日が西の空に傾きかけると、ホグワーツはその空も城もグランドも、全てが暖かな金色に染まる。その赤金色の空を、一つの影がしなやかに孤を描いて駆け抜けていく。
ハーマイオニーは図書館の西日の差し込む窓から、その様子を眺めていた。
体は机に向かっているものの、どうしても首は窓の方を向いてしまう。右手には羽ペンが握られていたが、先ほどからそのペンが動く様子は一向に無い。
窓の向こうで夕焼けの空を鳥のように駆けている影は、彼女の親友のものだった。このあいだのクリスマスにハリーの元へ届いた新しい箒 ──誰から届いたのかさっぱり解らない新品のファイアボルト── をロンと二人で交代で乗って遊んでいるようだった。
「グリフィンドールはよいシーカーを持っているね」
突然声をかけられて、ハーマイオニーは思わず振り返る。すっかり外に見入っていて、側に人が来たのも気づかなかった。
「…ルーピン先生」
名を呼ばれた新任の教師はにっこりと彼女にむかって微笑む。
「彼らのところに行かないのかい?」
そう問われて彼女は手元にある羊皮紙 ──3行しか書かれていないレポート──に視線を落とす。
「まだ、課題が終わっていませんから」
ルーピンはそんな彼女の様子をしばし無言で見つめ、ややあって口を開いた。
「あまり、はかどっていないようだね」
非難するふうではなく、ただやんわりと指摘されて、ハーマイオニーはさらに顔を俯かせる。この人に嘘をつくのは無理なことなのかもしれない…と、彼女は正直に話しだした。
「ケンカしてるんです。彼らと」
ぽつり、と少女の口からこぼれた言葉はいつも気丈な彼女の声と違って、ひどく弱弱しく感じられた。
「私が行ったら、ふたりとも嫌な顔をすると思うから」
それきり、声は途切れる。
俯いたまま口を閉ざした少女を見つめながら、ルーピンはふと昔に思いを馳せる。
ホグワーツという同じ場所で、あらゆることに思い悩んで、悔やんだり、憤ったりした自分や友人たちの姿が、目の前にいる少女と重なって見えてくる。
「行ってあげなさい、ハーマイオニー。彼らもきっと喜ぶだろう」
「でも…」
「何も今すぐに仲直りしろと言っているわけじゃない。
少しずつでもいいから、自分に素直になることが一番じゃないかな」
少女は彼の顔を見上げる。夕日の光に照らされた穏やかな表情。
ルーピンはその目を細めて、彼女に向かって優しく笑んだ。
「さあ、早くしないと日が暮れてしまうよ」
グラウンドの隅に立っている人影に、先に気づいたのはロンの方だった。
ロンに肘でつつかれ、ハリーもその人物に注意を向ける。壁に背を預けて所在なさげに足元を見つめている少女は、彼らのもう一人の親友だった。
「どうしたんだい?こんなところに」
つん、とそっぽを向いてハーマイオニーは唇を尖らせる。
「べつに。ただもうすぐ夕食の時間だっていうのに、いつまでたっても城に戻ろうとしない人たちがいるから、注意しにきただけよ」
ハーマイオニーの態度が気に入らなかったのか、ロンは冷たく言い返す。
「へえ、それはご苦労さま。だったらもう、用は済んだだろ。さっさと帰ったらどうだい?」
「ええ、そうね。そうさせていただくわ」
まあまあ、とハリーが中に割って入る。
「ハーマイオニーの言うとおりもうそろそろ夕飯だし。三人で一緒に帰ろうよ、ね?」
ちらり、と二人は一瞬だけ視線を合わせ、そしてまたすぐにそっぽを向く。
「しょうがないな」
「しょうがないわね」
「まったく信じられないわ。ハリーのクィディッチの練習が終わってから、何時間たったと思っているの?」
「さあね。少なくとも、君が図書館にひきこもっている時間よりは短いと思うよ」
「だいたいロン。あなた、このあいだ出された魔法薬の課題なんて、まだ手もつけていないじゃないの。提出はあさってなのよ」
「よけいなお世話だよ。あさってってことは、まだ明日まる一日残っているじゃないか」
まだどこか距離はあるものの、ケンカする前のような二人の掛け合いに、間に挟まれたハリーは思わず苦笑する。
(早く仲直りしてくれるといいなぁ )
東の空は紺青の色を帯び、西の空にはまもなく宵の明星が輝く。
沈みかけたおおきな太陽が、彼ら三人の背中を暖かく見守っていた。