祈りと沈黙
(4)
朝の光が差し込む明るい礼拝堂の中は、音も無く静かだった。
にぎやかな鳥のさえずりさえ遠くに聞こえる。
その礼拝堂の奥で、白いマリア像の前に黒いローブの少年がたたずんでいる。
マリア像はアルカイックな微笑を浮かべたまま、何も無い虚空を見つめている。
トムはその彼女の顔を見上げた。台座に乗っている分、今も彼女の頭は彼より高い位置にあるが、少なくともあの頃よりは近くなったことは確かだ。
他人の影に怯え、泣くことしか知らなかったあの頃。
孤独だった自分に彼女は優しく手を差し伸べてくれた。
あの時からここだけが自分の居場所だった。
目の前にある白い腕は、昔のようにトムを抱きしめたりはしない。
そんな必要もないのだ。
トムにはわかっていた。
この石像が動いたのは、まだ魔法使いだということを自覚していなかった幼い頃の自分が無意識のうちに使った魔法だったということ。
優しさに飢え母を求める幼子の想いが、この石像を動かしていたのだ。
トムは微笑を浮かべる石像の瞳を見つめ、静かに彼女に語りかけた。
「母さん、僕は父を殺しました」
「母さんを捨てたあの男を」
母さんの愛したあの男を
「僕が、殺しました」
トムは彼女から視線をそらして、苦々しげに顔を歪めた。
「当然の報いでしょう。魔女だったというそれだけの理由で、身篭っていた母さんを捨てて、母さんはそのせいで死んでしまったというのに…。
なのに、あの男は両親と共にのうのうと幸せに暮らしていたんだ」
一息にここまで話すと彼は口を閉じた。
体の内側に炎が燃えさかる。それは決して消えることのない、父親に対する憎悪だ。けれど―…
彼女の視線を捕らえようと、彼は再び顔をあげる。
さながら、神に慈悲を乞うように。
悲しみと苦しみに揺れる瞳。不安と恐怖で震える声。
「母さん、僕は 本当に これでよかったのでしょうか」
石像は黙したまま答えない。
その沈黙が彼の瞳を絶望の色に染めていく。
トムは唇を噛みしめて、ゆっくりと視線を落とした。
「また、来ます」
俯いたままささやくようにつぶやくと、トムは踵を返して歩き始める。
そして二度と振り返ることなく、礼拝堂を後にした。
扉の閉じる音が礼拝堂の中に響いていく。
やがてその音も消えると、あたりは完全な静寂に包まれた。
時が止まったかのような その静けさの中
もの言わぬ石像の瞳から、透明な雫が頬を伝って落ちていった。
Fin