京都市交響楽団 70周年記念事業
「プロコフィエフの陣~交響曲全曲演奏会」における2つの挑戦
「プロコフィエフの陣~交響曲全曲演奏会」における2つの挑戦
京響は創立70周年を迎え、この節目を飾る大きな柱として、常任指揮者沖澤のどかと共に「プロコフィエフの陣~交響曲全曲演奏会」を実施しています。学生時代からこれら全曲の演奏を野望として抱いてきた沖澤は、現在の京響の勢いと、国内外に広がる熱心な聴衆の存在に触れ、「今こそ機が熟した」と語ります。
プロコフィエフ特有の語法や音響に挑むことは、楽団にとっても挑戦的でであり、この難曲を一つずつ共に作り上げることでオーケストラのリミッターを外し、馬力と表現力を向上させ、世界に通ずるオーケストラとしての自信に繋げる狙いがあります。
そして、「プロコフィエフの陣」のもう一つの重要な側面が、「“世界にはばたく指揮者”育成プロジェクト」です。このプロジェクトでは、指揮を学ぶ学生に技術を教えるだけではなく、リハーサルでの音楽作りや楽団員とのコミュニケーション、裏方スタッフとの連携など、指揮者として必要な現場を体験してもらうことを目的としています。
各回2名ずつ副指揮としてリハーサルの全工程に立ち会い、「壱」(5/3公演)では、京都市立芸術大学から2名の学生が参加しました。
「”世界にはばたく指揮者 ”育成プロジェクト」記者会見の様子(2026年4月30日@京都コンサートホール)
左:沖澤のどか(京響第14代常任指揮者) 中央:籔本繁倫(京都市立芸術大学4回生) 右:森田龍舞(京都市立芸術大学3回生)
アンサンブル金沢でのアシスタント時代、山田和樹さんにいきなり「一楽章を振ってみてください」と言われたことがあります(私が「なかなか振る機会がない」とグチっていたからなのですが…)。実際にオーケストラの前に立ってみて、山田さんが振った時と明らかに音が違うことに打ちのめされましたが、それはその場に立ってみなければ分からない経験でした。
私が若い世代に学んでほしいのは、指揮そのものよりもオーケストラの現場の全体像です。誰がどんな話をし、音楽家だけでなくどれほど多くの人々が関わって演奏会が作られているのか。かつて下野竜也先生は私に「指揮は教えられるものではない。自分が現場でもがく姿を見て学んでほしい」とおっしゃいました。当時はご謙遜かと思いましたが、今の私にも、うまくいかないことの方が圧倒的に多いのです。
また、ベルリン・フィルでアシスタントをしていた際に目にしたキリル・ペトレンコ氏の徹底した準備姿勢——深夜まで及ぶパート譜の調整や緻密な打ち合わせなど、表舞台からは見えない地道な研鑽の重要性も伝えていきたいです。指揮だけではなく、ライブラリアンやステージマネージャー、事務局員が何を考え、現場でどんな判断をしているのかをキャッチし、現場のあらゆる要素を吸収してほしいと願っています。
指揮者はソリストや声楽家と違い、大成するまでに非常に時間がかかります。ソリストであれば若いうちに受賞歴がなければその先が見えてしまうこともありますが、指揮者はある時突然“化ける”可能性があるのです。だからこそ、芽が出てからではなく、まだ埋まっている種の状態から水をあげなければならない。支援する側としては見返りがすぐには見えず、後押ししにくい部分もあると思いますが、だからこそ今、手を差し伸べることに意義があります。
私自身、かつてお世話になったオーケストラに戻ると、ゲストとして行く時とは違う『おかえり』と言ってもらえる特別な心持ちになります。今回の学生たちにも、日本に一つでも深く関わりのあるオーケストラがあると思ってもらいたい。楽団にとっても、育てた指揮者が世界へはばたき、いつか戻ってきたり各地で活躍したりしてくれることは、目先の利益を超えた価値があるはずです。
私もアシスタントをしてた頃には、自分が指揮者としてやっていけるかは本当にわからないと思っていましたので、こういう経験を積むことで、少しでも二人の自信になるといいなと思ってます。何をするにもはじめは緊張すると思うんですけど、経験を積んでいくことで慣れていきますので、そういう機会をできるだけ早い時期に持たせてあげたいですね。
あとは、失敗する場を作ってあげたい。指揮者として現場に立てば失敗は許されず、一度のミスで次がなくなる。しかしアシスタントという立場なら、的外れな質問や勉強不足があったとしても、まだ失敗が許されます。迷わずこの機会を使ってほしいと願っています。
指揮台に立ってると、いろんな視線が集まるので「人に見られている」という思いが強くなり、どうしても自意識過剰になりがちです。意外とそこまで見てない時にも、結局自分のことを考えすぎる。特に20代後半はそういう自分探しの時期でもあり、周囲の目や自分の振る舞い方に意識が向きがちですが、その自意識を捨てた先に違う世界が見えてくるのかもしれません。
今回、いい課題になると思うのは、第2番。こういった変拍子などの技術的な難所が少ない曲において大切になってくるのは「耳」です。自分の見せ方や指揮の仕方にばかり気を取られていると、音が聞こえなくなってしまう。客席では客観的に聴ける音が、指揮台に立った途端に把握できなくなる――これは私自身の経験でもあります。ふたりには、まずこの「聴くこと」を学んでほしいと思います。
また、指揮者は非常に運の要素も強い職業です。いくら技術が優れていても、人間的な相性で仕事に繋がらないこともありますし、どれだけ真面目に勉強しても、アイデアがなければ見出されません。誰かが発掘してくれるわけではないからこそ、どんどん世界へ出て、広い視野で指揮界の現実を見てほしい。もし最終的に指揮者という道を選ばなかったとしても、一人の人間として豊かな人生を歩んでほしいと願っています。
今回、学生2人の様子を見ていて、よく聞いてくれているなと思いました。いい意味で物怖じしないですね。固くなっているところもありますが、家に帰ったら「自分の方がうまく振れた」と思ってほしい。それくらいの気持ちでやってほしいです。
私は彼らより世代は上ですが、未だにうまくいかないことがたくさんあって、そういう姿を見てほしいのです。「あそこは自分だったらこうしたのに」とか「プロコフィエフのあのキャラクターは自分ならこう出す」といった視点を持ってほしい。バランスの取り方などについても、もっと踏み込んで議論できればお互いの勉強になります。私のことを反面教師としても見てほしいですし、指揮だけでなく、オーケストラの各楽器がどういうフレーズで苦労しているかといったところまで、クローズアップして見ていってもらえたらいいなと思っています。
左:森田龍舞さん(京都市立芸術大学3回生) 右:籔本繁倫さん(京都市立芸術大学4回生)
実践から学ぶ指揮者の現場
今回のプログラム(交響曲第1番~第3番)ような演奏回数の少ない楽曲の場合、パート譜の誤植などが修正されずに残っているケースが少なくありません。今回は、参加者のお二人には事前にスコア(総譜)を渡し、誤りや音の脱落が予想される箇所を舞台上のパート譜と照らし合わせて確認する実務を行いました。これは通常の見学では立ち入ることのないステップですが、ライブラリアンやステージマネージャーとの連携のもとで実施したものです。
また、リハーサルの進行次第では実際に指揮台に立つ可能性もあるため、お二人にはその心構えを持って臨んでいただきました。合奏中は、各セクションのバランスや改善点などを各自でメモにまとめ、終了後にはそれをもとにディスカッションを重ねています。
――この4日間、いかがでしたか?
中学生の頃からプロコフィエフが大好きで、今回の交響曲第2番・第3番は初めて触れる楽曲でしたが、スコアを読み解く中で「ロミオとジュリエットの、あの場面に通じるオーケストレーションだ」というような発見があるなど、憧れの作曲家の全曲演奏に携われることに、大きな喜びを感じています。
同時に、大きな責任も感じています。オーケストラは個々の音楽家の集合体であり、リハーサルとは全員の貴重な時間を預かる場だからです。その時間を有意義なものにするために、演奏の一助となるアプローチや新たな視点を提示できるよう、責任感を持って準備を重ねてきました。
この4日間は、「感謝」、この言葉に尽きます。以前、副指揮という形でオーケストラに関わった経験がありますが※、その時は本番でバンダを振る役割も担っていたため、自分が演奏の一員として参加することに意識が向いていました。一方で今回は、初日から副指揮という役割に専念でき、その仕事の内容をみっちりと学ぶ時間になりました。
率直に、沖澤さんの指揮とリハーサル運びが的確で、音楽も面白くて、とても勉強になります。思わずニヤけてしまうくらい楽しい。一度通した後の2回目のアプローチでは、沖澤さんが言葉を発せずとも、京響の皆さんがアンサンブルのバランスを整えていく様子を目の当たりにし、その対応力の高さに一層、尊敬の念が芽生えました。
※2025年6月20,21日「第701回定期演奏会」G.レンツ〈ヴァイオリン協奏曲「...to beam in distant heavens...」〉
―― 副指揮として、具体的にどのようなことをしましたか?
客席からバランスを確認する作業はもちろんですが、今回は演奏機会の少ない曲ということもあって、スコアとパート譜の間に生じていた誤植の確認も行いました。各パートに声をかけて、一つひとつ確認を取りながら、ライブラリアンや沖澤さんへ報告・相談していきました。楽譜の確認という地道な作業も、副指揮の大切な仕事だと実感しました。
――最も印象に残った出来事は?
指揮台に立たせていただいたことです。第2番の第1楽章の冒頭から約20小節を振ったのですが、緊張しました。それでも演奏後に、団員の方々から「良かったよ」「堂々としていたよ」と声をかけていただいて、本当に嬉しかったです。でも正直に言うと、もっとやってみたかったです。また管楽器が他のパートに埋もれて聴こえにくくなっている場面で「もっと吹いても大丈夫だと思います」と率直にお伝えしたところ、「やってみる」とその場ですぐ反映していただきました。提案が即座に音として返ってくるのは、現場でなければ決して得られない体験でした。
――プロコフィエフへの印象は変わりましたか?
はい。もともと1番・5番・7番しか知らなかったのですが、今回の4日間で第2番が大好きになりました。特に第2楽章の変奏曲形式で、最後の変奏からもとのテーマへ戻る移行部分の美しさに深く心を動かされました。気づいたら色が変わっていた——まるで花が咲くような、沖澤さんのタクトから紡ぎ出されるあのなめらかな移り変わりは、言葉では表しきれない体験でした。
――オーケストラのどんなところが好きですか?
いろんな楽器があって、いろんな音色がある。そして、奏者の方々と一緒に音楽を作っていく過程そのものが楽しいです。リハーサルを重ねるたびに音楽がどんどん良くなっていく、その時間を共有できることが何よりの喜びです。
――今回のプロジェクトに向けて、どのような準備をして臨みましたか?
オーケストラにとっても演奏機会の少ないレパートリーに、最初の段階から関わらせていただけることに深く感謝しています。この機会を通して、指揮者の根底にある「下積み」の部分、音楽面はもちろんのこと、人間性の部分でも大切なことをしっかりと学びたいと思っています。
音楽に正解はないので、どれだけ勉強しても「これで準備完了」と言える瞬間はおそらくありません。しかし、副指揮としてもし指揮台に立つことになれば、迷うことなくオーケストラと音楽を共有し、自信を持って立てるレベルまで到達していなければならないと考えています。そのために、楽曲の分析や作品背景のスタディを重ね、自分の中で確信を持って振れるよう準備を続けました。
――この4日間をひと言で表すなら?
「発見」です。音楽そのものというより、人との関わり方についての発見が一番大きかったです。沖澤さんはこの4日間、あまり楽屋に戻らず、舞台周辺で常に誰かと話し続けていました。奏者の方から声をかけられていたり、積極的に話しかけたり。音楽に関係ない話も含めてさまざまな交流を重ねる中で、「この人のためなら、いい音を出したい」と思ってもらえるような指揮者になること、それは棒の技術よりも根本的に大切なことではないか、という確信が生まれました。
――指揮台に立つ経験はいかがでしたか?
あまり構えすぎない性格だと自分では思っているのですが、それでも緊張しました。ただ、自分が間違えることへの不安よりも、棒をひと振りするだけでオーケストラから出てくる音がこれほど変わるのだという驚きの方が圧倒的に大きかったです。同じ棒を上から下ろすという動作でも、沖澤さんが棒を振り下ろすまでに積みあげてきた準備と確信の密度が、自分とはまるで違う。そのことを身をもって実感したことが、今回最も大きな発見でした。
――プロコフィエフへの印象は変わりましたか?
ガラッと変わりました。今回の曲は資料も少なかったですし、特に第2番・第3番は最初に聴いたときに全く理解できませんでした。ところが生演奏で接してみると、録音では到底伝わらない立体的な音の設計が見えてきました。各パートで同じフレーズを受け渡しながら1本の旋律として聴かせたり、ステレオ効果のような音の配置を使ったり、そういった描き方の巧みさが、今回初めて体感として理解できました。
――今回の経験を通じて、「指揮者像」に対する考えは変わりましたか?
変わったというより、確信が深まったという感じです。トップダウンではなく、共感力こそがすべてだという思いをあらためて強くしました。指揮者の仕事は、自分の解釈を押しつけることではなく、オーケストラ全員と一緒に落としどころ・自分たちの正解を見つけていくことだと思っています。沖澤さんはその共感力が突出して高い方だと感じました。団員と音楽に関係ない話も気さくにされている姿を見て、指揮者として必要な、人間としての幅の広さというものを実感しました。
――オーケストラのどんなところが好きですか?
人と何かをやるのが好きです。しゃべることはあまり得意ではないのですが、言葉ではなく楽器を通して他者と一緒に何かを作り上げることが好きです。ヴァイオリンを弾いていた頃も、周りの奏者を刺激して一緒に盛り上がることをやっていたのですが、そういう感覚を一番多くの人々と同時に体験できるのが指揮者ではないか、そう思ってこの道を歩むことにしました。
プロコフィエフの陣~交響曲全曲演奏会 「壱」 ※終了しました
2026年5月3日(日・祝) 14:30開演
交響曲 第1番、第2番、第3番
プロコフィエフの陣~交響曲全曲演奏会 「弐」
2026年7月18日(土) 14:30開演
交響曲 第4番(初版/1930年)、第5番
プロコフィエフの陣~交響曲全曲演奏会 「参」
2026年11月28日(土) 14:30開演
交響曲 第6番、第7番
会場:京都コンサートホール(大ホール)
《一般》
A ¥6,000 / B ¥4,500 / P ¥3,000(舞台後方席)
《U30》
A ¥2,500 / B ¥1,500 / P ¥1,000(舞台後方席・当日のみ販売)
※チケット購入時点で30歳以下
※オンラインチケットのみの取り扱い
・24時間オンラインチケット購入
・京都コンサートホール・チケットカウンター(075-711-3231)
・ロームシアター京都・チケットカウンター(075-746-3201)
・チケットぴあ(Pコード:308-610)