第6回 統計・機械学習若手シンポジウム
連動コラム企画

企業研究員パパの
博士課程体験記


こんにちは.髙田正彬と申します.このコラムでは,企業研究員で,2児(3歳&5歳)の父である私の,ごく私的な博士課程体験記を記したいと思います.なお,この記事は個人として執筆しており,私の所属するいかなる組織の意見ではありません.

自己紹介

はじめに,私がどんな人物なのか,経歴・経緯を記しておきます.

私は,学部では東大の計数工学科,修士では数理情報学専攻に在籍していました.卒論では,制御論の研究室で,遺伝子ネットワークの解析しました.当時M2ながら手厚くサポートしてくれる偉大な先輩がいたので,解くべき問題が与えられて,それをこねくり回して解いたり,使える定理を見つけてきて適用するといったことをしていました.一方,修論では,数理生命の研究室で,神経修飾物質の数理モデリングを行いました.修士の研究室はかなり放任主義で,自由を楽しみながらも,研究テーマ選びや文献調査に四苦八苦して,なんとか修論を書いたのでした.

当時,博士課程に進学するということはまったく考えていませんでした.理由はいろいろありますが,だいたい以下のような理由です.

  1. アカデミアで生きていくだけの知力・体力がないと感じたこと.

  2. 早く社会の役に立ってお金を稼ぎたいと思っていたこと.

  3. 研究そのものは楽しくても,上記を我慢してまで博士に進学するほどではなかったこと.

研究自体は好きだったので,就職活動では企業の研究員を志望し,SIerの研究員になりました.その数年後,研究サイクルを緩めて腰を据えて研究したい,コンピュータ科学ではなくデータ科学をやりたい(というかそこが自分の得意分野),自社のデータ解析をやりたい,ということで,メーカーの研究員に転職し,現在に至ります.

なぜ博士課程に進学したか

転職して研究開発を進めていくと,次は博士課程に進学したいと思うようになりました.その理由は,以下の3つです.

  1. 知的好奇心:企業研究員としての仕事内容はあまり書けないのですが,製造・エネルギー・医療等のデータ分析や,そのための手法開発をしてきました.その中で,スパース推定あるいはスパースモデリングと呼ばれる方法論に出会いました.そこでは応用と理論がうまく混ざり合っていて,応用は謎解きパズルみたいで面白いし,技術課題と手法は理論と深く結びついていて,今まで以上に研究が楽しくなってきました.そして,もっと深めたいと思うようになりました.

  2. スキルアップ:企業における研究開発だけでなく,アカデミアでの研究のための技法も習得したいと思うようになりました.一般に,企業の研究開発では応用が重視され,理論や論文は軽視されがちですが,企業においても様々な場面で基礎的な理論や論文は非常に重要になります.理論解析や論文執筆のスキルを身に付け,企業においても先端的な研究ができるようになりたいと思うようになりました.

  3. キャリア:自身のキャリアの幅を広げ,選択肢を広げておきたいという気持ちが出てきました.思えば東大計数工学科に進んだのも,数理やシステムといった道具を使って様々な領域で活躍できる,いわば「潰しが効く」人になりたいと思ったことが大きな要因の1つでした.博士号を取得していれば,自社でも(たぶん)認められやすくなりますし,(予定はありませんが)転職市場でも(たぶん)有利になりますし,(予定はありませんが)アカデミアに進むという道も出てきます.転職しなくても,将来のキャリアの選択肢は多いほうが健全だと思います.

上記のような理由で,社会人博士でスパース推定に関して研究し,博士号取得を目指すことにしました.

入学までにやったこと

社会人博士では,入学前に入念に準備をしておくことが大切です.十分な研究時間が取れないことが多いためです.平日日中は仕事がありますし,夜間は疲れていますし,休日には子供の世話などがあります.私の場合,大学時代に保育園でアルバイトをするほど子供好きだったので,子供と遊ぶ時間は死守したいという気持ちもありました.

そこで,私は,研究テーマや課題設定・定式化・簡単な理論解析の目処が立ってから,博士課程の入試に臨みました.こうすることで,入学以降に理論深掘りや実験をすれば良く,時間的な制約を緩和することができます.精神的にもその方が安心します.もちろん入試前の準備に時間がかかることになりますが,社会人博士の場合,それくらいの準備ができていないと,入試合格自体が難しくなるのではないかと思います.

なお,大学・研究室選びも重要だと思いますが,私の場合,以前からお付き合いのあった統数研の藤澤先生の下に行ったので,あまり参考にならなさそうです.一般的には,研究実績や方針,博士号取得の要件,馬が合いそうか,などを総合して判断するのが良いと思います.

在学時のできごと

在学時にやったことは,書籍・論文を読んで理論を理解し,提案手法のために理論を拡張し,有効性をサポートする実験を行い,論文を書いて投稿する,ということでした.博士取得の要件としてジャーナル掲載があったのですが,機械学習界隈としてはトップカンファレンスを目指したい気持ちもありました.そこで,まずはカンファレンスに投稿して,内容を拡張させてジャーナルに出し直す,という戦略をとることにしました.結果的に,AISTATSとNeural Computationにアクセプトとなりました.

特に印象に残っているのは,東大の鈴木先生と共同研究させていただいて,論文原稿のフィードバックをもらったときのことです.論文のイントロが大幅に書き換えられ,論文の貢献とその重要性が非常にクリアに分かりやすくなっていて,衝撃を受けました.自分ではよく考えて書いたと思っていたのですが,次元が違いました.深い見識と豊富な経験によってなせる技だと思いますが,それ以降,論文のイントロは何十回も推敲して完成度を上げるようになりました.のちに博士課程とは別にIJCAIやNeurIPSにアクセプトされたのも,この経験が大きかったと思っています.

研究時間は,基本的に平日夜間と休日のスキマ時間でした.ただし,仕事が裁量労働制であったため,時間に比較的融通が効きやすく,平日日中でも作業できるときもあり,この辺りは社会人博士としては恵まれていたかもしれません.また,論文投稿前や学会中などの忙しいときには,妻と子供にお願いしてプライベートの時間を使ったりしました.ひとえに感謝しかありません.また,蛇足ですが,在学中,ウイニングイレブンにハマってしまった時期があり,そのときはスキマ時間がゲームに消えてしまって研究が進まなくなりました.みなさんもご注意を.

そして博士取得

そして2020年秋,33歳にして博士号を取得できました.いくつかの賞もいただけて,ありがたい限りです.子供にすごい!と褒めてもらって嬉しかったです.

L1正則化を体現する家族の写真

おわりに

ごく私的な博士課程体験記を書いてしまいました.何か少しでも参考になれば嬉しいです.もし進学・就活等でご相談がある方は,お気軽にご連絡ください.また,弊社は基本副業OKなので,何か分析案件等あれば,ご連絡お待ちしております.

2022.02.01

髙田 正彬 tkdmah [at] gmail.com