回廊をしずしずと歩く彼の人を見つけ呼び止めた。
振り返った其の人は、私の姿を認め、微笑んだ。
「久しいわね」
にこやかに笑う彼女は、何処かいつもと違う雰囲気で、その空気の違いに私は軽く首をかしげる。
違和感を告げる私に彼女は「目ざといわね」と細い目をパチリと広げて閉じる。そして、少し考えるかのように小首をかしげ……何度か瞬きをした後、徐々に口角を上げて、楽しそうな声色で告げるのだった。
「実はね、そろそろ役を降りようと思っているの」
内緒よと人差し指を一本唇に当て告げた彼女に、私は驚いて目を丸くする。
『何故……』
何処か体調を崩したのかと心配する私に、彼女はケラケラと笑いながら答えるのだった。
「わたくし、そろそろ婚活を行おうかと考えているの」
『こん、かつ……』
思いもよらぬ単語にあっけにとられる私に、彼女は「そうよ」とにこやかに応える。
「わたくし、とても働いたでしょ? そろそろ素敵な殿方と出会って、素敵な恋愛しても良いと思わない?」
それは将の地位にいるままでも可能なのではないかと思いつつも、彼女の嬉し気な表情に、それもまた良いかと思ってしまう。
それでも、今の地位のままでも可能だろうという思いは彼女に伝わったのだろう。
むぅっとした表情をした彼女は「十二神将だなんて地位にいたら、わたくしのことをか弱い女人と認識してもらえないじゃない」と呟く。
余りにも<らしくない>反応に、思わず噴き出した私を、信じられないという目で見た彼女は、「揃いも揃って酷いわっ」と目に手巾を押し当てた。
<揃いも揃って>ということは、彼女の言を否定的にとらえたのは私だけではないのだろう。
それでも、彼女にとって<か弱き女人>と認識されたい者が存在するというのは、喜ばしいことだと誰しも思っていたのだろう。
今にして思えば、この時、素直に彼女を祝福してあげなかったのだろうと後悔ばかりが残るが、その時は、いつもふてぶてしい彼女が、妙に乙女な状況でいることが珍しく、そして、素直に祝うのが気恥ずかったのだ。
誰が、希望で煌めく彼女の瞳が絶望に染め上げられると想像しただろうか。いや、そんなことなぞ、神もしなかっただろう。
「一族みな、消え失せました……未一族の最後の一人が、わたくしです」
透明な瞳は硝子玉のようで、涙一つ浮かべぬ瞳は絶望と孤独に揺れて……それでも、負の感情に囚われまいと気丈に振舞う姿が痛々しい。
周囲から差し伸べられる手に気づくことなく、彼女は界を渡る。
全ては、一族を失う元凶を探るために。行方知れずの同族の痕跡を探るために……