それは、授業と授業の間の休憩時間、チョットした空き時間に駄弁る中身のない無駄話。
「姉貴の友人の知り合いの話なんだけどさ……」
「お姉ちゃんの同級生のお兄さんがね……」
「こないだ見た動画なんだけどさ」
知り合いの知り合いレベルの妙に信憑性のありそうで全くない、そんな赤の他人の体験談。
「よく春に桜が沢山咲く、ちょっと大きい公園、あそこの北東のトイレに入ると……」
「ほら、うちの学校におっきな石のナントカキネンヒの傍に女の子の像があるじゃない」
「隣の県との県境にある山に廃トンネルがあるらしくてさ……そのトンネルの動画配信、見た?」
場所だけが具体的で、だからこそ『もしかしたら』と聞き手がうっかり信じてしまいそうな噂話。
「出るんだってよ」
「真夜中に動くらしいの」
「あの白いの、絶対そうでしょ……めっちゃ怖かったよね」
誰もが一度は聞いたことありそうな怪談や怪奇譚。
笑いながら聞いたり、聞いた話を別の友達に喋ってみたり……まったくの他人事として捉えていた。
(あんな話、聞かなきゃ良かった……)
久しぶりの学校に、久しぶりの部活。久々の友人たちとの邂逅に、ちょっと羽目を外し過ぎて、気付けば辺りが暗くなっていた。親に怒られるのは勘弁と、帰り道、公園の中を通って近道をしたことが後悔の始まり。
この公園の中は街灯が少なくて、ちょっと暗がりが多い。暗がりの向こうから何かが出てきそうな気配に怯えつつ、それでも、いつも通ってるから大丈夫だろうなんて強がって、心なし僕の歩くスピードは速くなってくる。
真の悪いことに昼休みに友達と話した内容が怪談話で、丁度この公園が舞台だった。そんなことを不意に思い出してしまい、風に揺れる木々の音にもビクつく始末。
少し遠回りでも明るい幹線道路沿いにすれば良かったかなぁなんて一人呟きながら、公園に入って近道しようと決めたあの時の自分に全力で「やめろ」と言えるなら言いたかった。
スマフォのライトで辺りを照らす。
小石を蹴飛ばしてしまい、カツカツと小石の跳ねる音が夜道に響く。
そのあまりの静けさに、何か音楽でもかけながら歩こうかと思った瞬間だった。
フッとスマフォの灯りが消えた。
思わず立ち止まった僕の耳に聞こえてきたのは、後ろから聞こえる砂利を踏む足音。
立ち止まった僕を確認したかのように砂利を踏む音が止まった。
僕は慌てて振り返るも、そこには誰も居なかった。少し離れた街灯が頼りない青白い光を地面に向かって照らす。揺れる木々はその街灯の灯りを遮り影を作る、なんの変哲もない公園の風景。
ゴクリと生唾を飲み込んで、僕は歩き出した。
(気のせい、気のせいだ……風の音や木の音が偶然そう聞こえただけ……)
カタカタと震えてきたのは、木枯らしが冷たいだけだと、コートの襟をギュッと握りしめた。カバンを持つ手に力が入り、心臓がバクバク音を立てる。
何かが後ろから近づいてくるような、追い立てるような気配が、ひたひたと忍び寄ってきて、震えが止まらない。カチカチカチと硬く軽い小さな音まで聞こえてきた。
恐怖を堪えきれなくなった僕は、いつしか走り出していた。砂利の踏む音がダブって聞こえてきて、僕は叫び声を上げ……ようとしたが、口から零れるのは浅い息だけで、声らしい音なんて微かにも出せなかった。
(怖い怖い怖い!)
そんな恐怖に怯えているのに、何故か急に感じだした尿意。それどころじゃないのにと、自分の身体に悪態をつきたくなりつつ、見えてきた公園のトイレに思わず立ち止まった。
妙に明るいトイレのライトに安堵感を抱きつつ、辺りを見回すが何の気配もない。
(たす、かった?)
暗がりにビクついただけだったのかと、思いのほか臆病な自分が可笑しくて、乾いた笑いがこみあげてきた。
もうすぐ公園の出口だ。公園前のコンビニで温かいホカホカの肉まんでも買って帰ろうかと考えたところで一陣の風が吹き、ブルリと身体が震えた。
まずはトイレでスッキリしようかと足を踏み出した瞬間、トントンと背中を叩かれた。
「ねぇ、落とし……」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「うわぁー!」
叫んだ。恥も外聞もなく、出せる声を張り上げて、叫んだ。
ぴょんと飛び上がり、背後の何かから距離を取りつつ、慌てて振り返ると、目を丸くして立つ小学生くらいの男の子がいた。
暖かそうなモコモコのジャケットのモフモフなフードを被った少年は、叫び声をあげた僕を驚いたように見て、目をパチパチと瞬く。
「えっと……驚かせて、ごめんなさい?」
首をかしげてそう言うと、少年は僕に向かってスッと何かを差し出した。
「お兄さん、コレ落としたみたいだから……追いかけた、んだけど……」
少年が差し出してきたのは、スマフォの充電のバッテリーで、そこに貼ってあるステッカーは確かに見覚えのあるものだった。慌ててコートのポケットを探ってみれば、入れておいたはずのソレがないことに気付く。
「ありがとう……ごめん、ビックリしちゃって……」
幽霊の正体見たり枯れ尾花とはよく言ったもので、追いかけてきた少年の足音に怯えていただけだったらしい。
自分より年下の男の子に怯えるだなんて情けないなと苦笑いする僕に、少年は「気を付けて帰ってね」と手を伸ばして肩を叩いてきた。
「お礼にコンビニで肉まんでも奢るよ」
そう言ったのは年下の少年へのちょっとした見栄だったかもしれない。情けなく悲鳴を上げたことに対する口止め料と撮ってくれても構わない。
そんな僕の心境を知ってか知らずか、少年は「お母さんが待ってるから」とクルリと回れ右して、大きく手を振りながら走り去る。
離れたところにかすかに見えた赤い外套。
(あぁ、そうだよな……日も暮れたのに子供が一人で出歩くはずないか)
さて、コンビニで買い物して帰ろうと、僕も歩き出した。
そういえばクーポンがあったよなとスマフォのアプリを立ち上げて確認すれば、丁度今日までの唐揚げのクーポンが表示される。それを見た僕は、唐揚げにするか肉まんにするか、はたまたどちらも食べてしまおうかなんて悩みだす。
公園から立ち去る僕の足取りは非常に軽やかだった。
※ ※ ※
公園から出ていく男子高校生を見送った少年は、ニカッと楽しそうな笑いを浮かべると「忍法、移し身の術! なんちゃって」と呟いた。
背後からは苛立たしさを溢れかえらせるほどに腹を立てた何かの気配が漂っていて、ブオンと殴りつけるような風が少年に襲い掛かる。獲物を逃がされた恨みだろうか。二度三度と立て続けに強風が少年を襲う。
「うわっと……」
慌てて少年が襲い来る何かを避ければ、その拍子にフードがずれて、ひょっこりと丸みを帯びた三角の茶色い耳が現れた。猫の耳よりも丸みのあるモフッとした可愛らしい耳は、辺りを探るようにぴょこぴょこと忙しなく動く。
さらに襲い掛かる何か。それを避けるようにステップを踏む少年のジャンバーの裾からは、モフモフとしたこげ茶色の尻尾がひょこひょこと見え隠れしていた。
やがて、風に乗って現れた赤いマントがブワリと広がって急速に狭まる。それは少年を飲み込まんとする動きだったが、地面に伏せて転がってと動いた少年は、きわどい所でマントに捕らえられるのを避けるのだった。
そのままコロコロと地面を回転した少年は、更に自身に襲い掛かってくるマントから逃れて離れる。
「に、二対一って、卑怯じゃね?」
バタバタと慌てて立ち上がった少年は、「そっちがその気なら、こっちだって」とペタリと赤茶色の葉っぱを頭に乗せる。
フンスと鼻息荒く、バックステップでぴょんぴょんと赤マントから離れた少年。おもむろにクルリと一回転……首をかしげて、もう一回転。
するとどうだろう。
ドロンと砂煙のようなノイズのような揺らめきがおき、その揺らめきが消えたその場所には少年の姿はなく、その代わりに奇妙ないでたちの妖(あやかし)が一体現れた。
「じゃじゃぁーん、畳烏のお出ましだ!」
頭には編笠。嘴の如き鋭く尖った畳面の異形のソレの両手にある鉤爪が、街灯の灯りを受けてギラリと輝く。
カッコよくキリっとポーズを決めると、赤マントを切り裂かんとスタッと走り出した少年。
とはいえ、赤マントも姿が見えぬ怪異も黙ってやられる謂れはない。
夜の公園にはためく赤いマントが、背後からヒタヒタと迫る怪異が少年を襲い、少年は砂まみれ土まみれになりながら回避しつつ、なんとか攻撃を繰り出しては馬鹿にされるかのようにひらりひらりと躱された。
何処かじゃれ合うかのような三者の小競り合いだったが、やがてペタリと尻餅をついた少年が大の字に寝転んで終止符が打たれることとなる。
「つーかーれーたー」
「そうじゃろな……」
少年の声に応えるかのように、呆れた女性の声が公園に広がった。
ぴょんと起き上がった少年は「朱殷(しゅあん)!」と喜色を浮かべて駆け出す。少年の向かう先には鬼女の姿があった。
「相変わらず元気じゃな」
新手かとブワリと身を膨らませて威嚇する赤マントを紅いリボンで軽くいなし、ひたひたと忍び寄る見えぬ怪異をけぶる眼差し一つで竦ませた鬼女は、近付く少年にニコリと微笑む。
両手を広げて抱き着こうとした少年にそっと手を差し伸ばし……ぎゅむりと嘴を握りしめ、ペイッと投げ捨てた。
すると、ポスンと気の抜けるような音と共に畳烏の姿は消え、子狸鬼が一匹コロンと転がる。
ひらりひらりと風に舞う鈍い紅色の葉が、広げた鬼女の掌の上にポトリと落ちた。
その葉を見る鬼女の脳裏に、のんびりとした誰かの姿がよぎる。
『どこかに失くしてしまったようなの……綺麗な深い紅色の葉なのよ。何処に行ったのかしら?』
そう呟く姿を思い出した鬼女は、胡乱気な眼差しを子狸鬼に向ける。
向けられた子狸鬼といえば、バレたかとばつの悪い顔をするものの、きゅるんと愛らしく見えるだろう顔を作って誤魔化し始めた。
「化ける練習を、ね……ちょっと、してみようかなぁ……なんて、ね」
「……」
「狸の八化けっていうでしょ? やっぱり、化けてこそ狸ってもんじゃない?」
「畳烏にしては随分小柄すぎるようじゃったが……」
「これから大きくなるし」
「ほぉ?」
「今後に期待って奴だよー!」
鬼女が葉っぱを掴んだ手を頭上高くひらひらと舞わせれば、返せとばかりぴょんぴょんと飛び跳ねる子狸鬼だった。