刀身から滴る血潮を舐めるように伝う炎が舞い上がる。
炎の中に異彩を放つ漆黒の刀身は、妖(あやかし)の血を厭うがごとく焼き尽くす。否、血を啜り炎をふくらませる様は、それを糧にしていると称した方が正しいのか。
娘を戒める粘糸が、炎を受けて溶けてるように燃え落ちた。
ジリリジリリと焼け落ちた粘糸は脆く崩れて塵と化す。
粘糸を糧にブワリと広がった炎は、それでも粘糸以外を燃やすことなく、消え失せる。
「さっさと逃げろ。邪魔だ」
刀身を炎で彩った小太刀を握り、妖(あやかし)に対面する黒羽織の青年は、娘に叫ぶ。
腰が抜けてジタバタともがく娘。
その姿に舌打ちした青年は、無造作に娘を蹴り落とすと同時に、妖に向かって駆け出した。
悲鳴を上げ、斜面をゴロゴロと転がりだす娘。
妖の複眼が青年の動きを捉え、その八本の脚を器用に動かし、青年の攻撃を避け、青年の死角を突いては粘糸を吹きかけた。
刀身に触れれば炎に焼きとかされる粘糸。
それでも数を重ねては焼き尽くすことは叶わず、青年の身体に付着していく。徐々に粘糸の白に覆われていく黒羽織。八本の脚の先にある爪は、粘糸で動きの鈍った青年のみを切り裂いた。
青年の持つ小太刀だけは、轟々と炎に包まれていたが、青年の身は正に満身創痍。
白い息は絶え間なく吐き出された。
青年の呼吸は乱れるも、その眼光は鋭く、妖の動きを捉えて、反撃の機会を伺っていた。
そして、その機会が訪れる。
青年に向かってきた妖の脚を刀身が捕えて叩き切った。
グラリと倒れる巨体。その隙きを逃すことなく、妖の胴体に小太刀を突き刺した。
燃え上がる炎は、妖の身を内部から侵食していく。
身の内から溢れ出す炎に妖は断絶魔の声を上げた。
弾ける炎の中、若い娘の姿が浮かび上がる。在りし日の娘の姿に青年の目は見開く。青年の口は動くも声にならない。
慌てて小太刀の柄を握り、手元に引き寄せようとしたが、食らいついた獲物を放さぬとばかりに抵抗され、妖から抜くことは叶わなかった。
「―――――っ!!!」
青年の口から迸った絶叫は、誰の名だったのか。
燃え上がる炎は、妖を焼き尽くし消えていく。
妖の巨体も、幻の娘も、炎さえも消え失せたその場所には、黒羽織の青年だけが立ち尽くした。
滂沱の涙を流した青年は、小太刀を握りしめると、グッと振りかぶり自身の腹に突き刺す。
漆黒の刀身は青年の腹に吸い込まれる…………はずだった。
驚愕に見開いた青年は、手の力を緩める。
コロンと地面に落ちた柄の先、鍔の向こうには何もなく、今の今まで存在していた漆黒の刀身は姿形も無くなっていた。
「あの方がおらぬのに……………」
青年は慟哭す。自身が手にかけたのは誰なのか。
その嘆きを受けて、鍔に埋まった漆黒が微かに煌めいた。