永遠
永遠
夕食後のひととき。穏やかで何の不自由もない幸福な時間が、ティーカップの中を満たす。
後ろのほうのキッチンで食器洗いをしている水音が聞こえる。今日はリリーの番だった。
家事は交代でやる。それが僕たちの一番最初に決めた決まりごとだった。
──こうやって少しずつ、いろいろなことを決めていくのよ。新しい生活が始まるんだもの
彼女は幸せそうに微笑みながら話していた。──私たちの、ね
「考え事?ジェームズ」
後ろからかけられた声に振り返る。食器洗いを終えたリリーがタオルで手を拭きながらキッチンから出てきたところだった。彼女の姿を見たとたんジェームズは思わず顔をほころばせてしまう。
世界中どこを探したってリリーほど白いエプロンが似合う人はいない、というのが彼の意見だった。
「何を考えていたの?」
「…いや、なんとなく。不思議な感じのする夜だなと思って」
リリーはソファーの上に散らばったクッションをどかして、彼の横に腰をかける。
「そうね いつもと同じ夜のはずなのに」
明日も同じことを言ってるかもしれないね と言うジェームズに彼女は小さく笑った。
リリー専用のカップにティーポットから紅茶を注ぐ。
白い湯気が立ち上り揺れるその液体をジェームズはじっと見つめていた。
これ以上何も望むものなんてないほど、彼らは幸福な時間に満たされている。
だからこそ怖いのだ。その幸せに忍び寄る灰色の影が。
砂の上に浮かぶ幻想のように、いつ破綻するかもわからないこの現実が。
「後悔していないかい?」
突然紡がれたジェームズの言葉に、彼女はカップを持ったまま一瞬声を失くす。
「後悔なんてしてないわ。するわけないじゃない」
不安そうに揺れるエメラルドグリーンの瞳が彼を見上げる。
「だって 私たちはずっとずっと、ずっと一緒にいるんでしょう?」
そうでしょう?
リリーは毅然とした声で、いや、どこか切羽詰ったようにも聞こえる声で彼を問いただす。
彼女もわかっているのだ。この幸せは永遠に続くことはないだろうということ。
闇の力はすぐ側まで忍び寄っている。いつ誰が犠牲になってもおかしくはない。
砂の上の幻想は明日にでも崩れてしまうかもしれない。
「リリー」
なぁに? と彼女は彼女は顔を上げる。
「誓いのキスをしてもいい?」
「式は明日よ、ジェームズ」
わかってる、 そう言いながらジェームズは右手を彼女の髪の間にすべらせた
リリーが何かしゃべろうとする前にその唇を塞ぐ。
永遠を封じ込めた長い長い一瞬
「僕は誓う」
人の人生を自分勝手に決めてしまうような無責任な神などにではなく
信じきれるものなど何もないこの世の中で、やっと見つけただ一つの真実に
「君に、誓うよ」
神さえも死さえも僕たち二人を別つ事などできないように
‘永遠’ を君に誓おう
Fin