せかいのはんぶん

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

(役表)

勇者♂:

魔王♀:

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


勇者:あのさあ。


魔王:はい。


勇者:もう一回、状況を整理するよ?


魔王:はい、どうぞ。


勇者:俺は、勇者。


魔王:あなたは、勇者。


勇者:お前は、魔王。


魔王:私は、魔王。


勇者:お前は、この間俺に負けた。


魔王:私は、この間あなたに負けた。


勇者:お前は、「世界の半分をあげるから見逃してくれ」と言った。


魔王:私は、「世界の半分をあげるから見逃してくれ」と言った。


勇者:で、俺はその提案を呑んで、お前を見逃した。


魔王:あなたはその提案を呑んで、私は見逃してもらった。


勇者:で、俺はまだ世界の半分をもらってない。


魔王:あなたは、まだ世界の半分をもらってない。


勇者:なんで?


魔王:なんででしょうね。


勇者:この場でトドメ刺してやろうか。


魔王:ごめんなさい。

   ほんの冗談です。


勇者:早く寄越せよ。


魔王:いや、違うんですよ。


勇者:なにが。


魔王:勿論あげたいのはやまやまなんですけど、色々問題があって。


勇者:なんだよ、問題って。


魔王:いやあの、ちょっと計算に手間取ってて。


勇者:は?


魔王:ほら、世界を半分あげるって言った以上、やっぱりちゃんと半分にしてあげたいじゃないですか。

   だから、可能な限り正確に、寸分の誤差無く半分こにしようと思ったんですよ。

   でも、そうなると総面積が物凄い大きいから、どこからどう分ければ綺麗にいけるかって計算し始めたら、

   もうキリが無くなっちゃって。


勇者:几帳面か。

   そこまで完全な半分なんて求めてねえよ。

   だいたいで良いだろ、そんなの。

   ……ていうか、ちょっと待て。


魔王:はい?


勇者:まさかとは思うけどお前、世界そのものを、文字通り真っ二つにしようとしてる?


魔王:え、はい。

   そうした方が、一番分かりやすいじゃないですか。


勇者:滅びるわ。


魔王:えっ。


勇者:えっ、じゃねえよ。

   なんだその、「そうなの!?」みたいな顔は。

   当たり前だろが。

   もらうどころじゃなく滅びるわ、そんな事したら。

   物理的に半分にするのやめろ。


魔王:ええっ?

   いや、だってそうしないと、面積だけじゃなくて、色んな細かい部分も半分にしなきゃいけないんですよ?

   森林とか、海とか、まだ誰のものでもない無人島とか、

   それこそ、国の数に至っては奇数ですし。

   偶数じゃないと、二等分しようが無いじゃないですか。


勇者:だから几帳面か。

   別に良いよ、どっちかが一つくらい多くたって。


魔王:良いんですか?


勇者:良いよ。


魔王:とりあえず国に関しては、正確に分けるんだったら、面倒ですけど一個ずつスパッと分割するとか、

   最悪、どこか一つ消しちゃえば、ひとまず数の帳尻は合うし、良いかなって思ってたんですけど。


勇者:そんな帳尻の合わせ方があってたまるか。

   まあ仕方無いか、みたいなノリで、何万人規模の被害を出すんじゃねえ。

   魔王かお前は。


魔王:魔王ですよ。


勇者:魔王だったわ。


魔王:はい。

   ……駄目ですかね?


勇者:駄目だよ。


魔王:ていうか、根本的なところ確認したいんですけど。


勇者:なんだよ。


魔王:「世界をあげる」ってなんなんですかね?


勇者:知らねえよ。

   お前が言い出したんだろが。


魔王:いや、これは魔王一家に代々伝わる家訓だから、つい口をついて出ちゃっただけで、

   いざ本当にそうする事になったら、具体的にどうするのかって教わってないんですよ。


勇者:どんだけ情けねえ家訓だよ。

   負ける事が前提みたいになってんじゃねえか。


魔王:そういうものじゃないですか、所詮魔王なんて。


勇者:おう、思わず抱き締めたくなるくらい清々しい自虐っぷりだな。

   どうするのか教えなかったって事はつまり、

   そうならなくて済むように努めろって事の裏返しじゃねえの?

   知らんけど。


魔王:……あなた天才ですか。


勇者:お前がバカなんだよ。

   なんでも良いから、さっさと世界の半分くれよ。

   どう分けるのかなんて、お前の好きにして良いから。


魔王:本当ですか?


勇者:ああ。


魔王:文句言いませんか?


勇者:ああ、言わねえよ。

   ただし、物理的に分割するのは無しだからな。


魔王:分かりました。

   じゃあ、ちょっと待ってて下さい。


勇者:おい、どこ行く。


魔王:これから、お互いの領地を視覚的に分かりやすくする為に、線を引いてきます。


勇者:砂場遊び感覚か。

   どんだけ掛かるんだよ、それ。


魔王:出来る限り正確にやりたいんで、徒歩でやるとして……

   まあ、ざっと200年くらいですかね。


勇者:俺が先に死ぬわ。

   こちとらお前と違って、寿命って物があんだよ。

   ていうか、だから、物理的に解決しようとするのやめろ。

   行動に移す前に無理だって悟れ。


魔王:文句言うんじゃないですか。


勇者:ここまででこの両手のグーが、お前の顔面に飛んでない事を感謝してくれねえかな。

   相当堪えてると思うよ、俺。


魔王:そんなに駄目ですかね。


勇者:駄目っていう表現すら烏滸がましいわ。

   まあ、端的に言い換えるなら、「死ね」って感じかな。


魔王:そんなに。


勇者:追求するのもバカバカしいけど、陸地はそれで何とかなるとして、海はどうするつもりなんだよ。

   線引いたそばから、水流で消えてくだろ。


魔王:ああ、それは大丈夫ですよ。

   一旦全部水を抜いて、消えないように、かなり深めの線を引きますから。

   で、終わったらまた、水をザバァッと戻します。


勇者:津波で滅びるわ、普通に戻せ。

   しかもなんだ、魔王が言うかなり深めの線って、下手したら地割れとかそんなんだろ。

   何でそうお前の案は、全体的に未曾有級の二次災害を伴うんだよ。

   わざとか?

   世界の半分を渡さずに済むように、巧妙にふざけてんのか?


魔王:そうするつもりなら、もっと頭良い方法考えてますよ。


勇者:おう、つまり自分で頭悪いって分かってて言ってたって事だな?

   そろそろ歯を食いしばる準備しといてもらっていいか?


魔王:じゃあ逆に訊きますけど、どうしたら満足なんですか?


勇者:なんで逆ギレ気味なんだよ。

   どうしたらって言われても、普通に「世界はこれから半分は勇者の物です」とか、

   そんな感じのことを公言すれば済む話じゃねえの?

   半分に分ける力と権利があるなら、そのくらい簡単だろ。


魔王:それは、あくまで意識的な問題じゃないですか。

   そこはそれだけでまあ、たぶん解決出来ると思いますよ。

   そうじゃなくて、いざ半分にしたら、領地がどうの利権がどうのって、

   後から色んなイザコザが起こるかも知れないから、

   きっちり物理的に半分にしたいんです、私は。

   でも、妙案が一向に浮かばないから、未だにこんな不毛な時間を過ごしてるんですよ。


勇者:自業自得だろ、不毛とか言うな。

   それこそ、歴代の魔王に訊いてみたら良いんじゃねえのか?

   解決方法を教わってないとしたって、前例くらいあるだろ。


魔王:それが無いんですよ。

   みんな勇者に負けこそしてても、実際に言った事がある魔王は一人もいないらしくて。


勇者:名ばかり極まりねえ家訓だな、おい。

   つまりお前は、現在進行形で、史上初の不名誉を働き続けてるって事じゃねえか。


魔王:あはは、そうですね。


勇者:何笑ってんだよ、否定しろ。


魔王:……で、結局、どうしましょう。

   そもそも私、まだ世界の全部を支配した訳でもないから、

   自由に「あげる」とか言えない地域もあると思うんですよね。


勇者:じゃあ、まず真っ先にやるべき事そこじゃねえかよ。

   先にそれやってからあれこれ悩めよ。


魔王:それを道半ばで邪魔したのは誰ですか。


勇者:俺だわ。


魔王:ほら。


勇者:何が「ほら」なのか分からんけど。


魔王:というか、あなたに半分あげる為に世界征服しようとしてた訳じゃありませんからね。

   結果としてそうなるだけで。


勇者:結果としてそうなるなら同じだろ。

   そうと決まれば、さっさと世界征服し直してきてくれ。

   お前、力だけはアホみたいに強いから、その気になりゃあっという間だろ。


魔王:なんか、棘がある言い方ですね。

   あなたはその間、どうするんですか。


勇者:まあ、宛の無い放浪の旅をしてたって事にしとくわ。

   どうせ勇者とか言ったって、魔王を倒したら、もうお役御免みたいな扱いだしな。

   ……だったら、世界の半分くらい欲しがったって、罰は当たらないだろ。


魔王:大変そうですね。


勇者:ああ、全く以てな。


魔王:……良かったら、半分とか言わずに、全部あげましょうか?


勇者:……何言ってんだよ?


魔王:いや、どうせ私、征服したところで、

   何かしたい事がある訳じゃないし、管理するのも面倒臭いですし。

   魔王として生まれ育ったから、ある意味義務的にやってるだけで、

   あなたみたいな欲とか、何も無いんですよ。

   ぶっちゃけ、あなたと戦って死なずに済むなら、

   世界の半分でも全部でも、あげちゃっても良いかなって。


勇者:真面目な顔して、言ってる事がただの自堕落なの凄い虚しいな。

   御先祖様が泣いてるぞ。


魔王:今更良いですよ。

   私、どうせ落ちこぼれですし。


勇者:……魔王に同情される勇者ってなんだよとか思ったけど、お前も結構大変そうだな。


魔王:ええ、まあ。

   形が違うだけで、似た者同士なのかも知れませんね。


勇者:ああ、そうかもな。


魔王:……じゃあ、その時が来たら、また逢いましょうか。

   何年後になるかは、分かりませんけど。


勇者:出来れば、俺が若くいられるうちに頼む。


魔王:善処します。

   ……それじゃ、全てが終わった後は、宜しくお願いしますね。

   次代の、魔王様。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━