西日が差し込む暖かな寝室で、彼女はまどろみながら愛しい夫の帰りを待っていた。
壁一面オレンジ色に染まる部屋の中、暖炉にエメラレルドグリーンの炎が一際明るく瞬く。その炎の明かりでリリーは目を覚ました。
「おかえりなさい、ジェームズ」
炎とともに現れたジェームズは、軽く煤を払って暖炉から出てくる。リリーの元に歩み寄ると、ただいま、とキスを落とした。
リリーは身を起こそうとするが、彼はそれを優しく制す。少しずつ元気を取り戻しているとはいえ、彼女はまだ本調子ではないのだから。
促されるままに再びベッドに横になりながら、リリーは尋ねる。
「どうだった? 決まったの?」
いいや、とジェームズは苦笑する。
「あと一晩待ってくれ、だってさ」
リリーはクスクスと笑みを零した。
「シリウスったら、ずいぶん悩んでるのね」
「全くだよ。あいつとは長年の付き合いだけど、あんなに真剣に考え事をしてる姿は始めて見たな」
ジェームズの言い様にリリーはさらに微笑む。
その彼女の隣りで、小さな声があがった。
リリーは反対側に体を傾けて、その声の主を覗き込んだ。
「もうお目覚めかしら、王子さま?」
ぱちりと開いた翠の瞳。ちいさな唇、ちいさな手、ちいさな指。
ジェームズもリリーと同じようにそのちいさな顔を覗き込み、ふっくらした桃色の頬をちょんとつついた。
「ごめんよ、王子さま。君の名前がまだ決まらないんだ。もう少し待っていてくれるかな」
覗き込むジェームズの顔を見つめ、翠の瞳が瞬きを繰り返す。
「この子の目はリリーにそっくりだね」
「顔はきっとジェームズ似よ。お義母さまが見せてくださったあなたの昔の写真にそっくりなんだもの」
「僕と同じ顔か。そりゃ間違いなく色男になるな」
「その上名付け親はシリウスだなんて、将来が心配だわ」
冗談めかして溜め息をつくリリーに、ジェームズはからりと笑って見せた。
「大丈夫だよ、リリー。この子はきっと将来大物になるさ。
なんていったって、君と僕の子なんだから」
晴れやかに笑うジェームズにつられて、リリーも自然と笑顔を返す。
ふいに胸が熱くなった。
ジェームズがいて、この子がいて、たったそれだけで。
泣きたいくらいに幸せだと、そう思った。
世界は今、闇に覆われている。
底の知れない深い闇が、人を社会を世界を狂わせている。それは決して目を背けることのできない現実だ。
けれども。
今、この瞬間、この部屋には、あふれんばかりの幸せが満ちている。
その中心にいるちいさなちいさな命を、リリーは愛おしく見つめた。
この世に生を受けてまだ四日と半日しか経っていない彼らのちいさな王子さま。
きっとこの翠の瞳に写る世界は、全てが新しく、美しく、光輝いているのだろう。
そしてこれから先、さらに広く新しい世界を次々にこの翠に写していくのだろう。
どうか──…
ちいさな額にリリーはそっと唇を寄せる。
祝福と祈りをこめて。
どうか、この子の歩む未来が
光に満ちあふれた世界でありますように