かみさまウォッチ

登場人物)

・ユーマ:♂

ヒトの創造神。少年くらいの容姿。

軽い性格で、ディーネとは犬猿の仲。

作中の神様の中では新顔。

名前の由来は「human」から。


・ディーネ:♀

草木と水の創造神。少女くらいの容姿。

大人っぽく振舞おうとするが子供っぽさが抜けない。

名前の由来は「Undine」から。


・ロフィ:♀

破壊神。成人女性くらいの容姿。

飄々としているが、前述の二人より常識人。

名前の由来は「catastrophe」から。


・マクスウェル:♂

元素を司る創世神。長い白髭をたくわえた老人の容姿。

貫禄のある神々の大黒柱で、万物の父と言われる。


・ヴィーナス:♀

生命と愛を司る創世神。浮世離れした絶世の美女。

生きとし生ける物の母と言われる。


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(役表)

ユーマ:

ディーネ:

ロフィ:

マクスウェル:

ヴィーナス:​

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マクスウェル:君達は、誕生の時、というものについて考えた事はあるかな?

       無から有に、0から1へと変わる瞬間の事を。

       それは、歴史そのものの出発点であり、全ての始まり。

       例えるのならば、生命……或いは、世界そのものの創造に似る。

       ……そう。

       即ち、創世の時だ。

ヴィーナス:ヒトの命とて例外ではありません。

      しかし、如何なるモノの誕生よりも、ヒトの誕生は、

      それを作った創造神ですら想像もしなかった程に、

      奇跡的で、神秘的なもの。

      そして、ヒトの歴史は、どんな生き物達の歴史よりも、忙しなく、壮絶で、

      圧倒的な速度の進化の上に成り立っています。

マクスウェル:ヒトの無限の可能性。

       ヒトが生きる、地球という惑星の無尽の可能性。

​       それに興味を持った我々は、地上から、天上から、観察をし始めた。

​       地球の何処かに、定期的に観察の為に神が降りているのを、

​       果たして、君達のうちの何人が知っているだろうね?

ヴィーナス:そんな、神様達の日常を、貴方達には特別に、見せて差し上げましょう。

​      あら? ……ふふっ。

      さあさあ、もうこの幕の向こうでは、物語は始まっているみたいですよ?

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ディーネ:ロフィ!


ロフィ:あら、ディーネ。

    久し振りね。


ディーネ:うん、ほんと久し振り!

     しばらく顔見なかったけど、何してたの?


ロフィ:色々よ、い・ろ・い・ろ♪


ディーネ:ロフィの色々は、なんか怖いんだけど……


ロフィ:あら、そんな大した事はしてないわよ?

    変な所で漂ってる星屑を消したり、惑星の軌道修正の為に、適度に隕石落としたりね?


ディーネ:へー……そ、そう……

     隕石といえばさ、こないだ結構凄いの落としてたよね、今観察してる惑星に。

     ……チキュー、だったっけ?


ロフィ:そうね。

    と言っても、あれから随分経ってるけどね。

​    あの時と比べると、地球も随分、様変わりしたものよねえ。

ディーネ:そうだねー。

     ……あれ、今日の観察係って誰だったっけ?


ロフィ:ユーマじゃなかったかしら?

    そろそろ交代の時間だから、戻ってくるはずよ。

ディーネ:なーんだ。

     別に戻って来なくても良いんだけどなー。

ロフィ:あら。

    貴女、ユーマの事は嫌いだったかしら?

ディーネ:嫌いってわけじゃないんだけど……

     あーゆーガキっぽいヤツに小馬鹿にされるのは、なんか嫌なの。


ユーマ:だぁれがガキっぽいって?


ディーネ:ぅわっ!?

     痛い痛い痛い痛い、耳、耳!

     ギブ、ギブギブ!!


ロフィ:あら、お帰りなさい、ユーマ。


ユーマ:ったく……ん?

    おー、ロフィか、久し振りだな。

ロフィ:どうだった、地球観察は?

ユーマ:あーーー……うーーーーん……

ロフィ:……?


ディーネ:なに?

ユーマ:なんつーかなぁ……

    ヒトを創ったのは俺なんだけどさ、こう、なんていうか。

    進化を重ねる度に、どんどん強欲になってってる気がするんだよな。

    いや、自分から進化する事自体は良いことなんだけどさ。

ロフィ:あら、ヒト以外の生き物だって、自らの欲を、力尽くで満たしているじゃない?

    独自に進化を続けようと思ったら、それくらいは当たり前だし、自然の摂理として当たり前だと思うけど。

ユーマ:まあ、それもそうなんだけどな。    

​    でも、やっぱり今でも思う事は、形を俺達みたいな姿にしといて良かったって事だな。

​    わざわざヒトにだけ、言葉を与えといたってのも大きかったけど。

ロフィ:貴方達、ヒトの創造を考えてた時、凄い揉めてたものね。

ディーネ:だってさー。

     結局要するに、ヒトってのが私達と、ほとんど同じ姿になるわけでしょ?

​     それって何か悔しいじゃん、神様としての威厳が無くなっちゃうっていうか。

     それに何より、四足歩行の方が可愛いもん!


ユーマ:お前の理由は下らなさ過ぎなんだよ、完全に好みの問題じゃねーか。

​    ま、草だの水だのをいじってる身じゃあ、ヒトの良さなんて分かんねーよな。

ディーネ:何よ!

     ヒトなんて中途半端に知識なんて持っちゃってさ、

​     妙に狡賢くなって、今や地球そのものを我が物顔で占領してるじゃない!

​     水とか草木とか、そういう自然の恵みが無かったら、生きるのもままならないクセに。


ユーマ:でも、そういう自然の恵みとやらだって、結局ヒトが管理しなきゃ役に立たないだろ?

    ヒトがいない山に、草食動物なんて放置してみろ、あっという間に食い尽くされちまう。

    ケモノと自然のバランスを管理する役目を買って出てやってんだ、​

    むしろ、感謝して欲しいくらいだけどな。


ディーネ:なーにがバランスを管理する、よ。

     結局のところ、全部自分達だけが好き勝手に発展していく為の口実じゃない。

     挙句の果てには自然破壊がどうの、環境汚染がどうのって、自分で蒔いた種に自分で苦しんでさ。​

     いい気味だわ。

     素っ裸で石の家で石の棒持って、のそのそ生活してた頃のほうが、まだ可愛げがあったわよ?


ロフィ:まあまあ、二人共。

    今のヒトの生き方がどうであれ、彼らには、他の生き物には無い、

    「他者との繋がりによる成長」の可能性を与えた。

    私達に手を差し伸べてもらう事無く、彼らは独自に、ここまで成長したわけでしょう?

    ……ユーマの言う通り、ヒトは今や自然を管理する立場にある。

    それによって、自然は昔より、遥かに豊かになってる。

    ディーネが認めたくなくてもね。

ディーネ:……うん。


ロフィ:でも、ディーネの言うように、ヒトは自然の恩恵が無ければ生きられない。

    これも事実よね。

    ヒトだけじゃなく、生き物全てにとって、命の源だもの。


ユーマ:それは……確かに。


ロフィ:だったら、答えは一つよね?

    持ちつ持たれつ。

    創った当の本人達が啀み合ってちゃ、救いようが無いわよ?


ユーマ:……ごめん。


ディーネ:ごめんなさい……


ロフィ:はい、よろしい。

    ……まあ、今は地球は私の管轄外だし。

    どうなろうがどうでも良いんだけどね?

ユーマ:は?

ロフィ:貴方達が喧嘩してるところを見るのが嫌なだけなのよ、私は。

ディーネ:……ロフィ……

ロフィ:ああ、でも。

    私はケモノよりかは、ヒトのほうが好きよ。


ユーマ:……だってよ。

    残念だったな、ディーネ。


ディーネ:……もうっ!

     結局ロフィは、どっちの味方なのよぉ!


ヴィーナス:……喧嘩は、終わったかしら?


ディーネ:え、あっ!

     ヴィーナス様!?


マクスウェル:いかんな。

       創造神ともあろう者達が、そのような下らぬ諍いを起こすようでは……


ロフィ:マクスウェル様まで……

    ご機嫌麗しゅう。

ユーマ:ヴィーナス……マクスウェル……?

    ……えっと、どちら様?

ディーネ:はっ!?

ロフィ:あらあらぁ……

    そうよね、ユーマはまだ、創造神になって日が浅いものね。


ディーネ:いや、だからって!

     もの知らないにも限度ってもんが……!


ユーマ:え、え?

    なに、そんなに偉いの?

    俺達より偉かったりする?

ディーネ:当たり前よ!

     あのね、私達は創造神で、この方達は創世神!

​     私達は一つのモノを創り出す神様だけど、この方達は、一つの世界を創り出す神様なの。

​     同じ神様でも格が違うのよ?

     私達だって、この方達に生み出された存在なんだから。

ヴィーナス:格が違うだなんてそんな……

      私達は、それぞれが担うべき役割を、各々で司っているだけの事です。

      その役割に、優劣なんてありませんよ。

マクスウェル:それに、我らは創り出すだけで管理はお前達に任せっぱなしだ。

​       そういった面では、寧ろ我らが、お前達に感謝しなければならん。


ディーネ:そんな、勿体無いお言葉……

ロフィ:……まあ、知らなかったなら仕方無いわよねぇ……

​    確かに、私達よりかは格上かも知れないけれど、仰る通り、仕事に優劣なんて無いし。

​    ディーネが個人的に、極端に崇拝してるだけっていうのもあるわよね。

ユーマ:そうそう。

    それに、俺達が二人に生み出されたって事は、俺達は家族みたいなもんってことだろ?

    感謝こそすれ、家族に媚び諂う必要なんて無いだろ。

ディーネ:カゾク?

ロフィ:初めて聞く言葉ね。

    なぁに、カゾクって?

ユーマ:いや、生き物ってみんな、オスとメスが何かしらの方法で、自分の子どもを作って産むだろ?

    そうやって出来たグループの事を、ヒトの社会の中では、「家族」って呼ぶんだとさ。

    俺は、ヒトが使ってる言葉の中では、結構好きな単語だと思ってる。


ディーネ:へー……

ロフィ:そういう集合体にも名称をつけたがるのねえ。

    興味深いことだわ。

ヴィーナス:……マクスウェル様。

マクスウェル:……うむ。

​       実は、我らが今日こうやって皆の前に出向いたのは、大事な頼みがあってな。

ユーマ:大事な、頼み?


ヴィーナス:貴方達に、地上に降りて頂きたいのです。


ディーネ:地上に?

​     ……いえ、それなら既に、以前から何回も、

マクスウェル:そうではない。

       一時的に、ではなく、長期的に降りて欲しいのだ。

       数年、可能であれば、数十年単位でな。


ロフィ:それは、つまり……

ディーネ:要するに、私達は神に相応しくないから、下界に落ちなさい……と……?

ヴィーナス:そうではありません。

      むしろ、今の貴方達は、代わりがいない程に有能です。

​      だからこそ、地上に長い期間で降りて頂いて、地上のありのままを。

​      万物の成長・進化の一部始終を、そして、ヒトの生き様を、

​      その目で見て、その心で、感じてきて頂きたいのです。

マクスウェル:上から眺めているだけが、神の仕事ではない。

       地球という惑星は、そしてヒトという生き物は、我々が想定していた以上に、

       自ら発展し、進化し、成長してきた。

       彼らは最早、観察対象ではない。

       生きた教本として、我々が見習うべき面も多いのだ。

       ユーマの言った、「家族」、という概念のようにな。


ロフィ:……分かりました。


ディーネ:ロフィ?


ロフィ:まあ、私の管轄外とは言ってたけど、前々から気にはなってたのよ。

    ちょうど良い機会だから、私も降りてみようかな、ってね。


マクスウェル:無論、下界に降りてもらう、という事は即ち、ヒトとして、ヒトと共に生きる、という事だ。

       言わずとも分かるとは思うがな。


ヴィーナス:ディーネさんなどは特に、直にヒトと関わったほうが、

      ユーマさんの言葉を聞き入れる事も出来るのではありませんか?

      本心では、分かり合いたいと思っていらっしゃるのでしょう?


ディーネ:うっ……それを言われると……


ヴィーナス:ふふっ。


ユーマ:俺は最初から心は決まってるよ。

    というか、創世神様直々の頼みなんだろ、受けるっきゃ無いって。

    ま、どっかのアバズレが、我儘言わなけりゃ、だけどな。     


ディーネ:~~~っ、分かったわよ、行けば良いんでしょ!

     行きます、私も行きます!


マクスウェル:……うむ。

       では、頼むぞ。


ヴィーナス:しかし、ただ見るだけでは勉強になりません。

      神ではなく、ヒトとして、ヒトの世界で、一生を全うして来てください。

      勿論、全うといっても本当に死ぬ訳ではありませんが、

      ヒトの世界を存分に感じてくるには、それが一番良いかと。


ユーマ:つまりは、赤ん坊からって事だな。


マクスウェル:そういう事になる。

       そして、神であること、神だった頃の記憶も、その間は消させてもらうことになる。

       ……もう一度だけ確認しておこう。

​       大変な仕事だが、頼まれてくれるか。


ディーネ:当然です!


ユーマ:合点了解。


ロフィ:勿論ですわ。


ユーマ:ディーネ、ロフィ。


ディーネ:ん?


ロフィ:何かしら?

ユーマ:下界で会ったら、よろしくな。


ディーネ:……馬鹿。

     綺麗さっぱり忘れてるから、よろしくも何も無いわよ。


ロフィ:うふふふっ。

    ま、気付かないだろうけど、会ったら、ね。


ヴィーナス:……それでは、行ってらっしゃい。

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マクスウェル:……行ったか。


ヴィーナス:はい。

      無事、ヒトの子として転生させておきました。

      ……しかし、今更ですが何故、このような事をお考えになったのです?


マクスウェル:先刻も言った通りだ。

       ヒトは最早、我々の手から離れ、無限の可能性を秘めている。

       ただ上から自らが創った世界を眺めているだけでは、あ奴らはいつまでも成長できぬままだ。

       だからこそ、生きた教本であるヒトの下で、ヒトとしての一生を経験する事で、

       ヒトを見守る神として、成長してもらいたいのだ。


ヴィーナス:……ふふっ。

      見守る、ですか。


マクスウェル:そうだ。

       観察するのではなく、見守るのだ。


ヴィーナス:それなら、私達は見守るとしましょうか。

      大事な「家族」の様を。

      可愛い息子達の、成長していく姿を。


マクスウェル:……ふ、「家族」……か。

       確かに、良い響きだな。

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ヴィーナス:さあ、如何でしたか?

      今、貴方達の世界には、かつて貴方達の世界を創った神様達が、

      貴方達の事を学ぶため、貴方達と共に過ごしています。

​      この事を知った貴方は、もしかしたら、彼らを探すかも知れませんね。

      でも、わざわざ探さなくとも、案外近くにいるかも知れませんよ?

      ………あら、貴方の隣にいるのは、ユーマさんではありませんか?

      うふふっ、驚かれましたか?

      ごめんなさい、冗談ですよ。


マクスウェル:ヴィーナス、あまりヒトをからかうものではない。


ヴィーナス:申し訳ありません、マクスウェル様。

      では、お時間もありませんので、本日は、この辺りで。

      ……また機会があれば、逢えると良いですね。


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