2026年10月1日、新宿ロフトはオープンから50周年を迎えます。
これを記念して、2026年の新宿ロフトは50年の節目を祝うスペシャル・イベントを年間を通じて随時開催していきます。
ライブハウス「ロフト」の歴史は、創業者・平野悠が1971年3月、烏山ロフトというログハウス風のジャズ喫茶を開店させたことに始まります。
ロフトは烏山時代から人と人を結ぶコミュニケーションをテーマに、当時はまだ新興ジャンルだったフォークやロックを愛するすべての世代が共有できる新たな空間の創造を目指し、そこから醸し出される絆の広がりに価値を見いだし続けてきました。
ロフトの歩みは、既存の歌謡曲に対するアンチテーゼとして生まれた日本のフォークやロックが徐々に市民権を得ていく過程と符合します。
まだライブハウスという言葉すらなかった時代、浅川マキ、頭脳警察、山下洋輔、友部正人、ディランII、南正人など、演奏の場を求めていた新進気鋭のミュージシャンにステージを提供した西荻窪ロフト時代。
細野晴臣、坂本龍一、はちみつぱい、シュガー・ベイブ、ティン・パン・アレーなど、のちのシティ・ポップ、ニューミュージック・シーンの立役者にとって揺籃の地だった荻窪ロフト時代。
サザンオールスターズ、上田正樹、憂歌団、子供ばんど、泉谷しげるなどが出演し、関西のブルース系ミュージシャンの拠点にもなった下北沢ロフト時代。
1976年10月に新宿ロフトがオープンしてからは、矢野顕子やサディスティックス、ムーンライダーズ、南佳孝などが出演した10日にわたるオープニング・セレモニーが大きな話題を呼び、パンク/ニュー・ウェイヴの時代にはのちのインディーズ・ブームの火付け役となった先駆的イベント『DRIVE TO 80's』を共催。
その後はARB、亜無亜危異、ルースターズ、BOØWYなどがロフトをホームグランドとし、ラフィンノーズ、有頂天、ウィラードなどを中心に巻き起こったインディーズ・ムーブメント、80年代末期のホコ天、イカ天による空前のバンド・ブームでもロフトはその不可欠な最重要スポットとして機能しました。
90年代に入ると入居ビルの立ち退きを巡り、アーティスト主導によるロフト存続支援のイベント『KEEP the LOFT』を日比谷野外音楽堂で、新宿ロフト20周年記念のスペシャル・イベント『ROCK OF AGES 1997』を日本武道館でそれぞれ開催。
1999年4月、新宿ロフトは西新宿の小滝橋通り沿いから日本有数の歓楽街である歌舞伎町へ移転し、メインステージの他にサブステージとコミュニケーション・ラウンジを擁した画期的なライブハウスとして新たに幕を開けました。
2024年には歌舞伎町移転25周年を迎え、同じ場所で店舗運営を継続する期間が西新宿時代よりも長くなりました。群雄割拠が進む日本のロック・シーンにおいて、ジャンルにとらわれない最新鋭の音楽を提供する発信基地として、演者と観客を結ぶコミュニケーション空間として今なお存在し続けています。
このように日本のロック史にその名を刻む数々のバンドと並走を続けてきたロフトの歴史は、まさに日本のロックの歴史そのものと言えます。
そのロフトの旗艦店として、いつの時代もロックの最前線を疾走してきた新宿ロフトが50周年の節目に表現したいこと。それはさまざまなイベントを通じ、今や大御所と呼ばれる偉大な先人たちを始め、彼らのDNAを身に宿しつつ独自の進化を続ける中堅、未来の音楽地図を塗り替える若手に至るまでが一堂に会した場を設け、盛大な音の祝宴を執り行なうことです。
ロックの黎明期、成熟期、発展期を同じ市松模様のステージで見せることで新宿ロフト50年間の歩みを俯瞰するだけではなく、脈々と受け継がれてきたロックの真髄を次の世代へ伝えていくことが目的です。
散在するロックの「点」を一本の太い「線」としてつなげること、ロックの縦軸と横軸を交差させるのが老舗ライブハウスと呼ばれるロフトの役目であり、それを果たせるのが新宿ロフトの50周年という大きな節目ではないかと考えます。
また、現在の新宿ロフトが居を構える、東洋一の歓楽街と謳われる新宿・歌舞伎町は海外からの旅行者数が右肩上がりに増え続けており、国境も言語の壁も容易に越える音楽の力、ライブ・パフォーマンスの魅力を今こそインバウンド観光客に向けてアピールする絶好の機会です。ライブハウスに限らず、数々の劇場、映画館、寄席、美術館、博物館など多彩な文化芸術施設が古くから集積している新宿の街から世界各国へ日本独自のエンターテイメントを発信できる、またとない好機が訪れたと言えます。
そのアピールのためにも、新宿ロフトが歌舞伎町移転当時から信条として掲げている「ROCKIN' COMMUNICATION」=音楽を通じた人と人を結ぶコミュニケーションが至要たることを、世界の分断が加速する今の時代だからこそ痛感します。
2020年、新型コロナウイルス感染症の世界的流行が起きました。その集団発生防止のために密閉・密集・密接という三密解消が行政から求められ、三密の最前線であるライブハウスは当時、猛烈なバッシングを受けました。
しかし、手を伸ばせば届く距離でバンドが掻き鳴らす五線譜に乗らない音、一期一会の表現を狭いフロアで他者と共有するライブ体験はいつの時代もかけがえのないものであり、動画配信が盛んになった昨今でもライブ体験なしに私たちは満足できません。ライブハウスは「濃密最前線」でなければ面白くないのです。
そうした濃密な場でしか味わうことのできない熱狂と感動を生み出すこと。その熱狂と感動を「ROCKIN' COMMUNICATION」を通じて他者と共有すること。新旧のバンドやジャンルの異なるバンドが混ざり合うことでお互いが刺激し合い、ひいてはロック・カルチャーの成熟を促進させること。新宿ロフトの本分はこの50年、ずっと変わりません。
往時を振り返り決してノスタルジーに浸るのではなく、連綿と続く日本のロック史の重みや凄み、真のロック・スピリッツやライブハウス・カルチャーの尊さを今に伝える『SHINJUKU LOFT 50th ANNIVERSARY 〜SINCE 1976〜』にどうぞご期待ください。