親愛なるあなたへ

爆発音とともに、天地が一転二転した。

一瞬、天使が派手な後光とともにお迎えにでもきたのかと思ったが、先の閃光が網膜にちらついているだけのようだ。

「っててて。派手にやってくれるな、ヤギどもめ……」

ぼやきながらも、シートベルトを外し、逆さまの運転席から素早く外に出る。

いくら夜間とはいえ、まさか繁華街のど真ん中でロケット弾を撃ち込んでくるとは。あーあ、大騒ぎになっちまってる。

先ほどの爆発の中でもさすがは装甲信書輸送車。炎上はおろか大した凹みも見受けられない。

さすがだなぁ、やるなぁ。

車体がひっくり返って走行不能なのを差し引いてもギリギリ落第点。

控えめに言ってうんこだうんこ。

『――アキラ、無事か?』

「無事か? じゃねぇよおっさん。またひっくり返ったぞ、このポンコツ車」

通信に向かって文句を垂れ流しつつ、周囲を警戒。車の後部ドアを開き、ケースを回収する。

ひとまず飯のタネ、もとい、手紙は無事のようだ。

一息つく間もなく、銃弾が土砂降りとなって押し寄せてくる。

『ポンコツではない。現に手紙もお前も無事だろうが。普通最新のロケット弾を撃ち込まれたら車体が爆発えんじょ――』

「赤くて目立つし、すぐひっくり返って走行不能になるし。毎度徒歩輸送になるんだから、別の輸送手段をって俺いっつも言ってますよねぇ?」

車体の陰に逃げ込むと、サイドミラーをへし折る。銃弾が止んだタイミングでミラーを慎重に車体からのぞかせるも、それを一瞬で撃ち抜かれた。

まいった、狙撃手までいやがる。今夜のヤギどもはずいぶん張り切ってるなぁ。

車体を挟んで反対側なのは不幸中の幸いか。

『文句を言うな。その赤いデザインも我々のアイデンティ――』

「おっさん、現在位置より三時方向。どっかのビルに狙撃手。排除を求――」

『――クリア』

「さっすがぁ。一秒後光る」

スタングレネードを放り投げる。

轟音と強烈なフラッシュ――銃弾の嵐が止むと同時に、俺は車体の陰からとび出した。


Special Letter Armed Postman――

頭文字をとって、通称SLAP。

いわゆる平手打ち――ではなく、武装特別信書配達員のことである。

通信技術が進歩して、電子的な連絡が世の中で当たり前になり、手紙というものが廃れていたのもずいぶんと昔になる。

現代では、盗聴、ハッキング、スパイ行為などが当たり前のものとなってしまい、電子的手段では通信の秘密が守れなくなってしまった。

そうして物理的な手段である信書、いわゆる手紙が秘密厳守の手段として返り咲いたのだが――

近年、前述の通信手段を用いていたスパイが、今度は現実世界において大々的に活動をし始めたのだった。

強引な手段において手紙を奪っていくヤツらを、一般には信書強盗、俺たちはヤギと呼んでいる。

そして、そのヤギどもから手紙を守り届けるための特殊部隊――それが俺たちSLAPというわけだ。

それにしても。

「おっかしいなぁ、子供のころ絵本で読んだ郵便配達員に憧れてたんだけど、なーんで俺、特殊部隊にいるんだろ?」

『別におかしいことではないだろう? 我々は正式な郵便配達員だぞ?』

再び銃声。

付近に着弾したなこれは。あっぶね。足速いなぁあいつら。

建物の陰に一時身を隠す。

「いやいや、おっさん。俺の読んだ絵本はこんな銃弾の雨に襲われてねぇよ? もっと平和で、手紙受け取った人が涙流して――おっさん頼んだ」

『随分と大昔の絵本だな。ヤギの出現がきっかけで、郵政が再度国営になって、警察庁と合併した今となってはなぁ。クリア』

銃弾が飛んでこないことを確認し、再び走り始める。

「はぁ、夢だったんだけどなぁ、平和な郵便配達」

『隠れろアキラ!』

瞬時に路地に飛び込む。

車の急ブレーキ音、即座にゲリラ豪雨の土砂降りである。

ええぇぇ、もう次の来たの?

「おっさん、なんか今日のヤギ、やけに張り切ってるんだけど、どういうこと?」

邪魔なごみ箱を蹴飛ばし、猫に威嚇され、路地裏を駆け抜ける。

『詳しくは私も知らされていないが、依頼主がどうやら、とんでもなくお偉いさんらしい』

「うへぇ、お偉いさんのお手紙かぁ」

『ヤギの通信傍受でさっき聞こえたんだが、国家機密だとか騒いでたなぁ』

「もしかしてこの手紙やばい? なんでクソ重大なのに俺とおっさんだけ? もっと人増やそうよ」

『無茶を言うな。既に都内各地に、ダミーの配達を多数展開中とのことだ。今夜はあちこち派手だぞ」

なるほど、本命が俺とおっさん、このケースの手紙ってことね。

ロケット弾かましてくる相手だしなぁ。

まとまっても意味なさそうなのは確かだなぁ。

「やだやだやだ。俺もう帰る。俺のなりたい郵便屋さんじゃないこんなの。命がいくつあっても足りない。やだー」

『駄々をこねるなアキラ。さっきのヤギは既に私が対処したし、もう目的地だ。そこの正面の倉庫内に受取人がいる』

わーお、よくあるシチュエーション、人気のない倉庫じゃないですか。

どう見てもポストに投函とか、玄関先で受取人さんに直接、みたいなのと違うやつだこれー。

「どっちかっていうとブツの取引的な?」

『その手紙はお前の想像するブツよりやばそうだがな』

やめてえええええええ。

嫌々ながら、真っ暗な倉庫の中に入っていく。

ごめんくださーい。

どなたかいらっしゃいませんかー。

うーん?

はて?

倉庫の奥まできてみたが、特に人気が感じられない。

受け渡し場所か、それとも時間を間違えたか?

あるいは単に受取人が留守――しまった、不在伝票持ってきてねぇ。

「おっさん、どうなってんの?」

『ちょっと待て、確認する』

倉庫の外に多数、車のブレーキ音。

げ、これってまさか――隠れねぇと。

「〇×▽□〇〇×!」

「××▽△×××!」

あーあーあー、ヤギがいっぱいお出ましだ。

情報漏れだろうなあ。

どうする? 

スタングレネード――もう残ってねぇし。

さっきから埃に反射してるこの赤い光線は、どう考えてもレーザーサイトだよなぁ。

たくさんあるなぁ。

こっちは拳銃が二丁。屋内はヘリからのサポートもさすがになぁ。

うん、これは、無理。

「おっさん、すまん。俺、ここまでみたいだわ」

『……』

レーザーサイトの束が収縮を繰り返す。

足音と声が少しずつ近づいてくる。

「死ぬ前に、ケースの中身は燃やして――」

『アキラ――ケースのロックを外して奴らに投げつけろ』

「!!」

即座にケース両サイドのロックを外すと、レーザーサイトに向かってケースを投げつけた。

『伏せろ! 目と耳を塞げアキラ!』



応接室にて。

手紙を手にした婆さんが、時折目頭を押さえ、涙をぬぐっている。

「本当に、ありがとうございました」

そう言って、彼女は頭を下げた。

俺とおっさん、その他の配達員らは、彼女を残し部屋を後にした。

「まさか俺の配達もダミーかよ、そういうことは先に言っておいてほしいんだよなぁ、おっさん」

「私もあの瞬間まで自分たちがそうだとは知らされていなかった。敵を騙すには味方からってやつだろうな」

昨夜、都内各地でダミーの配達と、ヤギどもとの交戦が行われている中。

本命は受取人である彼女を、まったく別の護送車でもって、本部に連れ帰っていたらしい。

郵便を配達するのではなく、受取人を連れてくるとは――郵便配達とはいったい。

「俺の持ってたケースがまるごとスタングレネードとはなぁ。あれでも大事に運んでたんだぜ?」

「大事に持っていたからこそ、最後はそいつに救われたじゃないか」

「知ってりゃ、あんな危険な状況になる前に逃げ出してましたー」

「それだとこの作戦は成功してないんだよなぁ」

おっさんが応接室のドアをちらりと振り返る。

先ほどの婆さん、泣いていたなぁ。

どこのお偉いさんからどんな内容の手紙だったのだろうか。

そもそも本当にお偉いさんが依頼主なのかすら、俺たちにはわからない。

通信の秘密、信書の秘密というやつだ。そしてそれを守るためのSLAP――俺たちである。

でもまぁ、それにしてもだ。

「なぁにが国家機密だよ。まったくお騒がせな」

「まあいいじゃないか。受取人がああも喜んでいるんだし。お前の夢ってこんなんだろう?」

「俺の夢は銃弾の嵐に襲われたりしないんだよ」

とはいうが、気分はまんざらでもない。

手紙を配達――してないのだが――喜ばれるのが俺の子供の頃からの夢だったからな。

口元が思わず緩む。

「ほんとお前は口が悪いなぁ。お、そうそう、そうやって黙ってれば可愛い顔してるんだが」

「ああん? なんだおっさん差別か? 男女差別はんたーい!」

「ただ可愛いって言っただけだろうが。これだからポリコレの世の中は嫌なんだ」

おしまい