未来誕生
〜無限の可能性〜
(子どもを教育するということ)
斎藤喜博
子どもを教育するということ
子どもを教育するということは、どういうことなのであろうか。今まで、教師や親たちが、一般に考えていたことは、「しつけ」のよい子どもをつくるとか、算数のよくできる子どもをつくるとか、ただそれだけのことであった。もちろん、そういうことも大切である。しかし、教育はそれだけではない。 教育は、それとは別に、無限の可能性を子どものなかから引き出すことに本質がある。どの子どももが、持っている力を、十分に伸ばし発展させるとともに、子どものなかにないものをもつくり出させ、引き出してやることこそが、教育における本質的な作業である。 私は教育のやり方がよく、学校とか社会とかのしくみがよくなっていれば、おとなでも子どもでもだれでもみな、自分の力を完全に発掘し、また、今まで自分のなかなかった力まで出して、それを発展させ、新しい自分をつぎつぎとつくり出し、生き生きと自己変革をしていけるものだと思っている。そう考えなければ、教育という仕事はなりたたないし、専門家としての教師の仕事の分野はなくなってしまう。 私の学校の先生たちは、そういうことを実証した。先生たちは、実践によって、農村である島村の子どもの学力を、六大都市の子どもの学力を越えるところまで高めていった。子どもたちの合唱とか、演劇とか、舞踊とか、体操とかは、見るものを涙ぐませるような感動的なものにしていった。それは、子どもたちの合唱とか演劇とか体操とかが、集中し緊張し、深い内容と人に訴える感動と力を持っているからだった。知能テストの結果も、年々よくなり、全校の偏差値平均が五五のプラス1という高いものになった。そして、六年生の知能指数の学級平均は、一一八・五というすばらしく高いものにしてしまった。このことは、学力ばかりでなく、知能の素質的なものも、教育によって変えていくことができるということを示したものだった。 こうなるということは、学級のなかにいるどの子どももが、みな自分を完全に発揮しているということである。学級のなかに、自分を伸ばすことができないで、いじけたり、反抗的になったり、怠惰になったり、粗暴になったりする子どもがひとりもいないということである。それは、子どもたちが、自分を発揮できるような快適な教育を受け、教師と子ども、子どもと子どもとが、相互の関係のなかで、おたがいに話し合い、認め合いながら、自分やみんなを高めていけるような教育をされているということである。 このようになった子どもたちの顔は、生き生きとしている。どの子どももが、自分を十分に発揮し、知恵と感動を獲得して行くことができるから、そのときどきに満足したり、「学校というところは何とよいところだろう」「ものを覚えるということは、何とうれしく楽しく、張り合いのあることだろう」という顔をしている。「みんなと力を合わせて勉強するからこんなに楽しくものが覚えられるのだ」と、つぎつぎとものを覚えていくこと、つぎつぎと言葉や感動の世界や、新しい知能の世界に引き入れられていくことに、からだ全体で喜びを感じ、花の咲いたように楽しく輝いた顔をしている。 子どもたちをこうするためには、子どもを評価というやり方で教育してはいけない。五段階評価による評点をつけた通信簿でおどかしたり、罰則のような宿題を出し、それによって強制的に勉強させたり、テストの結果を示して、「こんなにできなくてはしかたがない」といって子どもをひうち、それによって勉強させようとしたりするやり方は、すべて強制であって、教育ではない。 こういうやり方では、子どもが、既成のものを一応形式的に覚えることはあっても、子どもが、自分の内にあるものを生き生きと十分に発揮したり、自分のなかにないものまで創り出し、自分を新しく創り変えたりすることはできない。また、既成のものであっても、指導の方法が形式的であり、学習の方法が形式的で受身であるなら、どの子どももがみなそれを、確実に自分のものとすることはできない。そして、そういうやり方なら、専門家としての教師でなくても、だれが教師になっても同じことができるということになる。 強制による教育が、子どもを生き生きと、全面的に発揮させないのと同時に、五段階評価という考え方も、子どもの発達をさまたげる大きな原因になっている。それは、五段階に子どもを区分けして評価するという考え方のなかに、子どもは、どの子どももが、自分の学習や素質を、無限に発展させることができないものとする考え方があり、一つのわくで子どもを見、「できる子とできない子」「よい子と悪い子」というように、子どもを固定的に区分けし位置づけようとする考え方があるからである。 よく教師の間でいわれることばに、「あの子は、知能指数の結果がよいのに勉強ができない、怠けているのだ」というのがあり、またその反対に、「あの子は知能指数が低いのに勉強がよくできる。親以上に努力しているのだ」というのがある。これは、人間の素質を固定的に考え、ぜったい変革できないものとする考え方から出ている。 五段階評価によって子どもを位置づけることもまた、そういう考え方に立っている。そして、そういう評価をし位置づけをすることによって、子どもは、いわゆる「優等生」と「普通の子」と「劣等生」とにわけられてしまい、大多数の、伸びられるはずの子どもが、伸びられずに、いじけたり、反抗的になったり、怠惰になったりしてしまう。そしてそういうしくみのなかでは、いわゆる「優等生」も、ほんとうに自分を伸ばすことはできずにしまっている。 しかし子どもは、もともとそういうものではない。どの子どももがみな、無限に自分を伸ばしていく欲求と可能性を持っている。そういう可能性を実現させてやることこそ教育であり、専門家としての教師の仕事である。それができないのは、専門家としての教師に力がないからであり、教育の考え方とか方法とがまちがっているからである。 ところが一般的に教師は、そういうことを実感としてとらえていない。だから、子どもがよくならないことを教師の責任としないで、学校の規模とか、学校の人員とか、校長とか仲間とか、父母とか、子ども自身の素質とかに責任を転嫁してしまう。 もちろんそういうことも大切な条件である。しかし今教師は、そういう条件の問題を一応頭のなかにおいたおいて、専門家としての教師の力量の問題を、もっともっと思考してみる必要がある。教師の力によって、子どもはよくも悪くもなるし、どの子どもからも、無限の可能性を引き出すこともできるということを、考えてみる必要がある。 そういう教師としての実験をするためには、どの教師もが、まず、強制という武器を捨ててみなければならない。強制という武器をつかえば、一応格好だけはととのうかもしれない。しかしそれは教育ではないし、そういう仕事なら専門の教師でなくても、だれにでもできることである。また、そういうやり方では、学級のどの子どもをも、十分に力を発揮させることはできない。だとすれば、そういう武器を全部の教師が捨て、そういう武器をつかわない方法で子どもを教育してみることである。そして、そういう仕事のなかから、無限に子どもの可能性を引き出す方法を、みんなの力でつくり出してみるべきである。 それでは、教育において、子どもの可能性を無限に引き出すということは、どういうことなのであろうか。それは、一時間一時間の授業を的確にやり、授業のなかで、子どもの認識を拡大深化させ、再創造させていくことである。 子どもの認識を拡大深化させ、再創造させるために、いちばん大きな手がかりとなるものは、人類が積み上げてきた文化遺産である。教師はそれをつかみ、そのなかにある法則なり、知識なりを、一時間一時間の授業で的確に子どもに伝達し、一つ一つ積み上げていく以外に、子どもの認識を拡大深化させ、再創造させていくことはできない。それ以外に方法はないと私は考えている。よく「イデオロギー」とか「生活をみつめる」とか主張するものがあるが、そういうことで子どもの認識をほんとうに変えていくことができると私は思わない。子どもは、文化遺産を的確に獲得するすじみちのなかからだけ、自分の認識を拡大深化させ、自分の可能性を十分に発揮することができるのである。
三年の国語の教材のなかつぎのような文章があった。
秋になって つばめが 南に 帰って 行きますと、がんが 飛んで 来ました。がんは 一列に なったり かぎになったりして 飛んで 来ました。
この文章のなかの「かぎ」ということばを子どもたちは学習していた。「かぎというおはどういうのか」と先生に聞かれると子どもたちは、錠の穴にさし入れる鍵の絵をかいて説明し、そういう形になって、がんが飛んでいくのだといっていた。それからみんなで辞書を引いてみた。するとそこには二通り出ていた。一つは「鍵」であり、一つは「鉤」であった。子どもたちはそこではじめて、この文章では、先のまがった、ものをかける「鉤」をさしているのだということを知った。そして「かぎになって飛ぶ」ということは、そういう形になって飛ぶのだということを知ったのだった。 この学習で子どもたちは、「かぎ」という言葉に、幾色もの意味があることを知った。
また、がんが、かぎ型にも飛んでいくのだという現実態を認識し、文章上の概念をはっきりさせた。同時に、「かぎ」という文化の法則をこの学習によって認識することができた。もしこれを、「かぎになって飛ぶことは、こういうことだ」というように、教師が、一般的に説明するだけだったら、子どもの認識は浅く弱いものになり、「かぎ」という文化を駆使して創造していくことのできない子どもをつくってしまう。つぎに新しく「かぎ」が出てきた場合、別の創造をするような基礎をつくることをしないで授業を終わってしまうことになる。 同じく三年の国語の教科書に、つぎのような文章がある。
あきおさんと みよ子さんは やっと 森の 出口に 来ました。ふたりは 助け合いながら やっと 家が 見える 所まで 来ました。つかれきって 遠く 歩く ことが できません。
この文章のところで「出口」ということが問題になっていた。子どもたちは「出口」を、森の終わった最後のところ、すなわち、森と、そうでないところとの境になっている一点と解釈していた。それもちがいな一つの解釈だった。 私は、それに対して反対の解釈を出した。そういう最後のところではなく、ふたりは、境界線の見えるところまでときたと、出口にきたといったのであり、出口というのは、もっと広い範囲をさすのだといった。 子どもたちは、私の解釈を聞くと、怒ったようにして立ち上がり、猛烈に反対した。「そんなことはない」といって、手を動かしたり、図に書いたりして自分たちの主張を説明した。 そこで私はまた自分の意見を出した。「みんながいっしょにならんでよそへ出て行くとき、どこまで行ったら島村の出口へ来たというのだろうか。島村と、となりの村との境には橋があるが、橋の出はずれのところへ行ったとき、出口へ来た、というのだろうか。それとも、遠くの家が見えてきたとき、出口へ来たというのだろうか」といった。 私が、こういうとのいっしょに、子どもたちは、「あっ、そうだ。わかった、わかった」といった。「そうだったんだ、それがわからなかったんだ」という子どももいた。「先生の方がほんとうだ」という子どももいた。緊張し集中して私に反対していた子どもたちが、一度に花の咲ききったように充足しきった喜びの表情になり、自分自身で発見したような満足しきった空気に学級全体がなり、それがまた、花のくずれたようにやわらかな空気になり、緊張をほぐしていくのだった。 ここでも子どもたちは、「出口」ということばに対する自分たちの認識を拡大深化させたのだった。自分たちが持っているのとは別な、創造の世界に自分たちの認識を引き入れられたのだった。そういうことに子どもたちは喜び満足し、「そうだったんだ、それがわからなかったんだ」という、充足しきった、喜びの声を出したのだった。 もし授業のなかでこういうことをしないで、「出口」というのを、ことばだけで教えるようなことをすると、それは、文化遺産を低層に、ありきたりのままに教えることになるから、子どもの現実認識は、概念的になり、新しい事実にぶつかったとき、生き生きとそれを解釈し、再創造していくことのできない、それこそ、「ひよわ」な人間をつくってしまうことになる。 みかんは「黄色いのだ」と教えることは教育ではない。それと同じに、2に2をたせば、4になる、ということを、そのまま教えることも教育ではない。理科の、既成の結論をそのまま子どもに教え込み覚えさせることも、既成の芸術作品を、既成の概念で子どもに教え込み覚えさせることも、それだけでは教育ということはできない。 芸術家は、「みかんは黄色いのだ」と、一般的に簡単に片づけ、見過ごすことをしない。その黄色は、どういう黄色なのか、どんな複雑な色をしているのか、またその黄色は、どういう感情を持っているのか、その色から自分はどういう感情を引き起こしているのだか、そういうことをきびしく追求していく。そして、その追求の結果、一つのみかんから、今まで一般的に持っていた概念とちがう真理を引き出し、発見し、それを作品に定着させる。このことは、やはり、認識の拡大深化であり、現実認識の再創造である。 科学者の場合も同じことがいえる。科学者は、実験に実験を重ね、追求しぬいて、昨日まで定説となっていた真理を否定したり、昨日まで最高の真理となっていたものの上に、さらに新しい真理を積み重ねたりする。芸術家と同じに、既成のものの上にあぐらをかき、それに寄りかかって安住しているということをしない。
教育もまた、本来そうあるべきものである。既成の事実を、ただ教え込み、学ばせるというだけでな、それを材料にして考えさせ、追求させ、そのなかから、自分たちの新しい認識を子どもたちに、そのときどきに再創造させていって、はじめて子どもたちを教育したということになる。また、そうしてはじめて、子どもたちの知恵とか知能とかが確かなものになり、子どもたちの認識力とか、論理性とか、思考力とか、感動する力とかいうものも強いものになってくる。 2に2をたせば4になるということを教えることは簡単である。だが、2に2をたせばどうして4になるかを、ほんとうに認識させることは、ただ教え込んだだけでできるものではない。さまざまの子どもたちの考え方を出させ、さまざまのまちがった考え方や、やり方も出し合い、みんなで考え合ってはじめてできることである。 私の学校の一年生に、こういうことがあった。一枚のカードに赤い色で丸が六つならべて書いてあった。もう一枚のカードには3という数字が大きく書いてあった。その両方を合わせると幾つになるかと問うて答えさせたところ、ひとりの子どもが、8と答えた。子どもたちが、どうしてそうなるのか、みんなしてしらべたところ、こういうことだった。 その子どもは、数字の3を頭に入れ、それに、カードの丸をかぞえてたしていくとき、いちばんはじめの丸を3と呼び、そのつぎを、4、5、6、というようにじゅんにかぞえていったのだった。だから答えが8になってしまったのだった。だが、このことをみんなして考え合い、はっきりさせることによって、その学級の子どもたちは、一年生なりに、そういうまちがい方の理由があることを発見したのだった。また、同じ一年生に、こういうことがあった。それは、つぎのような教材をあつかっているときだった。
みんな わを かく あおぞらへ とびが 大きな わを かいた。 田んぼへ とびの かげが わをかいた。 ぼくは 木ぎれで みちに わを かいた。
このなかに、「わは幾つあるか」と聞かれたとき、ひとりの子どもは「四つ」と答えた。しらべてみると、その子どもは、「みんなわをかく」という、頭のなかの「わ」もかぞえていたのだった。これも、「空のわ」「地面にできた影のわ」「木ぎれでかいたわ」という三つを、はっきりと認識させることによって、「四つ」という答えが、具体性を持っていないことを、はっきりとさせることができたのだった。 理科の学習の場合でも、私の学校では、既成の理科的図解とはちがう結論を子どもたちがつくり出すことがよくある。子どもたちが、さまざまな生活経験を出し合い、それを考え合っているうちに、今までの科学的結論とはちがうものを子どもたちが出すわけである。もちろんこれは、理科の知識としてはまちがいである。しかし、既成の理科的知識をただ子どもに教え込んだだけのものより、この方が、子どもの理科的認識をはるかに高いものにし、科学的な思考力をつけていく。だから、新しい科学的問題にぶつかったときも、十分に力を発揮し、その教材を豊かに解釈し、再構成し、発展させていく。 このことは、音楽などの場合にもいうことができる。ただ教材を教え込み、機械的に歌わせるということでなく、子どもたちに、国語や算数や、理科の教材に立ち向かうときと同じ態度で、楽曲に立ち向かわせ、その楽曲を自分のものにし、自分の感動や解釈をこめて、その楽曲を通して自分の力量や感動を表現させるようにするから、子どもたちの歌い方は、生き生きとしたものになってくる。また、そういう歌い方で歌っているうちに、子どもたちは、自分を認識し、自分の感動とか解釈とかを新しいものにし、自分を新しく変革していくことになる。 私は、子どもを教育するということは、そういうことだと思っている。ただ、既成の文化遺産を子どもに形式的に教え込むのでなく、それをつかって、子どもが、頭とからだを十分につかって、つぎつぎと新しい認識をし、それを拡大深化させていき、そういうことによって、どの子どももがみな、人間として持っている無限の可能性を自分の上に表現し、充足するような授業をすることだと思っている。そして、そういう仕事は、すぐれた一時間一時間の授業のなかでだけできるのであり、それは、国語とか算数とか理科とかいう教科ばかりでなく、音楽とか、図面とか、体操とかのなかにおいても、きわめてはっきりと実現されていくのだと思っている。
子どもを教育するということを、そのように考えると、教師のあり方が大きな問題になってくる。事実子どもは、どんな子どもでも教師によって、どんどん変革されてしまうものだが、それは、ぜんぶ授業によっている。それは、教師の人間性とか、力とか、授業の方法とかが、子どもをよくも悪くもしてしまうからだが、直接には、教材に対する教師の解釈の仕方である。 子どもにほんとうの力をつけ、子どもが教材によってつぎつぎと認識を拡大深化し、自分の可能性を生き生きと発揮させていくような授業をするためには、教師がまず、民族のつくってきた、文化の法則や体系を、しっかりと血肉化していくという、基礎的な作業をやらなければならない。授業でいえば、それは教材研究ということになる。 教師に教材研究が、確かに強くできていないと、文化遺産を子どもたちに伝達して、創造の可能性を引き出すなどということはできるものではない。そういう意味で私は、子どもを正確に教育することは、教師にとっての、きびしい自己認識になるのだと思っている。子どもを正確に教育しようとして、きびしく教材に立ち向かい解釈しようとする教師は、つぎつぎと新しくその教材を認識し、再創造することのできる教師になるからである。また、そういうことによってだけ、子どもの認識を高め拡大することができるということを知る教師になるからである。 ところが教師は、そういう意味での教材の恐ろしさを、ぜんぜん知っていない。通俗的な教師が、教材を通俗的にあつかったときには、子どもを平板ちじんにし、通俗的にしてしまう。逆に、教師が、教材を無限に深く解釈し、発展させ、拡大深化できれば、それによって子どもが、教材を深く解釈し、子どもの認識の質が、どんどん変わるのだということを知らない。
私たちの学校では、休み時間や放課後、職員室で毎日のように教材研究が行なわれている。それは、特別に集まるのではなく、幾人でも集まれば、その日や、翌日の授業の教材を、教科書を出したり、黒板に書いたりして、みんなで議論するのだが、そんなとき、一年生の簡単な国語の文章の一節でも、みんなの解釈は、さまざまにわかれてしまう。 それは、一年生の教材だから、その文の一節の解釈ができないわけではない。それはわかっているのだが、「とおおい山の方から」という場合でも、「とおくの山の方から」だか、「とおく山のほうから」だか、さまざまに解釈がわかれる。そうでないと、子どもが、さまざまの意見やあやまりを出したとき、それを拡大深化させていくことができない。「とおおい山の方から」を「とおく山の方から」と、読みまちがった子どもがいるときも、それをはっきりさせ、再創造していくことができないからである。 私の学校でよくあることだが、ひとりの先生が教材研究をしてきた。そしてそれを、みんなのところへ出すと、その先生の教材研究より、もっと深い広い解釈がなされる。さらに他の先生の所へ出すと、またその教材が深く広く解釈されていく。そして最新の教材研究者も、深い高い教材の解釈をし、それを持って教室へのぞむようになる。 またこういうこともよくある。何年かの間には、同じ教材が何回も研究授業につかわれることがあるが、研究授業をするたびに教材に対する解釈が深くなり幅広くなってくる。これも、教師の、子どもの教材に対する解釈が、つぎつぎと高く深くなってくるからである。 このように、教材というものは、教師の力によって、無限に拡大深化していく可能性を持っているものである。教師の力によって教材は幾らでも再構成され、再創造されていくものである。そういう力が教師にあるとき、その力で教師は教材を批判すべきだし、また批判することもできる。さらに、そういう力を持った教師の授業によってだけで子どもは、ほんとうの学力と知恵が高められていく。 子どもたちが授業に不満を持ち、無気力になったり、怠惰になったり、反抗的になったり、乱暴になったりしているのをみてみると、指導方法が下手であったり、通りいっぺんの型にとらわれていたりするのと同時に、教師の教材に対する解釈が弱く狭いということが原因になっていることが多い。 それは、一つの教材を追求していく場合、子どもたちは、さまざまの考え方や、解釈をする。そのなかには、正しいものもあるし、まちがったものもある。おもしろいものもある。教育は、それらさまざまの、ひとりひとりの子どもの考え方を認識し発展させ、どの子どももが、つぎつぎと自分の認識をあらため、高い次元へと何回でも再創造させていくものである。ところが、教師に、教材の可能性を無限に拡大深化させていく力がないと、既成の知識を形式的に教えるだけで、子どもに、教材に対する解釈をつぎつぎと再創造させていくことができない。だから授業が平板になり形式的になる。子どもの思考も緊張して動かないし発展しないから、子どもが無気力になり怠惰になり、反抗的になったり乱暴になったりするということになる。 すぐれた授業をしている教師は、そういう形式的な授業をしていない。教材を深く解釈し、民族のつくってきた文化の法則や体系をしっかりと身につけており、そういう力を基礎にして、授業にのぞんでいるから、そのときどきの子どもの現実や思考や認識に即応して、複雑に豊富に子どもの認識や思考の再創造をはかっている。さまざまとっさの変化わざを駆使しながら、学級全体のどの子どもをも、つぎつぎと引き上げていっている。
だから、そういう教師の授業は、緊張感があり、生き生きとした問題意識と、明確なそれの発展がある。そういうなかで子どもたちは、集中し緊張してだれもが自分を新しい世界、新しい世界へと持ち込んでいっている。ところが、教材の解釈が弱く、変化わざのできない教師の授業は、形式的で、しかも授業がやせたものになっている。そういう授業のなかで子どもたちは、貧しくやせた学習を、形式的に続けていっている。そういう授業では、子どもたちの認識を拡大深化させ、再創造させ、どの子どもからも、その持っている無限の可能性を引き出すなどということはできないわけである。 民族のつくった文化遺産を豊かに身につけ、教材を深く解釈して教師が授業に向かえば、子どもたちは、自分が拡大され変革されていく喜びに充足して、身心をふるわせながら学習していく。だから、そういう授業を毎日毎日受けている子どもたちには、とりたてて生活指導などということは必要ない。一時間の授業で、民族の積み上げてきた文化遺産を、そのなかにある法則なり知識なりを、的確に子どもに伝達し、一つ一つ積み上げていき、そのときどきに、子どもの認識を拡大深化させ、再創造させていくことこそ、もっとも基本的な生活指導だからである。 子どもたちは、そういう学習のなかから、自分を発展させることに喜びを感じる人間になり、一日一日を学習し、追求し、努力していく喜びを知った人間になるのである。自然や人間や事物から吸収し、自分をつぎつぎと高め創造していく人間になるのである。 それにはやはり教師の文化遺産に対する豊かな創造力が必要になる。もしかりに、授業が弱くて子どもがへんな方向へいった場合でも、教師に再創造させられる力があれば、子どもたちは、いわゆるお説教とか、訓話とかいうものとはちがった受けとめ方をし、自分を再創造していくことになる。
子どもたちが、おかしなことをいったとき、教師が、ロダンの「接吻」という作品を知っており、それに深い感動を持っている人間であったら、その写真を持ってきて子どもたちに見せるにちがいない。子どもたちは、その芸術作品に接し、人間の尊さとか、美しさとかを知り、自分を高い感動の世界に再創造させていく。そして、自分の口にしたことが、いかに浅はかな通俗的なことであったかということを知っていく。 子どもたちが、けんかをしたとき、未明の「二人の兄弟」という作品を、教師が何げなく、感動をこめて読んでやることによって、子どもを新しい次元に変えていくこともできる。けんかという、一つの行ないでも、それを、人類の文化遺産のさまざまなものに結びつけ、認識を大きくしていくことによって、子どもの現実を、それをつかいながら大きくかえていくことができるわけである。 しかし、何といってもいちばんよいことは、日々教師が本務としてやっている授業のなかで、一つの小さな教材でも、それを豊かな教師の力によって、さまざまの文化遺産に結びつけながら解釈し、そのことによって、子どもを高い未知の世界へと引き上げ、変革させていくということである。一つの言語、一つの文章、一つの楽曲によって、無限に高く解釈し、自分を高めていけるということを、授業のなかで子どもに教え、子どもにそういう力をつけてやることである。 子どもを教育するということを、私はそのように考えている。イデオロギーとか、生活規範とかを、なまでふりまわすのでなく現実にある文化遺産をつかい、それを、授業という仕事のなかで駆使し解釈させて、子どもに豊かな強い解釈力とか、認識力とか、思考力とか、創造力とか、感動力とかをつけていくこと、そして将来子どもたちが大人になったとき、社会とか、自然とか、人間とかのなかに、豊かな再創造のできるような基礎をつくってやることこそ教育なのだと思っている。 おとなもそうだが、子どもはだれでもみな、豊かに自分をつくり出すことをのぞんでいる。また、どの子どももが、自分の可能性を無限に発揮できる素質と力とを持っている。教育という仕事は、そういう可能性を、授業により、また教材によって、どの子どもの上にも実現させ、自分が無限に創造され、変革されていくということが、うれしくてならない、という子どもをつくっていくことである。
解説ページ
斎藤喜博(さいとう きはく) 授業創造のカリスマ 戦後民主主義教育の父
大江健三郎をして「奇跡にみちた教室」と言わしめた島小授業実践の神 教育活動の記録は、1979年3月、NHKテレビから「教える-斎藤喜博の教育行脚」という45分番組として放映された。55年を越える教師生活・研究者生活で一貫して追求したのは「授業」であった。教師の専門的な知識さえあれば、授業など誰にでもできると考えられていた時代を経て、授業はすぐれて創造的な仕事であり創造的な教師にしかできないものであることを、校長を務めた島小・境小の実践と、それを踏まえた実践的授業論等で示した。「無限の可能性」「授業の創造」「教師は授業で勝負する」「ゆさぶり」「介入授業」など、今日の教育実践を語るターム(専門用語)の多くが、彼の心血を注いだ教育実践の報告から生まれた。 この影響は絶大で、全国に、斎藤実践を目指して努力する無数の教師を生んだ。法則化運動(現TOSS)の向山洋一も、百マス計算の陰山英男も、斎藤の著書を読んで教育年少期だった時に斎藤の実践への情熱を掻き立てられたと書いている。 実践者としてすぐれた授業をつくり出しただけでなく、定年退職後は、教授学研究の会という研究団体を結成し、自らの実践に基づいて子供の可能性を引き出す授業をつくり出すための原理・原則を体系化した授業の学問=教授学を築き上げる仕事に全力を傾注した。これは容易な仕事ではなく、最晩年には、「斎藤教授学と言われしものも残りしか残ってもよい、残らずもよい」と詠んだ。