しらぬひ
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(役表)
今日葉(きょうば)♂:
南野(なんの)♀:
日高(ひだか)♂:
不知日(しらぬい)♂:
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今日葉:ご苦労、諸君!!
南野:うるさっ。
日高:ドア開けたらちゃんと閉めて。
不知日:おつかれ。
今日葉:入室2秒で手厳しいな諸君!?
どうした、飼ってたビーバーに大黒柱を抉られでもしたか。
日高:シチュエーションが特殊過ぎる。
というか、割と大事だよ、それは。
早く帰ったら?
不知日:ビーバー飼ってるの?
南野:単純にうるさいのよ。
その声量で喋るなら、あと10mは離れて。
今日葉:ええい、いつにも増して辛辣な奴らめ。
良いか、諸君!!
今日は何の日だ!
不知日:知らない。
日高:何の日って?
何かあったっけ?
南野:そもそも、今日って何月何日?
不知日:さあ。
日高:今月のカレンダー係って誰だっけ?
南野:そもそも、カレンダーどこ行ったの?
日高:日めくりカレンダーでしょ?
今日葉くんが剥がすの忘れ過ぎて、ヤケクソになって捨ててなかった?
南野:そうだったっけ。
どうでも良過ぎて忘れてたわ。
不知日:ぶっちゃけ要らなかったしね。
日高:で、今日って何の日?
南野:知らないわよ。
今日葉君、今日って何の日だっけ?
今日葉:おーっと、最終的にそう返ってきちゃう?
様子見で黙ってたのに、巡り巡って同じ質問がそのまま返ってくるとは流石に思わなかったなぁ。
びっくりだ。
日高:あ、ビーバーの日?
南野:そんなのあるの?
今日葉:そんな物は無い。
不知日:無かった。
南野:ていうか、だからまず、今日って何月何日よ?
それも分からないんじゃ、考えようがないでしょ。
今日葉:俺も知らん。
南野:は?
不知日:出た、得意技。
日高:はい、いつもの本末転倒出ました。
解散。
お疲れ様ー。
南野:はい、お疲れ。
今日葉:待て待て待て待て!
南野:なに。
だって、何月何日かも分からないのに何の日かとか、愚問もいいとこでしょ。
時間の無駄よ。
今日葉:いや、そこはなんとかこう、機転を利かせてだな?
不知日:なんの日……?
日高:あ、ナンの日?
南野:え?
今日葉:ん?
日高:ほら、「何の日」と、「ナンの日」をかけてるのかなって。
不知日:ああー。
南野:そうね、そういうしょうもない事しそう。
もし本当にそうだったら、往復ビンタだわ。
今日葉:しょうもないは余計だし、往復ビンタは過剰制裁だろ。
既に一度はそれを考えた事がある人に失礼じゃないか。
あと、ナンの日は7月6日だから違う。
不知日:ナンの日自体はあるんだ。
日高:じゃあ、今日は7月6日ではないと。
あと364回、同じ感じで試す?
南野:今年って閏年だっけ?
日高:違うと思う。
南野:じゃあ、364回ね。
今日葉:え、なに、お前らそんなに暇なの?
そんな方向に話が進んでいくとは思ってもみなかったんだけど。
南野:あんたにだけは言われたくない。
日高:あー、でも色んな記念日が同じ日に複数ある場合もあるから、364回じゃ済まないか。
因みに今日葉くん、7月6日って、あと何の日?
今日葉:えー、確か、
メロンの日、サラダ記念日、零戦の日、
ピアノの日、ワクチンの日、あと……
不知日:そんなに。
日高:あ、1つとか2つどころじゃないんだ。
今日葉:そりゃそうだろ。
毎日が確実に、何かしらの日だからな。
次の日の七夕とか、バレンタインデーとか、元々イベントがある日付なんて凄いぞ。
もうなんか、大喜利大会かってくらいに、取り敢えず付けたと言わんばかりにいっぱいあってな。
単なる語呂合わせの場合もよくあるし。
不知日:考えた当人も、そんなに深く考えてないんじゃない、それ。
南野:ていうか何、何月何日が何の日か、全部覚えてんの?
今日葉:完全に全部かどうかは怪しいが、ほぼほぼ。
日高:なのに、今日が何月何日なのかは分からないんだ。
今日葉:まあ、逆に?
日高:逆にとは……
南野:へえー。
じゃあ逆に、私達が適当に日付を言うから、それが何の日か当ててみてよ。
今日葉:それを364回プラスαでやんのか?
日付変わるぞ、何回か。
日高:一応付き合うつもりではあるんだね。
南野:で、1回間違えるごとに、1枚爪を剥ぐって事で良いわね?
今日葉:うん、良いわけないだろ?
何で良いと思った?
南野:いや、全部覚えてるとか言うから。
自分の言葉には責任を持たなきゃね。
今日葉:ほぼほぼって言っただろ?
それに、言葉への責任の取り方が軽い拷問なのおかしいだろ。
不知日:むしろ、爪の剥ぎ方の心得がある辺りに闇を感じるね。
日高:でも純粋に不思議なんだけど、
何月何日が何の日か分かるのに、今日が何月何日か分からないとか、何でそんな事になるの?
脳の容量が足らなかったの?
今日葉:お前達は台詞の結びで、俺を貶さなきゃいけない決まりでもあんのか。
……まあ、平たく言えば、今ある文化が、ずっとあり続けるとは限らないと思ってるから、かな。
不知日:あ、何か長そうな雰囲気。
日高:なんかマジっぽいようで、心底くだらなさそう。
南野:どういう意味か全然分からないから、説明してくれる?
なるべく要点だけ絞って、1分以内で。
今日葉:制限時間短いな。
まあ良いだろう。
要はな、この世のありとあらゆる事象がそうであるように、
何月何日っていう日付という概念自体が、
来年、いや明日、何なら1秒後には、それが無くなっている可能性だって、
絶対に有り得ないとは言い切れない訳だろ。
そういう観点で、
南野:絶対に有り得ない。
日高:絶対に有り得ないね。
今日葉:ぶった切るのが早いな。
せめて制限時間分くらいは喋らせてくれよ。
不知日:そりゃあ、あまりにも荒唐無稽だから、ぶった切りたくもなるよね。
日高:何を言い出すのかと思ったけど、何言ってんだろって思ったから、つい。
南野:仕方無いわね。
じゃあ、あと30秒だけ続きをどうぞ。
今日葉:30秒も喋ってないのに、あと30秒しか無いのかよ。
そもそもな、世の中に、絶対も有り得ないも無いんだよ。
この世は言わば、無限に拡散と収束を続ける、可能性の集合体だからな。
例えば極端な話、明日世界が滅ぶとか、この中の誰かが死ぬとか、
知らないうちに、他人が知らない誰かと入れ替わっているとかも、
偶発的な事故も含めたら、十分有り得る事だろ。
全ての可能性は、99.9999%以上にはなっても、100%にはならないんだよ。
故に、俺はいつ無くなるかも分からない日付という物を覚える事に、何ら必要性を感じない。
以上。
不知日:いや、その理屈はおかしい。
日高:最後まで聴いても、やっぱりよく分かんなかったね。
南野:え、最初から聴いてないけど。
今日葉:おい。
日高:でもさ、ひとつ良いかな?
今日葉:ん、なんだ?
日高:それを言い出したら、絶対も有り得ないも無いなら、「無い」も無いんじゃない?
あるけど気付いてないだけとか、逆に最初から生まれてもいないものを、
ずっとあると思い込んでただけとか。
「無」を否定すると理論上は「有」になっちゃうから、取り敢えず言葉としてあるだけでさ。
完全な状態を表す100%が存在しないなら、
同じく完全な無を表現する「無い」っていう単語も、
本来は気軽に使えるような物じゃないし、そもそも存在自体が空論なんだよ。
今日葉:お、おう?
南野:もっと言えば、1秒後の世界は「1秒後の世界」って言葉を発してる間に通過してるし、
現在から見たら、時間が止まりでもしない限り、
永遠に「現在と同時進行し続ける1秒後」のままだから、
言葉として表すのは簡単だけど、実質的には存在しないのよね。
それに、「過去の私」と、「現在の私」と、「未来の私」が、
どこかで入れ替わっていて別人になっているとするなら、
今こうやって喋ってる間に、何回も入れ替わり続けてる筈だもの。
でも、そうなってる事に対して、肯定も否定も出来ないし、
ましてやそれらを証明するなんて事も、当然出来ない。
だから、1秒後なんていう言い方は、あまりにも非現実的。
不知日:なんか、だんだん哲学的な話になってきた。
今日葉:お、お、おう。
随分と論理的な言葉狩りをしてくれるじゃないか。
あくまでも例え話なのに、そんな急にマジ顔で小難しい理論振り翳されたら、反応に困るだろ。
日高:そりゃまあ、何て言うか。
南野:あんたが、私達の地雷を踏んだって事で。
今日葉:ああそうかい。
全く、俺を罵倒するか論破する時だけは、語彙力の暴力を饒舌に振り回してきやがってからに。
つまりまとめると、お前達は今日が何の日か知らない、って事で良いんだな?
南野:まとめるも何も、始めからそう言ってるんだけど。
日高:今日葉くんが勝手に、よく分からない方向に話を広げただけでね。
不知日:何月何日かも、結局分かってないしね。
今日葉:そっか……
……じゃ、俺は先帰るわ。
おつかれ。
不知日:あ、もう帰っちゃうの?
日高:……もう良いんじゃない?
南野:うん、もう良いわね。
今日葉君、ちょっと待った。
今日葉:ん?
南野:これ。
今日葉:何だこれ、……ケーキ?
なんで?
南野:なんでって、ねえ?
日高:まさか本当に、僕達が今日が何の日か、知らないと思った?
不知日:流石に、そこまで薄情じゃないよね。
今日葉:お、お前達、まさか……!
南野:正直、昨日まで忘れてたから、急いで準備したケーキだけで悪いんだけど。
今日が何の日かって、誕生日でしょ、あんたの。
おめでとう。
日高:おめでとう。
不知日:おめでとう。
今日葉:お前達……!
ありがとう、どうもありがとう!
南野:どう致しまして。
日高:そこまで喜んで貰えると、ここまでわざとらしくとぼけてた甲斐があったよ。
不知日:そうだね。
今日葉:全く、いい性格してるじゃないか。
すっかり騙されたよ、危うく一人寂しく、一晩枕を濡らしていたところだ。
……けど、ひとつだけ、言わせてもらっていいか。
不知日:ん?
日高:なに?
今日葉:違うぞ。
日高:え?
今日葉:俺今日、誕生日じゃない。
南野:は?
今日葉:今日でもなければ、昨日でもないし、明日でもない。
かすってもいない。
日高:え、じゃあ何で、ちょっといい感じの空気出したの?
今日葉:いや、なんか、乗っとかないと空気読めない奴っぽい雰囲気だったから、
とりあえず一時的に、今日が俺の誕生日って思い込んで対応してた。
不知日:気の遣い方が、器用なんだか不器用なんだか。
南野:え、じゃあ何月何日生まれ?
今日葉:おい、そこからか。
知らないのに、よくあんないい笑顔で祝えたな。
日高:ていうか、そもそも今日って、何月何日?
南野:ていうか、カレンダーどこ行ったの?
今日葉:ていうか、カレンダーって何だ?
南野:は?
日高:え?
不知日:あ。
今日葉:ん?
南野:……ちょっと待って、何かおかしいわ。
確実に、誕生日は誕生日よね?
今日葉:そりゃ、毎日確実に、どこかしらの誰かしらの誕生日ではあるだろ。
日高:いや、そうじゃなくて。
ここに居る誰かの誕生日だった筈、って話でしょ。
南野:そう。
でも、今日葉君じゃないのよね?
今日葉:違う。
南野:だからと言って、日高君でもないし、
日高:違うよ。
南野:私でもないのよ。
え、じゃあ、この記憶は何?
私は誰の為に、ケーキを買ったの?
今日葉:ケーキ?
ケーキって?
不知日:ケーキなんて、買ってないよ。
日高:あれ?
南野:え、ケーキどこ行ったの?
日高:さっきまで今日葉くんが持ってたよね?
今日葉:ていうか、ケーキって何だ?
南野:は?
日高:今日葉くん、流石に苦しいよ、それは。
今日葉:あ、そうか。
えーっと、なんだっけ。
あ、今日が何の日かって話か。
南野:ちょっと。
今日葉:誕生日じゃないんじゃないか?
何か別の……
あっ。
南野:え、なに。
日高:何か思い出した?
今日葉:あれだ、不知日じゃないか。
不知日の、なんかの日。
南野:不知日って……
日高:不知日の日ってこと?
不知日:何それ、知らないよ。
今日葉:そんな日は無いけど。
いやでも、それが確か、……えーと。
何月何日だったっけ。
不知日:さあ。
日高:ていうかだから、今日って何月何日?
南野:ていうかだから、カレンダーどこ行ったの?
今日葉:ていうかだから、カレンダーって何だよ?
日高:ていうか、不知日の日って何?
今日葉:ていうか、不知日って誰だ?
不知日:……知らない、か。
忘れてるのか、若しくは……
日高:誰だっけ。
南野:え?
今日葉:居たっけか、そんなやつ。
南野:ちょっと、待って。
今日葉:どうした、顔色悪いぞ。
南野:いや、あのさ。
……私達って、4人だったよね?
今日葉:え、ずっと3人だろ?
南野:1人、居ないよね?
日高:何言ってるの、最初から3人だよ。
どうしたの。
南野:……あんた達、誰か1人、居ない事にしてない?
今日葉:有り得ないだろ。
日高:無いよね。
南野:じゃあ、不知日って誰よ。
どこから出たの、その名前。
答えてみてよ。
今日葉:………………
日高:………………
不知日:楽しかったなあ、あの日までは。
南野:……ねえ。
今日って、何月何日?
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