ある日、仄暗い木漏れ日の下で

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(役表)

リト♀:

母/N♀:

狼A♂:

狼B♀:

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母:リトー、リトー?

  ……もう、やっぱりまだ寝てる。

  ほらリト、早く起きなさい。


リト:んー……あと30分……


母:……はあ、全くもう。

  そんなこと言ってないで、早く起きなさいったら。

  今日は、おばあちゃんの家に行く日でしょ。

  楽しみにしてたんじゃないの?


リト:……んぁ、ぁああっ!!

   そうだった、すっかり忘れてた!

   お母さん、今何時!?


母:ほんと、おばあちゃんの名前を出すと、面白いくらい簡単に起きるのね。

  もう8時半よ。

  早く朝ごはん食べて支度しなきゃ、おばあちゃん、待ちくたびれちゃうわよ。


リト:う、うん!


N:リト。

  そう呼ばれたこの少女が、今回の主人公です。

  今よりも、ほんの少し昔のお話。

  あるところに、赤い屋根の小さな家が、ぽつりと建っていました。

  そこに住んでいる女の子・リトは、お母さんと、猟師のお父さんとの3人暮らし。

  今日は、リトが大好きな、おばあさんの家に遊びに行く日。

  リトは楽しみで楽しみで、一日前から、いてもたってもいられず、夜更ししてしまっていたのでした。


リト:ごちそうさま!


母:リト、急ぎたい気持ちはわかるけど、もっとよく噛んで食べなさい。


リト:はーい。

   あ、お母さん、私の髪留めってどこ?


母:今付けてあげるわよ。

  ほら、じっとして。


リト:あ、うん。


母:ついでに、髪も結ってあげるわ。

  いつもと一緒でいい?


リト:うん、三つ編みがいい!


母:おばあちゃんに「可愛い」って言われてから、ずっと三つ編みだものね。


リト:えへへ。


母:……さ、じゃあ、行きましょうか。


リト:うん!


N:リトは、家を出る前も、出てからも、ずうっとニコニコしていました。

  おばあさんに会えるのは、月に一度。

  それだけでも、リトにとっては、もっともっと長い間、会えていないように感じていました。

  家を出発して、しばらく歩いてから、リトは違和感に気付きました。

  おばあさんの家に向かっているはずなのに、いつも通っている道、ではない気がしたのです。


リト:……ねえ、お母さん、どこに向かってるの?


母:え?

  どこって、おばあちゃんのお家じゃない。


リト:でも、いつもと道、違わない?


母:……ええ、今日はいつもより、ちょっと出発が遅れちゃったからね。

  少しだけ、近道してるの。


リト:なぁんだ、それなら安心した。


N:近道。

  2人が通っているその道は、少し薄暗い、森の中でした。

  そこは、夜になるとお化けや狼が出て、道に迷った人を食べてしまう。

  そんな怖い言い伝えがありましたが、リトは、この時はそれを、まだ忘れており、

  今、自分が歩いている場所が、まさにそうであることにも、気が付いてはいませんでした。


  お母さんとリトが森の中を歩いているとき、ちょうどそのすぐ近くを移動する、2つの影がありました。

  お互いがお互いに、気づいてはいませんでしたが、耳を澄ませば、足音が聞こえるほどの距離でした。


狼A:あー……腹減ったぁ……

   ここ最近、全然メシにありつけてないから、そろそろぶっ倒れそうだ……


狼B:……ねえ、ちょっと思ったんだけどさ。


狼A:なんだよ。


狼B:キノコ、ってさ、どんな味がするんだろうなって。


狼A:……どうした。

   腹が減りすぎて、ついに頭おかしくなったか?


狼B:だってさぁ、実際肉が欲しいったって、まともな獲物見当たらないじゃんか。

   だからさ、新天地開拓っていうか?


狼A:やめとけ。

   毒があるやつとか、中にはあるらしいぞ。


狼B:知ってるよ。

   でもさすがに、死ぬほどの物は無いでしょ……


狼A:そういう問題じゃねえよ、いいからやめとけって。


狼B:でも、とにかくお腹ペコペコで……


狼A:それは俺だって一緒だっつの。

   我慢しろよ、無駄口叩くだけ、余計に腹減るぞ。


狼B:……ん?


狼A:どした?


狼B:(小声)

   人間がいる。


狼A:はあ?

   ……あ、ほんとだ。


狼B:(小声)

   どうする?

   女子供だけど、いきなり襲っちゃう?


狼A:(小声)

   いや、ひとまず様子見とこう。


母:……あ、いけない!


リト:どうしたの?


母:お母さん、ちょっと忘れ物しちゃった!

  リト、すぐ戻ってくるから、ここで待っててくれる?


リト:え、それなら一緒に……


母:大丈夫、ほんとにすぐ戻ってくるから!

  ここで良い子にして待ってるのよ、ごめんね!


リト:あ、お母さん!?


N:リトが止める声も届かず、お母さんは、その場から立ち去ってしまいました。

  森が静かにざわめく中、ぽつりと佇む、か弱いリト。

  その一部始終を見ていた狼たちが、そんな絶好の機会を、逃すわけがありません。

  しばらく様子を窺っていた狼たちでしたが、やがて、1匹は見張りにつき、

  もう1匹が、リトへと忍び寄っていきました。

  ……しかし、狼は気が緩んでいたのか、足音を隠しきれていません。

  音に気がつき、リトは、狼が隠れる茂みへと、顔を向けました。


リト:……あっ、お母さん?

   戻ってきたの?


狼A:(M)

   う、しまった、気付かれたか……

   どうしよう、力尽くで押さえ込むか……?


リト:……?

   お母さん?


狼A:(M)

   ……あれ、気付かれてない……?

   いや、でもこの子、完全にこっち向いてるよな?

   あれ、目が悪くて見えてないのか?


リト:……お母さんじゃないの?

   だぁれ?


狼A:(M)

   ……こっちは見てるけど、まだ狼だとはバレてないっぽいな……

   よし、それなら…… 

   (咳払い)

   やぁ、お嬢さん!

   こんなところで、なにをしてるんだい?


狼B:ん!?


リト:えっ、あなた、誰?

   誰の声?


狼A:俺……じゃないや、ボクは、……えーっと……

   この森に住んでいる、妖精だよ!


狼B:えっ、妖精?

   は、え?

   あいつは今、何をしてんの?


リト:妖精、さん?

   ……すごい、ほんとにいたのね!

   絵本の中の世界にしかいないと思ってた!


狼A:(M)

   信じちゃったァーッ!!

   マジかよ!?

 

狼A:(妖精)

   そっ、そうだよ、ほんとにいたんだよ!

   それで、……えーっとなんだっけ……

   あ、そうだ。

   こんなところで、独りでなにをしているのかな?


リト:それが、おばあちゃんのお家に向かってる途中だったんだけどね、

   お母さんが、忘れ物をしちゃったらしくって、今取りに帰ってるから、戻ってくるまで待ってるの。


狼B:……おばあちゃんの家?

   ああ、もしかしてこの先にあるちっちゃい家の……


狼A:(小声)

   シーッ!!

   お前、ちょっと黙ってろ!

   っていうか、見張りしてろちゃんと!


リト:え?

   今、違う声が聞こえたような……


狼A:(妖精)

   えっ、そ、そう!?

   気のせいじゃないかなあ!

   あーっと、それより、ホラ!

   こんな所に独りでいたら、悪い狼とかに襲われて、危険だからさ。

   ボクが、その家まで案内してあげるよ!


狼B:ねえ、ちょっと待ってって。

   あそこって確か、


狼A:(小声)

   だァから、黙ってろって言ってんだろ!

   メシが増える分には構わねえだろ?


狼B:(小声)

   いや、そりゃそうなんだけどさ、そうじゃなくて……


狼A:(小声)

   じゃあ、大人しくしてろって。

   こっちにはちゃんと、作戦ってモンがあるんだよ。


リト:でも、お母さんにここにいろって言われたし……


狼A:(妖精)

   大丈夫大丈夫。

   後からちゃんと、キミのお母さんも案内するからさ。

   その……仲間の、妖精が。


狼B:え、私もそれやんの?

   嘘でしょ?


リト:うーん……

   ……うん、わかった。

   じゃあ、お願いね、妖精さん。


狼A:(M)

   あー、いろいろ誤魔化す為とはいえ、なんでよりにもよって、妖精とか言ったんだろ、俺……

   しばらくこれ続けなきゃならんのか……しんど……


リト:……あ、そうだ。

   ねえ、妖精さん。


狼A:(妖精)

   んぬぇッ、あっ、なんだいっ!?


リト:手、繋いでいってくれない?


狼A:え、ぇえ!?


リト:……ダメ?


狼A:(妖精)

   いや、ダメとかじゃないんだけど、なんかこう……

   ……まあ、いいや、分かったよ。

   ほら、これでいいかな?


リト:うん、ありがとう。

   ……妖精さんの手ってなんだか、もこもこしてるのね。


狼A:おっほッ、んんーっ、うん、まあね!

   ひと口に妖精とは言っても、いろんなのがいるからねっ!


リト:へぇ~……不思議ー。


狼A:(M)

   ふぅー……抜けてる子でよかったあ……

   いや、でもここまで来ると、逆にすごいな……

   なんなんだ、この子……狼を知らんのか……?


N:そうこうしている間に、妖精、もとい狼と、

  狼、もとい妖精と手を繋いでいた、リトの2人……又は、1匹と1人は。

  森の奥にひっそりと建つ、おばあさんの家に着きました。

  狼にとっては、ごちそうの在り処。

  リトにとっては、大好きな、おばあさんの家です。

  ……しかし、おかしなことが。

  妖精、ではないほうの狼が、先に家の中を調べましたが、どこを探しても誰もおらず、

  置いてある家具は、どれも傷んでいて、家自体がずいぶんと長い間、放置されていたようでした。

  それでも、そんな事は知らないリトはいつものように、家の前に立って、

  玄関の戸を叩き、おばあさんを呼びます。


リト:おばあちゃーん、開ーけーてー。

   おばーちゃーんっ?


狼A:おい、ほんとにここで合ってんのか?

   明らかに、人間なんて住んでなさそうじゃねえか。


狼B:だから、何回も言っ……てはいないけど、言いかけたでしょ!

   ここはずいぶん前から、もうずっとこんななの!

   いくらなんでも、こんなとこに年寄りなんて、住んでないでしょって。

   あ、それよか、もう妖精じゃなくていいの?


狼A:妖精の役は、少しでもあの子を油断させるための芝居だっての!

   いや、正直自分でもどうかと思ったけども!

   ……しっかしまあ、あんな世間知らずな子もいるんだなあ。

   姿を見ても、狼だって分かんねえもんなのかな。


狼B:そうだねえ。

   いっそもう、そのまま本当に妖精になればいいじゃん。


狼A:嫌だよ!!


狼B:冗談だって。

   それよりさ、結局あの子、どうすんの?

   あの様子じゃ、ほっといたら日が暮れるまでやってるよ。


狼A:確かに……

   チンタラしてたら、親御さんが追いついてくるかもしれねえもんな……

   ……よし!!


狼B:お、妖精さん、なにか思いついた?


狼A:だから、それやめろっつってんだろ!

   お前、あの子のおばあさんの役やれ。


狼B:はぁ!?

   なんであたしが!?

   ていうか、なんでそんなことする必要あんのさ!?

   ここまで攫って来たんだから、もう後ろから「ガブッ!!」、でいいじゃんか!!


狼A:声がでかいんだよ、聞こえたらどうすんだ!!

   念には念を、ってやつだよ。

   外より中のほうが、悲鳴も響かなくていいだろうが。

   ここいらだって、まともな人間は近づかなくても、猟師とかはわかんねえだろ。


狼B:まあ……一理あるけどさあ……

   毎度のことだけど、ほんと回りくどいよね。

   余計な手間ばっかりかけるから、いつも食いっぱぐれるんだよ。


狼A:ほっとけ!

   いいだろ、一口目はお前に譲ってやるから。


狼B:うー……そこまで言われちゃあ、断れないけどさ……

   ……わかったよ、やりゃいいんでしょ。

   でも、どうやってやるのさ、婆さんの服でも着てろって?


狼A:布団に潜ってでもいりゃ大丈夫だろ。

   なんでそんな事してるのかって、いちいち気にする子でも無さそうだ。


狼B:あー……はいはい、わかったわかった。

   じゃあ、外の見張りは任せるから、何かあったら合図して。


狼A:はいはい。


リト:ねえ、妖精さん。


狼A:ん?


リト:おばあちゃん、いないのかなぁ。


狼A:(妖精)

   どうだろうねえ。

   とりあえず、入ってみたら?

   鍵は開いてるみたいだし。


リト:あ、ほんとだ。


狼A:(妖精)

   僕はそろそろ、森に帰らないといけないから、これで失礼するよ。

   君のお母さんも、後で連れてくるから。


リト:うん、ありがとう!


狼A:(妖精)

   それじゃあねー。

 

   ……ハァ……疲れた。

   今までで一番、変な意味で疲れた……

   それにしても、あの子の母親は、一体どこで何してんだ?

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N:妖精を演じきったオスの狼は、見張りをするためにそこから立ち去り、

  おばあさんの役を任されたメスの狼は、ベッドに寝転がると、

  その体をすっぽりと布団で覆い、リトが来るのを待ちました。

  使い古されているからか、布団にはところどころ穴があり、ほつれ糸だらけでしたが、

  しばらくは、我慢するしかありませんでした。


狼B:うへえ……汚いなぁ本当に。

   変なにおいまでするし、やだやだ……


リト:おばあちゃーん?

   どこにいるのー?


狼B:はいはい、こっちだよぉ。

   ……婆さんの役ってなんなのよ……どうやればいいんだろ……


リト:えっと……こっち……かな?

   おばあちゃん?


狼B:(老婆)

   ああ、よく来たねぇ、えぇっとぉ……

 

狼B:(M)

   しまったぁああ!

   名前聞いてなかった!!


リト:もう、おばあちゃんったら、また私の名前忘れちゃったの?

   リトよ、リ・ト。


狼B:(老婆)

   あ、あーぁ、そうだったねぇ。

   ごめんよ、リト。


リト:いいのいいの。

   これ、お土産ね。

   おいしいリンゴがたくさん取れたから、おすそわけ。


狼B:(老婆)

   ああ、どうもありがとうねぇ。

   ……でも今は、リンゴよりもむしろ、お前のほうが……


リト:え、なぁに?


狼B:(老婆)

   あぁいやいやいや、なんでもないよぉ。


リト:そう?


狼B:(老婆)

   そうだよ、なんでもないなんでもない。


リト:ふーん、変なの。


狼B:(M)

   ……今か、いや、まだかぁ……!?

   どのタイミングで、どこからガブッといく……?


リト:……ねえ、おばあちゃん。


狼B:(老婆)

   んおぅッ!?

   なん、なんだい?


リト:今日のおばあちゃん、なんだかおかしくなーい?


狼B:(老婆)

   えぇっ!?

   ふっ、どぉ、そ、そそ、そんなことないよぉ?


リト:なんだかいつもより、声がしゃがれてる気がするし……


狼B:(老婆)

   あー……か、風邪気味だからかねえ。


リト:それに、すごく声がこもってるよ?


狼B:(老婆)

   布団に潜ってるからねえ。


リト:それに、なんだかすごくよそよそしいし……


狼B:(老婆)

   それはー……えっと……

   久し振りの来客だからかねえ……


リト:それに……


狼B:(M)

   まだあるの……?


リト:なんだか、ふわふわしたものが私の足に……


狼B:(M)

   ふ、ふわふわしたもの……なにそれ……?

   ええ、と……あああぁあっ!?

   尻尾隠し忘れてたぁ!!


リト:ねぇおばあちゃん、これなぁに?


狼B:(老婆)

   それはー、えっとぉ……ええっと……

   あ~~……

   ……~~んもー!!

   駄目だもぉー、めんどくさーい!!


リト:えっ、お、おばあちゃん?


N:ついに、狼は布団から飛び出しました。

  もともと、空腹で気が立っていたからか、半ば八つ当たり的に暴れ、

  それに合わせて、ベッドも床も、ぎぃぎぃと大きな音を立てて軋みました。

  一方、リトは、まるで状況が理解できず、呆然としてしまい、その場から全く動けずにいました。


狼B:なァんであたしが、こんな茶番劇に付き合わなきゃなんないんだ、アホらしい!

   あいつの言うことなんか無視して、さっさと食えば良かっただけの話じゃん!

   もぉ~……あたしのバカ、バーカ!!


リト:お、おばあちゃん?

   どうしたの!?


狼B:ハァー……

   いいこと? お嬢ちゃん。

   あたしはね、あなたのおばあちゃんなんかじゃないの。

   狼なのよ。

   それも、とぉ~ってもお腹が空いてる、かわいそぉ~な狼なの、分かる?


リト:え……

   それじゃあ、おばあちゃんは……?


狼B:さぁねえ。

   そんな人はここにはいないし、あたしは、なぁんにも知らないよ。

   ……それよりか、今は自分の心配したほうがいいんじゃないかなぁ?

   これからあなたは、あたしに食べられちゃうんだからさ。


リト:……ど、どうして……?


狼B:どうしてって。

   おかしなことを聞く子だね、さっきも言ったでしょ?

   あたしは、お腹がペッコペコなの。

   だぁ、かぁ、らぁ……

   いっただっきまーーーーす!!


N:と、狼が大きく口を開け、リトに頭からかぶりつこうとした瞬間。

  家の扉が勢いよく開く音が、家中に響き渡り、

  それとほぼ同時に、裏口から見張りをしていたもう一匹の狼も、部屋に飛び込んできました。


狼B:……ぁえ?


母:リト、リトー!!

  ここにいるのー!?

  いたら返事してー!!


狼B:げっ!!


リト:あ、お母さん!


狼B:あーもー、なんて最悪なタイミング……!


狼A:おい、何してる!

   さっさと逃げるぞ!!


狼B:あ、ちょっと!

   もうちょっとで食べれるとこだったのに!!


狼A:あの子の母親が、猟師も一緒に連れてきてんだよ!

   死にたくなかったら、さっさと来いって!!


狼B:あー、もぉー!!

   結局こーなんのぉ!?

   ちょっと待ってよ、置いてくなー!!


N:慌てふためきながら、嵐のように、狼2匹は逃げ去っていきました。

  リトは、お母さんが部屋に飛び込んでくるまで、目まぐるしい展開についていけず、

  その場に座り込んだまま、ずっと上の空になってしまっていました。


リト:………………


母:リト、大丈夫!?

  怪我はない?

  なにもされてない!?


リト:う、うん、平気……

   ……それより、お母さん……ここ、本当におばあちゃんの家?

   おばあちゃんは、どこ?


母:っ……ごめんなさい。


リト:……?

   どうして、お母さんが謝るの?


母:ごめんなさい……ごめんなさい……

  リト……ごめんね……!


リト:……お母さん……?


N:お母さんは理由も言わず、ただいつまでも、リトを抱き締めて、泣きながら謝り続けました。

  いつまでも、いつまでも。

  古びた静かな部屋に、お母さんの悲しい声だけが、反響し続けました。

  後に、リトに話されたのは、「森の妖精さん」が案内した家は、

  やはり、おばあさんの家ではなかった、ということだけ。

  それ以上のことは、何度聞いても、


母:……ごめんなさい。

  お母さんの心の整理がついたら、ちゃんと、話すから。


N:と、誤魔化されるだけで。

  リトは、真実を知れずじまいでした。

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狼B:あーあ。

   結局、無駄な体力使っただけで、得たものはなにも無しかあ。


狼A:さっさと食えばよかったじゃねーか。

   一口目譲るって言ったろ?


狼B:あんたがばあさんのフリしろって言ったんでしょ!?


狼A:なんで律儀にやったんだよ、お前らしくもない。


狼B:……なんだろ、今すごく、理不尽なこと言われてる気がする。


狼A:それよりさあ、ちょっと俺、ずっと気になってたんだけど……


狼B:なにが?


狼A:あの女の子ってさ。

   なんで、俺らが狼だって分かんなかったのかな。


狼B:知らないよ、そんなの。

   狼を見たことが無かったんじゃないの?


狼A:それに、あの子の母親もなぁ……

   なーんか、違和感があるっていうか、いろいろ引っ掛かるんだよな。


狼B:どーでもいいよ、あたしは。

   そんなこと、あたしらが気にしたところで、どうしようもないし。


狼A:……それもそうか。

   で、これからどうする。

   ほんとにトチ狂って、きのこでも食い漁ってみるか?


狼B:いや、今はまた、別のこと考えてるんだ。


狼A:なに。


狼B:狼の肉ってさ、美味いのかなーって。


狼A:……は?


狼B:元を正せば、今回の失敗は、全部あんたのせいでしょ!

   ちょっとあんた、味見させなさいよ!!


狼A:はぁ!?

   ふざけんな!!

   やめろ、来んな!

   お前も狼なんだから、自分を食えばいいだろ!

   たぶん味一緒だって!!


狼B:どこの世界に、好き好んで自分を食うやつがいんの!

   あんたの肉がいいのよ、あんた以外いらない!!


狼A:そういう意味で使う言葉じゃねえだろそれ!

   全然嬉しくねえ!

   寄るな、触るな、撫でるな、嗅ぐな!!

   付き合ってらんねえ!

   俺は帰る!!


狼B:あ、ちょっと!

   逃げんなこらー!!

   向こう1週間のメシー!!


狼A:来んな!!


N:こうして、今日もまた食いはぐれた2匹の狼は、

  まだ少し木漏れ日の射している、仄暗い森の中へと消えて行きました。

  彼らがこのあとどうなったかは、誰も知りませんが、

  その日のリトの日記には、狼の描写は無く、

  森の妖精と出会った、という不思議な体験談が、不慣れな文字で、綴られていたそうな。

 

  おしまい。


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