PoS(ピー・オー・エス)
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(役表)
男♂:
女♀:
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男:(M)
僕は、ふと考える。
光が射せば、影が差す、ならば。
1つの仮面を被った誰かが居たのなら、
1つも仮面を被れなかった誰かが居る、
ならば。
光に射され、影を差しているのは、誰なのか。
仮面を被る事を、元より拒み、己のままを晒さんとしているのは、
何者だと言うのか。
僕はそれらを、「オリジナル」と仮称し……
……暫し、眺めてみることにした。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
女:それにしても、意外でした。
男:ん、何が?
女:タロウさんって、実在したんだなって。
男:はは。
なにそれ、どういう意味?
女:いや、こう言っちゃなんですけど、出会い系サイトってみんな、ある程度自分の設定盛るじゃないですか。
職業とか、年齢とか、身長体重、年収なんかも。
やっぱり、第一印象は良く見られたいから。
男:らしいね。
……ああ、僕もそうだろうって思ってた?
女:そりゃ正直、他の人もみんな、そう感じてると思いますよ。
まだ全然若いのに、年収数千万の起業家で、顔も良し、スタイルも良しで、家事も出来るとか。
運営が客寄せの為に作ったサクラだとしても、
もっとリアリティ持たせるよねーって、友達と笑ってましたもん。
男:それは心外だな、事実しか書いてないんだけど。
女:事実は小説よりも奇なり、ってやつですかね?
……あ、じゃあ、タロウって登録名も、もしかして。
男:うん、本名だよ。
女:はぁー。
今時本当にいるんですね、その名前。
男:まあ、確かに珍しいかもね。
ミユキさんは違うの?
女:ええ、まあ……
本名より、こっちの方が馴染み深いんですよ。
男:というと?
女:いえ、大した理由じゃないですよ。
私、職業を接客業としか書いてなかったじゃないですか。
男:そうだね。
それと何か関係が?
女:キャバクラ務めなんです、私。
で、そこでの源氏名が、ミユキ。
仕事以外で人とあんまり関わらないから、本名より、そっちでの呼ばれ方の方が多くって。
男:へえ。
じゃあ、本名は、気を許した相手にだけ教えるわけだ。
女:あはは。
別に、そこまでのこだわりは無いですよ。
ただ、サイトでの名前と本名、両方教えたりすると、ややこしいじゃないですか。
だから、少なくとも今は、ミユキで良いです。
男:オーケイ。
……で、少し気になったんだけど。
女:はい?
男:店でも、そんな感じ?
女:何がですか?
男:いや、何と言うか。
敬語が不慣れというか、ぎこちないからさ。
無理して作って喋ってないかなって。
女:あー……
やっぱり、分かります?
男:何となく、だけどね。
勘違いだったら謝るよ。
女:……まあ、正解ですよ。
ですけど、今は、キャバ嬢と客っていう立場で会ってるわけじゃないし、
やっぱり初対面だし、何より、歳上の人だし。
流石に、そういう分別くらいは付けますよ。
男:成程ね。
まあ、それが苦じゃないなら良いんだ。
過度に緊張させてるのかなって、気になっちゃってさ。
ごめんね、変な事言って。
女:いえ、とんでもない。
フランクな感じの方が、好みなんですか?
男:どちらかと言えばね。
敬語ってどうしても、距離を置かれてるように感じるから。
そっちの方が話しやすいなら、そうしてくれた方が良い。
だからと言って、全く知らない人からいきなりタメ口を使われるのは、それはそれで嫌だけど。
女:あはは。
それは、誰だって嫌だと思いますよ。
……えーと、じゃあ。
そう言うなら、せっかくだから、普段の感じで話すけど。
嫌だったら言ってね。
男:ああ、良いとも。
女:それで、あの……
タロウさんは、どうして私を、OKしてくれたの?
男:どうしてって?
女:いや、確かに誘ったのは私からだけど、
あなたのプロフィールが全部、本当に書いてあった通りなら、
色んな意味で、身の丈に合ってないんじゃないかな、って。
男:それは、僕が決める事さ。
それに、経歴や年収なんて、こと人間関係の相性を測る上では、何ら役に立たない。
確かに、普通よりかは出会いの機会に恵まれる事は出来るだろうけど、言ってしまえばそれだけだ。
むしろ、恵まれてしまう事によって、見え過ぎてしまうからこそ、無意識のうちに盲目になってしまう。
そんな風に思っていたんだ。
女:はあ。
男:……まあ、質問の答えにはなってないよね、今のは。
なんていうか、興味があったんだよ、単純に。
女:興味……
男:そう。
君は職業柄、人と話すのが仕事だろ?
女:ええ、まあ。
男:勿論、僕もビジネスの一環として人と話す事はよくあるけど、
あくまでそれは、ビジネスの域を出ない、社交辞令と上辺で雑に塗り固められた、粘土細工みたいな物だ。
でも、君達の相手は、僕と同じような人種の場合もあれば、
或いはもっと稀有で、普通に生きていたんじゃ、まず出会う事の無いようなタイプの人だっているだろう。
そんな、無限に等しい多種多様な人間達と、
ある意味、裏表の無い付き合いを毎日積み重ねている人間が、
果たしてどんな価値観を持っていて、何に飢え、そして何を求めているのか。
そういうのを存分に、聴いてみたかった。
女:……変わってるね。
男:そう?
女:そうだよ。
なんていうか、そもそも出会い系の使い方自体がズレてる感じ。
男:そうかな。
出会い系を介するからといって、
「須らく惚れた腫れたの関係に発展しなければならない」、なんて決まりは無いじゃないか。
僕は文字通り、「出会い」を求めただけの事だ。
確かに、一般的な用途からはズレてるかもしれないけど、だからと言って、明言もされてないからね。
「恋愛目的以外での利用を禁ずる」、なんていうのは。
女:案外、誠実に見えて、性格悪いんだ。
男:よく言われる。
女:……でも、そっか。
ちょっと、残念だな。
男:何が?
女:だって、要するにタロウさんは、
恋愛を視野に入れずに、今日の今、私とこうやって会ってるわけでしょ?
だからなんて言うか、最初から選択肢には入らないんだなー、なんて考えちゃって。
夢見過ぎ、って言われたら、それまでだけど。
男:ああ、成程。
女:……ごめんなさい。
なんか、冷めるような事言っちゃった。
聞かなかった事にして。
男:いや、ミユキさんの言う事はもっともだよ。
さっき言ってた通り、僕が少しズレてるだけだ。
でも、何も僕は、そういう関係になるつもりは一切無い、って訳でもないよ?
あくまで、出会いの機会を得るきっかけとして、出会い系のアプリを利用してるってだけで。
女:え?
男:確かに、始めからお付き合いする事になる前提で、人と会ってる訳じゃないし、
最初から恋心ありきで、今こうしてミユキさんと会ってる訳でもない。
けど、僕ほど極端じゃないにせよ、みんな最初は、少なからず距離は取るだろ。
いくら会う前に、多少のコンタクトとか、やり取りをしているとはいえ、
やっぱり初対面だし、どういう考えの持ち主かは、
実際に関わってみるまで、殆ど分からないわけだしさ。
何処までが虚像で、何処までが実像なのか。
無意識のうちに、見えない所で、それを探り合ってる。
女:虚像と、実像。
男:若しくは、ペルソナとシャドウ、って表現しても良いけれどね。
女:ユング心理学、だっけ?
男:そう、博識だね。
もしかして、専攻したりしてた?
女:まさか。
ちょっと前に、心理学の教授が、お客さんとして来た時があったの。
元々そういうの好きだし、向こうも凄い楽しそうに喋ってたから、たまたま印象に残ってただけ。
でも、ペルソナが虚像なのは分かるけど、実像がシャドウって表現するのは、少し違わない?
確かシャドウって、ペルソナを被ってる間に、抑圧されてる自分……
とか、そういうのでしょ?
男:そう、定義としてはね。
ペルソナを光とするなら、シャドウは影、と言われているように、
ペルソナが生じた裏に、必ず対として生じ得るモノ、それがシャドウ。
だから正確には、言葉通りの虚像と実像……とは、少し違う。
言わばシャドウは、客観的な実像だと思ってるんだ。
あくまで、僕個人の考え方だけどね。
女:客観的な実像……って、どういう事?
男:それは……
……ああ、違うか。
女:何が?
男:いや、ちょっと、最初に言おうとしてた事からズレ過ぎた。
こんな話に持っていくつもりじゃなかったんだけど。
女:……何だったっけ。
男:要は、僕は恋愛目的で出会い系を使ってないのは事実だけど、
たまたま出会った人が、僕の想定を遥かに超えて魅力的だったとしたなら、その限りではない可能性もあるよ。
って言いたかっただけなんだ。
女:ああ、あはは。
そう言えば、さっきまでそんな話だった。
男:いや、ごめんね、僕の悪い癖で。
相手に良い感じに食い付かれると、ついつい話が脱線しちゃうんだよ。
女:良い感じだった?
男:うん。
正直、キョトンとされるとばかり。
女:まあ、知ってたのは本当に偶然だけど。
要するに、私にもチャンスはあるかも知れない、ってことで良いんだよね?
男:さあ、どうかな。
女:えー、そこ濁す?
男:可能性の話をしただけだからね。
ミユキさんがそこに当て嵌まるのかどうかは、また別の話。
女:さいですかー。
……じゃあ、続き。
男:え?
女:さっきの続き、聴きたい。
男:ペルソナとシャドウの話?
女:そう。
男:なんで?
女:なんでって。
あんな中途半端な話の切り方されたら、誰だって気になるって。
男:……物好きな人だ。
女:よく言われる。
それに、そういう話をしてる時が、一番楽しいみたいだし。
駄目?
男:駄目じゃないよ。
じゃあ……そうだな。
さっきも言った通り、あくまで僕個人の考え方だよ。
女:うん。
男:ペルソナは、表を演じる為の仮面、
シャドウは、その裏で抑圧されている自分。
ジキルとハイド、とも喩えられるけど。
その二つの他に、もう一つ、人間が抱えている一面がある、と思っているんだ。
僕はそれを、オリジナル、と呼んでいる。
女:オリジナル……
男:そう。
女:それは、どんな?
男:言わば、素の自分だね。
ペルソナを被らず、シャドウとして抑圧されてもいない、ありのままの自分。
と言っても、人間がオリジナルと呼べる状態なのは、
自我が芽生える前と、物心のつく前の幼少期、
そして、誰とも接していない、独りで居る時だけ。
どれだけ心を許していると思っている相手でも、それがたとえ、親兄弟だとしても、
お互いの間には、必ずペルソナが存在し、その裏に、少なからずシャドウも存在する。
だからある意味、ペルソナは、自我そのもの、と呼べるかもしれないね。
女:……うーん。
男:ピンと来ない?
女:正直。
理屈は分かるけど、実感した事が無いから。
男:そりゃあ、仮面の厚さは、個人差が顕著だからね。
もっと単純に、概念的な表現で言うなら、
光があり、影があるなら、
その光に当てられて、影の元になっている本体がいる筈だろう、って話。
女:ああ、なるほど。
それが一番ピンと来た。
確かに、そう考えるなら、他人から見たらペルソナは虚像だし、
シャドウもあくまで、虚像ありきで作られた客観的な実像、とも言えるかも。
オリジナルこそが、本当の実像、って事だよね?
男:そういう事。
まあ、元々シャドウは内面的な物だから、厳密には実像とも違うんだろうけど。
細かく考え始めたら、キリが無いからね。
何となくそうなんじゃないか、っていう程度の認識だよ。
女:確かに。
大学の講義とかで聴きたい話かも。
男:悪いね。
初対面の人にするような話じゃなかった。
女:ううん、大丈夫。
男:それは良かった。
女:……でも。
男:ん?
女:折角なら、もう少し深い所まで聴いてみたいかな、その話。
男:……それは、駄目だよ。
女:初対面だから?
男:それもあるし、僕自身を守る為でもある。
女:それは、オリジナルの?
それともシャドウの?
男:どちらでもないとも言えるし、どれでもある、とも言える。
女:そんなに濁すことないじゃない。
男:誰にだって、人に知られたくない事の一つや二つくらいあるだろ。
女:まあ、ね。
そういうのに直接関わってくる話ってこと?
男:そう。
女:じゃあ、尚更聴きたい。
男:何でそうなるかな。
女:断り方下手過ぎだよ。
そんな言い方されたら、もっと気になっちゃうのが、人間ってモノでしょ。
男:……分かったよ。
じゃあ、前もってこっちから提示させてもらう条件が、2つある。
女:なに?
男:ひとつ、ミユキさんも何かしら、他人に知られたくない秘密を、僕に教える。
ふたつ、絶対に口外しない。
この2つが呑めないなら、この話はこれでおしまい。
女:良いよ。
男:即答だね。
少しくらい、考える時間があっても良いんじゃないかな?
女:私、思い切りが早いのが取り柄だから。
男:はいはい。
それじゃ、少し場所を移そうか。
女:何処に?
男:僕の家。
女:え、そんな唐突に、お持ち帰り発言?
男:違うよ。
女:あはは、冗談冗談。
男:僕が言うのも変だけど、初対面の異性の家に行くって言われて、
あっさりついて行こうとするの、どうかと思うよ。
女:人を見る目は、そこらの一般人よりはあるつもりよ。
それも無しに、キャバ嬢なんて務まらないしね。
男:それは失礼しました。
女:……あ、そうだ。
男:ん?
女:アイリ。
男:なにが?
女:本名。
男:……へえ、いい名前だ。
女:ありがと。
男:なんで、急に?
女:まあ、一歩前進した記念に。
店のお得意様も誰も知らない情報だから、自慢して良いよ。
男:……酔ってる?
女:酔ってないよ、失礼な。
男:僕が言い出した事だけど、口調を戻した途端に、生き生きしちゃってまあ。
女:後悔してる?
男:まさか。
……それじゃ、行きましょうか、アイリさん。
女:はーい。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
男:どうぞ、入って。
女:お邪魔しまーす。
へー、案外質素な所に住んでるんだ。
てっきり、タワマンの最上階とかかと思ってた。
男:ん?
ああ、そうだよ。
女:へ?
男:普段住んでる所は、タワーマンションの最上階。
此処は、趣味の為に買った家。
遮音と防音に拘った空間が欲しくてね。
見た目は普通の一軒家だけど、仮に此処で、オーケストラを最大音量で流したとしても、
外には全く聞こえない。
女:へ、へえー。
周りに他の家とか無い立地なのに、そこまでする必要ある?
男:念の為だよ、念の為。
女:さいですか……
男:コーヒーと紅茶、どっちが良い?
女:あ、じゃあコーヒー欲しい。
男:砂糖は?
女:ブラックで。
男:ん、了解。
……どうぞ。
女:どうも。
男:……で、どこまで話したっけ。
女:えーと……
あ、客観的な実像が、なんとかかんとかって。
男:ああ、その辺りか。
じゃあ、悪いけど先に、アイリさんが話してくれる?
女:人に知られたくない事、だったっけ。
男:そう。
女:さっき本名教えたけど、それじゃ駄目?
男:お帰りはあちらです。
女:ごめんなさい、冗談だってば。
……えっとね。
実は私……人を1人、殺した事があってさ。
男:……へえ。
それはまた、予想の範疇を大きく超えて、興味深い話だね。
因みにそれは、いつ頃の話?
女:18になったばっかりくらい……だったかな。
あんまり大きな声では言えないんだけど私、高校通いながら、その……
風俗で、バイトしてたんだよね。
本番もOKな、割とヤバめな店で。
勿論、年齢サバ読んでさ。
別にお金に困ってた訳でもないんだけど、若気の至りってやつ、なのかな。
でも、通ってた高校はバイトNGだし、風俗は原則高校生NGだしで、
どっちにバレても、一発アウトな生活だった。
でも、そういうギリギリのスリルっていうのが、楽しくてたまらなくて、
やばいって分かってて、駄目だって自覚しながら、それでも辞められない自分がいたんだ。
……で、ある時ね。
店に、先生が来たの。
それも、担任の。
そりゃあ、内心焦ったよね。
何で、って。
遂にバレちゃったのか、これでおしまいなのか、ってさ。
……けど、こっちを意識してる感じはしなかったし、
指名も別の子だったから、本当にただ偶然、たまたま客として来ただけなんだって思ってた。
……でもさ。
世の中、そんなに都合良くは回らないんだよね、やっぱり。
その次の日の放課後に、呼び出されて、残りなさいって言われてさ。
今でもはっきり覚えてるよ。
静かに、だけど、すっごい圧を掛けるような言い方で、
男:「これ、お前だよな」
女:……って。
写真を出してきたのね。
出勤してる時のやつ、退勤した直後のやつ、
勿論、他の客とヤッてる最中のもあった。
凄くない?
ケータイの画像じゃなくて、写真だよ。
ご丁寧に、プリントアウトして来てんの。
たかが校則違反を問い質す為だけに。
1枚とか2枚じゃないよ。
少なく見積もっても、10枚以上はあったんじゃないかな。
こっちに反論なんてさせないぞって言わんばかりに、
無言で次から次へと写真を取り出して、見せ付けてきたわけ。
………………
……私、その先生好きだったのね、かなり。
先生と生徒としてじゃなくて、異性としてさ。
勿論、勝手な片想いだったけどね。
そんな人に、いきなりそんな事されたもんだからさ、
元はと言えば自分で蒔いた種なのに、訳わかんなくなっちゃって。
もう、言いたいこと言いたいだけ、出てくるだけ全部吐き出してた。
女:(過去)
え、なに、なにそれ。
なにそれ、先生。
盗撮じゃん、ねえ。
いつ撮ったの、こんなに。
センセーそんな趣味あったの?
変態じゃん、気色悪!
そうだよ、それ私だよ、認めるよ。
それで、なに?
教え子が知らないおっさんに抱かれてるとこ撮って、コーフンしてたわけ?
教師としてどーなのソレ?
ウチ、撮影禁止って書いてたよね?
しかもさ、しかも、なに?
なんで、わざわざ印刷したの?
なんに使うの、それ。
ねえ、なんに使うのよ。
マジでキモ過ぎるんだけど。
幻滅とか見損なうとか、そんなレベルじゃないよ、マジでさ。
……ねぇ、死んでくんない? ホントに。
バカじゃないの、マジで。
死ねよ。
死んでよ、クソ変態教師。
ねえ、なに、来んなよ、来んな……
触んなって、っ触んな!!
やだ、やだって、やだ!!
やめろ、やめろしね、死ね!
死ね!!
死ね!!!
男:……で、その教師を、勢い余って殺してしまった、と。
女:違うよ。
男:え?
女:その人は、殺しかけたの。
殺しかけたけど、すんでの所で、大声に気付いた他の先生達に止められた。
……それで結局、校則違反してたのは事実だから、
停学処分食らって、当然、バイトもクビ。
けどね、面白い事に、何故かその先生は、クビになってないの。
何なら、たぶん今もまだ、教師続けてる。
表向きは模範的な教師だったから、
口八丁手八丁でこっちに罪擦り付けて、最低限の処分で済んだんだろうね。
……でも、何か手馴れた感じだったし、泣き寝入りしてる被害者とか、いっぱいいるんじゃないかな。
男:………………
女:……ごめん。
何か、思い出したら止まんなくなっちゃって。
実際に私が殺したのは全然、それとは関係無いんだけど……
男:いや、もういいよ。
女:え。
男:それはそれで、アイリさんにとっては、知られたくない事なんだろうさ。
或いは、思い出したくない、の方が強いのかも知れないけど。
ある意味では、幾多ものペルソナによって、抑圧され続けていたシャドウが暴走し、
それによって引き起こされてしまった悲劇、とも言えるかもね。
対してその教師は、アイリさんの風俗嬢という、己の知らない別面のペルソナを見てしまった事によって、
自らの教師のペルソナ、そして理性を、シャドウに蝕まれた。
誰かの一つのペルソナは時に、他の誰かのペルソナ、或いは、シャドウを自壊せしめる劇毒と成り得る。
その一例として、とても興味深い話だった。
女:……意外。
男:何が?
女:てっきり、軽蔑されるかと思ってた。
男:軽蔑?
どうして。
女:いや、だって。
生活に困ってたとか、よっぽど追い詰められた理由があった訳でもないのに、
言っちゃえば興味本位で、遊び半分で身体売ってたんだよ、私。
そんなの、大体引くじゃん、普通の感性持ってたら。
男:別に。
人間は一時の感情や、ほんの些細な興味程度でも、
それを原動力として、驚く程の行動力を発揮する生き物だからね。
それに、人に知られたくない事なんて、それこそ人によって大小様々、種々雑多だ。
それが例え何であれ、僕が軽蔑し得る対象には、まずならない。
少なくとも、それくらいの話では、ね。
女:それくらいって。
男:ああ、ごめん。
貶すつもりで言ったんじゃないんだ。
……しかし、風俗店で盗撮をする教師……ねえ。
もしかしたら、僕も知ってる人かもしれないな、それ。
女:え、ウソ。
男:多分、だけどね。
女:どういう繋がりで?
タロウさん、教師もやってたとか?
男:まさか。
全然別の所だよ。
女:別の所……
男:うん。
実は、僕もその人も、とあるアプリのユーザーでね。
まあ、そのアプリがそのまま、僕の「人には言えない事」にあたる物なんだけど。
説明する手間が省けた。
女:アプリ?
出会い系じゃなくて?
男:うん、全く違うね。
実際に、観てみた方が話が早い。
これ、そのアプリ専用で使ってるスマホなんだけど。
蝋燭のアイコンがあるでしょ。
女:ああ、あるね。
開いていいの?
男:良いよ。
女:……何これ、動画共有サイト?
男:そう。
まあ、ちょっと特殊なやつだけどね。
女:何それ、エッチなやつってこと?
男:違う違う。
取り敢えず、適当に、一つ動画を観てみなよ。
すぐに解る。
女:ふーん。
………………
ッ!!?
男:……あ、偶然だね。
その人じゃない?
さっき、アイリさんの話に出てきた人って。
女:……え、なん……な、に……
は……?
……ぇ、あの、タロウ……さん?
これ、……これっ……て、人……
男:うん。
所謂、スナッフフィルムってやつだね。
女:……ス、スナッフ……?
男:端的に言えば、拷問や、殺人の様子を収めたビデオさ。
そのアプリは、裏のインターネットを少し物色すると、割と簡単に登録出来る、
スナッフフィルム専用の、動画共有サービスなんだけどね。
手軽に始められる上に、ユーザー数も多いから、密かに少しずつ、日常の陰を侵蝕しつつある。
勿論、動画だけじゃなく、ライブ放送だって出来てしまう代物だよ。
女:ライブ放送……って、それ……
……人殺しの様子をそのまま、生放送する……って、こと?
男:そう。
女:……信じ、られない。
男:それを観て、アイリさんが信じるかどうかは二の次さ。
そのアプリは、現実にそうやって存在していて、
この世界の至る所で、この世界のいつ何時でも、この世界に棲む誰かが、
或る時は殺人鬼のペルソナを被り、或る時はシャドウの赴く儘に、
そして、また或る時はオリジナルを曝け出して、
友人、家族、赤の他人、老若男女の分け隔て無く、
衝動的に、計画的に、盲目的に、恍惚的に、
殺しては殺され、嗤笑(わら)っては嘲笑(わら)われを、繰り返し続けてる。
女:………………
男:この狂気が満ち満ちたマトリョーシカが終わらないのは、
人間が人間として在る限り、誰しもが抱き得る、純然たる感情の泥濘だから。
ただ、そんな一縷の灰汁を拭い去れなかった、忌まれるべき欲の権化達が止めどなく犇めき合い、
また、それを抑する為のなけなしの正義達すらもが、
自らに潜む同じモノに蝕まれ尽くした、その成れの果て。
なんてことは無い。
ペルソナであろうと、シャドウであろうと、オリジナルであろうと、
その本質は、何も変わらない。
ただ等しく、只そこにいる、唯一人の、但の人間だ。
女:……そんな、ことって……
男:理解出来ない、受け入れられない……というのは、所詮は紛い物の、安いペルソナ擬きだよ。
どのような経緯であれ、一人の人間を殺し損ない、一つの命を奪ってしまったアイリさんは、
自分で思っているよりも一層深い所が、僕達のような人種と酷似し始めているんだ。
この十重二十重に明滅し続ける蝋燭の一叢を知ってしまった以上、
後に戻る心も術も、持ち合わせていようが無い。
僕が何を言わずとも、その世界に釘付けられているのが、何よりの証だ。
女:それは……
男:……とは言え、まあ、急にそんな物を見せられたら、最初は気分も害されてしまうだろう。
何か、飲み物を取ってくるよ。
その間、気の赴く儘に覗いてみるといい。
或いは孰れ、自ずと行き着き得る、
倫理無き人間の生き様と、仮面の有り様と、影の亡き様をね。
(男、離席)
女:……私は……
女:(M)
私は、違う。
そんなんじゃ……そんなのじゃ、ない。
一緒にしないで。
……って、吐き捨てたかった。
あの人の言葉の全てを否定して、一刻も早く、この場から逃げ去ってしまいたかった。
……筈、なのに。
唾棄したい程に醜悪な、眼前で無限に続く、ただただ悪意と激情が織り成す劇場に、
魅せられてしまっている私が、居た。
或る人は、無垢な子どもが、蜻蛉の羽を毟るが如く。
或る人は、親が子を、加減も知らずに折檻するかの如く。
或る人は、誰の為でもなく動き続ける、歪な屠殺機であるかの如く。
十人十色が皆一様に、血の色を含んで入り混ざる。
……気持ち悪い。
吐きそう。
今すぐに、意識ごと、全てを吐き出してしまいたい。
……けれど。
喉の奥を酸味が満たしつつも尚、どうしようも無く惹き込まれてしまうのは、
全てが全て、ほんの一瞬、そこに私が居る……かのように、視えてしまったから。
……駄目、やめなきゃ。
やめなきゃ……!
女:……あれ……?
過去の動画……現在……新着、……REC……?
……REC、って、何だっけ……?
男:どうかした?
女:ひっ!!
男:……そんなに驚かなくても。
何か、気に入った動画でもあった?
女:……ぃや、その……
これ……?
男:ん?
女:この……REC、って……?
男:……ああ、それね。
押してみたら?
女:良いの……?
男:どうぞ。
……それにしても、随分な顔色だね。
少しばかり、前置き不足だったかな。
はい、水。
女:……ありがと。
(女、水を飲み、「●REC」のアイコンを押す)
女:あれ……カメラ起動しちゃった。
何か、押し間違えた……?
男:………………
女:あの、タロウさん……?
これ……
…………ッ!!?
ぐ、ブッ……!
ゲホっ!!
(女、嘔吐)
男:あーあー、汚いな。
吐くなら、前もって言ってくれなきゃ。
一番の撮れ高だったのに。
女:……ッは……な、に……
ダロ、ざ…………
ご、れェ……エっ!?
男:なに、と訊かれてもね。
逆に、ここまで条件が揃っているのに、全く不審がらなかったのが、僕からすれば不思議でならないよ。
不安定な精神状態だったとはいえ、飲むかい、普通?
こんなのをさ。
女:……たず、げ……ダす……て……!
……誰……ッ……
男:まあ、たまには、こういう趣向も良いか。
画角に死に様が無いというのも、逆にそれがまた、視聴者の想像力と嗜虐心を、一層掻き立てる。
精々、大袈裟な程に無様に、藻掻き、喚き抜いて死んでくれ。
その為の、この設備だ。
女:……嫌……ン、で……!
死……っク、……な、ぃ……
………………
…………
……
(女、絶命)
男:……死んだ、か。
じゃ、停止……と。
はぁ……全く、随分とまあ汚してくれたもんだ。
一応、そこそこいい値段するんだけどね、この家の家具も。
で……
君は、気が済んだかい?
……あ、そう。
それは何より。
それじゃ、死体はこっちで処分しとくけど、
片付けに掛かる諸々の費用は、そっち持ちにしておいて良いね?
……なに、当たり前だろ、言ってなかったっけ。
僕が君に頼まれたのは、ここまでだ。
一蓮托生って間柄でもあるまいし、元はと言えば、君の勝手な逆恨みの茶番劇だろ。
寧ろ、一番手間の掛かる死体の処分を引き受けてあげるんだから、感謝されて然るべきだと思うけどね。
別に、嫌なら良いよ。
君がこれまで揉み消してきた悪事の一切を、ネットの海にばら撒くだけの事だ。
裏をうろつくなら、個人情報のセキュリティくらい、しっかりしておくんだね。
……結構。
それじゃ約束通り、報酬金は、例の口座にね。
後で、追加分の請求書も送っておくから。
じゃあね。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
女:へー、よく撮れてるじゃん。
男:君の名演技の賜物だよ。
おかげで、月間再生ランキング、先月も今月も、ぶっちぎりの1位。
女:ま、当然でしょ。
むしろ、それくらいにならないと、割に合わないって。
何か奢ってくれても良いのよ?
男:良いよ、なんでも言って。
女:……なに、やたら気前良いじゃない。
気色悪いんだけど。
男:酷いな、そっちが言い出したのに。
女:流されると思ったもん。
なに企んでんの?
男:他意は無いよ。
次の依頼、なかなか報酬が良くってね。
これにも協力してくれるなら、って条件付きだけど。
女:へえ。
因みに、ターゲットは?
男:しがない高校教師だよ。
少しばかり、歪んだ性癖を持った、ね。
女:いいねそれ、最高。
男:やる?
女:勿論。
善は急げ、って言うしね。
男:オーケイ。
じゃあまた、タロウのアカウントで受けておくよ。
女:いい加減、名前変えればいいのに。
男:これが本名だなんて、誰が信じる?
女:誰も信じない。
男:そういう事。
女:好きにしたら。
男:ああ、そうするよ。
……さて。
それじゃあ、今回もまた始めよう。
騙し騙され、殺し殺されが巡り巡る仮面舞踏会。
チーム「ペルソナ」、オンステージだ。
女:ふふっ、ダッサ。
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