キンと冷え切った空気が肺を刺す。
吐き出した息は白く染まり、瞬く間に消えていった。
顔をあげると、西の空に日が落ちていき、空は朱色から群青へと映り行く。
空の色が変わりゆく様を眺めていた獣は、ため息にも似た息を吐きだす。
その息は、やはり白く染まり、瞬く間に消え去った。
空の主役が太陽から月へと変わり、星々が瞬き始めてしばらくの時を経た頃、獣は、また歩み始める。
のんびりと一歩一歩動かす脚に迷いはない。
毎年、この時期に通る道は変わりなく、変わりないことに安堵を覚えていた。
気の早い獣たちは、もう疾うに向かっているだろうと、これから会う11の形の違う同胞を思い、口元に笑みを浮かべる。
年に一度、一堂に会する宴。己を含め12の獣たちが囲むは、尊き御方。
その御尊顔を拝することを楽しみに、獣は尊き御方の住まう御殿へと向かっていった。
そう、御尊顔を拝するはずだったのだ。
慌ただしく何かを探しまわる同胞たち。
そして、理解せざるを得ない尊き御方の不在。
不安に動けなくなる獣に同胞が差し出したのは不可思議を集めて詰め込んだような薬。
ためらうことなく薬を飲んで変化する同胞たち。
咆哮をあげ苦悶する者、光に飲まる者、恍惚とした表情を浮かべる者、様々な同胞たちは、やがて、その姿を変えて行く。
変わり行く姿に獣は怯え、首を振り、口を固く閉ざして飲むことを拒否した。
その間に、11の同胞たちは変化を果たし、新たな自身の姿を確認し、これで尊き御方を探すことができると喜色を露わにする。
ある者は知力に富んだ瞳に決意を漲らせ、ある者は筋骨隆々とした勇ましい姿に自信を迸らせ、ある者はしなやかなで優美な佇まいで矜持の高さを示していた。
変化した同胞たちを包む高揚感。
それに当てられたのか、一度は尻込みした獣だったが、覚悟を決め、薬を服用した。
ある場所は伸ばされ、別の場所は押し潰されるような身体の軋み。細胞からこねくり回されるような不快感と、すべてが作り変えられていくことへの浮き立つ思い。骨格が変わり、姿かたちが今までの自分とは全く別の者へと変化していく。
それでも、変わらぬのは、尊き御方への思慕の念。
自分が自分である。そのことに安堵して獣はゆっくりと瞬いた。
そして、今までの自分とは違う目線の高さに齟齬を感じつつ、変化した自身を確認する。
獣だった者は、自身を確認して、愕然とした。
(これは、どんな試練なのでしょう……)
その身体の作りは脆く、かといって優美とは程遠く、知力に秀でるわけでもない。
周りの同胞との違いは一目瞭然で、これはどんな試練だと独り言ちる。
劣等感に塗れる獣を置き去りに、同胞たちは、尊き御方を探し出し、見つけたものをこの年の大将に任ずると湧きたっていた。
昏く哀しみに満ちた瞳を隠し、獣は参戦する。
尊き御方をあるべき場所へ奉ずるために……
それは決して、優れた姿を与えられた同胞たちへの劣等感ではないのだと、自身に言い聞かせながら、グッと唇を噛み締めた。