといって、さくっとおしまいにしようよ。
D:う、うん……そうだね。
あんまりこういうの、慣れてないから……
C:いや、心配しなくても、誰も慣れてないと思う。
A:まあ、この日の0時ちょうどっていうのは、二度と来ないからな。
ぶっつけ本番って考えると、ちょっと気張るよな。
B:すーぐそうやって余計な心配増やすー。
A:悪い悪い。
D:……あれ、なんか、下が騒がしくない?
C:ああ、パトカーっぽいのもいるな。
ちょっとよく見えないけど……近くで事件でもあったのかね?
A:様子見にお誂え向きな道具が、そこに置いてあるぞ。
B:あ、じゃあ私が見るー。
D:あれ?
見えないんじゃなかったの?
A:星は、な。
別に、望遠鏡が壊れてるんじゃなくて、天気が悪いだけだから。
天体観測は出来なくても、覗きは出来るんじゃないか?
D:どうしても、そっちに持っていきたいんだね……
C:どうだ?
何か見えるか?
B:……うん、見えるよ。
凄くよく見える。
A:何が?
殺人現場?
C:もしそうだったらやばいな。
B:……お母さん達、が。
D:えっ……あ……
C:………………
A:………………
C:……やっぱり、書き置きはまずかったかなあ。
D:書き置き、したんだ。
A:そりゃまずいだろ。
時間だって、とっくに夜も更けてるんだし。
俺達以外には、秘密にしようって言ったじゃないか。
こうやって騒がれたら、面倒臭いし。
C:そりゃそうだけどさ。
やっぱり、ちょっとくらいは注目されたいじゃん。
せめて、身近な奴らくらいにはさ。
騒がれたら騒がれたで、してやったりってな。
A:……それもそうか。
B:ていうか、全員分の親御さんがいるみたいだから、結局みんな、同じ事考えたってことだよね。
C:揃いも揃って、性格悪いなあ。
D:ここ、見付からないかな……
B:大丈夫でしょ。
この日の為に、入念に下調べと準備したんだから。
A:そうだな。
……それじゃ、そろそろいきますか?
B:御礼参りは終わってる?
C:何だそりゃ。
D:御礼参り?
B:いやほら、今から0時ちょうどに飛んだら世界線がずれて、私達だけ、違う世界にいっちゃうわけだからさ。
みんなを置いてきぼりにしちゃうんだし、何か、言い残しとく事とか無いのかなって。
A:今更にも程があるだろ。
どっちかと言えば、置いてきぼりくらうのは、こっちじゃないか?
C:考え方によっちゃあ、そうかもなあ。
D:今そんなのあったら、こんな事しないよ……きっと。
B:お、言うねえ。
それじゃ、みんな準備は良しってことでいいね?
A:ああ。
C:おうよ。
D:いいよ。
B:ちょっとでもずれたら、失敗だからね?
やり直し無し、恨みっこ無し。
A:はいはい。
じゃあいくぞ、ちゃんと合わせろよ。
いっ、
C:せー、
D:のー、
B:せっ!!
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