1)はじめに
山中ではインターネットが通じないことが多々ある。そんな状況において、翌日以降の天気変化を知るためには天気図を描くことが有効である。
そのため、京大ワンゲルでは、新たに入った部員に対し天気図を描く能力を身につけることを求めている。
なお、ここに記載した内容(特に等圧線の引き方に関して)は,KUWV内で用いられていた天気図講習用の資料の情報や,KUWVの新入生の天気図に対する指摘などを元にした経験則が大部分であることに留意。競技登山などでは細かいルールの違いなどがあると思うので,あくまで参考程度で読んでください.
2)天気図の課題
京大ワンゲルでは、役員になる条件として「天気図を描く能力」を必要としている。また、山行において「気象」の役職を受け持つ際にもこの能力が要求される。これが認められるためには原則以下の課題をこなす必要がある。
【天気図課題フローチャート】
まず、天気図を描いてみる。描けたら上回生の誰かに見せ、確認や指摘を受ける。それを踏まえて、さらに天気図を描く経験を積む。
これを繰り返して累計15枚確認してもらう。この枚数に到達したら、役員会に「決めの一枚」として新たに描いた天気図を1枚提出する。これは役員会において出席役員全員に確認される。
これが承認された場合に課題達成である。
不承認となった場合には新たに「決めの一枚」を描き直し提出する。
3)天気図を描く準備
【用意するもの】
天気図用紙
鉛筆(シャープペンシル)
ペン(黒・赤・青・紫)
ラジオ機器(スマホアプリ「らじる☆らじる」でも良い)または音源
(「らじる☆らじる」はインターネットを通じてラジオを聞くことができるアプリ)
天気図に書き込む情報は、NHKラジオ第二放送で16:00〜16:20に放送される「気象通報」で読み上げられる。
天気図用紙は基本的に購入する。最もおすすめなのが「ラジオ用天気図用紙 No.2」で、これに書き込めば、基本的に読み上げられる内容と地図の範囲が異なるといったことが無い。
4)放送内容の書き取り
「この時間は、気象庁発表の、今日正午の気象通報をお伝えします。」
i) 各地の天気
日本付近の各地の天気が読み上げられる。これらの情報を黒ペンで記入する。
例:「①大阪では、②南の風、③風力3、④晴れ、⑤16 hPa、30℃」
① 地点名
気象通報の地点は石垣島から上図の順番で読み上げられる。恒春から長春へジャンプするところに注意する。
② 風向
風向は16方位で記入する。
南北方向は経線に並行な方向であることに注意する。
③ 風力
風向の時に記入した線に、風力に対応した数だけ羽をつける。
④ 天気
読まれた天気に対応する天気図記号を円の中に書き込む。
⑤ 気圧・気温
円の右側に気圧の下2桁を書き、円の左側に気温を書く。
気圧は、1000hPa代は下2桁だけが読まれ、900hPa代以下は全体が読まれる。
ii) 船舶の報告
「i) 各地の天気」と同じ要領で書き込む。
地点・風向・風力・天気・気圧が読み上げられる。
ただし、地点は最初に緯度軽度が読まれるので、そこに自分で○を書く。
iii) 漁業気象
低気圧、高気圧、前線、台風などの情報が読み上げられる。
これ以降の内容は、各地の天気や船舶の情報と比べて格段に情報の重要度が高くなるため、慣れていないうちはどこかにメモをとるなどして、聞き逃しの無いようにする。
・ 低気圧
全て赤ペンで書き込む。
低気圧の位置・中心気圧・進行方向・進行速度が読み上げられる。
例:
「日本のはるか東の北緯37度、東経156度には、1000hPaの発達中の低気圧があって、東へ毎時30キロで進んでいます。」
まず読まれた位置に×印をつけ、その側に低気圧を表す「L」または「低」と書く。
その付近に中心気圧の下2桁を書く。
また、進行方向を矢印で示してその側に進行速度を20km/hまたは20kというように書く。
進行速度は、ゆっくりは「SLW」または「SLOW」、
ほとんど停滞は「STA」と表す。
ほとんど停滞は進行方向が不明なため矢印は書かない。
なお、予報円が読まれた場合にはそれも赤ペンで書く。
半径が読まれるが、緯度1度長が111kmであることを用いる。(経度1度長は緯度によって異なる。)
・ 低圧部
低気圧と同じ要領で、全て赤ペンで書き込む。
低圧部の中心には×印を書かない。低圧部が読まれる場合には、その位置が「〜付近」と読まれるため、聞き逃さないこと。
低圧部が読まれている場合には、それが今後熱帯低気圧や台風になる可能性を持っている場合が多いため、低気圧と低圧部の違いは重要である。
・ 熱帯低気圧
低気圧と同じ要領で、全て赤ペンで書き込む。
熱帯低気圧では、低気圧で「L」と書いていたところを「TD」と書く。
・ 台風
低気圧と同じ要領で、全て赤ペンで書き込む。
台風では、台風 𝑛 号の場合には、「T 𝑛」と書く。
なお、多くの台風では、緯度軽度がいつもの度単位ではなく、5分単位で読まれるので注意。
・ 高気圧
低気圧と同じ要領で、全て青ペンで書き込む。
高気圧は「H」と書く。
・ 濃い霧、強い風
記入しない。
「日本の東からアリューシャンの南にかけての」などと広い範囲が示された時には、濃い霧や強い風の情報が読み上げられる。
また、強い低気圧の情報が読まれる際に、セットでその周辺の強い風の情報が読まれる時があるが、これも記入しない。
・ 前線
読まれた点の、始点から終点までを滑らかに結ぶようにして書く。
書き方は左図(スマホだと上図)に従う。
羽根は前線の進行方向側につける。
基本的に、温暖前線は北や東向き、寒冷前線は南や東向きに進行する。
iv) 日本付近を通る等圧線
読まれる座標に点を打っておく。
天気図に慣れていない場合は、打った点をどの順に結べば良いか分からなくなりがちなので、座標をメモしておくことをおすすめする。
5)等圧線の引き方
まず、「日本付近を通る等圧線」で読まれた点を滑らかに繋げる。そして、今まで書き込んできた情報を活用して等圧線を紙面全体に引いていく。
この時、引き直しができるように鉛筆等の消せる筆記具で描く。
等圧線は基本的に以下のことを守って引いていく。
【等圧線を引くときの基本的なルール】
2hPaごとに引く。(ただし台風のような場合で非常に間隔が狭いときは10hPaごとで良い)
10hPaの倍数の気圧の等圧線は太線にする。
紙面全体に等圧線を引ききる。
低気圧、高気圧などはその中心気圧の線でそれぞれ囲む。
ありえる等圧線を引く。
ニュースとかでよく見る天気図の等圧線が4hPaごと(太線は20hPaごと)なのに対し、KUWVでは2hPaごとに等圧線を引くことになっていることに注意する。
更に、ちゃんとした等圧線に仕上げるためには、以下のことも考えなければならない。
【いい天気図の条件】
等圧線が3次元的に滑らかである。
実際の現象に従った等圧線が引けている。
見やすい、読み取りやすい天気図である。
i) ありえる等圧線とは
途切れない
この例では、等圧線が途切れることによって、
00<気圧<02 かつ 02<気圧<04 という領域ができてしまっている。
等圧線は途切れないように書かなければならない。
接さない、交わらない
この例では、等圧線が接することによって、
気圧=00=02 という点ができてしまっている。
等圧線は接したり交わったりしないように書かなければならない。
なお、同じ気圧の等圧線が接するような状況は、可能性はあるかもしれないが、そのように書いてしまうと天気図が見辛いものとなってしまう(後述)。
分岐しない
この例では、等圧線が分岐することによって、
00<気圧<02 かつ 02<気圧<04 という領域ができてしまっている。(他の解釈もあるがいずれにせよ矛盾)
等圧線は分岐しないように書かなければならない。
ii) 3次元的に滑らかとは
大気は空気であるので、気圧のグラフが滑らかでない天気図は現実的ではない。そのため、等圧線は気圧が3次元的に滑らかになる様に描く必要がある。
そのためには、あまり各地の天気の気圧に囚われすぎないことも重要である。1〜2hPaくらいなら気にしなくて構わない。
折れ曲がらない
この例のように、等圧線自体が折れ曲がってしまっている場合は、どう考えても滑らかとは言えない。
等圧線の間隔にムラを作らない
等圧線の間隔にムラを作ってしまうと、この例のように3次元的に滑らかでは無くなってしまう。そのため等間隔を意識して等圧線を引けば良い。
だからと言って、全て等間隔にすればいいというわけではない。徐々に間隔を広げる/狭める場合でも3次元的に滑らかと言える。
等圧線をみて立体的なイメージができるようになる必要がある。このスキルは地形図を見てRFをする時にも必要である。
詳しくは実践編へ
iii) 実際の現象に則した等圧線とは
低気圧、高気圧と等圧線
▼良い例
この例のように、低気圧は中心に近づくほど等圧線が狭くなるのが普通である。
また、高気圧は中心に近づくほど等圧線が広くなるのが普通である。
この例では高気圧と低気圧が近くにあるため、低気圧の中心に向かってどんどん等圧線が狭くなっている。
高気圧と低気圧がそれほど近くにない場合には、標準気圧付近で一旦平坦になっているのをよく見かける。
隣接した低気圧(高気圧)同士
▼良くない例(目力がすごい低気圧)
▼このように2つの低気圧が繋がる
隣接した低気圧(高気圧)同士はある程度融合したようになっていることが多く、この例のように低気圧同士が反発し合うようなことにはあまりならない。
これは、(低気圧の場合だと)間の気圧の高い部分が両側の低気圧に吸収されるからである。
ただし、台風の場合はあまりそうならない。
前線周辺の等圧線
前線周辺では、性質の異なる空気がせめぎ合っているため、等圧線が周囲と比べて急激に曲がる。
風向きも参考に
地球の自転の影響により、北半球では運動する物体に対して、コリオリ力という速度方向に垂直右向きの力が働いている様に見える。
そのため、風向も等圧線に対して斜めになっていることが多い。(特に風が強い時や海上)
ちなみに、高層ではほぼ等圧線(等高度線)と平行に風が吹いている。これは地上の摩擦力の影響がないからである。
iv) 見やすい、読み取りやすい天気図とは
天気図を描く最大の目的は、それを読んで翌日以降の天気を知ることである。また、気象通報の内容だけでは厳密に実際の大気の状況を天気図に再現することはできない。
そのため、天気図を描く時には、厳密な再現は捨て(そもそもできないが)、実用性すなわち読み取りやすさを重視する箇所がある。
「実際にはこうなることはありえるが、読み取りにくくなるため避けた方が良い」という感じのマナーの様なものがあるので、それを紹介する。
高気圧の中心の円は大きく描く
実際には、高気圧の中心が1000.1hPaとかだった場合には高気圧の中心の円は小さくなる。
しかし、小さく書いてしまうと等圧線同士の間隔が狭くなってしまう。
等圧線同士の間隔が狭いとパッと見でそこの風が強い様に感じてしまうので、それを避ける。
同じ気圧の等圧線を近づけすぎない
同じ等圧線同士が近づくこともあるが、同じ等圧線同士の間隔が狭くても風が強いわけではない。
そのため、上と同じ理由で、同じ気圧の等圧線同士は近づけすぎない様に描くのが良い。
6)実践編:ありがちな間違いとその修正
i) 等圧線の本数が1本違う
等圧線の本数が1本だけ違う間違いをしてしまう時は、多くの場合、等圧線の数え方に問題がある。
▼誤りの例
左図の天気図には誤りがある。
どこが誤っているかわかるだろうか?
ピンク色の矢印の順に等圧線を数えれば、H12が14の等圧線に囲まれてしまっていることはすぐに分かる。
しかし、水色の矢印の順に等圧線を数えた場合、
16→14→12となっており、何もおかしくないように感じてしまう。
実際には、水色の矢印の順で数える途中のどこかで同じ気圧の等圧線が隣接する。
H→H、L→Lと数える時にこのようなことが生じる。
等圧線の本数を間違えにくい数え方
上に書いたように高気圧同士、低気圧同士が隣接する場合はどこかで同じ気圧の等圧線が隣接することになり等圧線の本数を数えづらい。
等圧線の本数は、低気圧の場合は高気圧側から常に気圧が下がる方向へ、高気圧の場合は低気圧側から常に気圧が上がる方向へと数えていけばよい。
等圧線の本数が間違っていたときの修正
等圧線の本数が間違っていた場合、まず最初に高気圧・低気圧を囲む線の本数を調整してみることを考える。
▼誤りの例
▼修正例
例えばこの例だと、H16が14の線で囲まれているため、H16の周りに16の線を追加すれば良い。
しかし、この調整の仕方ができない場合もある。高気圧・低気圧を囲む線が1本しかなく減らすことができない場合や、増やしてしまうと周囲の等圧線が詰まりすぎてしまう場合である。
このような時には、等圧線を通す場所を変更する。
▼誤りの例
▼修正例
例えばこの例だとH12が14の等圧線で囲まれているが、H12の周りを囲む線は1本しかなく減らすことができない。そこで、12の等圧線の通す場所を変更した。
どのように通す場所を変更すれば良いかということは、どこに線が必要で、どこに線が必要ないか、ということを考えていけば良い。
ii) 亜空間高気圧・亜空間低気圧
▼良くない例
これは初心者が描きがちな、周囲の干渉を一切受けず、周囲への干渉も一切せずに存在している、亜空間高気圧。
▼修正例
高気圧や低気圧は、気圧の尾根・谷の一部になっていたり、気圧配置に応じて変形していたりと、周囲の影響を大いに受ける。(台風を除く)
そのため、天気図を描くときは紙面全体を見渡して、気圧の大雑把な配置・尾根線・谷線を意識しながら描くようにしよう。
iii) 気圧の崖?
▼良くない例
このように等圧線の間隔がまばらで崖のようになっているのも不自然。この例であればオレンジ色のところが崖のようになっている。
「気圧の尾根」や「気圧の谷」などと気圧を地形で比喩することはあるが、気圧の崖なんてものはない。
等間隔を基本に、徐々に間隔を広げる・狭めるようにして等圧線を引くようにする。
▼プリン
等間隔を意識するのは良いが、一番中心部を無視してしまうこともよくある。
この例だと高気圧の中心が真っ平らになってしまっており、プリンのような形状の高気圧になっている。
プリンではなく丘のような形になるように一番中心の円も含めて間隔を調整する必要がある。
iv) 狭い間隔で並行に走る同一気圧の等圧線
▼良くない例
この例では狭い間隔で並行に同一気圧の等圧線が走っているが、これは良くない描き方である。
…とは言っても何がどう変なのか分からないかもしれないのでまずはそれを説明する。
この天気図の青色の部分が周囲より気圧の高い部分だが、それが細長く存在する状態となっている。
この細長い気圧の高い部分を立体にした場合は写真の山(メサ)のような形になる。
普通の山の稜線にはピークやコル(鞍部)があるが、気圧の尾根・谷も滑らかに上下しており、高気圧や低気圧のの中心などが気圧の尾根・谷上にあったりするのが自然。
以上の話は気圧の低い部分でも同様である。
細長く同じ気圧の等圧線が隣接することに違和感を感じることができるようになろう。
上述のようにならない等圧線の引き方
天気図を描いている途中でこのようになった。
この図では、10とH12の間にもう1本10の線が必要となる。
そこで、間に10の線を描いてみた。
すると、周囲より気圧の低い細長い領域が爆誕。一体どうすれば良いのだろうか。
こうなった時には発想を変えて、間に10の線を通さないようにする。
元あった10の線も消す必要があるが、天気図を描く時には消しゴムを使うことを躊躇ってはいけない。
7)上手に描ける様になるためには
最も大切なことは、実際の天気図を観察すること。
実際の天気図をみたことのない人がこの資料を見るだけで天気図が描ける様になるわけがない。
例えば、ピカチュウを全く知らない人に「電気ネズミ」という説明を与えて描かせても、良くてデデンネになるだけだろう。
自分で天気図を描いてみて、それを実際の天気図と比較してみたり、いろんな季節の天気図を見ることも良い。
それは天気図を描く力にも、天気図を読み取る力にも繋がるだろう。
過去の天気図はここから閲覧できる
気象庁 過去の天気図
あとこれは完全に主観だが、天気図を描く技能を上達させるために最もいい季節は梅雨や移動性高気圧の時期だろう。
というのも、この時期は低気圧が大量に発生しており、またその中に高気圧も入り混じってくるため、等圧線を引くときに中々考えることが多くなるからである。
また、初心者の聞き取りの天敵である前線も基本的に現れる。
夏は中心気圧900hPaとかの台風、冬は気圧差150hPaくらいの西高東低といった、過激な気圧の天気図を描くことになったりするが、こんなに同心円や縞模様を描くことには学びは無いし考えることも無いしただの苦行。