さいしょに
編集さん以外の方は、この作品は読まなくてもいいです。読もうとしても読みにくいです。何も考えずに書いています。
編集さんは「さいしょに」だけ我慢して読んでください。
推敲・合評は必要ありません。というか、引越し等で真面目に忙しいので出席できそうにありませんし、いまさら部員面できません。部誌に載せなくてもいいくらいです。ただ、老害の最後のお願いとして、コピペを使い頭中カソウのマイページに追加しておいてほしいです。
ほんぶん
オリエンテーションで真っ先に向かったのが文芸部文学パートだった。なんとなくあった構想を形にしたいという思いがあった。当時の部長はジョン・レノンのような風貌をしていた。
それから、一二三回生とコンスタントに作品を提出していた。それが先輩方の目に止まったのか、あれやこれやと部長になってしまった。部の運営は編集担当のYくんがいなければ、崩壊していたことだろう。ありがとう。
四回生になっても文芸部に対する責任があったはずである。ただ疲れて、その責任を放棄した。就職活動が忙しかったというのもあるが、就職先が決まってもほったらかしにしていたため、言訳としては十分ではない。やっぱり、だるいなぁ、つかれたなぁ、卒論もあるしなぁ、っていう気持ちゆえに、逃げるようにして後輩に責任を押し付けた。嫌いじゃなかったはずなんだけど。
遅ればせながら、なぜこの作品を書いたのかについて触れておこう。それは文芸部に対する無責任ついでに、乱文を書きたかったからです。これ以外にも東京の紀行文、牢獄の老人、カクテルの掌編集など進めていた作品はあるもののいまいちしっくりこなかった。納得できたら、未来の自分がどっかに公開するやろ。
そう、乱文が書きたかったのよね。私の過去作について、純愛、成功、成長、悲恋、ミステリーとジャンルがしっちゃかめっちゃか。でもどの作品も共通して、人に読んでもらおうという意識がある。他人を意識せずに、文を書き殴りたくなった。
首を傾げざるを得ない表現や連想が多発していると思う。「さいしょに」の忠告があるにも関わらず読んでいる聖人もしくは活字中毒者よ、分からなくても質問はしないでおくれ。僕の中では筋が通っている。
さて、最近のことなんだが、鼻の穴に白い毛を見つけた。青春はとっくの昔に、朱夏はいつの間にやら過ぎ去って、白秋にさしかかっている。二十三歳はそんな年齢なのかしらん。
玄冬は間近で、以降、香炉峰の雪が積もっていくばかりなのに、大して気遣いが出来ない大人になってしまっている。老いた老いたと愚痴っていると友人は恐ろしい老化現象を口にする。「義兄は三十前で性欲がなくなった」
大学に入ってからはひた隠しにしてきたが、元はといえば俺もサルガキである。本当にこの莫大な性欲はなくなるの? もしかして早くに結婚して子孫繁栄に注力した方が正解? このように危機感を持ったとしても、その道のりは長く険しい。とにもかくにも、俺みたいな奴ががっついたら引かれるのみ。惹かれてほしいのに。こういうところだぞ。
駄洒落好き、下ネタ好きを隠しがちになったのは、やはり客観視できるようになったことが大きいのだろう。男子校という動物園の檻から解き放たれると、サルのままでいるのは難しい。女子の冷ややかな目線はげに恐ろしい。
私の幼稚さおよび脱却の象徴は大阪環状線になる。小中高予と十一年お世話になっていた。オレンジの二〇一系はもう引退したんだったか。まぁ児童文学っぽいやつの舞台に環状線を選んだのも、これに起因する。
別の観点から。環状線のおしゃれさに惹かれている。だって環状運転の路線って大阪環状線と山手線くらいじゃない。おしゃれなもの好き。ファションセンスはくそみそテクニック。映画では「レオン」とかおしゃれで好きよ。でもゼミの子に言わせると「『レオン』が好きな人は意識高い系、インテリアとかこだわってそう」らしい。わかる。でも僕は意識高くないし、部屋は汚い。
Sting 「Shape of My Heart」がこれまたいい歌なんだ。トランプに準えた歌詞ともの悲しい旋律を聴くために二時間を生贄にできる。ちなみに関係は不明であるが、どぶろっくは「promise~永遠の誓い~」で「sting stingを触らせたりしない」とあらぬ方向性で、Stingを使っている。
僕の愛煙とUSBは道程が書きそうな文章だと批判されてきた。実際に同定であるかどうかはこの際書かない。だが、同邸かどうかに関わらず色恋の聖地はみんな好きではないだろうか。僕の趣味の一つがホテル街巡りだ。石鹸の香りが街中に漂う中に、かすかに臭う欲がなんとも言いがたい。生魂神社のあたりなんてそこに幼稚園があるんだから驚きだよね。
初めて東京に行ったときは、もちろん歌舞伎町に訪れた。泣き叫ぶ地雷や悪態吐くナンパ師等がうようよ生息していて、大阪のミナミとはまた違った趣きがあった。ちょっと裏手に入ると黒人が水でビッチョビチョの手で握手を求めてきた。人の良い私はそれに応えた。
「オニサン、ワカイカワイコ、イルヨ」
客引きだった。
なんとか黒人ニキを振り切った私は新宿ゴールデン街に足を向けた。バーがたくさんあって、小一時間悩んだ末、「Bar BONITA」の扉をくぐった。二階にあるお店で、ラテン系のバーだ。ちなみにバーメイドは二階から私のことを見ていて、ずっと回ってんなコイツと思っていたらしい。ラテン系だけあって、バックバーの半分はテキーラだった。ボトルがどれも個性的でにぎやかだ。罰ゲームでクエルボしか飲んだことなくて不味いと思ってる奴は、ちょっと高めのテキーラに手を伸ばすと印象変わるかもね。ウイスキーが飲めるなら、度数が近いテキーラでも熟成による複雑な香りも楽しめるはず。
界隈でお店をやってる方に連れられてハシゴしたり、バーメイドさんが店を閉めて合流したり、勝手にグラスが割れたり、奢ってもらったり、木の芽の佃煮をお土産に頂いたりと夜が明けるまで色々あった。そういえば俺は何を飲んだんだったけな、甘味が印象的なパトロン、マスクマンのムチャ・リガ、ロバート・デ・ニーロが愛したポルフィディオ……
文芸部にはデニーロさんというあだ名の先輩が在籍してた。いつも帽子を被っていて、もの静かな院生だった。こう書くとなんかエピソードがあるのかと思われるかもやもしれぬが、特にそんなことはない。ただ名前が出たから思い出しただけである。
そも文芸部は個人競技の面が強い。行き先が悪かった合宿は企画倒れした。さらにはコロナの追い打ちで、先輩との思い出はほとんど無い。連絡先も知らない。おそらく下級生たちも僕ら四回生との関係はそんな感じだろう。同期である僕も一人を除き連絡取ってないし。もうちょっと頑張ればよかったとは反省している。
つい最近儚くなられた先輩もいる。ここに追悼の意を表す。団体が異なり直属の先輩ではないし、見えたのも数回であったが、確かな文筆力を備えていらっしゃった。Twitterを拝見すると、以前から不安定さは垣間見えていた。小説をあれだけ書かれた方が、これ以上文を編むことなく紙一枚の主になられた(仏教徒かは存じ上げない)ことはまことに残念である。が、当人の苦慮を知らぬ私がとやかくも言えない。この段落はぼやけた表現ながら素直な気持ちを綴った。読んで気を悪くされた方には申し訳ない。
精神の病といえば『ドグラ・マグラ』。考察の余地がノート一冊分くらい残るもののの主人公である呉一郎君は自我の亡失に苦しんでいた。夏休み中、私は『ドグラ・マグラ』を卒論テーマにしたことで苦しんでいた。にっちもさっちも行かなくなって、秋学期最初のゼミは無断で欠席するしまつ。結局は夢野久作の別の掌編『卵』にテーマを変更した。文字数換算で実に1/111のスケールダウンです。
あと「ハンバーグ」は、もろに夢Qの影響を受けているよねー、恥ずかし。
この半年間実に肝を冷やし続けた論文は無事単位認定され、晴れて卒業が決まった。卒業論文は改稿してTwitterにでもあげたい。
今は仙台に赴任するための準備で忙しくしている。
これくらいでいいか。
さいごに
みんなの文芸の道に幸多からんことを。