名古屋大学オープンレクチャー2025で中高生向けに講演しました。
講演動画とレポートが公開されてますので、こちらも参照ください。
筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic lateral sclerosis, ALS)は運動ニューロンの変性により全身の筋力低下を来たす神経変性疾患である。歩行障害、呼吸障害、嚥下障害など、筋力が低下する部位での症状が進行し、日常生活動作に大きく障害を来す。国内では10,000例ほどの患者が存在し、平均発症年齢は60歳前後であり、アルツハイマー型認知症やパーキンソン病などの加齢により増加する疾患とは異なる分布である。平均生存期間は5年前後であり、呼吸障害の出現時期が患者の予後に影響を及ぼす。臨床現場において、ALSの進行を遅らせる目的で使用できる薬にはグルタミン酸遊離阻害作用を有するリルゾールや、フリーラジカル消去剤であるエダラボン、ビタミンB12であるメコバラミンがあるものの、効果は限定的であり、未だに根治的な治療方法が存在しない。
運動ニューロンは筋収縮を司る神経であり、大脳皮質運動野と脊髄前角に細胞体がそれぞれ存在する。大脳皮質運動野から始まり脊髄前角まで伸びるものを上位運動ニューロン、脊髄前角から始まり神経筋接合部まで伸びるものを下位運動ニューロンといい、脊髄前角において上位運動ニューロンと下位運動ニューロンはシナプスを介した情報伝達が行われる。そして最終的に、下位運動ニューロンが骨格筋に情報を伝達することで筋収縮が起こる。運動ニューロンが障害される疾患には脊髄性筋萎縮症(Spinal muscular atrophy, SMA)や球脊髄性筋萎縮症(Spinal and bulbar muscular atrophy, SBMA)など多くある中で、ALSは上位および下位運動ニューロンの双方が障害されるという、神経難病のなかでも特徴的な疾患である。
近年、iPS細胞をはじめとした様々な先進的技術により、ALSの治療薬の開発研究がなされているが、発症メカニズムの解明には未だ辿り着けていない。その理由の第一は、ALSの遺伝的要因にある。ALSの原因遺伝子は数多く同定されてきており、RNA結合タンパク質や細胞骨格タンパク質などをコードする遺伝子に変異を有することが知られているが、遺伝歴を有する家族性ALSはALS全体の1割程度で、9割が孤発性である。ALSと診断された患者の自然経過を追跡した研究において、死亡または呼吸障害により人工呼吸器管理を要する状態に達するまでの年数は、数か月から5年以上と驚くほど多様である(図1A)。このように、ALSと臨床的に確定診断がされても実際は単一の病態ではないことが、病態解明や治療薬開発が困難である要因の1つである。
メカニズム解明を困難にしているもう1つの理由は、適切な実験モデルが存在しないことである。ALSは病理学的な評価で確定診断される。例えば、ALSの原因RNA結合タンパク質の1つであるTAR-DNA binding protein 43 (TDP-43)は、正常では核に発現しているが、ALS患者の約9割において、TDP-43が核から脱失し、リン酸化修飾を受けた状態で細胞質に異常凝集することが知られている(図1B)。TDP-43以外にも、同じく原因RNA結合タンパク質の1つであるFused-in sarcoma(FUS)も同様に核から脱して細胞質に異常凝集するが、ALS患者で認められるこれらのRNA結合タンパク質の病理学的特徴をマウスなどの実験動物およびiPS細胞でも再現することが未だにできていない。臨床現場において、悪性腫瘍は治療の目的で摘出して直接研究に用いることができる一方で、成熟した神経は再生不能なため、ALS患者が存命時に生検などで運動神経を評価することは困難である。それゆえ未だに患者の死後にこれらの原因RNA結合タンパク質の異常凝集をみて、ALS発症時に何が起きて核から脱失して細胞質への異常凝集に転じるかを、 想像して仮説を模索するしかないのが現状である。
さらに難しいことに、ALS患者は運動神経障害のみではなく、認知機能障害を合併することが知られている。その原因は、上述のALSの運動神経に見られるTDP-43などのタンパク質の異常凝集が、運動神経以外の大脳皮質の神経にも見られるためである。大脳の前頭葉や側頭葉の神経に異常凝集が蓄積する前頭側頭葉変性症(Frontotemporal lobar degeneration:FTLD)は若年発症が多い疾患とされており、言語症状や精神症状を主体とする認知症だが、時にALSと同じ運動症状を合併することがある。 ALSとFTLDは遺伝学的にも共通の遺伝子異常の関与が認められていることからも、同一スペクトラムの疾患と考えられている。しかし、なぜ運動神経優位、あるいは前頭側頭葉優位の神経変性になるのか、それも未解明のままである。
当研究室では本邦の家族性ALSの原因で頻度が高いRNA結合タンパク質であるFUSの研究を進めてきた。FUSはスプライシングやRNA輸送など様々なRNA代謝に関与していることは既に知られている。しかしALS発症メカニズムを解明するためには、FUSの標的となるどのようなRNAが、神経細胞の機能に重要であるかを明らかにする必要がある。また、ALSの根治的な治療薬を開発するためには、詳細な発症メカニズムを基に進めることが重要である。神経細胞においてシナプスは神経活動により可塑性を有し、その数や形態を変化させることが知られている。著者らは、シナプスの変化が細胞死よりも前に生じることに着目し、 FUSのシナプス制御機構の研究を行った。 FUSノックダウンマウスモデルを用いて解析したところ、FUSが消失するとシナプス成熟が阻害されることを見いだした(図2)。その機序を調べるためにFUSと結合する標的RNAを解析してみると、FUSがシナプスを構成するタンパク質をコードするmRNAの3’非翻訳領域(3’UTR)に結合してmRNAを安定化させ、シナプス機能を制御していることが明らとなった。そのなかで、FUSが後シナプスの主要構成タンパク質である SYNGAP1(Synaptic Ras GTPase activating protein 1)の3’UTRでRNAを安定化し、シナプス成熟、認知行動を制御しているメカニズムを明らかにした。SYNGAP1はナンセンス変異により知的障害や自閉症スペクトラム障害(Autism spectrum disorder, ASD)を引き起こすことが知られている。SYNGAP1のヘテロノックアウトマウスではシナプスが増加する。これはFUSが制御しているシナプス成熟とは反対の現象により発達障害の病態が引き起こされており、同一遺伝子の異常により異なる疾患の病態が生じることは興味深い。さらに面白いことに、シナプス成熟が阻害されているFUSノックダウンマウスの認知行動解析を行うと、自由行動量が増大し、通常のマウスが怖がるような刺激を恐れなくなるなどのFTLDに類似した脱抑制症状が認められた。このように、FUSは3’UTRを介した転写後修飾(post-transcriptional modification)によりシナプス成熟を制御していることが明らかになった。
マウスで発見したFUSのSYNGAP1制御機構がALSに関与するかを明らかにすべく、日本のALSレジストリであるJapanese Consortium of Amyotrophic Lateral Sclerosis (JaCALS)のデータベースに登録された807例を解析したところ、 SYNGAP1 3’UTRのFUS結合部位に新規ヘテロ変異のある患者7例を見いだした。興味深いことに、ヒトではFUSの結合部位がSYNGAP1 mRNA 3’ UTRの5’側に集中しており、3’側にFUSの結合部位が存在するマウスとは大きく異なっていたことから、ヒト特定的なRNA代謝機構が推定された。そこで著者らは、この新規SYNGAP1変異を遺伝子改変技術で導入したiPS細胞由来運動神経を作成して解析したところ、SYNGAP1 mRNA 3’ UTRにFUSとともにRNA結合タンパク質であるheterogeneous nuclear ribonucleoprotein K (HNRNPK) が過結合し、SYNGAP1のスプライシングを変化させて運動ニューロンのシナプス数を減少させることを発見した(図3)16)。HNRNPKはナンセンス変異によりAu-Klien症候群という発達障害 を引き起こしたり、周辺の欠損により急性骨髄性白血病を発症することが知られているが17)、ALSとの関与は明らかになっていない。HNRNPKの関与がALSの病態解明の新たなきっかけになる可能性がある。
このスプライシング異常にはHNRNPKの関与が大きかったため、 mRNAに結合する核酸であるアンチセンスオリゴを開発してHNRPNKの過結合を是正したところ、スプライシング異常が一部是正され、シナプス数が回復することを発見した。
以上の結果からRNA結合タンパク質の過結合がシナプス形成異常を起こすというALSの新たな病態機序を解明した。詳細な機序が明らかになったことで、アンチセンスオリゴのように分子レベルで作用する薬剤をピンポイントで開発することが可能となり、オフターゲット効果や副作用が生じにくい薬剤の開発が行える可能性が示唆された(図3)。また、アンチセンスオリゴはヌシネルセンという薬剤がすでに脊髄性筋萎縮症(SMA)に用いられているが、髄腔内投与によりSMN2遺伝子のスプライシングを変化させることで治療が可能である。このように既に臨床応用されている技術を用いて薬剤開発を行うことは、開発した薬剤を実臨床で患者に届けるために重要な要素である。
SYNGAP1の遺伝子変異を有するALS患者が1%弱であることから、開発したアンチセンスオリゴの適応範囲が限定される。また、 FUSによるALSの病態への関与が完全には明らかにはなっておらず、未解明の部分がまだ残されている。現在はALS患者iPS細胞由来運動神経を用いて、ALS患者全体に反映できるような病態解明研究を進めている。
新たな研究手法として、CRISPR-Cas9を用いて患者遺伝子変異をその部位のみ修復して正常化するscarless genome editingや、iPS由来運動神経にシナプス活動からカルシウムが流入すると明滅するR-CaMPを導入しライブイメージングで神経活動を経時的に観察するIncucyte SX5®などを導入している。解明したい事象に対して必要な最新技術を導入しつつ、ALSやFTLDに対する治療薬開発に挑む。
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iPS細胞由来運動神経細胞を用いたALSの発症メカニズムの解明
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