スフォルチェスコ城を10時に出て地下鉄M1で最寄りのCairoli駅からDuomo駅へ。遠近法を使っただまし絵で有名なサンタ・マリア・プレス・サン・サティ教会を見て、カフェで休憩。11時にドゥオーモに入る。
日立も納入
写真右の柱の彫刻もすごい。メルカンティ広場
2020年も小ぶりになったが続いている
ローマ教皇庁の権威のもと布教、秘蹟の授与の活動を各地で行うため「司教団」が形成された。司教たちが置かれた都市のことを司教座都市といい、その中心に作られたのが「ドゥオーモ」。ドゥオーモはカトリック諸都市に存在。
ミラノのドゥオーモは1、2を争うほどの壮麗さと規模で知られている。フランス語の「カテドラル」と同義
ドゥオーモの南西200mぐらいのところにある。平日7:30~11:30、15:30~18:30なので10:30-45にに訪問
9世紀にアンスペルト大司教により建てられ、1242年にこの建物の中で「マドンナ・コン・バンビーノ」(子供のマドンナ)の奉納絵画がナイフで刺され、そこから血が噴出しているのが見られるという奇跡が起こった。
教会の後ろのファルコーネ通りのために9.7メートのところを90センチの奥行しか取れずブラマンテにより超遠近法で「だまし絵」が描かれた。これが芸術史上の最初の例の1つになった。
シエナの銀行
ここで休憩(10:45)。向かいの店は洋菓子店Panarello 1885年ジェノバ創業、ミラノ店は1930年開店
店を出るお客さんはチョコをお買い上げ
アーケードの下で
ドゥオーモの最初の石は1386年に大司教アントーニオ・ダ・サルッツォとミラノの領主 ジャン・ガレアッツォ・ヴィスコンティの要求により、古代からあったサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂の場所に置かれた。
ドゥオーモのティブリオ(主尖塔、十字型通路の交差部)は1480代まで放置されて数人の建築家が設計に失敗しその後の建設コンペにはダ・ヴィンチが案を出し、ブラマンテが案をまとめた。四本の柱をメインとして12本の柱に重荷を分散させる案だが、不採用となり、最終的にマルティーニがそれを生かした上での結論を出した。
5つあり、有名な中央の最大の扉はキリストと聖母マリアのストーリーが描かれている。
中央扉の右側は、生まれたばかりのキリストを抱く聖母マリアの姿、そして、中央扉の左側はキリストが処刑された時の聖母マリアの悲しむ姿がある
宗教改革による中断を経て1813年にミラノ公国を征服したナポレオン・ボナパルトの命令により、フランスの資金で完成させた。 19世紀を通じて、尖塔と新しいステンドグラスと交換などの全ての装飾が仕上げられ
500万人のカトリック信者がいる世界最大の司教区であるミラノ大司教区を統括する首都大司教の司教座聖堂
全部で3500ある
ステンドグラスの作成時期
サンタ・マリア・マッジョーレ教会時代のもの
中央祭壇の下に、くるみの木で彫られた合唱席 Coroがある
ここにいないがその大司教は2011年Angelo Scola 枢機卿(1941年生)
尖塔の数
斜めに走る支えのことでゴシック建築の典型。大きな屋根を外側から支える役目をし、当時の建築技術では不可能だった「薄い壁」を実現さた