2025年6月、「カシス・コラーダ」という楽曲をリリースしました。
この曲は、私にとって2025年初のオリジナル曲になります。 ありがたい事に音楽関連の制作依頼をコンスタントにいただいていて、なかなか自分の創作が出来ずにいたら半年経ってしまいました。
曲解説はしたことがなかったのですが、新たな試みとして始めてみましたので、気軽に読んでください。
とはいえ、どんな作品も、受け取った人の数だけ解釈があっていいと思っています。
この文章も、ひとつの“作者の解釈”として、気軽に読んでもらえたらうれしいです。
まず、「カシス・コラーダ」というタイトルにした経緯からお話しします。
なんとなくジャズ風の楽曲を作りたいな〜と考えていたのと、誕生日(6月21日)に関連づければ、制作からリリースまでのスケジュールもちょうど良さそうだったので、ジャンルとリリース日が先に決まるという、少し変則的なスタートになりました。
そこから誕生石や星座、花言葉などを調べていたら、「誕生日酒」なるものを見つけました。
それが カシス・コラーダ でした。
ピニャ・コラーダをベースに、カシスリキュールを加えた甘くトロピカルなカクテル。そしてこのカクテルには「愛想を振りまく愛くるしい人」という酒言葉がついていました。
本来は、そのまま「かわいらしくて、人当たりのいい人」という意味なのかもしれません。
でも、ひねくれ者の私は、どうにもその言葉に少し胡散臭さを感じてしまって。
──ほんとうに“愛くるしい”のか?
──それとも、そう演じているだけなのか?
そんな問いが浮かんできたときに生まれたのが「カシス・コラーダ」です。
そして、それとは別に──以前から、メモに残していたフレーズがありました。
かじかんだ独占欲を 愛と歌えば
お幸せになれたでしょうね
という一文。
明確に「この出来事のこれだ」というエピソードがあったわけではなく、ただ、ふと心に引っかかって書き留めたものでした。
恋愛感情としての「好き」はそれほど強くなくても、 状況や関係性によっては、嫉妬したり、執着したりすることがある。
実際、私自身にもそんな一面を見たことがあるし、逆にそういった感情を向けられたこともあります。
冷静に考えると、ただのわがままだったり、支配欲だったりするのに。
それを「好き」という感情に設定しなおして、恋をしている“つもり”になっていた――
そんなことも、あったように思います。
この曲の主人公は、
相手の理想をなぞること。
予測を現実にすること。
そうやって、主導権を握っていたつもりだったのかもしれません。 だから彼の理想であり続ける。
それは相手にも言えることであり、主人公はそれを受け入れる。
嘘の真実を永遠に。
カシスコラーダは、そんな皮肉から生まれた物語です。
あまり説明しすぎない程度に解説しましたが、いかがでしょうか。
「カシス・コラーダ」は、明るくてジャジーなアレンジの中に、愛と皮肉と、少しの毒を忍ばせた楽曲です。
一見きらびやかで華やかに聴こえるかもしれませんが、その内側には、脆さや寂しさがそっと潜んでいます。
強がりたい夜に、ぜひ聞いて下さい。
✦_✦_✦_✦_✦_✦_
楽曲の感想、もしあればぜひ教えてください。
X(旧Twitter)などでメンションしてくだされば見に行きます💌
― 溶けたのは氷か、境界線か。―
全2トラック収録。
「カシス・コラーダ」は"愛想を振りまく愛らしい人"の意味を持ち、美しく着飾った感情の裏側に潜む皮肉を描いた一曲。
「0.9秒」はボーカルにかなと。を迎え、男女のすれ違いを描いた駆け引きの一曲。“0.9秒”というわずかな誤差が、掛け合いの中で火花を散らすような、緊張感ある心理戦が楽しめる。