目を開けた① <原文>
私の家族と、おそらく私の家族であろう子供と、 山に登った。
私の家族であろう子供はおそらく私の従兄弟で、 きっと弟のようにおもっていた。
山といってもそれは、 ただの丘か坂に見えた。 草は短く、いちめん鮮やかな緑色だった。
小さな子供にその坂を登るのは厳しそうだったので、 私は、おそらく従兄弟であろう子供を背負って登ることにした。
しばらくすると
私の視界は 母親の背中と家族のもう一人の背中でいっぱいになった。
母の奥からチラチラ見える太陽の光が眩しく、 お母さんの輪郭線がはっきり見えて、 お母さんの背中はまっくろだった。
その時にはもう、 もう一人のことは頭からどこかへいっていた。
母の背中を影にした太陽がずっとぎらぎらしていて嫌だったから、 緑色の短い草が私の視界を占めていた。 ときどき、私の汚い手には汗が染みていた。
いつからか、足だけは軽くなっていた。 私はずっと 背中が軽いことに気付かないふりをしていた。
その丘か坂かには、 階段の踊り場のような平場があった。 私たちはそこで、いったん休憩することにした。
ひさしぶりに
母と誰かの顔を見た。 私は、ひさびさに声をだしたので、すこし たん が絡んだ。
地面が斜めじゃ無くなった。 私は気付いてないふりが出来なくなった。
足下はうっすら寒くて、 おでこから出てくる冷や汗は止まらなかった。
私はこの時、その日初めて自分の背中を見た。
お母さんの目はどんどんまんまるになっていくように見えた。 もう一人の誰かは心配そうにこちらを見ていた と思う。
私はこの時、 さっきまで背負っていた子供の顔なんて覚えていなかった。 声も重さも覚えていなかった。
あの子供が誰だかはもう分からなくなってしまったけれど、 家族は助けなきゃいけないので、 私は登ってきた坂を転がるようにおりた。
誰だか分からなくても、なぜかあの子供の名前を呼ぶことは出来た。 頭の中よりもずっと大きい声を出せたことに自分でもびっくりした。
おりてもおりても、地上に戻ることは出来なかった。 きっと、下を向きながら登っていたせいだ。
後ろを向くと、もうお母さんの姿は見えなかった。 私はこの時、その日初めて太陽と目があった。
私は、もう母のもとにも、 地上にも戻れないのだと悟った。
私のそばには、緑色しかいなくなっていた。 この緑色が、太陽のものでありませんようにと願い、目を閉じた。
目を開けた② <原文>
小さくて巨大なウルトラマンと、
大きな怪獣が戦っている。
私はただ小さいから、その 2 体の戦いを見るためには首を痛めなきゃいけなかった。
周りにはたくさん人がいた。
観客のひとり、斜め前にいる大人は私の 3 倍くらい大きかった。
怪獣は口から炎を出し、
ビルはぼうぼうと燃えていた。
なのに、熱さはいっさい感じなかった。
まるの真ん中で怪獣たちが暴れるので、みんなの視線は上の中心に奪われていた。
まるの中で、ウルトラマンと怪獣を見ていた人は何人いるのだろう。
私はその 2 体を見ていたのは最初だけで、
あとはずっと斜め前の大人のうなじを見上げて見ていた。 真っ直ぐで短い髪の毛の間から見える頭皮が気持ち悪くて、目が離せなくなった。
そんな時間がどのくらい続いていたかは分からない。
ただ、いつまでも続くわけは無くて、
私たちは逃げることを強いられた。
7 匹の狼たちが人間を追ってくる。
私はその時、私の頭のなかを考えた。
頭が真っ白だと言えるように、何も考えないように努めた。
ただしそれは成功には及ばず、
気付けばおなじ所をぐるぐるとまわっていた。
のぼり坂の途中、私は転んだ。
立ち上がることができず、後ろを振り向くと、狼と目が合った。
狼が私のそばまできた。
これはいやな夢だと思おう
私はすべてを放り投げて、地面をしっかり掴んだ。恐怖で思わず目をぎゅっと閉じた。
少ししてから目を開けてみると、
狼に食べられていたのは私ではなかった。
ああやっぱりそうなのかと、
これからずっと
狼と狼に食べられた人に
嫉妬と軽蔑の目を持ち続けようと思った。
諦めてもう一度目を閉じた。
2021