WALK & ACADEMY 2022年 11月13日(日)
宮城県美術館の周辺エリアを歩き、価値を発見、共有して、これからの活動につなげようと企画したのが「歩いて、そして考えるWALK & ACADEMY」です。講師をお願いしたのは、宮城県美術館建設の際に敷地の植生調査に携わり、青葉山の自然を熟知されている柴崎徹氏。午前は紅葉のなかを歩き、午後は振り返りながらお話を聞く充実の一日となりました。
登山家。日本百景名山はもとより海外の山々を60年以上にわたり登山です。農学博士として、宮城県内の自然環境の保全・調査・研究に携わってきました。宮城県美術館の2 代目館長をつとめた故・加藤睦奥雄氏と親しく、県美の庭園の整備にもかかわりました。著書に『生きとし生ける者-伊豆沼・内沼からの伝言』。元東北工業大学客員教授。元宮城県伊豆沼・内沼環境財団研究室長。日本山岳会会員。
見学ルート:宮城県美術館の前庭・北庭、澱橋周辺、東北大学キャンパス内・千貫沢周辺・植物園周辺
ウォーキングのコースは柴崎氏ご自身が現場を歩き考えてくださったもの。原生的な自然と人がつくり出した自然の両方を見聞できる内容となっています。県美の北庭で特筆すべきは、建設の前から敷地内の河岸段丘崖に自生していたというケンポナシ。おもしろい形の実をみんなで確認しました。シュロの木の幹の繊維は鳥が巣作りに使う、クヌギは炭焼きの材料となった、エゴノキの実を食べるのはシジュウカラのみ、生きたメタセコイヤが中国で発見されたのは1940 年代などなど。あふれるような説明を興味深く聞きました。
この日、多くの参加者が感嘆の声を上げたのが、扇坂わきを流れる千貫沢。渓谷に下りると、水が流れ、オニグルミが群落を成し、シロヤナギ、イタヤカエデ、センノキが大きく育ち、その下にはさまざまな低木が自然のままの姿を見せていました。
戦後に植えられた樹木が大木に育っているのを眺めながら、最後は東北大学植物園へ。あいにく入園はできませんでしたが、すぐそばに生い茂るモミ林を眺め、手つかずの原生林が都市のなかにあることを実感しました。
午後の講話は、県美が建設される前に行った敷地の植生調査の話から始まりました。柴崎氏が植物生態学者の故・飯泉茂氏とともに行った調査では、広瀬川の崖の際まで観察し、武家屋敷の名残と思われる樹木をはじめ、樹木の詳細な報告をとりまとめ宮城県に提出したそうです。ケンポナシの木はその報告が生かされたものでしょう。
この日のテーマである川内地区の話は、丘陵地帯である青葉山と広瀬川が作り上げた地形の成り立ちから解きほぐされ、城下絵図を参照しながら、崖と高低差を克服して進められた城下町建設へと及んでいきました。
そして、あらためてこの地区の価値を教えてくれたのが、1961 年、東北大学植物園にあるモミ・イヌブナ林の存在を広く知らしめた植物生態学者、故・吉岡邦二氏が調査した植生図の話でした。モミとイヌブナの群落があることで、仙台は冷温帯と暖温帯の境目に位置することが明らかになったのです。モミ・イヌブナ林が今日のような姿になるまでにかかった年月はおよそ300 年、と柴崎氏は見立てます。市街地や造成地のような場所を「1」とし、自然草原を「10」と位置づける植生自然度のスケールで測ると、モミ・イヌブナ林は「9」。そして、午前中に歩いた千貫沢などの自然林は「8」。川内のこの自然度は仙台市内では他にはない、というひと言が強く胸に残りました。決して失ってはならない私たちの共有財産なのです。
訪れる人を魅了する県美の庭園や周辺環境の保全に植物学や生態学の知見や研究が生かされてきたことは多くの示唆に満ちている、とも感じさせられた2時間でした。
街なかにあるアート作品を見つけてつながろう
令和5年から約2年間、改修工事が始まると、宮城県美術館は基本的に閉館となります。その期間は、展覧会がみられなくなり、創作室も使えなくなります。美術館が休んでいても市民がアートでつながっていけるようにアカウントを作り、市県内にあるアート作品を見つけたらSNSで発信して作品情報等を共有していこうという取り組みです。
2022年9月からTwitter上で開始していますが、フォロワー数40で、活発な情報交換がされているとは言えず、次年度へ持ち越しの課題となりました。また、SNSとは別に、グループでアート作品を探索する散歩会も以下の通り実施しました。次年度も継続の予定です。
第1回 勾当台公園 2022年9月3日(参加者12名)
スタートアップのお散歩会は、勾当台公園の《谷風の像》(翁観二作)から開始しました。アーティストや町歩きの達人も加わり、公園内の7作品ほかを半日かがりで鑑賞しました。仙台市の彫刻のあるまちづくり事業で設置された作品群はもとより、戦後復興の象徴だった《平和祈念像》(翁朝盛)や様々な来歴を持つ彫刻作品、公園の一部でもある池の造作にも意図があり、興味が尽きないものでした。
第2 回【遠足】 - 登米市・サトウサトルミュージアムほか- 2022 年9 月24 日(土)(参加者:16 名)
登米市出身でパリを拠点に国際的な活躍をする環境造形作家・サトウサトル氏。登米市内には作家自身の作品とコレクション(幾何学構成的絵画・彫刻等)を展示する「SATORU SATO ART MUSEUM(サトウサトルミュージアム)」のほか、広大な公園や学校の校庭、寺院などに作品が点在しています。サトウ氏には県美ネットの活動に当初からご支援いただいたご縁から、今回の鑑賞会の講師をお願いする事ができました。
ミュージアムでは、完成したばかりの屋外彫刻や収蔵されている作品を、作家ご本人の案内で鑑賞し、質問したり感想を伝え合うこともできて、とても贅沢で楽しい時間を過ごせました。アートが身近にある環境って良いですね。またあれこれコミュニケーションしながらのアート鑑賞会は、久しぶりに「遠足」の楽しみを実感するものでした。
講師:サトウ サトル 氏
フランス を拠点に活動する 画家、造形作家。宮城県登米市出身。1969 年にパリ でデビューし、1979 年「鉛直主義」を世界に向けて宣言、国際的抽象画家となった。現在は幾何学構成的絵画から立体作品、環境造形作家として、パリを拠点に多くの制作を行っている。
第3回 台原森林公園 2022年10月29日(参加者8名)
台原森林公園には、仙台市彫刻のあるまちづくり事業で設置された彫刻の第1号《緑の風》(佐藤忠良)と第2号《茉莉花》(舟越保武)ほか4作品があります。昭和35年までこの公園の敷地にあたるところ(地下鉄造成のため同じでない)を縦貫していた仙台鉄道などにも思いを馳せつつ、秋晴れの中、広い公園で森林浴を楽しみながらの鑑賞となりました。彫刻もさることながら、《平和と安らぎの広場》(柳原義達)の台座に使われていた伊達冠石に魅了されました。仙台市科学館の「岩石園」でさらに盛り上がりました。
第4回 定禅寺通から西公園 2023年1月8日(参加者11名)
定禅寺通のシンボルでもあるエミリオ・グレコのブロンズ像《夏の思い出》から出発しました。通りの中央緑地帯を西公園に向かって、マンズー《オデュッセウス》→クロチェッテイ《水浴の女》を巡りつつ、見慣れた彫刻の魅力を再発見することとなりました。季節がら、欅の葉も落ちていたので道向こうにある杉崎正則《神話》や、洋画家の杉村惇が東北大学の学生たちと制作した宮城県民会館の外壁レリーフ(画家最大の作品!)もよく見えました。西公園では仙台市蒸気機関車C601保存会のKさんに解説をいただき、今さらながら西公園のSLについても理解を深めることができました。また、こけし塔については共同代表の西大立目の解説もありました!寄り道しすぎて西公園の南側作品は次回以降へ持ち越しとなりました。
#道草アートみやぎ投稿作品リスト2022年度分(エクセル一覧にとりまとめています)
アートや美術館に関わる市民にインタビュー
『とびらプロジェクト』は、東京都美術館がリニューアルオープンしたことをきっかけに、隣の東京藝術大学と手を組み2012 年に始動した「美術館を拠点にコミュニティを育む」プロジェクトです。広く一般から参加するアート・コミュニケーター「とびラー」と学芸員や大学教員が、美術館を拠点に人と作品、人と人、人と場所をつなぐ活動を展開しています。初期の『とびらプロジェクト』に参加した「とびラー」のO 氏に、宮城県美ネットの今後の活動のヒントを得るため、インタビューをさせていただきました。
- この企画は、東京都美と東京藝大の連携で始まった。
- とびラーは毎年50 人を募集し(18 歳以上であれば応募可能)、1期3 年、常時150 名の
メンバーが活動している。
- 3 か月間、毎週末に、アートに関する藝大等の先生による講座がある。
- とびラーメンバーが企画したプロジェクトに、「この指止まれ方式」で最少 2 人が手をあげ
れば、企画を実行へ移行することができる。
- 企画はとびラー向けのものが多く、対外的な企画の開催は難しい。
- とびラーの活動のために都美の専任の学芸員が複数常駐している。
- とびラー専用のスペースが都美内にある。
なんとも羨ましく整っている環境です。
しかし、宮城県美ネットがこれまで実施してきた活動内容を説明すると、市民主体でありながら、『 とびらプロジェクト』に劣らない活動を行っていることもわかってきました。また、美術館は「神殿」か、それとも「フォーラム(対話)」かという話にも広がり、活動のヒントを大いにいただきました。
宮城県美術館とともに学び、もっと楽しみたい市民の声をどのように県に伝え続けていくかという、宮城県美ネットの課題も浮き彫りになり、充実したインタビューとなりました。企画の充実、県美との連携の模索など、様々な取り組みに活かしていきたいと思います。
参考:「アートを介してコミュニティを育む」とびらプロジェクトについて
2021 年11 月にリニューアルオープンした八戸市美術館。「出会いと学びのアートファーム」をコンセプトに、市民や街と積極的に関わりながら美術館運営に取り組んでいます。そのアクションの一つが「アートファーマー」(以下、AF)です。AF は「アートでコミュニティを耕して育む」存在として位置づけられています。県美ネットの今後の活動の参考にするべく、学芸員である大澤苑美氏にお話を伺いました。
「AF は、リーダーがいたり、組織として動いている活動体ではありません。プロジェクトごとに興味のある人が集まり、アーティストの創作活動や美術館のプロジェクトをサポートしてくださっています。AF は、『美術館が手伝ってほしいことを手伝ってもらう人』ではなく、参加する市民の方々がそれぞれに主体的に関わる『パートナー』であると認識しています。参加動機も年齢もさまざまです。学芸員の仕事が知りたくて参加してくれた高校生もいました。プロジェクトによっては家族参加もあります」(大澤氏)リニューアルして2 年目の現在、AF の取り組みは美術館側から声をかけて市民を集める形をとっているそうですが、いずれはAF から企画が提案されることも期待しているそうです。
「八戸市美術館には『ジャイアントルーム』と呼ばれる多目的空間があり、コンセプトである『出会いと学び』を形にしたような場所です。展覧会の関連企画のそばで市民が打合せをしたり、貸しスペースの隣でワークショップが行われたり、さまざまな取り組みが同じ空間で行われています。ここを訪れるだけでいろんなアクションを目撃でき、出会いにつながります。こうしたきっかけをいずれAF 自身が発信できるように、まずは美術館からアートや街と関わる機会をつくっていきたいと思っています」(大澤氏)
「これからも市民や街と関わり合う美術館でありたい」と大澤さん。AF をはじめ、美術館を軸にたくさんの出会いを生み出している八戸市美術館の取り組みは、芸術文化の環境だけでなく、「街を主体的に楽しむ」という市民文化の醸成にもつながっていると感じました。
参考:「八戸市美術館」https://hachinohe-art-museum.jp/