「あの、さっきはありがとうございました! ――これ! 受け取ってください!」
声とともに突如として俺の視界は白一色に染まった。
仕事柄、咄嗟に体が回避動作をとりかけるが――ギアの戦闘システムは未起動。
落ち着いて、一歩だけ後ずさると、そこには――
「あ? これ、花―――か?」
目の前には、手のひらに収まる程度の小さな白い花束がある。
「え、えっと、その――エイマンさん、ですよね!? 何でも屋さんの!」
「あ、ああ、そうだが――」
小柄なお嬢ちゃんのいう通り、確かに俺の名前はエイマン。
この辺りで何でも屋をしているギア持ち――いわゆるヴァリアントである。
「さっきのお礼――いえ、報酬として受け取ってもらえませんか?」
報酬――なるほど、そういうことか。
納得した俺は差し出された小さな花束を受け取り、ポケットに突っ込んだ。
しかし――報酬が花ねぇ?
「どうせ貰うんなら、食い物か金がいいんだが――」
「お金も出します! 依頼したいことがあるので!」
嬢ちゃんの顔がずいっと目の前へと迫る。
「うおっ、近い近い!」
俺はさらに一歩後ずさる。
「あ、ご、ごめんなさい、私ったら」
「いや、いいさ。それより依頼ってんだろ? それなら話は早ぇ、とりあえず飯行くか? あんたの奢りなら良い店紹介するぜ?」
「はいっ、お願いしますっ!」
バンッ!
カランカランッ!
「おばちゃん――A定食二つ」
「あのねエイマン――ドアを乱暴に開けるなって何度言ったらわかんだい!?間違っても右のソレでやろうもんならドアが壊れ――」
「わりぃわりぃおばちゃん」
おばちゃんに適当に頭を下げつつ、俺は定食屋の中へと入っていく。
その後ろをちょこちょこと、小柄な嬢ちゃんがついてきた。
「ったく――あら? あんたこりゃまたベッピンさんを連れてるわねぇ――彼女かい?」
「い、いえ! あたしはその、ただの、依頼人でして」
嬢ちゃんが慌てた様子で否定する。
「だそうだ」
「ははは、そうだろうねぇ! ガサツでズボラなお前さんに今更そんなもんできっこないだろうしねぇ」
好き勝手言ってくれるな――おばちゃんめ。
別にその手のことに興味なんざさらさらないが、言いすぎではなかろうか。
「あー、あのな、おばちゃん、A定食早く頼むわ」
「まさかまたツケじゃないだろうね?」
「今日はこの嬢ちゃんの奢りだから安心してくれ」
「あんたホントに甲斐性なしだね――!」
いちいちうるせぇな。これでも一応気にしてるんだが。金ねぇけど。
「あの――い、依頼の話――なんですが――」
嬢ちゃん、ナイスアシスト――!!
さすがのおばちゃんも空気を読み、厨房へと引っ込んでいった。
まじで感謝する。
「で――嬢ちゃんは何が望みだ?」
「あ、その――」
嬢ちゃんは少し口ごもったが、やがて、真っすぐに俺の顔を見据え――
「ある研究所を――調べて欲しいんです」
街はずれの花農園――その傍にある湖の上流。小高い山の上。
「ここか――」
そこにバイパー研究所はあった。
森の中から様子を見ているが、真夜中であるというのにも関わらず、研究所は灯りで煌々としている。
「――随分と厳重だな」
研究所を取り囲む塀は高く、塀の上には鉄条網が設置されている。
正面の門に目を向けると、そこには警備兵が六名――いずれも機銃で武装されている。
「事の経緯といい、厳重さといい、なるほど――こいつぁただの研究所じゃあなさそうだな」
依頼人――セラム嬢ちゃんから頼まれたことは二つある。
一つはこの研究所がいったい何を研究しているのか。
そしてもう一つは、嬢ちゃん――セラムの母親を捜索してほしい、というものだった。
そもそもにして、セラムとの出会いからしてきな臭いものではあった。
セラムの素性を聞いてみれば、街はずれで花農家をし、時折街に来ては花を花屋に卸しているという、それだけの嬢ちゃんだ。
ヴァリアントでもないただの女を、大の男どもが拳銃まで持ち出して脅迫、力づくで誘拐しようとしていたところに俺が出くわしたのである。
偶然通りかかったのも何かの縁だろうと、その男どもを全員蹴散らして退散させたわけだが――その時にどいつかが落とした金属製の小さなエンブレムのバッジ。
どう見てもそれが、この研究所でライトアップされてる模様と同じなんだよな。
普通に考えれば誘拐未遂の犯人は研究所の関係者――そいつらが何らかの目的でセラムを連れ去ろうとした――ということになる。
そして、およそ一週間前――セラムの母親が街に花を卸しに行ったらしいが、それから帰ってきていないとのことだった。
今日セラムが花を卸しに街へとやってきた本当の目的は、街のどこかに母親が滞在しているのではないかと、それを確かめるためだったという。
結果はなしのつぶてであり、それどころか自分自身が誘拐されそうになった、ときたわけだ。バイパー研究所の関係者に。
となれば――母親の居所は恐らく――
「さて、やるか――」
どんなに山奥とはいえ電気は必要だし、通信設備だって必要になってくる。
電柱や電線などは一見見当たらない――ということは地下に埋設されているのだろう。
悪いが、俺の得意分野だ。
『ギアファースト――"マクスウェル"――アクティベート』
異形型義体適合者――ヴァリアントと呼ばれる俺たちのような存在は、その義体――ギアにいくつかの特殊な能力を有している。
俺の右腕――ギア"トール"もまた例外ではない。
第一の能力"マクスウェル"は電場や磁場を視覚的に観測し、かつ、その場を"掴む"ことができる。
周囲へと視線をやると、地中を這っている磁場の筋を見つけることができた。その筋は山の麓から研究所の内部へと繋がっている。
電気の流れがあるところには、その周囲に渦のように磁場が発生する。よって恐らくこれが埋設された電線などのケーブル類だろう。
俺はそのケーブルの真上で足を止め、磁場の渦を右手で掴み、引っ張り上げた。
ドザァァァ――!
音と共に、地面から埋設されたケーブルが引きずり出された。
「さて、次だな」
俺は幾つかの線の中から通信ケーブルを掴み取った。
『ギアセカンド――"ウィザード"――アクティベート』
第二の能力"ウィザード"は電子戦能力。ありていに言ってしまえばハッキングというやつだ。
通信ケーブルを経由し、研究所内部のシステムへと侵入を試みる。
「うーん、こっちも想像以上に厳重だな――まじキナ臭ぇったらねぇな」
幾重にも張り巡らされた頑強なファイアウォール――熟練のハッカーがスーパーコンピューターを用いたとて突破は無理だろう。
もっとも――"ウィザード"の持つ量子演算能力の前では、さながらA定食でおなじみ"トウフ"程度の強度である。
「ほい、警備管制システムの掌握完了――セラムのおっかさんはいるかな、っと」
監視カメラの映像データを全てギアを通じ、脳内へ送り付ける。
「ビンゴ、監禁されてるようだが生きてるな」
無事見つかったことは喜ばしいが、予想通り研究所に捕まっていたとなるとあまり良い気はしない。
いったい何の研究をしているというのか――?
再び"ウィザード"を走らせ、システム中枢を探ってみるが――
「物理的なアクセスルートが見つからない――となると、研究関連は全て研究所内のローカルコンピュータに保存か――」
直接研究所内でコンピュータにアクセスするしかないようだ。
どのみちセラムの母親も助け出さなければならない。
「んじゃま、いっちょ行ってみますかねぇ」
俺は右腕をぽんぽんと叩く。
「頼むぜ相棒」
『ドアロックが解除されました』
ピー!プシュー!
「ひっ、お、お願いですっ! も、もう家に帰してくださいっ!」
「おう、セラムの嬢ちゃんが待ちくたびれてるからな、さっさと帰ってやってくれ」
怯えた声をあげた女に、俺は左手を上げながらそう言った。
「あ、あなたは――? け、研究所の人たちは――?」
「んあ? 幸せな奴は何も知らずに宿舎で寝てるだろうし、不幸な奴は俺に殴られて廊下で寝てるな」
女の拘束を解いてやり、自由の身にしてやる。
「ギアの右腕――ヴァリアント――? もしかして、街の何でも屋さん?」
「ああ、知ってるなら話は早いな――娘さんから頼まれて助けにきたってやつだよ」
途端に、女の目から涙がぼろぼろとこぼれだした。
「あ、ありがとうございます――このお礼は必ず――」
「待った! あくまでセラム嬢ちゃんからの依頼だ。あんたからまで報酬は受け取れねぇよ、それと――」
言いながら俺は体を捻り――監禁室へと駆け込んできた警備兵の顔面に右腕の一撃を叩き込んだ。
「泣くのは嬢ちゃんに会ってからにしな、まだ終わったわけじゃない」
「は、はいっ」
少々強引な尋問か何かをされたのだろう、女の体にはあちこち傷が見える。
しかし足取りそのものには問題はなさそうだ。しっかり立って歩けている。
「セラムのおっかさん、ここの廊下――突き当たったら左だ。それで研究所の裏口に出る。途中廊下でぐっすりお休みしてる連中がいるが、一切無視して外へ出ろ。それであんたは無事家に帰れる。いいな?」
「わ、わかりました! で、でも、あ、あなたは? あなたはどうするのですか?」
「もう一つ――嬢ちゃんから頼まれた依頼があってな――行け!」
俺が強い口調で命令すると、女は一つだけ会釈をし、走り去っていった。
突き当りを左に曲がるところまで確認――これでもう大丈夫だろう。
「さーて、もう一仕事しますかね」
バイパー研究所地下――研究区画。
警備管制システムを完全掌握できているため、そもそも警備兵とは滅多に鉢合わせない。
邪魔になりそうな警備兵は監視カメラで先に見つけ出し、不意打ちでおねんねしてもらっている。
基本的にこの手の仕事となると、俺のギア"トール"は抜群に相性が良いため、下手を打つことはない。
ただ――腑に落ちない点がある。
あくまで俺がヴァリアントだからこうも簡単に潜入しているわけだが、警備、セキュリティレベルは異常なほど高い。
俺がもし研究所の立場であるならば『ヴァリアントの襲撃に備えて、ヴァリアントを警備につけておく』ぐらいする。
が、ギアの共鳴反応は一切ない。
間違いなくこの施設には、ヴァリアントがいないことになる。
どういうことだ?
疑問を抱きながら研究区画を歩き回る――すると、
「――この先にもまだ続いている?」
警備管制システムから入手したマップデータ――それによれば、ここにドアは存在していない。
当然、この先の監視カメラの映像も存在していない。
警備兵にすら見られても困るようなものでもあるのか?
となれば――この研究所の真の研究内容は恐らくこの先に――
"ウィザード"でドアのロックを解除すると、さらに地下へと続く階段が現れた。
さて、鬼が出るか蛇が出るか――
階段を降りた先――そこは――
「馬鹿な――」
ガラス張りの牢獄――その向こうに見えたのは、力なく倒れている数名の人影。
その全員が体のいずれかの部位に義体――"ギア"が見て取れた。
つまり、ここに幽閉されているのは間違いなく異形義体適合者――ヴァリアント。
俺は咄嗟に右腕――"トール"を左手で掴むが、ギアの共鳴反応はやはり一切感じ取れない。
既に死んでいるのか――?
いや――"マクスウェル"では神経回路の磁場が見える。生きている――
彼らに事情を訊いてみるか?
何にせよ、見てしまった以上、こんなキナ臭いところに放っては帰れない。
「牢のロック解除は――あの端末か?」
"ウィザード"を起動し、端末に触れる。
牢のロックを解除――といきたいところだが、これは――まさか――
「量子暗号――か」
トールの演算能力なら解除は可能だが、少し時間がかかる――
どうする――?
ガラスをぶち破ることは容易いが、ここは俺が掌握している警備管制システムの外。
間違いなく何らかの警備システムが発動はするだろう。
人間相手なら負けるつもりはないが―――共鳴反応がないにも関わらずヴァリアントがここにいる――
もう少し情報が欲しい――
演算能力の大半を量子暗号解読に振り分けて牢のロック解除を進めつつ――端末のデータを漁る。
「これは――なんだ? "Anti Gear Variant Project"?」
ドンドンドンッ!
突如としてガラスが叩かれる音――
「逃げてっ!」
幽閉されていたヴァリアント達がいつの間にか起き上がっており叫んでいる――
その状況に――"俺自身が"反応するよりも早く、
『警告――敵襲感知――"トール"システム――戦闘モードオートスタート』
俺の右腕が勝手に動いた――直後、
ズドンッ!ズドンッ!ズドンッ!
三度の銃声――
放たれる弾丸――
その全てを右腕の"トール"が全て受け止めた――
「あっぶね――俺がただの人間だったら今ので終わってたとこだ」
俺が振り返ると、そこには拳銃を持った白衣の中年――俺より少し上の年齢かね。
白衣の中年はにやにやと笑っている。なんだこいつは――?
ただの人間のくせに、ヴァリアントである俺と敵対して、笑っている?
ドンドンドンッ!
「だめっ!早く逃げてっ!」
共鳴しないギア――
逃げろと警告するヴァリアント達――
ヴァリアントを前に余裕を見せているただの人間――
「まさかっ!?」
『警告――原因不明エラー発生――"トール"システム強制終了』
右腕が急激に力を無くす――
ギア本来の重みが体へとのしかかる――
よろめきながらも立ち続けてはいるが――
これは、まずい――
「これはね――ヴァリアント達に対する下剋上――その始まりなのだよ」
白衣の中年が楽しそうに喋り始めた。
せっかくだ――少し喋ってて貰おう――
「下剋上――?」
「そう――下剋上だ――」
中年がゆっくりと俺に近寄ってくる。
『"トール"システム再起動――エラー――原因不明――強制終了します』
くそっ――起動しない――
ドスッ!
「ぐっ!?」
腹に鈍く重い感覚――膝で蹴りあげれた――
ギアの重みと腹部の鈍痛に耐えきれず、俺はその場に崩れ落ちる。
「端末をハッキングしていたようだね、おや、AGVPまで辿り着いたのか、大したものだ」
「AGVP――?」
「アンチギアヴァリアントプロジェクトのことだよ。おや、その様子では中身まではまだだったようだね」
アンチギアヴァリアントプロジェクト――さっき辿り着いたあのデータか。
そして恐らく、それこそが今の俺や、牢の中のヴァリアント達の状況を示すもの――この研究所の真の目的――
「元来――ギアというものはね――体を失った可哀そうな人間のために作られていたんだ」
白衣が俺の頭を足蹴にしながら喋り続ける。
「しかし、いつしか科学の進歩とともにギアもまた進化していった――人類の想像以上に、ね。
ただの義手や義足でしかなかったものは、三つ前の大戦時はに飛躍的な進歩を遂げ、兵器として活用された。
そして二つ前の大戦時には、そのあまりの力から一部の選ばれた人間――否、非人間だけが着用可能となり――
とうとう一つ前の大戦は、人間対非人間による凄惨なものとなったわけだよ」
「しかし、和平は結ばれたのが事実だ――今や人間とヴァリアントは共存関係にある」
口を挟んだ直後――白衣が勢いよく俺の右腕を蹴りあげた。
ギアなので痛みは感じることはないが――
「そう、和平こそ結ばれた。今や人間と非人間はこうして共存している。しかし、実態はどうさね?
この私の研究所を、非人間であるキミ一人が襲っただけで、人間は手も足も出ずに倒れこんでいる――これが実態だ。
人間は非人間に支配されているも同然とは思わんかね?
人間のために生み出されたはずのギアは、今では人間に対して害を及ぼす非人間を生み出す諸悪の根源なのだ。
私は、この皮肉を正す――! そのためにこの研究を完成させたのだよ!」
白衣は半透明の銃弾を手にすると、身動きのできない俺に見せびらかした。
銃弾の中には赤い液体が揺れている。
あれがギアを無力化させている――これで、繋がった――
――数刻前の定食屋に遡る――
「湖が真っ赤に染まっただって?」
「はい」
俺の質問にセラムは頷いた。
セラムによれば一年ほど前に、花農園の傍にある湖が数日ほど真っ赤に染まったことがあるのだという。
湖とそこに流れ込む川の周囲では、草木が枯れるなどの現象が起きたそうだ。
上流に位置しているバイパー研究所から何らかの薬品が漏れ出したのではないか、とセラムらは考えているようだ。
街の水源となっている川とは別の水脈であり、この事実を知っている人物はそう多くはない。
花農園も結構な被害を受けたらしく、しばらくの間は花が全く育たなかったそうだ。
「でも、3か月ぐらい前から、なんとか花を咲かすことができるようになったんです」
「なるほど――連中が嫌がらせを仕掛けてきたのはそのころからなわけだ」
「はい――元々はうちの花農園の土地を全て言い値で買い取る――という形だったのですが、母と私が断ってからは――」
「脅迫やら、誘拐未遂やらが始まったと、ふーん」
食いもんでも金でもないってのに、酔狂な連中もいるもんだ。
花を欲しがるだなんて――
「ぐちゃぐちゃ言い訳を並べてるようだが結局――アンタも金が目当てなんだな」
「キミは私の話を全く聞いていなかったようだね?」
うずくまっている俺の背中を白衣が何度も踏みつける。
「いいや、全て聞いていたし、しっかり見せてもらったよ――その赤い液体が決め手だ」
「何が言いたい?」
「ヴァリアントを無力化する毒薬と、その解毒薬を両方手にして、金儲けを企んでたんだろう? 新たな大戦を引き起こしてでも、な」
ここで初めて、白衣の中年の蹴りが、止まった――
そして俺はその好機を逃さない――
――悪いなセラム――食いもんか金のが嬉しいとか言っちまったが――
――訂正だ――花を貰うのも悪くねぇ!――
「非人間――! 貴様はもう――ここまでだぁ!」
「悪いね、この"人でなし"――ここまでなのは、お前さんだ!」
『システム再起動に成功――"トール"システム――戦闘モードオートスタート』
白衣から向けられた実弾銃を俺の右腕が弾き飛ばし――その直後に毒薬銃を掴んで握りつぶした。
「ば、ばかな――? 何故――何故ギアが動く――? 解毒薬もなしに、何故――?」
「さあてね? さっきお嬢ちゃんからもらったお花が嬉しくてね、年甲斐もなくはしゃいじまったよ」
俺は左手に小さな白い花束を持つと、白衣に見せつけてやった。
最初に貰った白い花束――無造作にポケットに突っ込んでいた花束――
「な、馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な、ばかな――ば――グエッ」
右腕の拳を白衣の顔面に叩き込む。
白衣は壁まで吹っ飛び、ぐしゃぐしゃの顔面で崩れ落ちた。
「悪ぃな、キミら。手伝ってもらっちゃって」
「私たちこそ、助けてもらってありがとうございました」
捕まっていたヴァリアント達に白い花を分け与え、力を取り戻してもらった。
彼女たちにも手伝ってもらい、研究所の関係者を全員縛り上げ、研究所の外に山積みにしておいた。
"犯罪者集団引き取り手募集中"の看板も建てておいたし、後で通報しておけば大丈夫だろう。
「この研究所は、今後どうなるのでしょう?」
彼女らの不安そうな問いに、
「ああ、その心配は無用だ――危ないから下がってな」
俺はそう言って、彼女らが十分の距離を取ったことを確認すると、右腕を天に掲げた。
『ギアサード――"トールハンマー"――アクティベート』
俺のギア"トール"の第三の能力にして、俺の持つ最大の破壊能力。
研究所の直上と直下――天地が急激に発光し始めた。
『警告――"トールハンマー"使用後は一定時間ギアが機能停止します』
「上等――! 消し飛べこのクソったれぇぇぇ!!」
俺は振り上げた右の拳を地面へと叩きつけた――そして――
その夜――巨大な青白い光の柱と、耳をつんざくような轟音、爆発音を数多くの人々が目撃したという。
カランコローン――
「おばちゃん、B定食頼む。支払いはツケで」
「あのねエイマン。あんたまた依頼料取らなかったのかい!? いい加減ウチが潰れちまうよ!」
「だから安めのB定食にしてんだろ、俺だって気にはしてんだよ」
「そういう問題じゃないだろうに!ったくもう、だいたいあんたは――」
おばちゃんの雷は相変わらずクソ五月蠅い――が、
なんだかんだいっておばちゃんは俺の注文をしっかり注文票へと書き入れてくれている。
この定食屋がなかったら俺はとっくの昔に餓死していたことだろう。
ありがたいことだ。
それにしても、だ――
ふと、隣の椅子に置いた白い花束に目をやる。
こういうのも、悪くはないのかもしれない――
「ってあんた、らしくもない花束なんて持ってどうしたのさ? え? まさか? あらやだ、そうならそうと言いなさいよね!」
「は?」
「おばちゃんねぇ、なんだかんだであんたの将来とかちょっとは気にかけてたんだから、そういうのは報告しなさいよもう」
「ちょっとおばちゃん? 落ち着こう? ね?」
「今日はS定食出しちゃおうかしらね、あ、タダでいいわよタダで、あらやだもうっ」
「おばちゃーん? 聞いてるー?」
おばちゃんはスキップして厨房へと消えていった。
――少しだけ前――
「あ、あの、今回は本当に、本当にありがとうございました!」
セラムの嬢ちゃんがお礼の言葉をこれでもかと浴びせてくる。
「いや、依頼を達成したってだけだから、礼とかは別にいらんよ」
「え、あ、そ、そうですよね! 報酬、報酬ですもんね! ちゃんとお金用意してありますから!」
「そのことなんだが――」
「あ、もしかして報酬上乗せでしょうか? 大丈夫です! それぐらい感謝してます」
「そうじゃなくて、そのな」
「はい?」
セラムがきょとんとした顔で俺の顔を見つめてくる。
どうにも俺らしくないが――それでも――
「花だ」
「え?」
「花、くれねぇかな?」
「っ! はいっ!!」
-Fin-