ナイフの切っ先が胸に刺さった。僕の身体は、既に堕落しきった精神とは異なって異物の侵入を拒んでいるらしい。刃が十数ミリ抜けて、また、勢いよく侵入した。一瞬だけ見えた刃は僕の鮮血で赤く塗れている。切り口が塞がれているからか、血はそれ程出ていない。ただそれでも少しずつ意識が薄れてゆくような気がする。
そうしていると、遂に身体がふらついた。その勢いで前に倒れたのは、最期の、嫌がらせのつもりだったけれど、彼女は、心底嫌そうな顔をして、その体躯で僕を受け止め、押し返した。落ちた枝葉と腐葉土の塊に後頭部から倒れこんだ。痛みはない。或いは既に痛覚が麻痺しているのかもしれない。
天を見上げる形になった。緑葉が見える。昨夜降り続いた雨の影響か、じめじめとしていて、人の死には相応しくないように思えた。
そもそも葉もまだ落ちきっていない。
彼女が僕に跨る。彼女の持つ全ての質量が僕に委ねられた。身体の中に入りきらなかった質量が、血と互換して零れた。空いた穴から、例えば口から。
彼女の仄かな笑みが見えた。僕は視覚を失った。
彼女の落ち着いた笑い声が聞こえた。僕は聴覚を失った。
それでも僕は多幸感に溢れていた。
楓は、胸ポケットに入れていた押し花で作られた栞を彼の頭に乗せた。
八月某日。僕は必要に駆られてこの手記を書いている。必要がなければ、その段階で捨てるつもりだ。読まれているなら、その必要があったということになる。
盛夏。その年は六月の段階から既に暑く、八月の猛暑は予想できた事態だった。老人がクールビズを謳ってエアコンも点けずに死んでゆくニュースが何度も流れた。
僕はというと、夏休みの間ずっと、半袖のワンピースを着たお天気お姉さんが気象情報を読み上げるのを確認してから、海に行った。別の日にはBBQをした。時々、ゲーセンで夏休みの子どもに紛れてメダル筐体で遊んだ。そうすると、当然だけれど金欠になった。
大学生は好きに学んで好きに遊べという父親から拝命して、僕はアルバイトもせずに日々を過ごしていた。そんな僕でも流石に「夏休みに怠けていたら金欠になりました」等と、父に頼る訳にもいかず僕は仕方なく仕事をすることにした。極めて合法的な手段で。
というのも、僕の在籍する大学では既に数グループが検挙された。夏休み前でその数だから、今からはもっと増える筈だ。
或るグループは大麻を吸って、或るグループは飲酒運転で。そいつはガードレールにぶつかって、どうしようかと、ぼうと考えていたら、通りがかった人に警察を呼ばれたらしい。バーで友人が笑いながら教えてくれた。そいつに酒を奢ると言ったら、また車に乗って帰った。
僕は大学生というものは往々にして犯罪に手を染める。のだと考えている。社会がそうするように仕向けるのかもしれないし、自ら飛び込むのかもしれない。どちらにせよ、それは原因に過ぎず、結果として、大学生は検挙されるという事実だけが残る。
だから、僕は極めて合法という言葉を使った。もし、社会がそう仕向けるのなら、彼らの意識とは対抗して、彼らは犯罪行為に手を染めるかもしれない。
結局のところ、一番に守るべき人間を放置して、けれど、後処理だけは嫌々という体を取りながらも、仮面の下では嬉々として撤廃しているように思えてならない。麻薬の彼らも、他に何か拠り所となるモノを知っていれば深淵を見ることは無かったかもしれない。
せめて依存症からの脱却を祈ってみる。禁断症状は大変だとアル中の友人が話していた。それにさっき読んだ薬物依存の本にもそう書いてあった。
ということを、エアコンの効いた部屋でのんびりと思考していたら、三日が過ぎた。一日は図書館で様々な本を読んでいたので、丸二日家にいたことになる。家を出ない分、お金は減らなかったが、電気代が嵩を増した。最近はそれすらも高いというのに。
ともかくとして、如何しようもなくなって来たことに僕は気付かなければならなくなった。エアコンを切ったことを三度確認して、僕は件のアル中の住むワンルームに上がり込んだ。生活苦と、勢い余って、二日間で考えたことをつらつらと熱弁すると、そいつはすぐさま携帯で何処かに電話をかけた。チューハイやらワンカップやらの散乱する汚い部屋だったので、近くで蠅の羽音がした。
紹介された仕事は少し変わった塾講師だった。田舎の方で暫くの間学生に勉強を教えるというもの。その間二階建ての建物を貸与してもらえ、一階を教室代わりに使い、二階を自室として使って構わないとの事だった。
アル中から電話を継いで幾つかの質問に答えた。例えば、年齢や前科と言ったこと。それから最後にメルアドと、彼女の有無を聞かれた。いいえと答えた。
保留音の末、採用が伝えられた。
それから直ぐにメールが届いた。明らかに機械に使い慣れていないような文面だったが、やり取り自体は恙なく進んだ。
メールの繰り返しの中、ふと、どのような事を教えればよいのかと聞いたらなんでも良いと返答があった。
如何しようかと考えているうちにその日が来た。
電車の中、車窓から外を見ていると、少しずつ田舎になっていく風景が面白かった。トンネルを抜けると田んぼが見えた。親に連れられて蛙を釣った思い出が過った。またトンネルを抜けると。神社が造営されていた。一瞬だけ見えた鳥居の中では結婚式が行われているようだった。おめでたいと思っていると見えなくなった。
そうこうしていると、駅に着いた。迎えを寄越してくれる筈だから、近くのベンチで座っていた。
「こんにちは」
見たことのない男性だった。明らかに迎えではないと感じた。さっきまで乗っていた電車の中では珍しいくらいに若い見た目をしている。けれど、それは僕も同じことが言える。
気が付かなかったということは別の車両に乗っていたのかもしれない。それでも降りる際には目に入りそうな気がする。とすれば近所に住んでいる人かもしれない。
「こんにちは」
見定めるようにしながら、恐る恐る返事をする。
「どうしてここにいらしたんですか」
男性は会話をつづけた。
この近辺の話し方に訛りがあるかは別として、少なくともこの男性は標準的な話し方をする人だと感じた。よく見ると服装こそラフだが、だらしない訳ではなく、長めの髪の毛もワックスで止められている。若さもそこから感じとれるもののようで、実際は思っているよりも年を召しているのかもしれない。
「仕事で来ました」
「なるほど。この近くでは珍しい程に年齢の若い人ですので。何せ近くには大学がありませんから。高校もちょっと離れた方に一つだけですし、そっちに寮がありますから学生は皆そっちに移るんですよ。だから普段ここには貴方くらいの人が一人もいない」
「はぁ……」
率直に言って五月蝿い人だと思った。よく話すというべきかもしれない。圧倒されていると、そこで会話が止まった。続けたほうが良いのかと考えていたら、電車が近づいてきた。ゴウゴウと音を立てて僕たちの過ごす駅を通り過ぎてゆく。
「近くに住まわれているんですか」
間が持てなくなって問いかけた。
「えぇ、まぁ、近いと言えば近くに。電車で数駅のところが最寄りで、職場が近くなので」
「なるほど」
本当に僕は会話が下手だと痛感する。何を話そうか考えているうちに話題が止まってしまう。終わってから、あぁこう話せばよかったと感じることすらある。
いずれにせよ、向いていないと実感して、嫌になる。時々、伝統芸能の類を見てなんとかコツを掴もうとしているが、この調子では全く上手くいっていないのだと他人事のように僕は、僕自身を、非難した。
そうこうしていると、迎えが来た。車は疎いので車種までは分からないが、黄色のナンバープレートが軽自動車であることは流石に知っていた。運転席に座っているのは事前のメールで見た通りの老人だった。僕はさっきの男性と不器用な別れの挨拶をしてから、車の後部座席に乗り込んだ。
運転手を務めてくれている男性は、事前の説明によると、孝さんというらしい。助手席に座っているのは、恐らくは美香さんだろう。彼女は、察するに僕を雇ったNPO的な団体で一番執行力を持っている女性だ。地域の老人の希望と町の活性というトレードオフな関係の着地点を目指して日々を頑張っているのだろうと尊敬している。そして、若くて綺麗だ。
車が急カーブして止まった。外を見ると駐車場に止まっていた。目の前には小ぶりの見たことない建物が一軒。NPOの本拠地か、或いは僕の仮住まいに着いたのかと思ったら、どうやら美香さん曰くコンビニらしい。
見たことのないコンビニは見たことのない商品が並んでいた。どうやら地元産の食材を使ったタイプの総菜等手作りに拘っているようだ。僕は安価なアイスを自費で購入して店を出た。
更に十分ほど走って車は再度駐車した。見ると二階建ての木造建築だった。着いたようだった。美香さんに案内されて中に入る。
「ここが貴方の教室ですね。今、中にいる人は私たちNPOの職員です。要は雇い主の皆さまって訳ですね。家具の運び入れを手伝ってもらったのと、まぁ自己紹介をしてもらおうみたいな目的で、集合してもらってます」
確かに彼女の言う通り十人程の老人が其々学校の机に座っている。正確な年齢は分からないが、楽しそうに話をしている様子からは全員が罹った病もなく元気そうに見える。然し、それでも老齢故に動くのは得意ではなさそうである。そう考えて、僕は自分の仕事は、塾講師のような、教育というよりも寧ろ夏休みで体力を持て余した子どもの面倒をみることであるのだと思い至り、一人で納得した。だから、特に事前に何も指示されなかったのだろう。
私は用意しておいた定型文のような自己紹介を済ませ、老人方から疎な拍手をもらった。美香さんを見遣ると満足そうに壁にもたれかかっているから、成功と考えることにした。失敗したところで勤務中気まずくなるだけなので失うものは大きくない。小さくもないから成功するに越したことはなかった。
とにかくとして、鍵をもらった僕は二階建て物件の一時的ではあれど所有権を得た。そして、収入も。
彼らを見送って、持ってきた荷物を二階に広げた辺りで僕は否応なく疲れを自覚させられた。仕方なく入浴を済ませて眠りについた。明後日からは久方ぶりの仕事が始まる。
農村部の朝は早い。近所に建物が少ないから日光が直接当たる。それに今日も元気に毎日を過ごそうといった、快活な雰囲気が立ち込めてくるような気がする。私は半ば強制的に目を覚ます羽目になった。
朝食を食べて荷解きを済ませる。時計を見ると正午を過ぎた頃だった。十三時くらいから、生徒らとの交流会が予定されていた。まぁ会場はここだから特に何をするでもなく、備えられていたティーバッグで、お茶を淹れたりマジックを覚えようとして諦めたりして適当に過ごした。携帯を使えたのは僥倖だった。
美香さんの声で目が醒めた。ベッドで動画を見漁っていたら寝落ちしていたらしい。声で返事すると、交流会に先んじて、様子を見にきてくれたとのことだった。優しさが心に染みるのを感じながら着替えを済ませた。彼女がいなかったら、多分寝坊しただろうことは黙っておく。
「寝癖ついてますよ」
「お洒落です」
「都会ではそんなのが流行っているんですね」
「流行っていないこともないです」
「さいですか。今日の交流会ではやめておいてくださいね。まだここには流行ってませんから」
僕は髪を濡らしに二階へ駆け登った。頬が濡れていた気もする。
十三時になった。下で様子を見ていた美香さんに依ると、ほぼ小学一年生から中学生三年生まで全員が集合しているらしい。唯一の空席に配置された少女は来るか怪しいらしく始めて構わないとのことだった。
結論から言うと、交流会は彼らの先導のおかげで、昨日よりは成功したといえる。というより、今日を踏まえると昨日の出来は相当に酷かったと評価せざるを得ないものである。
次の日、授業初日。殆ど、この近辺のことを知らない僕は、まだ何を教えれば良いか分からないでいたので、とりあえず宿題を済ませる日にしようと考えた。三日に一日くらいそういう日を設ければ、夏休みの間に宿題は終わらせられる。けれど、一年生が馬鹿正直に持ってきた宿題の山を見て僕は、彼らと同じくらいの時を思い出して気絶しそうになった。よくこんなものをやっていたと昔の僕を褒めた。
「君たちは偉いよ」というと、誇らしそうにしていた。
二日目。一日目の宿題を手伝いながら、僕は子どもたちへのヒアリングも済ませていた。どうやら近くには花畑があるらしい。ということで、三日目に行くことにした。今日はそれに向けて花の勉強をすることにした。
おしべだの、めしべだのいう知識を小学生にもなんとなく教える。僕は、明日だけでもその知識を使えたらそれで良いのだと思う。あとは、実際に習った時に思い出せれば良いし、そもそも人生では一回使うかも分からない知識だ。
三日目。教室で校外学習の準備していると、美香さんが知らない少女を連れてきた。所謂、空席の少女だ。思ったより早く来てくれたと胸を撫で下ろした。中学生くらいの少女で、黒いセーラーを着ている。暑そうなセーラーとは対称に、同じ色のショートヘアは涼しそうに見える。
「初めまして」
「初めまして。楓と申します」
少女は気怠そうに返事と自己紹介を済ませた。
「昨日まではどうしてこなかったの?」
「別に義務じゃなかったし、興味も湧かなかったので」
「君は花が好きなの?」
「いえ、貴方に興味を持ったのです」
僕は、言うまでもなく混乱していた。熟考の末言葉を発する。
「どうして?」
「何となく」
少女は待っていたかのような早さで返事をした。
「そっか。ともあれ、嬉しいよ」
「よろしくお願いします」
集合時間から少し前、全員が揃った。少し早いが移動を始めることにする。美香さんもついて来てくれるらしい。ある程度下見は済ませているが、僕には案内役が必要だ。
十分程歩いた先に花畑はある。タンポポやキョウチクトウといった花が咲いていた。いい香りがする。因みに、キョウチクトウには毒がある。毒以外には、虫に刺されないかが心配だが、危害を及ぼうような虫はいないはずだ。念のため、注意喚起もしてある。蚊はもう仕方がないのでスプレーだけ散布した。
僕は楓に対して多くコミュニケーションを取った。美香さんが他の子どもとあそんでくれていたということもあるが、それ以上に、彼女は一度見失うと二度と見つからないような気がして怖かった。
「何か好きな花は見つかった?」
「いえ特に。ただ、この花は嫌いじゃないような」
「それはなんていう花?」
「分かりません」
「持って帰って調べてみようか。そうだついでに押し花にしよう」
「えぇ、それは良い案」
彼女は花弁と根の間程を爪でくいと押して、花を手折った。冷酷で、それでいて、儀式然としたその手つきで、まるで生まれた時から手折られる運命であったかのように、名も知らぬ花の命を奪った。
僕はそれを見た刹那、とてつもない希死念慮に襲われた。何かをファクターに、大きな感情が脳内に流れ出して、途端に死にたくなった。
もし、ここが駅のホームであったならば、もし、あと数センチで飛び降りられるような崖がそこにあったならば、僕は現世のあれこれの一切を投げ出してもう一歩足を踏み出していたかもしれない。それほどの希死念慮だった。
そして、それはふっと消えた。
目の前で楓が笑っていた。それはとても美しく、有り体にいえば年いかぬ少女には似つかわしくない扇情的な笑みだった。どうしてか僕は一抹の不安を覚えた。
教室兼自宅に戻って、押し花を作製した。先刻の感情の氾濫など無かったかのように、恙無く進んだ。
四日目。宿題を終わらせる日。楓は来なかった。
初日と同様に明後日に向けてのヒアリングをしながら、宿題を手伝う。中学数学が思ったよりも簡単で良かった。
五日目。明日は山登りをすることにした。とはいえ、小学生にとって山頂までの登山は厳しいだろうから中腹くらいを目的地にする。丁度いい高さの山を探していたら電車でちょっとの所の山の中腹に神社があるらしい。そこを目指そうと決めた。
そう予定して神社についての授業を今日はすることにしていた。昨夜ネットや文献など、色々と調べてまとめる。ここに来る途中で見た、結婚式が執り行われていた神社が丁度そこだとわかり懐かしい気持ちになった。
神社について説明をする中、一人の中学生の両親がそこで結婚式を挙げたのだと言う。
「そういえば僕も来るときに結婚式を見たよ」
僕はそう返す。
「それ狐の嫁入りかもしれない」
「晴れているのに雨が降るという?」
「それもそうだけど、この近くでは別の言い伝えがあるんだ」
狐はその神社で結婚式をする。村のみんなには分からないように結界を張るのだけれど、当然、外から来た人には作用しない。それで、見られてしまう。
「見てしまったらどうなるの?」
「知らない。多分、死んでしまうか、何処かに行ってしまうんだと思う。そうじゃなければ、どうなったかなんて直ぐにわかるから」
薄々、察知した人もいるかもしれないけれど、僕がこの手記を書いたのはこの言い伝えを聞いたからだ。
僕は一昨日の希死念慮も相まってひどく怖くなってしまったのだ。
そういうわけで、僕は五日目深夜にこの手記を書いている。
もしこの手記が見つかれば、私は死んだか。行方不明になったということだろう。
某県某市の山中にて見つかった死体(仮にAとする)のポケットの中には小型のノートが入っていた。上記の文章はその記述をデータに起こしたものである。後半になるに連れて文字が乱雑になっていくように思えるが、事件との関係は未だはっきりしていない。また、最後の頁には明らかにそれまでとは異なる筆跡で異なる文体で、同一のインクを用いて、謝罪の言葉が書かれており、錯乱したAによる記入であるか、或いは容疑者による偽装工作であると考えられる。文章は解読後データに追記する。
確かにAは発見場所より電車で数駅のところで記述と一致するバイトをしていたことは既に調査で事実であると思われる。但し、文章内で「アル中の友人」と表現されていた青年による証言と、彼の携帯の通話履歴、またAの所有していた携帯に残されたメールからそのように判断したに過ぎない。何故なら某市内に存在する雇い主と思われるNPO法人のパソコンに彼のいうメールは残されていない。現在、手違いによる削除の可能性も考慮してパソコンの解析を進めている。
生徒についても総当たりで確認を急いでいる途中である。現在の進行状況について述べるのであれば、誰の記憶にもAについての一切の記憶は存在していないが、学校より提出された課題を既に完了している等、Aのノートに沿う証言が得られている。
なお、楓と美香という女性については全く不明で、近隣の市区町村の何処にも彼女らと思しき人物は登録されていない。また、少女の着ていたとされている、黒のセーラー服についても現在、同範囲の小中学校では採用されているところは存在しない。
NPO法人から派遣されたとされている老人については既に亡くなっており確認を取ることは不可能。家族に看取られての死であり、事件性はないと思われる。
駅で話したとされる男性については詳しく分かっておらず、男性について現在調査を進めているがこれ以上の進展は見込めない。
六日目。
楓が山に入ったのを確認した僕は彼女を追いかけた。
一本道なのに居なくなっていた。草木の音はしなかったから道を逸れたりはしていない筈だ。今は木陰でこの手記を書いている。最悪のケースに備えておかなければならない。
やはり嫌な予感は的中したのだろうか。そんな訳はない。なんとかして彼女を見つけなければならない。
少年を殺さなければいけないのは心苦しかったが、オキテは絶対だ。せめてもの救いに彼には幸福を捧げた。全てはワタシたちの誤りに起因する。心からの謝罪を受け取ってほしい。