Bomb A Doll

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(役表)

サラ♀

ダミアン♂

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サラ:ユニットAより、指令室。

   ユニットAより、指令室。

   指定ポイントの前まで到着しました。

   次の指示を送られたし、繰り返す。

   ユニットA、指定ポイントに到着。

   次の指示を送られたし。

   オーバー。


ダミアン:指令室より、ユニットA。

     現着の旨、了解。

     指定ポイントは見取り図の中で、唯一情報が無い部屋だ。

     何があるか確認し、報告されたし。

     繰り返す。

     指定ポイントの詳細を確認し、送れ。

     オーバー。


サラ:ユニットAより、指令室。

   指定ポイントは、このビルの電気室の模様。

   配電盤に、こじ開けられたような形跡が数箇所あり。

   最低限の電力を、無理矢理賄っていると思われます。

   繰り返す。

   指定ポイントは電気室。

   状態はやや悪く、漏電の可能性あり。

   オーバー。


ダミアン:指令室より、ユニットA、了解。

     ……なるほど、少しでも威力を増幅させようという魂胆か。

     となると、当然……

     指令室より、ユニットA。

     付近に監視カメラ、もしくはそれに類するものの存在は認められるか。

     確認し、送れ。

     オーバー。


サラ:ユニットAより、指令室。

   監視カメラは、視認出来る範囲で4基あり。

   撤去や工作は困難な配置になっている。

   繰り返す。

   カメラは最低4基、撤去は困難。

   オーバー。


ダミアン:指令室より、ユニットA、了解。

     やはり、誤魔化しは効かないようだ。

     犯人からの指定で、指定ポイントへの立ち入り、及び撤去作業は1人で行えとのことだ。

     本来ならば到底、容認出来る要求ではないが、

     カメラがあるとなれば当然、遠隔操作の手段も準備してあるだろう。

     背に腹はかえられん、従う他は無い。

     代表1名のみそこに残り、残員はその場より退避せよ。


サラ:……では、私が。


ダミアン:君は。


サラ:国防警務隊、特殊危険物及び特殊爆発物処理係実務課、

   第三機動特行隊ユニットA、チャールズ・ミレン班所属、

   サラ=ワイヤプラ巡査部長。


ダミアン:サラ巡査……

     君はその班では、最年少だったと記憶しているが。


サラ:ええ、その通りです。

   しかし、技術に於いてはこの班の中で、最も秀でていると自負しています。

   それに、この状況で命を惜しんだ押し問答をして、時間を浪費するよりも、

   一刻も早く最善の人選をし、作業にあたるべきかと。


ダミアン:……確かに、君がナンバーテン立て篭り事件で、

     テロ組織の時限爆弾を解除し表彰された快挙は、記憶に新しいが。

     しかし……


サラ:私一人が死のうが、ここに居る隊全員が死のうが、

   国防警務隊の名誉と威信に、大きな傷が付くことは変わりません。

   ただ、帰りを待つ者がいない私なら、悲しむ人は確実に減るでしょう。

   それに、知識と技術があっても、経験が不足だと仰るなら、あなたが補って下されば済むだけの話。

   今この場で最も愚かで恐ろしいのは、ここでの一分一秒の迷いが、後の皆の命を奪うことです。

   違いますか、ダミアン警視正。


ダミアン:………………

     分かった、君の勇気に感謝する。

     私も己の全てを懸けて、君のサポートに徹させてもらおう。

     残りの班員はその場より退避し、次の指示を待て。


サラ:迅速な判断に感謝します。

   では、恐縮ながら私から、個人的な我儘を宜しいですか。


ダミアン:なんだ。


サラ:爆弾の処理が終わるまで、通信は私と警視正のみで行いたい。

   聴いていても良いですが、絶対に途中で、口を挟まないで欲しいのです。

   予期せぬ雑音に紛れ込まれると、集中力に乱れが出てしまうかもしれません。


ダミアン:はぁ……君という奴は、全く。

     良いだろう。

     聞いた通りだ、各員、通信はチャンネルを変えておけ。

     有事の際は、私が別途指示を出す。


サラ:ありがとうございます。


ダミアン:………………

     さて、これで満足かね、サラ巡査。


サラ:巡査部長です、ダミアン警視正。

   ……いえ、ダミアンさん。


ダミアン:ああ、失礼した、サラ巡査部長。

     ……いや、私もサラ、と呼んだ方が馴染み深いか。


サラ:そうですね。

   あなたに役職で呼ばれるのは、何だかむず痒いです。


ダミアン:分かった分かった。

     ……では、サラ。


サラ:はい。


ダミアン:処理作業に入る前に、言わねばならない事がある。


サラ:何でしょうか。


ダミアン:冗談でも、「死」という言葉を軽はずみに使うな。

     常に死と隣り合わせでいる我々は、生死の境界を跨ぎ続けているからこそ、

     その恐ろしさを、その呆気なさを、絶対に軽んじてはならない。

     命の重さの貴賤を測るなど、人間として最も愚かしい行為だ。

     「常に最悪の事態を想定して行動しろ」とは教えてきたが、

     「軽々しく命を投げ出せ」とは教えていない。

     言葉を選べ、サラ。


サラ:……大変失礼しました。


ダミアン:良し。

     では、細心の注意を払って、電気室へ入れ。


サラ:……入口付近、クリア。


ダミアン:爆弾らしき物は認められるか?


サラ:イエス。

   配電盤から伸ばした配線が接続されている、アタッシュケースに酷似した箱があります。

   恐らく、間違い無いかと。


ダミアン:型式、又はシリアルナンバーの記載は。


サラ:背面に。


ダミアン:読み上げてくれ。


サラ:W、Y、P、L、3、9、/(スラッシュ)、

   A、P、4、0、3、F、小文字のb。


ダミアン:……やはり、ヤツがこれまで使っていた物と同型か。

     しかし、アタッシュケース型は初めてだな。


サラ:私も、このタイプは初めて見ます。

   マニュアルは?


ダミアン:ある。

     手順に従い指示を出す。

     可能な限り正確に、且つ具体的に状況を報告してくれ。


サラ:……了解。


ダミアン:どうした?


サラ:いえ。


ダミアン:緊張するなと言う方が無理な話だろうが、余計な事は考えるな。

     我々の職務中の雑念はいとも容易く、己の命を奪う。


サラ:心得ています。


ダミアン:電子ロック式か?


サラ:ノー、ダイヤルロック式です。


ダミアン:桁は。


サラ:4桁です。


ダミアン:0、7、5、8。


サラ:……ノー。


ダミアン:0、1、9、3。


サラ:ノー。


ダミアン:1、2、0、9。


サラ:イエス、開きました。

   これは、ダミアンさんの誕生日では?


ダミアン:家内の、だ。


サラ:何故、犯人はこの番号に。


ダミアン:さあ、な。

     我々には知る由も、知る必要も無い事だ。

     キャンセラーは繋げそうか?


サラ:なんとか。


ダミアン:よし。

     時間はまだある、間違っても焦るな。


サラ:はい。

   ……ダミアンさん。


ダミアン:なんだ。


サラ:私が初めてダミアンさんと出逢った時の事、覚えていらっしゃいますか。


ダミアン:……なぜ今、その話をする。

     雑念は捨てろと言ったばかりの筈だが。

     口よりも手を動かせ。


サラ:黙々と作業にあたるよりも、何か話しながらの方が効率が上がるタイプなんです、私。

   ダミアンさんと1対1で話す機会なんて、次にいつ来るか分かりませんし。


ダミアン:まさか、その為だけにわざわざ、他の者が通信を聴かないようにしたのか。


サラ:だけ、ではありませんが。


ダミアン:止めておけ。

     命の瀬戸際にする昔話は、死神が最も大好物とするところだ。

     それに、私は生憎と、そこまで器用なタイプではない。


サラ:ならば、私の話に相槌を打ってくれる程度でも構いません。

   何も、人生観について語らいたい、などと言うつもりはないですから。

   私にとっての死神は、沈黙からやって来るものです。


ダミアン:……キャンセラーは、繋げたのか。


サラ:はい。


ダミアン:………………


サラ:………………


ダミアン:はあ。

     分かった、良いだろう。

     浅い仲という訳でもない。

     こうなればいっそ、君の我儘に、とことん付き合おうじゃないか。


サラ:ありがとうございます。


ダミアン:ただし、だ。

     タイムリミットまで10分を切ったら、有無を言わず、作業に全神経を集中させてもらう。

     これを呑めるのならな。


サラ:イエス、充分です。


ダミアン:全く、こんな緊張感の無い相手は初めてだ。

     ただでさえ、退職を目前にして最後に大厄介事を持ってこられて、参ってしまいそうだというのに。


サラ:愚痴ですか、珍しいですね。


ダミアン:私とて生身の人間だ、零したくもなる。

     セキュリティは。


サラ:コードネーム、「puppet doll」。

   トラップ型のウイルスが仕掛けられています。


ダミアン:システムコード5で対応しろ。

     赤のケーブルを切断し、白のケーブルをキャンセラーに再接続。

     アクセスランプが3秒以上点滅したら、青のケーブルをキャンセラーに繋げ。

     解析が問題無く進めば、4分程度でファイアウォールを潜り抜けられる。


サラ:イエス。

   ここまでは、順調です。

   それで、先の質問の答えは。


ダミアン:……君に初めて会った時、だったか。


サラ:はい。


ダミアン:覚えているとも。

     私が試験官を務めた実地採用試験、その三次審査だろう。

     女性の士官生自体がまず珍しかったが、それに加えて、一際成績が抜きん出ていたからな。

     嫌でも印象に残ろうというものだ。


サラ:いいえ、違います。


ダミアン:ん?


サラ:私があなたに初めて相見えたのは、それよりもずっと、前のことです。


ダミアン:……残念ながら、それ以前の君については、全く記憶に残っていないが。

     何処で出逢っていた?


サラ:12年前、11月26日。

   ブラッドフォードの居住区における、住民の無差別監禁、

   及び、セムテックスを用いた、自爆テロ未遂事件。


ダミアン:それは。


サラ:そうです。

   当時、今の私と同じく巡査部長だったあなたが、

   22人の人質の命を背に、147分にもわたる解除作業の末、見事その起爆の停止に成功し、

   あなたと、あなたが所属していた、世間から認知もほぼされていなかったユニットAが、

   英雄として語り継がれる切っ掛けになった……

   あの、事件です。


ダミアン:ああ、今となってはもはや、懐かしさすら感じるな。

     思えば、あの事件が、ヤツ……

     「パペッティア」の、初犯でもあったか。

     ……あの人質の中に、君もいた、と?


サラ:そうです。

   あの場の誰もが、生存は絶望的だと諦めかけていた中で、

   あなただけは、一心不乱に、自身の判断と力だけで、爆弾の解除を成功させた。

   12年経った今でも、当時の事は一片たりとも欠かさず、鮮明に思い出せます。

   12年かけて、その背を追い続けてきた私の想いと努力は、無駄ではなかった。


ダミアン:……成程、な。

     道理で、試験当時の君の立ち振る舞いが、何処と無く私自身と重なって見えた訳だ。

     血の繋がりも無い、縁もゆかりも無い赤の他人の筈の君が、

     頑なに私の管轄下の班への所属を志望したのも、これで合点がいった。

     まだ幼子だった頃の記憶を、そこまで残し続けているのも大したものだが、

     げに恐ろしきはその執念だな。

     全く、真似事という言葉で片付けるには、君のそれは、一種の病にすら思える。

     頭が下がるよ。


サラ:例え真似事だとしても、半端は許せない性分ですので。

   病だとするなら、「恋煩い」と表現しても、差し支えないと自負していますが。


ダミアン:止してくれ。

     いくつ歳が離れていると思っているんだ。


サラ:さあ。


ダミアン:それより、進捗は。


サラ:ファイアウォール、滞り無く突破しました。

   プロテクトコード、00010913。

   エラー表示と警告が繰り返されています。


ダミアン:アクセスランプは。


サラ:グリーン、パターンはBです。


ダミアン:それならば問題無い、こちらを動揺させる為のシステムトラップだ。

     キャンセラーのOSをセミオートに切り替え、スクランブルで処理。

     白と青のケーブルは、一度抜いておけ。


サラ:イエス。

   ……警告、止まりました。


ダミアン:良し。

     それで一先ず、一難は取り除いた筈だ。

     アクセスランプは、グリーンのままだな?


サラ:はい。


ダミアン:ならば次だ。

     システムコードを9に書き換え、


サラ:……あ、いいえ、待ってください。


ダミアン:どうした。


サラ:変わりました。


ダミアン:アクセスランプがか?

     何色だ、パターンは。


サラ:レッドです。

   パターンは、これは……A……いや、Dです。


ダミアン:パターンDだと、バカな!


サラ:間違いありません、スクランブルが次々と強制停止されていってます。


ダミアン:なんだと、この手順で間違っている筈が……

     いや、まさか、……「puppet box」か……!?


サラ:なんです、それは?


ダミアン:……「puppet doll」に極めてよく似た、二重式のトラップ型ウイルスだ。

     「puppet doll」と同じ手順で一時的に無力化出来るが、それは油断を誘うフェイク。

     時間差で復活し、自らを無力化させたシステムに対して、

     極めて強力なクラッキングを仕掛け返す、悪趣味な代物だよ。

     ……まさか、かつての私を苦しめた忌々しい過去の遺物に、こんな所で再会する羽目になるとは……!


サラ:……それは、つまり。


ダミアン:そうだ。

     12年前、私が君達の前で解除した爆弾にも、同じモノが仕掛けられていた。

     だがそれ以来、ただの一度も姿を現すことは無く、

     一回限りのジャックインザボックスだったのだと、思い込んでしまっていた。

     12年越しのサプライズ、だとでも言うつもりなのか……!

     クソッ、どこまでもふざけた真似をする!


サラ:マニュアルは。


ダミアン:無い。

     現物を直接見た事があるのは私しかいない上に、仮に全く同じモノだとしても、

     当時と今とでは、何もかもが違い過ぎる。

     ここまでの作業は、全て水泡……振り出しだ。


サラ:ダミアンさん。


ダミアン:分かっている、分かっているとも、サラ。

     私が冷静を欠いていては、元も子も無い。

     ……もう一度、立ち向かう他あるまい。

     「パペッティア」……狂った人形師の、ブラックボックスに。


サラ:私の準備は、いつでも。


ダミアン:本来ならば、2人がかりで追い付けるかどうかのスピード勝負になるが。

     ……敢えて問おう、やれるか?


サラ:問題ありません。

   私の腕は4本、いえ、6本あると思って下さい。

   ……それに、かつてのあなたに出来たのなら、今の私にも、出来ます。

   出来なくちゃ、いけないんです。


ダミアン:全く以て、こんな時にまで君という奴は。

     その不遜な物言いさえ無ければ、昇進も早いだろうに。


サラ:よく言われます。


ダミアン:……では、やるぞ、サラ巡査部長。


サラ:いつでもどうぞ、ダミアン警視正。



(間)



サラ:第5防壁、クリア。


ダミアン:どうだ。


サラ:……キャンセラーの全システム権限、奪還しました。

   「puppet box」も、沈黙状態から復活する兆候は無し。

   ゆっくりとですが、着実に消滅していっています。

   これで、確認されていた脅威は、全て排除出来たかと。


ダミアン:……何とか、間に合ったか。


サラ:はい、何とか。


ダミアン:よし……

     あとは、白色のケーブルを切断したら、その爆弾は完全に停止する筈だ。

     ……こんな言葉で片付けるべきではないが、よくやってくれた、サラ。

     すぐに退職する身ではあるが、上に君の昇進を強く推しておこう。


サラ:いえ、ダミアンさんの指導の賜物です。

   それに、私は人から与えられる地位や勲章に、体裁以外の価値をあまり感じられないので。

   折角のお言葉ですが、謹んで遠慮しておきます。


ダミアン:ふっ、相変わらず、欲の無いことだ。

     普通なら我先にと、縋り付く勢いで昇進を目指す者が大半だとばかり思っていたが。

     結局最後まで、君を測れる定規は、何においても手に入れられず終いか。


サラ:元より、私とダミアンさんとでは、似通う部分が皆無ですから。


ダミアン:ごもっとも。

     ……さあ、ではいい加減、我々も解放されよう。

     現役で「パペッティア」が投獄される所を見られないのは悔やまれるが、

     君がいれば、その未来も、そう遠くはあるまい。

     ケーブルを切れ、サラ。


サラ:はい。

   ……ですが、その前に。

   お願いを聞いてくれますか、ダミアンさん。


ダミアン:なんだ、このタイミングで。

     やはり流石の君にも、多少の欲が湧いたか?


サラ:この爆弾を、無事解除した暁には、なんですが。


ダミアン:うん?


サラ:自首を、して下さい。


ダミアン:……なに?


サラ:あなたですよね。

   この爆弾を、此処に仕掛けたのは。


ダミアン:君が何を言っているのか、分かりかねるが。


サラ:誤魔化す必要はありません。

   この通信は、まだ、私達以外の誰も聴いていませんから。

   混乱を最低限に抑える為に、わざわざこうして、2人きりにして頂いたんです。


ダミアン:サラ。


サラ:今ならまだ、私も、出来る限りの情状酌量を与えられるように、弁護する意志があります。

   私にとってのあなたが、ただの犯罪者に変わってしまう前に、どうか。


ダミアン:待て、サラ。


サラ:自ら爆弾を仕掛けておいて、やろうと思えばいつでも起爆出来たそれを、

   確実に解除するように私を導いたのは、

   「パペッティア」という名の、刺激的で、甘い誘惑に唆されながらも、良心の呵責があったからでしょう。

   仕掛ける場所に、敢えてこんな人気の無い発電施設の廃墟を選んだのも、


ダミアン:サラ!


サラ:……はい。


ダミアン:君が、何を知っていて、何故、そんな深刻な思い違いを起こしたのかは知らないが……

     余りにも、無理のある主張だ、それは。

     私はただ、全身全霊を賭して、現職最後の任を、全うしようと尽くしたまでのこと。

     例えどんな局面に追い込まれようと、それが、

     国防警務隊ユニットAに身を置く者として、果たすべき責務だからだ。

     そこに、そんなふざけた、歪んだ動機があろうなど、冗談では済まされない侮辱だぞ。

     どこでそこまで狂ってしまった、サラ=ワイヤプラ巡査部長。


サラ:「人は、思いも寄らない局面で正鵠を射抜く追及を受けた時、まるで心身から溢れ零れそうな動揺や自白を、

    無理矢理押し流し去ろうとするかの如く、饒舌になってしまう生き物だ」。

   いつかに聞いた、あなたの教え通りですね、ダミアン・オネット警視正。


ダミアン:君に尋問される謂れは無い。

     早急に作業を済ませて、本部へ戻れ、サラ。

     それ以上世迷言を重ねるのなら、上官への悪質な問題発言とみなし、懲戒以下の厳罰も辞さない。


サラ:……分かりました。

   仰る通りです、大変失礼しました。

   せめて、これを完全に処理してから、申し上げるべき事柄でしたね。


ダミアン:急げ。

     想定外の無駄話があったお陰で、時間が無い。


サラ:イエス。

   切断するケーブルは、青色ですね?


ダミアン:違う、白色だ。


サラ:では、青色を。


ダミアン:白色だ、サラ。

     白色のケーブルを切れ。


サラ:ノー。

   青色を切ります。


ダミアン:サラ、何故従わない。


サラ:私が今のあなたの立場なら、余計な事を知ってしまった目障りな部下を始末する、絶好の機会だからです。

   「パペッティア」ならば尚更、確実にそうするでしょう。

   私は、あなたがこの爆弾を仕掛けたと、信じて疑っていませんので、

   あなたが白色を切れと言うのなら、私は青色を切ります。


ダミアン:この期に及んでまだ、そんなふざけた事を……!

     ならば青色だ、青色を切れ!

     ここまで来て、我々の努力を無に帰すつもりか!


サラ:そんなあっさり指示を変更するということは、やはり信用なりませんね。

   私は最後はあなたの言葉ではなく、己の直感を信じて、青色を切ります。


ダミアン:やめろ!

     白色を切るんだ!!


サラ:では。


ダミアン:よせ、サラ!!


(間)


サラ:………………


ダミアン:………………


サラ:………………


ダミアン:……サラ?


サラ:対象、機能を完全に停止しました。

   任務は成功です。

   多大なるご協力感謝致します、ダミアン警視正。


ダミアン:……どちらを、切った。


サラ:はい?


ダミアン:何色のケーブルを切ったんだ、君は。


サラ:どちらも。


ダミアン:……なんだと?


サラ:私は、ケーブルは切っていません。

   あなたが、その手で爆弾を止めたんじゃないですか。

   やっぱり、強制停止する手段まで、きちんと準備されていたんですね。


ダミアン:………………


サラ:あなた……なんですね、ダミアンさん。


ダミアン:……何故だ。


サラ:何故、とは。


ダミアン:何故、そんな馬鹿げた無茶をした。

     私の指示通り、白色のケーブルを切っていれば、確実に止められたんだぞ。

     それに、従わなかったからといって、私が爆弾を止める保証など、全く無かっただろう。


サラ:そうですね。

   確かにそんな保証は、何処にもありはしませんでした。

   ですが、そんなモノ、元より必要無かったんです。


ダミアン:なに?


サラ:私が此処に居て、あなたが其処にいる。

   そして、あなたがあなたなら、

   あの日から変わらず、ダミアン=オネットであるのなら、

   私がケーブルを切らずとも、どこかで致命的なミスをしようとも、

   あなたは最後の最後には、自ら爆弾を止めてしまうだろうと。

   そうである筈だという曖昧な信頼や、不明瞭な保証などではなく、

   そうに違いないという確信が、私には、ありましたから。


ダミアン:いつから気付いていた。

     私が……そう、であると。


サラ:最初からです。


ダミアン:最初から?


サラ:ええ。


ダミアン:それは、何故?


サラ:WYPL39/AP403Fb、アタッシュケース型。

   このタイプは、最初にあなたが仰った通り、

   「パペッティア」がこれまで、一度も使用した事が無いもの。

   加えて、彼、若しくは彼女の用いる爆弾は、

   全てオリジナル、他に類似品も存在しない手製であるのが特徴。

   つまり、今この場で初めて見るこの爆弾のマニュアルが、我々の手元に存在する筈が無いんです。

   それを所有している、若しくは知っている可能性があるのは、

   他ならぬ製作者である「パペッティア」本人か、

   或いはその甘言に惑わされ、共犯者とも呼べぬ、文字通り人形師の傀儡と成り果ててしまった者か。

   そのどちらかしか、有り得ません。


ダミアン:……しかし、私はこの目で幾度となく、直接ヤツの爆弾の手口を見てきた。

     その経験から、ヤツの全てを暴露したマニュアル、とまでは行かずとも、

     ある程度のパターンを読む事は可能になっていた、と考える事も出来るだろう。


サラ:そうだとしても、実際に目で見るのと、私の口頭での説明を聴くのとでは、

   情報の鮮明性は雲泥の差でしょう。

   それに、あなたは要所要所で、明らかに予め全てを把握して、仕組みを知り尽くしているかのような、

   具体的過ぎる指示を出していた。

   如何に絶対的な知識と技量と、経験を持ち合わせていたとしても、

   未知の物に対しての寸分も違わない正解を、ここまで淀みも迷いも無く出せるのは、

   やはり、まさか……と、感じていた。

   それだけのことです。


ダミアン:……君は一体、何処まで知っているんだ。


サラ:何も。

   全て、状況から導き出した仮説に過ぎません。

   誰よりも澄んだ忠義心を持ち、警視正まで上り詰めたあなたが何故……という真相までは、

   とてもではありませんが、私のような若輩者に、推し量れるところでは。


ダミアン:………………


サラ:話しては、下さいませんか。

   かつての英雄たるあなたが、何故。


ダミアン:………………

     英雄などと、そんな大層な肩書きで呼ばないでくれ。

     私がそう呼ばれて良い栄誉も、資格も、とうの昔に失っている。

     ……私に残っているのは、形骸化したなけなしの正義感と、

     強迫観念にも似た、幾重にも重なり続ける、曖昧な平和への責任と、

     その狭間で蠢く、ほんのひと握りの狂気だけ。

     そして私は、そんな些細な心の隙を、悪意の糸で括られ、嬉々として操られた、

     ……弱く、脆い、人間だ。


サラ:狂気……ですか。


ダミアン:そうだ。

     毒が自らの躰を害し、蝕むモノであると知りながらも、

     心の何処かで、それを時折求めてしまう己が居るように、

     死という概念の恐ろしさを、本能的に理解しておきながら、

     「死んだらどうなるのか」と、興味が尽きることが無いように。

     人間は誰しも無意識下において、一抹の狂気、一匙程度の忌むべき欲求を眠らせているものだ。

     そしてそれは、宿主の心が弱り、意志が弛緩してしまった時に目を覚まし、

     欲の赴くまま、好奇心の湧き上がるままに膨張し、凶行へと導かんとする悪魔と化す。

     私にとってのそれがまさに、私が半生をかけて否定し続けてきた筈の、正道を外れた爆弾だったのだ。

     人々が営々と築き上げてきた文化を、それが齎した技術の結晶を、

     時には、幾多の人命すらもを容易く奪い去る、

     そんな悪辣の具現化物に対して、私の奥底に棲まう不可視の私はいつしか、

     許されざる欲を抱えるようになった。

     「色彩豊かなこの景色が、私の失敗ではなく、故意、悪意によって吹き飛んだのなら、

      一体私の心は、どんな衝撃を感じ取ってしまうのだろう」、……と。

     そして……


サラ:……そして、そんな歪な葛藤に嗚咽していたあなたの元に、届いたんですね。

   正当なる外道、「パペッティア」から、死神の道への招待状……

   この、アタッシュケースが。


ダミアン:その通りだ。

     だが私は、所詮は凡人の、一時の迷走に過ぎないと、自身を正当化せずにはいられなかった。

     あくまでも私は唆された弱者で、生来の真性の爆弾魔たるヤツとは、並ぶべくもないと。

     だからこそ、中途半端に矜恃と反抗心を捨てきれなかった私は、人が滅多に近付かない、

     君が今居るその、取り壊し予定の廃ビルを爆破対象に選んだ。

     誰も傷付ける事も無く、それが、それだけが無残に崩落していく様を、ただただ眺めてみたかった。

     そんな拙い悪欲を満たせれば、それで良かった。

     それだけで済んだ話、だった筈なんだ。

     ……しかし、私を誑かし、操っていた人形師は、そんな飯事遊びが許せなかったらしい。


サラ:では、予告状を我々に送り付けてきたのは。


ダミアン:それは私ではない、ヤツの仕業だ。

     そんなモノが送られて来たとなれば当然、我々がどうしようとも、

     世間は大々的に騒ぎ、野次馬も何処からともなく無限に湧く。

     仮に、その爆弾が爆発していたのなら、本来は出る筈も無かった、

     数十人、数百人という死傷者が出ていた事だろう。

     そして、そんな阿鼻叫喚を眺めて、自業自得だと、高笑いでもするつもりだったのだろう。

     ヤツは、「パペッティア」は、そういう人間だ。

     ……まあ、どう言い訳を重ねようが、私のやった事は、傍から見れば、ヤツと何ら変わらないがね。

     被害が皆無で終わったのは、あくまでも、ただの結果だ。


サラ:それが、今回の騒動の全てですか。


ダミアン:そうだ。


サラ:なるほど。

   あなたの事情は、分かりました。


ダミアン:……疑わないのか?


サラ:疑う?

   何故です。


ダミアン:何故……それは。


サラ:あなたが仮に人形ではなく、「パペッティア」本人であったのなら、

   又は、「パペッティア」に心酔し、本当に心の底まで毒されてしまっていたのならば今頃、

   長々と言い訳や御託を連ねている間に、第2第3の手で、私を葬っていることでしょう。

   けれど、あなたはそうしなかった。

   それどころか、率先して爆弾を解除させ、自らの罪の全てを、包み隠さず吐露して下さった。

   その言葉に、その正義に、嘘偽りは無いと信じる事に、猜疑の余地はありません。

   伊達に12年、その背を追い続けてはいませんから。


ダミアン:……サラ……


サラ:私からは、敢えて何も報告はしません。

   この件が正式に終わったら、皆にも、あなた自身の口から、全てを話して下さい。

   きっと、少なからず、非難や嘲罵の類の声があがることでしょうが。


ダミアン:……構わんよ。

     それが至極当然の、受けるべき報いだ。

     それに、最後までこの矛盾の重圧を隠しきれるほど、私の心は、図太く出来てはいない。

     例え君に見抜かれずとも、いつか近い未来の私が、手錠をかけられたがっていただろうさ。

     むしろ、今全てを打ち明ける事が出来たお陰で、とても清々しい気分で、現職を引退出来そうだ。


サラ:それは、何よりです。


ダミアン:……強いて心残りがあるとするなら、

     「パペッティア」に関する手掛かりを、何も残してやれない事か。

     一度解析を試みたが、不本意ながら流石と言うべきか、

     やはり何も、ヤツの痕跡に繋がるものすら、見付けることは叶わなかった。


サラ:心配要りませんよ。

   あなたも仰った通り、ユニットAにはまだ、私が居ますから。

   静かな余生を送りながら、「パペッティア」が逮捕されたと報道が流れる日を、楽しみにしていて下さい。


ダミアン:はは、それもそうだったな。

     出来ればそれは、冷たい檻の中ではなく、

     暖かいリビングルームでソファに身を沈めながら、コーヒーでも片手に観賞したいものだ。


サラ:ええ。

   ……では、一度通信を終了…… 

   あ、最後にもうひとつ。


ダミアン:ん、なんだ?


サラ:私が先日お渡しした小包、もう開けましたか?


ダミアン:小包……

     ああ、退職祝いと言っていたアレか。

     いや、まだ確認出来ていないな、デスクに置きっぱなしだ。

     ほとんど間髪入れずに、この案件に駆り出されたからな。


サラ:……そうですか。

   そうですよね。


ダミアン:何故今、それを?


サラ:………………


ダミアン:サラ?


サラ:じゃあ、残念ながら、時間みたいですね。

   名残惜しいですが、お別れです。


ダミアン:は?


サラ:ドカン。



(凄まじい爆音ののち、通信切断)



サラ:……タイム・オーバー。

   さようなら、憐れな私の人形、ダミアン・オネット警視正。

   並びに、国防警務隊職員、及び上官の皆々様方。

   あなたとならいつか、同じ道を歩めると思っていたんですけどね、ダミアンさん。

   言ったでしょう、半端な真似事は許さない、って。

   やっぱり、正義なんて下らないモノに毒された不良品に、期待する方が無駄だったんですかね。

   ……あの日、あの眼に見惚れてから、12年と少し。

   それなりに面白かったですよ、それなりに、ね。

   糸の切れた人形は、ゴミ箱へ捨ててしまいましょう。

   次なる喜劇は、また、いつか。


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