小松和彦氏
2022年7月15日、物見遊山が主催する企画の第一弾として、郷土史研究家の小松和彦さんをお招きしました。小松さんは秋田の遊郭や民間信仰を中心に研究をおこなっており、工芸ギャラリー・小松クラフトスペース代表でもあります。なかでも人形道祖神を精力的に調査しており、イラストレーターの宮原葉月さんとユニットを組んだ「秋田人形道祖神プロジェクト」としても活躍されています。6、7月は人形道祖神の作り替えや鹿島祭りが各地で開催されるため、リサーチに奔走されているお忙しいなか登壇いただきました。
トークの前半は小松さんから秋田各地の人形道祖神や鹿島流しといった行事の紹介。後半は聞き手として芸術人類学者の石倉敏明先生(秋田公立美術大学)と美術家の大東忍(物見遊山)を交えて「秋田人形道祖神よもやま話」を伺いました。
トークイベントの様子
秋田市新屋の人形道祖神のお面と思われるもの
お面は新屋の愛宕地蔵堂から特別にお借りしました
キーワードから読む、秋田人形道祖神
トークイベントで挙がった秋田人形道祖神のよもやまを、まずはキーワードでご紹介します。
・ホットスポット
「人形道祖神」とは疫病を避けるため村落の境界などに立てられる、わらや木で作られた人形の神様です。人形道祖神という名前の命名者である民俗学者・神野善治によれば、こうした人形神は東北各地にあり、なかでも秋田に数多く見られます。秋田は人形道祖神のホットスポットなのです。
・お祭り
藁でできた人形道祖神は定期的に作り替える必要があります。村人が総出で人形道祖神を作りお祭りをする。これこそが、共同体のつながりを深めるという人形道祖神のもっとも重要な役割だと小松さんは言います。今回のトークイベントでは実際のお祭りの様子について数多く紹介してもらいました。
・新屋の人形道祖神
会場となった秋田公立美術大学がある新屋にも、じつはかつて人形道祖神があったようです。かつてあった新屋の人形神は、明治6年に秋田県が出した神仏分離のお触れによって禁止され姿を消したと考えられます。昭和6年に愛宕地蔵堂の屋根裏でお面が発見され、これがかつての人形道祖神のお面と思われます。お面のサイズからは新屋の人形道祖神が湯沢市岩崎のものに匹敵する、3、4メートルもの大きさだったことが分かります。当日はこのお面をお借りして、イベント会場に飾らせてもらいました。
秋田市新屋の日吉神社の人形道祖神イメージ(小松和彦制作)
・世界の類似例
秋田に多くある人形道祖神ですが、じつは海外にも似たものが存在します。イベントでは東南アジアの山岳民族アカ族について教えていただきました。アカ族の人形神も疫病除けとして男女一対で集落の境界に立てられ、性器を備えているそうです。こうした特徴は秋田の人形道祖神と酷似しており、日本の文化のアジア的広がりを感じさせます。
(居村匠)
ショートレポート「人間くさい神様」/ 大東忍(美術家)
人形道祖神は守るべき自身の村を背に配し、目前には秋田のだだっ広い「いい眺め」を見据える者や、高台にいらっしゃり村を一望し見守る者などがいます(こんなところに!?という場所に居る道祖神も多いです)。その姿はなんだかその地でどっしりくつろいで、広がる風景や季節のうつろいを楽しんでいるように見えます。顔の造りはあまりに豊かで、木製のお面を被るものや大胆にも藁にそのまま墨で顔を書いたもの、ベンガラで真っ赤になっているものや中にはペンキでキッチュなペイントが施された者もいます。その表情は地域で共同作業をおこなう作り手たちにとって共通の、理想とする顔つきがあるのか、それとも素朴な作り手達の先祖に似てたりしているのかと、つい思いを馳せてしまいます。
持ち物にも個性があり、煙草入れを腰から下げている愛煙家の人形道祖神もいるし、お酒を飲まされて口の周りがべとべとになっている人形道祖神もいます。彼らには嗜好品もあるし食事もするのです。またある地域では、人形道祖神はの祭りの日に人間におんぶされて村を練り歩き、出くわしたもう一体の異性の人形道祖神と交合します。小松さんが会場に持ってきてくださった40cmほどの鹿島人形(鹿島流しに使う人形)は、小ぶりながらも藁がみっしり詰まっていてしっかりした重さがありました。小鳥が肩に留まった時にその重さをきちんと感じるように、人形そのものの重さが確かにありました。おんぶされて移動する人形道祖神は大きく重いため、高齢化で担ぐことができなくなった地域では、移動にトラクターやリヤカーを使うことがあるようです。このように仕事や生活で使うありふれた道具で儀式を執り行います。威厳のある神というよりも、それぞれの要素がなんだか人間くさいのです。石倉先生は、「人形道祖神はコミュニティアートやヴァナキュラー彫刻、公共彫刻といった存在だ」とおっしゃっていました。人形道祖神はハレの存在というよりも、生活や共同体、風景の中の一部のようです。
そんな人形道祖神に誘われて、また今年も育てた米を食べ人が集まり藁を結い、鹿島祭りで歌や音を鳴らし、おんぶして身体を目一杯使い村を歩き回り、人形道祖神の身体に突き刺したきりたんぽを引き抜きまた皆んなで食します。多くの村が過疎と高齢化の渦中にありながらも生きた形で人形道祖神の風習が残っており、その存在が人間らしい行動を引き出し循環させます。藁とおおらかなこの土地が結びついた、秋田の人形道祖神。情報過多により人間らしさを享受することが危ぶまれる今日、人形道祖神は私たちを見守りながら、身を挺して人間というものを教えてくれている気がしました。
(大東忍)
小松さんの「人形道祖神深掘り三選」
秋田人形道祖神よもやま話を聞いてもっと人形道祖神を知りたくなった方に向けて、小松和彦さんから推薦図書を教えていただきました。
1,『人形道祖神―境界神の原像』神野善治、白水社(1996)
2,『菅江真澄、旅のまなざし』秋田県立博物館(2014)
3,『ニッポン脱力神さま図鑑』 宮田珠己、廣済堂出版(2020)
★ 『村を守る不思議な神様・永久保存版』小松和彦、宮原葉月、KADOKAWA(2021)
小松和彦さんと宮原葉月さんのユニットによる「秋田人形道祖神プロジェクト」による永久保存版の一冊。読むと実際に足を運びたくなるような秋田各地の人形道祖神エピソードが、魅力的なイラストとともに詰まっています。ぜひご覧ください!
左から 小松和彦氏、大東忍、石倉敏明先生
小松和彦
秋田市生まれ。青山学院大学文学部史学科卒。2006年から秋田市の工芸ギャラリー・小松クラフトスペース代表。共著に『村を守る不思議な神様・永久保存版』(KADOKAWA)、『秋田県の遊廓跡を歩く』(カストリ出版)、2017年から秋田魁新報電子版に郷土史コラム『新あきたよもやま』を連載。
小松和彦「秋田人形道祖神よもやま話」
2022年7月15日(金)18:00 ~ 20:00
場所:秋田公立美術大学 G1S + オンライン配信
企画:物見遊山
助成:秋田市地域づくり交付金
協力:愛宕地蔵堂、秋田公立美術大学大学院複合芸術研究科