うさぎとかめとかみとかかいとか

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

(役表)

うさぎ(不問)

かめ(不問)

かみ(不問):

かい(不問):

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


うさぎ:おや、かめさんじゃないか。


かめ:うん?

   なんだ、うさぎさんか。


うさぎ:景気はどうだい。


かめ:ぼちぼちだね。


うさぎ:良くはなさそうだね。


かめ:ぼちぼちと言ったら、ぼちぼちだよ。

   それ以上も以下もない。


うさぎ:以上も以下も無いんだったら、「以」にあたるものも無くなってしまうんじゃないのかい?

    それすなわち、なんにも無いってことだ。


かめ:うるさいな。

   「そういう君はどうなんだい」って言って欲しいんだろう。

   よくもまあこれ見よがしに、こんもりとした袋を背負っちゃって。


うさぎ:ご名答。

    いやー、今年は豊作でね。

    この袋の重さは、君のご立派な甲羅にも負けないくらいだよ。


かめ:やめろやめろ、叩くんじゃない。


うさぎ:難儀な体だねえ。

    今日は、日が暮れるまでに帰れるといいが。


かめ:ほっといてくれよ。

   それで、今日はなんの用だい。


うさぎ:ああ、そうだったそうだった。

    豊作はもちろん良いことなんだが、それを消費しきれないんじゃ世話はないよな。

    そこでだ、かめさんよ。

    この大袋の中身を賭けて、なにか勝負をしないか?


かめ:何を言い出すかと思えば。

   お断りだよ。


うさぎ:なぜだい。


かめ:だって、どうせその袋の中身は、君の好物のニンジンだらけなんだろう?

   わたしは君ほど、ニンジンに目がないってわけでもないんだ。

   勝ったところで、わたしには何の得も無い。


うさぎ:ほう、ほう。

    その物言いは、やる前から勝ったつもりでいるね?


かめ:そんなつもりは無いとも。


うさぎ:いぃや、今のは完全に、宣戦布告と挑発の言葉と受け取ったよ。

    ぼくの頭に、カチンときたね。


かめ:そうかいそうかい、勝手にカチンときていてくれたまえ。

   わたしはそれを尻目に、そそくさと帰らせてもらうよ。

   お幸せに。


うさぎ:おやおや、いいのかな?

    この提案は、君にとっても悪い話ではないかもしれないのに?


かめ:なにが。


うさぎ:この袋の中には何故だか、まるまる太った魚も、いっぱい入っているというのになあ。


かめ:……なんだって?


うさぎ:おかしいなあ、ぼくは魚なんて食べないのに。

    なんだってこんなものが、こんなに入っているんだろう。

    こんなものは持って帰っても仕方が無いし、これから川にでも、捨てに行こうかな。


かめ:………………


うさぎ:ああ、かめさんはもう帰るんだったね。

    悪かったね、無理に引き留めてしまって。

    とりさんに襲われないように気を付けて、そそくさと帰ってくれよ。

    あいつはいつも食い意地が張っているからなあ。


かめ:待った。


うさぎ:ああ、忙しい忙しい。

    イキの良い魚をたくさん運ぶのは、骨が折れるなあ。


かめ:待った待った。

   まあ、待ちたまえよ、うさぎさん。


うさぎ:どうしたんだい、かめさん。

    そんなに目の色を変えて。


かめ:面白いじゃないか、その勝負受けよう。

   そういえばわたしは、最近ニンジン料理に凝っていてね。


うさぎ:そりゃあいいな、今度ごちそうしてくれよ。


かめ:ああ、いいともさ。

   きっと君のそのだらしないほっぺたが、地面に落っこちたまま戻らなくなってしまうだろう。


うさぎ:ほうほう、それは楽しみだ。


かめ:それで、どうやって勝負する?


うさぎ:血の気が多いねえ、それでこそ競い甲斐もあるというものだ。

    そうさな、今回は……


かみ:あいや、待たれい。


かい:かいです。


うさぎ:ん。


かめ:え。


かみ:………………


うさぎ:………………


かめ:………………


かい:かいです。


かみ:待たれい。


うさぎ:……いや、えっと。


かめ:えーと、君は?


かい:かいです。


うさぎ:ああいや、君じゃない、君は見れば分かる。

    そちらさんだ。


かめ:ずいぶんと、自己主張の強いかいさんもいたもんだね。


かみ:われは、かみだ。


うさぎ:かみ?


かみ:そうだ、かみだ。


かめ:とりさんだろう?


かみ:違う、かみだ。

   とりさんなどは知らぬ。


うさぎ:かみさん?


かみ:違う、かみだ。

   奥さんなどではない。


かめ:かみさんじゃないのは分かってるよ。


うさぎ:ややこしいな。


かみ:なにもややこしくはない。

   われは、かみだ。


かめ:あー、分かった分かった。

   かみさま、かい?


かい:かいです。


かみ:違う、かみだ。

   ややこしいからお前は黙っていろ。


かい:かいです。


うさぎ:「かいです」としか言えないのかい、かいさんは、かいだけに。

    難儀な体だねえ。


かめ:なあ君、いい甲羅だね。

   この辺じゃなかなか手に入らない、立派なもんだ。

   どうだろう、魚と交換で、そいつを譲っちゃくれないか?


かい:かいです。


かめ:ああ、そうか。

   やっぱりそれは駄目だよな。


うさぎ:かめさんは意気投合が早いね。

    なにか通じるもんがあるのかい、かいだけに。


かみ:おい、われを無視して盛り上がるな。


うさぎ:ああ、失敬。

    えーと、かみさん、だっけ。


かめ:違うだろう、とりさんだ。


かい:かいです。


かみ:全部違う、どれでもない。

   われは、かみだ。

   もう、ややこしいから「かみ」だけでいい。


うさぎ:なるほど、承知したよ、かみ。


かめ:それで、いったいぜんたい何の用だい、かみ。


かい:かいです。


かみ:やっぱり「さま」を付けろ。

   なめられている気がしてならん。


うさぎ:なめないよ、飴じゃあるまいし。


かめ:なめないよ、なんだか臭そうだし。


かい:かいです。


かみ:どちらにしろ態度は変わらんな。

   もう好きに呼べ。


うさぎ:かみさん。


かめ:とりさん。


かい:かいです。


かみ:かみと呼べ。

   それと、お前はこっちだ。

   一緒になって小馬鹿にするな。


かい:かいです。


うさぎ:うん、そろそろ聞いておこうか。

    なんだい、そのかいは。


かみ:さっき拾った。


かめ:付きびととかではないのかい。

   付きびとというか、付きがいか。


かみ:付きがいってなんだ。

   さっき道すがらで拾った、ただのかいだ。


うさぎ:聞くだけ無駄だったなぁ。

    それで結局、君はなんなんだい、わがままな。


かめ:かみは、わがままなもんだろう。

   そもそも、かみなんて存在自体、疑わしいがね。


かみ:今更だろう。

   それを言ったらそもそも、うさぎとかめが喋るものかよ。


うさぎ:は?


かめ:なに?


かみ:あ。


かい:かいです。


かみ:なんでもない、聞かなかったことにしてくれ。


うさぎ:なんだなんだ、さっきから意味の分からないことを。

    ぼくたちは忙しいんだ、邪魔をしないでもらいたいね。


かめ:そうだとも、これからうさぎさんと勝負なんだ。

   それで、なにをするんだったっけかな?


うさぎ:それをまだ決めてないんだよ、かめさん。


かめ:ああ、そうか。


かみ:それだ。


うさぎ:なんだい、かみさん。


かめ:まだなにかあるのかい、とりさん。


かい:かいです。


かみ:もういい、もうツッコまん。

   そのふたりの勝負、われが直々に立ち会ってやろう。


うさぎ:立ち会う?


かめ:立ち会うっていうのは、どういうことだい?


かみ:うむ、それはだな。


かい:立会人を置かずにお二方のみでこのまま勝負をなされますと、

   どちらが勝ち、どちらが負けても、その結果を証明する第三者がおりませんので、

   敗者が納得せねば、勝敗を有耶無耶にする交渉、因縁、暴力沙汰に発展しかねず、

   最悪の場合、話が拗れに拗れて殺傷事件となってしまっては目も当てられませぬ故、

   ここはどちら側にも属さぬ第三者、すなわちこの場に於けるこのとり様を立会人、兼審判として据え置き、

   公平、確実、嘘偽りも待ったも抜きの、真剣一本勝負としてはどうだろうか、

   と仰っています。


かみ:うむ、そういうことだ。

   だが、とりではない、かみだ。


かい:かいです。


うさぎ:んんんんん、えーっと?


かめ:ちょっと待ちたまえよ?

   誰だい今のは、かいさん?


かい:かいです。


うさぎ:うん、何事も無かったかのように戻ったね。


かめ:「はい」でも「いいえ」でもない「かいです」と言われても、

   理解しきれないもどかしさがあるよ。


かい:かいです。


かみ:で、どうだね。

   どうせ勝負をするのなら、恨みっこ無しのほうがいいだろう。


うさぎ:君も君で、何事も無かったかのような顔だね。

    君にこそ、説明を求めたいところではあるんだけれども。

    まあ、色々と気になることが山ほど出来てしまったのは一旦置いておいて、だ。

    なるほど、話は分かった。

    中立を建てるのは悪くない提案だな、かめさん?


かめ:うん、まあ別に、わたしたちがそれを断る理由も無い。

   わたしも色々と気になることは山ほどあるが、異論はないよ。


かみ:よろしい。

   では、早速だが中立な立場たるわれが、勝負の内容を決めてしんぜよう。

   あそこの丘の上に、赤い旗が立っているのが見えるな?


うさぎ:いつの間に。


かみ:そして、ここに白い旗を立てる。

   これらの意味するところは、すなわち……


かい:かいです。


かみ:違う。


うさぎ:なるほど、分かったよ。

    すなわち、あの赤い旗までのかけっこ、競争ということだね?

    まったく、意地の悪いかみさんもいたもんだねえ。

    ぼくたちは、うさぎとかめだよ?

    そんなのどっちが勝つかなんて、分かりきっているじゃないか。

    しかしまあ、絶対なる中立のかみさんが決めたことだ、ぼくたちはそれに従うしかない。

    いやいや悪いね、かめさん。

    どうやらこの袋の中身は全部、ぼくが頂くことになりそうだよ。


かめ:おう、おう。

   全くもって、よく喋るなぁ、うさぎさん。

   走り出す前から、余計な体力を使い過ぎじゃないのかい?

   勝手に勝敗を決めつけてもらっちゃあ困るよ、やってみないと分からないだろ?

   わたしだって、鍛えているんだからね。


かみ:闘志は互いに、十二分に煮え滾っているようでけっこう、けっこう。

   ふたりとも、準備は万端のようだな。

   なるほど、この勝負に勝ったほうが、この大袋を総取り出来る、という話か。


うさぎ:そういうこと。


かめ:早くしてくれたまえ。

   気が急いて、今にも飛んで行ってしまいそうだ。


かみ:まったく、血の気の多いやつらだな。

   それではゆくぞ、恨みっこ無しの、一本勝負だ。

   位置について、


うさぎ:………………


かめ:………………


かみ:よーい……


うさぎ:………………


かめ:………………


かい:かいです。


うさぎ:(同時に)うおおおおぉりゃぁああああ!!


かめ:(同時に)うおおおおぉりゃぁああああ!!


かみ:……どん。

   取るんじゃないよ、肝心なところを。


かい:かいです。


かめ:なんだい、「よーい、かいです」って。


かみ:われが知りたいよ。

   それでスタートするお前たちもお前たちだよ。


かい:かいです。


かみ:やかましい。

   いちいち調子を狂わせおってからに。

   ……で、お前は行かなくて良いのか、かめよ。

   うさぎは、すごい勢いで走っていったが?


かめ:何をおっしゃるかみさん、見てわからないのかい?

   正真正銘、全力疾走の真っ最中じゃないか。

   わたしの今までで一番調子がいい、これなら勝てるぞ。


かみ:勝てる、誰にだね?


かい:かいです。


かみ:違う。


かめ:それは勿論、うさぎさんにさ。

   いつもわたしを見下してくるうさぎさんに、今日こそぎゃふんと言わせてやるのさ。


かみ:ほほう。

   それはそれは見上げた根性だ、褒めてつかわす。


かめ:かみさんに褒められるとは、光栄の極みだね。

   信心深い甲斐もあったというものだ。


かみ:それで、件のうさぎさんはもうとっくに、だいぶ先まで行ってしまったが。

   勝ち目はありそうかね?


かめ:………………


かい:かいです。


かみ:それを言うなら「無いです」、だ。

   下手に意固地になっていないで、正直な気持ちを言ってみたらどうだ。


かめ:……それじゃあ、遠慮無く。

   こんなふざけた話があるかね、かみさん。


かみ:なにがだい?


かめ:こんなもの、勝負にもなるわけが無いことくらい、火を見るよりも明らかだったろう。

   かめがうさぎに走って勝とうだなんて、とりが弾丸から逃げるくらい無理難題な話だ。

   よもや、うさぎとかめの足の速さにどれだけ差があるか、知らなかったなんて言わないだろうね。


かみ:だがそれでも、その勝負を嬉々として受けたのは、他ならぬ君たちだろ?

   うさぎだけじゃない、君とて望むところといった様相だったじゃあないか。

   君自身の要らぬ負けん気が招いた、自業自得ではないのかね。

   繰り返し言っただろう、恨みっこ無しだ、と。

   われに文句をつけたとて、それはお門違い、逆恨みというやつだよ。

   君のうさぎに対する、並々ならぬ反骨精神は買うがね。

   意地だけでは、どうにもならないこともある、ということだ。


かめ:………………


かい:かいです。


かみ:まあ、それはそれとして、だ。

   かめさん、われはまだ、この勝負の説明を、最後までしていなくてな。

   というより、する暇も与えてもらえなかった、と言ったほうが正しいか。


かめ:……それがどうしたんだい。


かみ:まぁまぁ、そうやさぐれていないで、一所懸命走りながら聞きたまえよ。

   いいかい、ここに白い旗があり、向こうに赤い旗があるね?

   この勝負の為に、われが立てた目印だ。

   実に分かりやすい。


かめ:ああそうだね、見れば分かるよ。

   もううさぎさんは、赤い旗に手が届く頃合いかもね。

   それがなんだい。


かみ:では、われは、白の旗と赤の旗、

   どっちがスタートで、どっちがゴールだと言ったかね?


かめ:……なんだって?


かみ:ここに白い旗があるね、では、これはスタート地点?

   向こうに赤い旗があるね、ならば、あれはゴール地点?

   誰がいつ言ったかね、そんなこと。

   否。

   誰も言っていないし、われも、そんな説明はしていない。

   君たちは話も聞かないまま、勝手にあれがゴールだと思い込んで、

   意気揚々と一心不乱に目指しているようだが、

   それが大変な、根本的な勘違いだったとしたなら、いったいどうするつもりかね。

   ……そう、例えば本当は、


かい:あの赤い旗は、なんとなくあそこに刺しただけで、この勝負に於いては何の意味も持たない。

   ここにあるこの白い旗こそが、スタートであり、またゴールでもある。


かみ:とかね。

   取るんじゃないよ、いいところを。


かい:かいです。


かめ:……それじゃあ。


かみ:さぁ、大変だ大変だ、戻れ戻れ。

   かみの話をちゃんと聞かないからそうなるんだぞ、うさぎとかめよ。

   この世界では、騙されたほうがバカを見るんだ。


かめ:……っ!

   うおおおおぉりゃぁああああ!!


かみ:おおそうだ、頑張れ頑張れ。

   われはこれから、向こうのもうひとりのおバカさんにも、改めてきちんと説明してくるのでな。

   ゴールしたら、その旗を手にとって、遠くからでも見えるように、大袈裟に振ってくれたまえ。


かめ:あっ、待ってくれ、とりさん!


かみ:かみだって言ってるだろ、何回言わせる。

   なんだい。


かめ:君は、どうしてわざわざ、こんなことを。


かみ:さあねぇ。

   単なる気まぐれだよ、気まぐれ。


かめ:気まぐれ……


かみ:……まあ、それっぽい理由をつけるなら、だ。

   たびたび何かにつけて、うさぎさんに意地悪されているかめさんを、助けてみたくなった、とか。

   たびたび何かにつけて、かめさんに意地悪しているうさぎさんに、痛い目を見せてみたくなった、とか。

   そんな、バカみたいな話だよ、きっとね。


かめ:……ありがとう。


かみ:礼を言われる筋合いは無いさ。

   所詮は単なる気まぐれ、ほんの出来心ぽっちなもんだ。

   それじゃ、また後でな。

   行くぞ、かいさん。

   バカなうさぎの、驚く顔が楽しみだ。

   きっと、天地がひっくり返るくらいに仰天するぞ、いい気味だ。


かい:かいです。



(間)



かみ:かくかく、しかじか。


かい:かいです、かいです。


うさぎ:そんな、バカな!!


かみ:バカは君だろう。

   マヌケ面下げて、のん気に寝てる場合じゃないよ。

   なんだい、かめさんごとき、寝ても勝てるって思っていたのかい?


うさぎ:それは……だって!


かみ:だってもあさってもあるもんかね。

   かめさんにも言ったが、われはきちんと、説明しようとしたぞ。

   それを聞こうともせず、かってに勘違いしたのは君たちのほうじゃないか。

   君が認めたくなかろうが、その結果が、この有様だ。


うさぎ:………………


かみ:まあまあ、今回は諦めたまえよ。

   あの大袋の中身なんて、ニンジンと魚と、それっくらいなものだろう?

   安いもんじゃないか、命まで賭けていたわけじゃあるまいし。


かい:かいです。


かみ:かいは入っていなかっただろうよ。


うさぎ:……そういう問題じゃ、ないんだよ。


かみ:ん?


うさぎ:君が言った通りさ。

    かめさん……いや、かめごとき、どんな勝負をしたって、うさぎのぼくに勝てるはずが無いんだよ。

    当たり前だよな。

    あんなノロマ、ぼくに一生バカにされながら生きていくのがお似合いな、情けない生きものさ。

    それなのによりにもよって、かけっこで、うさぎがかめに負けたなんて言いふらされてごらんよ。

    恥ずかしくって外なんて、出歩けたもんじゃない。

    明日からうさぎ仲間に、どんな顔をして会えばいいんだよ。


かみ:さあねえ、知ったことじゃないよ、そんなことは。

   それもこれも全部君が、バカだったせいじゃないか。


うさぎ:なんだと、もういっかい言ってみろよ。


かみ:ああいいとも、何度でも言い直してあげるともさ。

   バカな君は、勝手にバカな勘違いをしたせいで、あんなノロマで情けない生きものに、

   よりにもよってかけっこで負けてしまう、バカなうさぎだ。

   どうぞ明日からは、うさぎ仲間を含めたみんなにバカにされながら、生きていけばいいんじゃないかね?

   「どうしてそんなにのろいのか」ってな具合にさ。


うさぎ:お前!

    ……なんだ、あれは。


かみ:ああほら、かめさんがあんなに誇らしげに、旗を振っているよ。

   これで、しっかり勝負は決まってしまったね。


うさぎ:くっ……あいつ……!!


かみ:あー、ときにうさぎさん。


うさぎ:なんだよ!


かみ:まぁまぁ、そういらいらしなさんなよ。

   たかが、「かめよりノロマ」、の烙印を押されてしまったくらいでさ。

   この大袋、まだ結構、色々入りそうだよねえ。

   例えばほら、何があるかい?


かい:かいです。


かみ:違う、違う。


うさぎ:なに……なんだよ。


かみ:まずは、手頃なうさぎを、1匹。

   ………………

   よし、と。

   さて、では戻ろうか、かいさん。

   きっとかめさんも、待ちくたびれているに違いないからね。

   はやく迎えに行ってやらねば。


かい:かいです。



(間)



かみ:いやいや、お待たせ。

   お疲れ様だったね、かめさん。


かめ:やったよ、うさぎさんに勝ったよ。

   生まれて初めてだよ、こんなに嬉しい気持ちでいっぱいなのは。


かみ:うんうん、それはよかったよかった。

   それでこそ、われも策を弄した甲斐があったというものだ。


かめ:あれ、うさぎさんは?


かみ:ああ、うさぎさんはね。

   謀られたのがよほど気に入らなかったのか、カンカンに怒って帰ってしまったよ。

   これしきの小競り合いで、短気なことだね。


かめ:そうか……

   なんだか、少しだけ、悪いことをしてしまったかな。

   後で、謝りに行ったほうが良いだろうか。


かみ:気にしない、気にしない。

   どうせ、すぐにまた会うことになるからさ。


かめ:え?


かみ:……あー、しかし、甲羅はいらないねえ。

   見るからに堅そうだし、食べてもあんまり、美味しくはなさそうだ。

   ちょっとだけ、ほぐしてから入れようか。


かめ:食べる……ほぐす……?

   何の話を、してるんだい、かみさん?

   その袋、さっきよりもずいぶん中身が増えていないか?


かみ:なんの、って。

   おかしなことを問うね、君は。

   君はさっき、旗を振っていただろ?

   白いやつを、大袈裟にさ。


かめ:そうだよ。

   君が、そうしろって言ったんだろ?


かみ:それはつまり、

   「まいりました」、「これからどうなってもいいですよ」、

   「好きにしてください」、ってことだろ?

   白い旗を、振ったってことは。


かめ:は?


かみ:だから、そのお望み通り、好きにするのさ。

   大袋にはまだまだ、色々入りそうだからね。

   例えばほら、何があるかい?


かい:かいです。


かみ:違う、違う。


かめ:とりさん、あんた、まさか……!


かみ:そして、手頃なかめを、1匹。


かい:………………



(間)



かみ:いやいや全く、面白いほどうまくいった、うまくいった。

   バカは簡単に騙されるから、なにも面倒がなくて実にいい。

   おかげさんで今日の鍋は、とびきり贅沢なシロモノになりそうだ。

   なにせ、ニンジンとか、魚とか……ありゃ、ありゃりゃ。

   かめはちょいと、強くほぐし過ぎたかな、崩れちまってる。

   まあいいや、どのみち煮込めば一緒だろう。

   えーと、うさぎとか、目とか、身とか……

   で、あとは。


かい:かいです。


かみ:そうそう、貝とか。

   よりどりみどりじゃあないか、今からヨダレが止まらないね。

   ……ああ、でもしまった。

   具がこんなに充実しているのに、それに見合うスープが無いな。

   今から手頃な何かを探すのも、面倒臭いしなあ。


かい:それでは、とりがらスープ、なんてどうですか?


かみ:ああ、いいねそれ、名案だ。

   そうしたらば、今日の夕飯の献立は決まったなあ。

   ……って、んん?

   とりがらスープって、おいおい、なにバカ言ってるんだ。

   それじゃわれも、鍋の中じゃないか。

   ん、え?

   誰の声だ、今の?


かい:かみです。


かみ:かい?


かい:かみです。


かみ:……は、かみ?

   かみって、神?

   もしかして、これの中から喋ってるのかい?


かい:いかにも。

   私は、この貝を憑代とする神の一柱。

   神を騙り、弱きを騙す、愚かな鳥よ。

   あなたにこれより、黄泉の国への審判を下します。


かみ:へ?

   よみのくにって……え?

   なんだそれ、なにかの冗談?

   ……あ、これはあれかな、夢かな?


かい:現実逃避はおやめなさい。

   冗談や夢などではありません。

   あなたの行い、あなたの罪は、全て、すぐ近くで見ていました。

   2匹の罪無き命を、自らの欲望のままに陥れ、死に至らしめた罪は重い。

   あなたをこれより、地獄送りとします。

   己の罪を、灼熱の海の中で、懺悔し続けなさい。


かみ:そ、そんなバカな話があるか!

   だいたい、神なんてものがいるわけない!

   おちょくるのもいい加減にしろよ!!


かい:騙されるほうがバカを見る、のでしょう?

   そもそも、貝が喋るものですか。

   あなたの軽はずみな言葉も全て、あなたを戒める火種となるのです。


かみ:そ、そんな!

   違う、われはほんの気まぐれで、出来心で……!

   っ!!?

   あぢッ、あづづづづづ!!!

   んな、なんだこのバカでかい鍋、どこから!!


うさぎ:……ァァア……アアアァァア……!


かめ:……アツイ……アツイ、アツイ……!


かみ:ひっ!!?


うさぎ:……ヨクモ……ヨクモ、ダマシタ、ダマシタ……!!


かめ:……ユルサヌ……ユルサヌ……ユルサヌ……!!


かみ:や、やめろ!

   はなせっ、はなせえ!!

   たっ、たすけて神様、助けて!!!


かい:心配はいりません。

   あなたたちの命は、全てひとつに混ざり合い、大地へと還るのです。

   どうぞ安心して、仲睦まじくスープの中へ、溶けていくと良いでしょう。


かみ:そ、そんな!

   嫌だ、こんな死に方は嫌だ!!

   出してくれ、助けてくれ!!


うさぎ:アアァアアアァ!!


かめ:アアァアアアァ!!


かみ:い、嫌だ、やめっ、助け……!

   ぎっ、ギャアァアアァアアア!!!


かい:では、いただきます。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━