1.生殖補助技術とは
生殖補助技術は、人工授精と体外受精に大きく分けられます。人工授精は、精液を注射器のようなものを用いて子宮に注入するという比較的簡単な技術で、1700年代の終盤にイギリスではじめて行われたようです。体外受精は、体外に取り出した精子と卵子を受精させ、その受精卵を子宮に移植する、という技術です。1978年にイギリスではじめてこの技術を用いて子どもが生まれています。
夫婦の精子や卵子を使う人工授精や体外受精の場合、さほど問題はおきません。しかし、これを応用すると、精子提供や卵子提供、さらには受精卵提供、あるいあ代理出産も可能になるのですが(下の図をご参照ください)、様々な問題点が指摘されています。
2.何をどこまでやってよいか
現在、日本には生殖補助技術を規制する法律はありません。したがって、上の図に示してあるものは、どこまでやっても違法ではありません。しかし、日本産科婦人科学会がガイドラインを策定しており、これが事実上の規制として機能しています。そこでは、提供精子を使用する人工授精(非配偶者間人工授精:Artificial Insemination by Donor[AID]、または、Donor Insemination [DI])は認められていて、提供受精卵の使用(あるいは精子・卵子双方が提供されたもの)、代理出産は明確に禁止されています。提供卵子を使用する体外受精や、提供精子を使用する体外受精については、「イエス」とも「ノー」とも言っていません。
2020年12月に「生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律」が成立しましたが、この法律では、後述の「子の親は誰か」という問題が規定されるに留まり、何を、どこまで、どのような条件でやってよいのか、定められていません。
非配偶者間人工授精は日本では1948年からはじめられ、今までに1万5千人ほどが生まれたと言われていて、現在でも日本産科婦人科学会の登録施設で実施されています。提供精子あるいは提供卵子を使用する体外受精も、国内の一部の施設で行われています。また、近年ではインターネットを通して、個人から精子の提供を受け、医師の手を借りずに自分で人工授精を実施することも可能です。また、インターネットを通して、海外の大規模な精子バンクや卵子バンクを利用することも可能ですし、代理出産を仲介する機関も存在します。
3.子の親は誰か
提供配偶子の使用や代理出産によって生まれた子の法的な父と母は誰になるのでしょうか?繰り返しになりますが、日本には生殖補助技術を規制する法律はないので、生殖補助技術の存在を前提にしない現行法を解釈して決定することになります。そうすると、いずれの場合も生んだ人が母、産んだ人の夫が父、産んだ人が独身ならば、認知した人が父、という扱いになります。そうすると、代理出産の場合に、【産んだ人】が母となり、【育てたい人】は母と認められないことになります。この場合、現状では養子縁組制度を利用して、【育てたい人】と子の法的な親子関係を築いています。
前述の「生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律」も出産した人が母、その夫が父、という内容になっています。ただし、話は少し細かくなりますが、この法律では精子提供や卵子提供の場合が念頭に置かれており、代理出産の場合にどうなるか規定はありません。このことにより、明確な規定はないものの、少なくとも精子提供と卵子提供は法律によって追認されている、と理解できます。
4.出自を知る権利
2000年代に入って、精子提供により生まれた人たちが日本でも声をあげ始めました。彼らは、自身の半分を構成する情報、すなわち、提供者情報へのアクセス権を求めています。これが「出自を知る権利」と呼ばれるものです。提供者情報は、「自分はどこから来たのか?」「自分は何者なのか?」という疑問を解消しうる大切な情報です。
なぜこうした主張をするのかといえば、日本では原則として、匿名の精子提供者が使用されてきたからです。つまり、誰が提供したかは、施術した医師のみが知り、子どもは提供者を辿ることができない、という形で実施されてきました。ただし、例外的に親族の男性からの提供精子が使用されることもありました。
出自を知る権利の保障は世界的な流れで、イギリスやニュージーランドなどでは、この権利が保障されています。法律のない日本は、未だに保障されていないという状況で、「生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律」でも棚上げにされています。同法では、この問題も含め、概ね2年の期間で、実施条件を定めるための議論を行う、とされています。
5.子どもの置かれている状況
精子提供により生まれた人からの問題提起は、出自を知る権利のみではありません。提供者を知る/知らない、以前に、自分が精子提供で生まれたと知る /知らない、という問題があります。日本でも、精子提供により生まれた人が自助グループをつくって活動しているのですが、参加者は20人に満たないという状況です。ここから、そもそも自分が精子提供により生まれたことを知らない/知らされていない方が多数を占めているであろうことが予想されます。
『AIDで生まれるということ――精子提供で生まれた人たちの声』(非配偶者間人工授精で生まれた人の自助グループ・長沖暁子、2014年、萬書房)という本には、自助グループに参加されている方6名の体験談が掲載されており、親から積極的に知らされなかったことが記されています。大人になってから、止むに止まれず伝えられ、それまで築いてきた自己像が足元から崩れ去り、大きなショックを受けたそうです。崩れた自己像を再構築するためにも、提供者の情報が重要になりますが、戦術のように日本では提供者情報の開示制度が整えられていません。さらには、悩みを相談し、支援してくれるような、この問題を専門的に扱っている機関もありません。
(文責:由井秀樹)