この記事は旧KUWV-BLOGから移植したものです。

2016年11月07日

最近北山にはまっている宗里です。11/3(木)~5(土) の2泊3日で左京区吉田の下宿(地塩寮)から若狭小浜の海まで、北山を歩いて抜けてきました。体はボロボロですが、充実した山行になりました。以下報告ですが、かなりの長文になっております。ご容赦ください。

写真:http://photozou.jp/photo/list/2619556/8955476


11月3日(木) 文化の日:下宿~貴船山~魚谷山~雲取山

3:50 百万遍の吉野家で朝食をとって、歩き出す。いつぞやの杉原の真似(和束50cmゴルジュ)で、ぬいぐるみを2体ほど連れていった。

4:50 深泥池。暗い。ここから鞍馬街道を北上。

5:20 幡枝八幡宮に参拝。

6:30 二ノ瀬。少し休む。京都一周トレイルの看板あり。惟喬親王とその母紀静子を祀る守谷神社と冨士神社に参拝。ちなみに惟喬親王は木地師の祖と言われている。今度は雲ケ畑と桟敷ヶ岳にも行ってみたい。

6:45 入山。ウェストポーチに入れていたはずの地図がなくなったので15分ほど探したが、結局ザックの中にあった。幸先が悪い。

7:15 夜泣峠。惟喬親王の夜泣き伝説。

8:15 樋ノ水峠

8:18 貴船山。二等三角点。山城三十山1座目。ここから貴船山最高点を通って滝谷峠へ向かったが、地図にない道があり、テープもあって分かりやすかった。

9:03 滝谷峠

9:25~10:10 林道におりて偵察。滝谷峠からの下りで、テープはあるけれども本当に正規の道なのか怪しい道を下りてしまった。魚谷山への登り口を探す。ついでに南に下って麗杉荘と直谷山荘の廃墟を見に行った。

10:20 今西錦司レリーフ。その先の北山荘も見に行く。よく管理されているのか、きれいな小屋であった。京都一中山岳部出身の錚錚たるパイオニアたちに思いを馳せる。この辺りは開けていて、とても明るい。爽やかな秋を感じる。

10:50 柳谷峠

11:00 魚谷山。三等三角点。山城三十山2座目。

11:07 魚谷峠。林道が通っているので、『北山の峠』の写真で見たような“北山の峠らしさ"は失われている。途中でマウンテンバイクを持って上がってくる3人組とすれ違った。ダウンヒルでもするのだろうか。峠にはバイクの人たちもいた。

11:20 柳谷峠に戻る。

11:30 芹生峠。舗装道路。

11:48 芹生の集落。民家が立派である。茅葺き屋根をトタンで覆っているようだ。川で大きな魚影をしばしば見つけた。鈴木か大柳から釣り道具を借りればよかったと思ったが、よく考えたら今は禁漁期だった。林道沿いの勢龍天満宮に参拝。寺子屋伝説の跡地にある、ひっそりとした神社。

13:40 二ノ谷出合。立命館大学ワンダーフォーゲル部の案内板あり。

13:55~14:05 立命館大学W.V.小屋。なかなか大きくて、うちの小屋より立派であった。ドラム缶風呂や炊事場、トイレまである。『二十歳の原点』の高野悦子もここに来たのだろうか。記念植樹の看板を見るに、立命ワンゲルも京大ワンゲルと同じで、今年で創立60周年を迎えたようであった。

14:28 雲取山。三等三角点。山城三十山3座目。

14:45 雲取峠(フカンド峠)。京都府立大学W.V.の小屋あり。

15:05 ハタカリ峠。ここから国体尾根まではテープがあって分かりやすい道であった。イナヤ谷の登山道は今は廃道のようで、道はありそうにない。843mピークの北からオサ谷を下降する予定だったが、思ったよりRFに手間取る。何とか現在地を特定して、下り始める。少し下ってルンゼの方角を確かめて、オサ谷を下っていることを確信する。植林が入っているからか、割と下りやすかった。

16:10 オサ谷を下って、水が出て来た適当なところでCS。焚火をしようかと思ったが、疲れていたのでやめた。適当な晩飯を食べて酒を飲んで本を読んで就寝。


11月4日(金):大布施~大悲山峰定寺~峰床山・八丁平~久多

3:30 寒くて自然起床。朝食後、まだ暗いので二度寝する。

5:45 再起床

6:45 出発。小さいとはいえ沢を下るので、沢靴に履き替えた。オサ谷は明らかに人が通った跡があった。ごくたまにテープも現れた。植林の関係だろうか。

7:20 林道に合流。歩きやすい。

7:35 大布施の集落。

8:00 花脊の大神宮社に参拝。

8:35 八桝の春日神社に参拝。「大雪年京都施行御施主為家内安全」(文化八年)の碑あり。大雪で孤立した時、援助をしてくれた領主への感謝を込めた石碑だという。

8:45~8:55 山村都市交流の森を散策。『京都北山と丹波高原』で有名な森本次男のレリーフを偶然発見。北山の普及に一役買ったというこの本は、京都一中山岳部による『山城三十山記』からの剽窃が多いと梅棹忠夫が憤っているが……。附属図書館の書庫で見つけたので今度読んでみよう。

9:50~10:40 大悲山峰定寺参拝。財布以外の荷物を預けて本堂を見に行く。室町時代のものだという本堂は、岩崖の下に建つ懸造りの建築である。清水寺の舞台を想像してもらうのが早い。北の大峰とも呼ばれる修験道の寺院。迫りくる岩壁を見ると、修験道の行場であることを実感する。受付のおばちゃんが、私が京都から歩いて来たと言うと、驚きつつも親切にいろいろと教えてくれた。

10:50~11:10 三本杉まで往復。峰定寺受付のおばちゃんが薦めてくれたので行ってみた。

12:03 俵坂峠

12:40 峰床山。二等三角点。山城三十山4座目。京都府第2位の標高。南から西にかけての展望が開けていた。

13:10~13:40 八丁平散策。関西では珍しい高層湿原とのこと。一周してみる。湿原の自然の貴重さは不勉強でよく分からないけれど、歩いていて気持ちいいところであった。でも何となく寂しい雰囲気。木が全く生えていない斜面があったのだが、ここがスキー場跡なのだろう。

13:55 オグロ坂。古代は峠のことを「坂」と言い、坂→越→峠と変遷していったという。オグロ坂はそんな古道の趣を感じさせる峠であった。ここは鯖街道の峠でもある。ここからの下り道はとても歩きやすく、落ち葉を踏みながら軽快に下った。秋ならではの楽しさ。

15:00 久多の集落

15:10 思古渕神社に参拝。思古渕神は安曇川流域で信仰されていて、沢メンにおなじみの坊村や葛川坂下にも祀られている。奥口やヘクには何度も行っているが、初めて知った。ここから立派な民家が並ぶのを眺めたり途中で神社に参拝したりしながら、ひたすら北へ車道を歩く。

16:45 岩屋谷出合。岩屋谷は京都府立大の演習林になっているので、その手前でCS2。


11月5日(土):三国岳~三国峠~根来坂~鵜ノ瀬~若狭一ノ宮~小浜

2:00 またも寒さで自然起床。炊飯中に鍋からちょっと手を放した瞬間、鍋がひっくり返る悲劇が起こる。シュラフが濡れて銀マとテントに穴が開いた。はあ……。米は幸いにも無事であったので、炊き直してとりあえず飯を食う。

4:10 出発。暗い。寒すぎる。カイロとネックウォーマーが大活躍した。靴擦れがひどく、歩くのも辛い。

4:30 京都府立大学久多演習林の建物。ここから山に入る時は府立大に届け出る必要があったらしい。知らなかったので許してください。すみません。ここは川の合流地点で一度川を渡る必要があったのだが、暗い中のリヒト山行でそのことに気付けず、建物の方を直進して支流に入ってしまった。途中で明らかに方角が違うことに気付き、引き返す。テープがあったので気付くのが遅れた。この日のコースタイムは終電ギリギリだったので、痛いタイムロス。もっと慎重になるべきだった。5:10に正しい道に入る。

5:20 一の岩屋。その後の二の岩屋は発見できず。三の岩屋付近はゴルジュ地形で見応えがあった。暗くて錯覚しただけかもしれないが。

6時ごろ ようやく明るくなる。尾根にのり、急登が続く。

6:35~6:45 三国岳。二等三角点。山城、近江、丹波の国境に位置する山。朝日と雲海がきれいであった。蛇谷から武奈、堂満、蓬莱まで比良の山々も見える。

7:20 岩谷峠。途中の稜線から、百里ヶ岳をはじめとするこれから行く予定の尾根がはっきりと見えた。高島トレイルは迷いやすいところには必ず標識があって歩きやすい。

8:40ごろ 地蔵峠に下りるところで道を見失う。県境の尾根を下るものだと思い込んでいて、京大芦生演習林の敷地内の林道に下りてしまった。正解は東隣の尾根だったようだ。調査不足でした。

8:55 地蔵峠。高島トレイルに復帰。

9:45 三国峠。京都府、福井県、滋賀県の県境。

10:00 ナベクボ峠。ここから先はアップダウンが激しく、体力を激しく消耗した。百里ヶ岳に行くのは時間・体力的に無理だと悟り、根来坂を下ることに決めた。おにゅう峠に向かう途中の尾根で南側の展望が開けた。北山の方面である。たたなづく青垣とはこのことかというほど遠くまで山が続いていた。

12:15 おにゅう峠。2003年に開通した林道上の新しい峠らしい。展望が素晴らしく開けている。少し霞んでいたが、小浜の海も見えた。目標が見えたからか、何となくほっとする。峠はお弁当を食べるハイキングの人でにぎわっていた。京都からここまであまり人に出会わなかったので困惑した。車も多い。

12:35 根来坂峠(針畑峠)。鯖街道最短経路上の峠。ここも人が多い。何でも6日間に分けて鯖街道を歩く団体らしい。この後も鯖街道を歩いているという人と何人かすれ違った。鯖街道walkerは結構存在しているようだ。

12:55~13:10 昼食レスト。本当は峠で休みたかったのだが、人が多すぎたので少し下ったところで休んだ。カップラーメン。

14:15 上根来の集落。下山。民家を改装した休憩所があったので休む。一歩一歩踏み出すたびに足が痛む。限界に近い。あとは道を歩くだけなのだが……。

16:10 白石神社に参拝。若狭国一ノ宮の元宮。東大寺の開山である良弁和尚の生誕地の碑もあった。ここの隣がお水送りで有名な鵜ノ瀬。ここに流された御香水は、地下洞穴を通って奈良東大寺二月堂の若狭井で受け取られ、お水取りに用いられるという。若狭と奈良が繋がっているというのもスケールの大きな話だ。ここで自販機を見つけて感動した。すかさずスポドリを買う。心なしか歩くペースが上がった気がする。

16:48 若狭神宮寺。16時で拝観は終了していた。

17:00 若狭彦神社参拝。彦火火出見尊(山幸彦)を祀る。

17:25 若狭姫神社参拝。豊玉姫命を祀る。もうすっかり暗い。

17:40 国道27号線(旧丹後街道)。コンビニやチェーン店が並んでいる。文明に触れる。まだかなり歩かなければならないことに気付くが、気力で歩き続ける。

18:35~18:55 海。早速靴を脱いで、足を海に浸ける。目標は達成した。海岸を歩いていた人に写真を撮ってもらってから、しばらくぼーっとする。人魚の浜海水浴場というところで、今年の海の日にドライブで訪れた場所であった。温泉に入ったりご飯を食べたりしたかったが、終電が近いので諦める。足を引きずりながら小浜駅へ向かう。途中のまちの駅のきれいなトイレで着替える。

19:25 JR小浜駅。19:46発の終電に乗る。小浜駅の窓口が閉まっていたので、敦賀駅で学割を使って切符を買い、23:08に京都駅着。七条から京阪で出町柳まで行き、百万遍の東山湯に浸かってボロボロの体を少し癒してから帰ったのであった。

↓ 歩いたところ